※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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雷は境を守る

 神社の裏手で龍脈の節を見たことで、話はようやく神社そのものから外へ出た。

 

 管理者が誰か、誰が様子を見ているか、そういう問いが無意味になったわけじゃない。だが今はもう、その問いだけを抱えていても足りない。神社で擦られていた流れが、そこで終わっていないと分かった以上、見るべきは先だ。

 

「神社の節だけ見ても足りねえ」

 

 石段を下りながら、俺は言った。

 

「削られてるなら、先にも痕が出る」

 

 東郷が、街灯の下で地図を広げ直す。紙の上には、神社から駒王学園へ向かう地形の流れが細く書き込まれていた。

 

「神社から抜ける流れ、ここで一度分かれているわ」

 

「学園か」

 

「ええ」

 

 東郷は指先で線をなぞる。

 

「駒王の中で一番、人が集まっているのに、妙に霊的な負荷に耐えている場所へ向かってる」

 

「学校です」

 

 絶花が小さく言った。

 

「寄せてる」

 

 式が、感情のない声で続ける。

 

 俺は地図から顔を上げ、朱乃を見る。

 

「知ってるな」

 

 朱乃はすぐには答えず、一度だけ目を伏せた。

 

「駒王学園は、表から見える以上に、色々なものが重なっている場所です」

 

「やっぱりね」

 

 東郷が言う。

 

「だから、あそこまで流れを触られるのは見過ごせません」

 

 見ている、じゃない。

 

 見過ごせない。

 

 その言い方で、こいつの立ち位置がまた一段はっきりした。姫島朱乃は、事情を知っている側の人間ではある。だが、それだけじゃない。少なくとも、駒王の内側を守る側へ足をかけている。

 

「行くぞ」

 

 俺が言うと、朱乃は止めなかった。

 

「本当に、そこまで行くのですね」

 

「止める理由があるなら聞く」

 

「ありません」

 

 答えは早かった。

 

「ただ、次からは“駒王の裏”に入ると思ってください」

 

「最初からそのつもりだ」

 

 夜の学園は、昼間より輪郭が細い。

 

 生徒の気配が引いて、建物だけが静かに残る。林に近い裏手まで回ると、校舎の壁と木々の間を抜ける風が、わずかに冷たくなった。

 

 神社の裏手と同じだ。

 

 静かだが、ただ静かなわけじゃない。地面の下で何かが薄く上擦っている。龍脈そのものを見ているわけじゃない。けれど、見えない水脈の表面だけを、何度も爪で引っかいているみたいなざらつきがある。

 

「……神社より強いです」

 

 絶花が言った。

 

「こっちは深い」

 

 式が短く返す。

 

「同じ手口だけど、回数が多いわね」

 

 東郷が校舎の外壁へ触れながら言う。

 

「何度も位置を確かめてる」

 

「しかも少しずつ前に出てる」

 

 俺も壁に手を当てる。冷たい。その冷たさの奥に、細く嫌な振動が噛んでいる。

 

 朱乃が、林の奥を見たまま言う。

 

「ここは、学園へ入る前の確認点なんです」

 

「だったら次は、ここを抜く気だな」

 

「ええ」

 

 朱乃は認めた。

 

「まだ本気ではありません。でも、“入れるかもしれない”と見始めています」

 

 壊したいわけじゃない。

 

 奪いたいわけでもない。

 

 ただ、入れるかどうか、通れるかどうかを、何度も小さく確かめている。大きな敵意ではない。だからこそ嫌らしい。

 

 その時だった。

 

 地面の下で、ざらりと流れが揺れた。

 

 絶花がすぐに顔を上げる。

 

「来ます」

 

「反応してる」

 

 東郷が声を落とす。

 

 校舎裏の空気が、細く震えた。外壁に残っていた見えない痕が、一瞬だけ浮き上がる。林の葉が風もないのにざわついた。

 

 朱乃が一歩、前へ出る。

 

 その動きに迷いはなかった。さっきまで隣に立っていた人間が、そこで一段深いところへ降りる。そんな一歩だった。

 

「下がっていてください」

 

 声は柔らかい。

 

 だが、命令として十分に通る。

 

 次の瞬間、朱乃の指先から細い雷光が走った。

 

 大きくはない。派手でもない。けれど、狙いは異様なほど正確だった。荒れかけた流れの上だけをなぞるように雷が走り、ざらついた共鳴を一瞬で裂く。

 

 空気が静まる。

 

 さっきまで校舎裏にへばりついていた嫌な振動が、跡形もなく消えた。

 

「……速いです」

 

 絶花が言う。

 

「しかも無駄がない」

 

 東郷が続ける。

 

「上手い」

 

 式が、ほとんど感心したみたいに落とした。

 

 俺は朱乃の背を見た。

 

 あれは見せる戦い方じゃない。何度も同じことを繰り返してきた人間の動きだ。見つけて、判断して、最小限で斬る。そういう側の手並みだった。

 

「神社を見るだけの人間じゃねえな」

 

 俺が言うと、朱乃は振り返った。

 

「今さらですか?」

 

「確認だ」

 

 朱乃は、少しだけ笑った。

 

「ええ。見るだけで済むなら、それが一番でしたけれど」

 

「そうもいかない段階まで来ているのね」

 

 東郷が言う。

 

「はい。ですから、こうして立っているんです」

 

「守ってる」

 

 式が言う。

 

「少なくとも、そのつもりです」

 

 はっきり言った。

 

 ようやく出たな、と思う。

 

 見ている、じゃない。様子を見ている、でもない。守るために、ここへ立っている。それならもう、姫島朱乃は神社の案内役じゃない。駒王の内側を背負う側の一人だ。

 

 けれど、式はそこでさらに一歩踏み込んだ。

 

「無理してる」

 

 朱乃がわずかに目を細める。

 

「どういう意味でしょう」

 

「上手い」

 

 式は淡々と言う。

 

「でも、上手いのと自然なのは別」

 

 少しの沈黙。

 

 絶花も、小さく頷いた。

 

「……はい。柔らかいのに、ずっと張ってます」

 

「力の出し方が綺麗すぎるのよ」

 

 東郷も続ける。

 

「必要以上に崩さない」

 

 朱乃は困ったように笑う。だが、その笑みの奥で少しだけ呼吸が浅くなったのを、たぶん俺だけじゃなく、全員が見ていた。

 

「皆さん、本当に見ていらっしゃるんですね」

 

「隠す気がある割には、今日はよく出るな」

 

「出さないと、もう足りませんから」

 

 その言い方で、だいたい分かる。

 

 駒王の内側は、もう表向きの整った顔だけで押さえられる段階を越えかけている。少人数か、一人か、それはまだ見えない。だが、朱乃は綺麗な顔のまま、かなり無理をして立っている。

 

「神社、学園、その間」

 

 東郷が地図を畳みながら言う。

 

「線はもう見えたわね」

 

「次は相手」

 

 式が言う。

 

「はい」

 

 絶花も頷いた。

 

「痕じゃなくて、触っている方です」

 

「ああ」

 

 俺は林の奥を見る。

 

「次はそっちを見る」

 

 朱乃が、そこで少しだけ立ち止まった。

 

「……そうなるでしょうね」

 

「まだ止める気はあるか」

 

「いいえ」

 

 朱乃は首を振る。

 

「ただ、次は本当に戦いになるかもしれません」

 

「ならちょうどいい」

 

 龍脈は見えた。

 

 神社の違和感も、学園裏のざらつきも、全部同じ線の上にあった。そして姫島朱乃が、その線の内側に立っていることも。

 

 次に見るのは痕じゃない。

 

 流れを削っている側、そのものだ。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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