サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
きれいすぎる、と言ってもいい。
言葉の並べ方に無駄がない。こちらが聞きたいことの輪郭は外さないくせに、肝心な芯だけは指先からするりと抜ける。嘘をついている感じはしない。だが、全部を話している感じもしない。そういう喋り方だった。
「この神社は、駒王の中でも少し古い気配が残る場所なんです」
朱乃は、拝殿の前に立ったまま柔らかく言う。
「ですから、定期的に様子を見る必要があるんですよ」
「その“必要”を決めているのは、誰だ」
俺が聞くと、朱乃は少しだけ目を細めた。
「そうですね。必要だと知っている側、と言えばいいでしょうか」
また曖昧だ。
風が木々を鳴らす。境内は静かだった。静かなくせに、空ではない。何かがきちんと座っている感じと、別の何かがその外側を撫でている感じが、まだうまく噛み合っていない。
絶花が俺の少し後ろで、小さく息を整える気配がした。
「……近づかせる線を決めています」
朱乃がそちらを見る。
「ええ。たぶん」
言い方まで整っている。
東郷も、それを分かった上で聞いている顔だった。式だけが、最初から少し違う方向を見ていた。神社でも、境内の空気でもなく、姫島朱乃本人の座り方の方だ。
しばらく黙っていた式が、不意に口を開く。
「お前」
朱乃が視線を向ける。
「姫島と名乗っているようだが、関係者か」
空気が一瞬だけ止まった。
神社の話から、急にそこへ切るのは式らしい。順番を守る気がないというより、こいつの中ではたぶんもう繋がってるんだろう。
「……何だ、それ」
俺が言うと、絶花も小さく首を傾げた。
「関係者、ですか」
朱乃は崩れなかった。驚いた顔もしない。だが、ほんのわずかに、笑みの形だけが変わる。
「どういう意味でしょう」
「そのままの意味」
式は短く返した。
「ただの苗字として言ってる感じじゃない」
そこまで言われて、ようやく東郷が静かに口を挟む。
「姫島、という名前のことよ」
東郷は朱乃から目を外さない。
「太郎くんも絶花ちゃんも、そちらの系統に詳しいわけではないでしょうけど、軽く流していい名ではないわ」
「重いのか」
「ええ」
東郷は頷いた。
「五大宗家に連なる姫島。少なくとも、“普通の上級生が偶然持っている姓”ではない」
絶花がわずかに目を見開く。
「五大宗家……」
「退魔や神秘の側から見れば、かなり重い名前よ」
俺は朱乃を見る。
相変わらず、穏やかな顔だった。だが、さっきまでより一段、こちらを見る目の深さが増している。学園の上級生として見せる顔じゃない。名前の重みごと、こちらが触れたことを認めた顔だ。
「なるほどな」
俺が言うと、絶花が小さく続ける。
「姫島先輩、普通の人じゃないです」
「見れば分かる」
「前より、もっとです」
そうだろうな。
だが、今ここでそこを広げすぎても仕方がない。問題は、家系図の確認に来たわけじゃないってことだ。
「今は関係ねえ」
俺が低く言う。
絶花がこっちを見た。東郷も少しだけ眉を動かす。式だけは、そこで逆に目を細めた。
「関係ある」
「あるだろうが、順番がある」
「順番を決めてるのはこっちじゃない」
式の視線が朱乃へ向く。
「向こうだ」
その言い方で、何を怪しんでいるかが分かった。
式が引っかかっているのは、姫島という名そのものじゃない。その名を持ちながら、この神社の真ん中に自然に立っていて、しかも説明の線引きまで自分で握っている、その在り方だ。
「だから今、聞く」
式が言う。
朱乃はその視線を、正面から受けたままだった。逃げない。怒りもしない。ただ少しだけ、空気を置いてから息をつく。
「……なるほど」
その声は、さっきまでより少しだけ低かった。
「そこまで見られているのなら、何も言わないままでいるのも不自然ですね」
東郷がすぐに訊く。
「話してくださるの?」
「全部ではありません」
朱乃は穏やかに言う。
「でも、何も知らないままでお帰しするのも、たしかに変でしょうから」
「それでいい」
式が言った。
「全部は要らない」
「あなたは簡潔で助かります」
朱乃はそう言って、拝殿の方へ一度だけ目を向ける。それは言葉を選ぶ間というより、自分の中のどこまでを出すか測っている間に見えた。
境内を抜ける風が少しだけ冷たくなる。
「姫島という名は、ただ借りているわけではありません」
朱乃が言う。
絶花が小さく息を呑む。
「私自身に繋がるものです」
「やっぱり、ですか」
東郷の声は静かだった。確認を置くだけの響きだ。
「ただ」
朱乃はそこで言葉を切る。
「それが、そのまま今の私の全てというわけでもありません」
そこは切り分けるんだな、と少し思う。
家の名に連なることと、今の自分がどこに立っているかは別だと言いたいんだろう。それはたぶん、本音だ。だからこそ、余計に厄介でもある。
「神社の件とも繋がってるな」
俺が言うと、朱乃ははっきり頷いた。
「はい。少なくとも、無関係ではありません」
答えた。
けど、まだ扉は閉まっている。ここから先は、こちらが勝手に覗ける領域じゃないということも同時に見せている。
「ですから」
朱乃は続ける。
「この神社の話をするなら、私自身の話を避けるわけにはいかないんです」
「ようやく繋がったわね」
東郷が言う。
「最初からそうだった」
式は短く返した。
絶花は、朱乃を見たまま小さく頷く。
「……はい」
こいつももう、神社の違和感だけを見ているわけじゃない。朱乃そのものが、境内の静けさや曖昧な管理の気配と同じ線上にあることを感じている。
俺は朱乃を見返した。
学園で見かける時の、柔らかく上品な先輩。あれは嘘じゃないんだろう。だが、それで全部でもない。姫島の名を持ち、この神社の事情に通じ、その上でこちらを測っている。
ただの案内役じゃない。
神社の説明役でもない。
こいつ自身が、この神社の話の内側にいる。
「なら次は、神社だけ聞く話じゃねえな」
俺が言うと、朱乃はかすかに笑った。
「そうなります」
その返し方は、前より少しだけこちらと同じ場に立った感じがあった。まだ全部は出していない。けれど、何も知らない相手としては扱わなくなった。そこは大きい。
式が一歩だけ前へ出る。
「まだ隠してる」
「ええ」
朱乃は否定しない。
「でも、今はこれで十分でしょう」
「十分かどうかはこっちが決める」
「そうおっしゃると思いました」
柔らかいのに、引かない。
東郷がそこで、小さく息を吐く。
「少なくとも、“誰かが神社を見ている”程度の話ではなくなったわね」
「はい」
絶花も言う。
「姫島先輩が、ここに立っている理由の方が大きいです」
朱乃はその言葉を聞いて、ほんの少しだけ目を伏せた。
「……鋭い方ばかりで困ってしまいます」
「困ってる顔には見えねえな」
俺が言うと、朱乃はまた笑う。
「それも、よく言われます」
たぶん、余計な言葉だ。だが、余計な言葉を置ける程度には、場の空気が前へ進んだとも言える。
空はもう、夕方から夜へ落ちるところだった。境内の静けさも、さっきより一段深くなっている。
今回はここまでだろう。
そう思ったのか、朱乃も少しだけ身を引く。
「今日は、このくらいにしておきましょうか」
「また追い返すのか」
「いえ」
首を振る。
「ただ、急ぎすぎると良くないこともありますので」
「それは忠告?」
東郷が問う。
「ええ。たぶん」
「また曖昧だな」
「まだ、そういう距離ですから」
そこだけは、妙に素直だった。
石段を下りながら、東郷が静かに言う。
「情報は出した。でも、核心はまだ出してない」
「かなり知ってる」
式が続ける。
「はい」
絶花も頷いた。
「隠してます。でも、悪意だけではないです」
「ああ」
姫島朱乃。
神社を知っている女じゃない。神社の事情ごと、自分の内側へ抱えて立っている女だ。
だったら次に見るべきは、管理者が誰かなんて問いじゃない。
あの女が、何を背負ってそこに立っているのか。
神社の方じゃない。
姫島朱乃の方を見る段階に、もう入っていた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア