サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
神社から学園へ伸びる線は、もう見えていた。
なら次は、その線に爪を立ててる側を探すだけだ。
夜の林は、昼より狭い。学園の裏手から外れ、街灯の届かない方へ入ると、足元の土の湿り気だけが少し強くなる。絶花が先を見て、東郷が地図を持ち、式は何も言わずに一番嫌な場所へ自然に視線を向けていた。朱乃だけが、前より少し静かだった。
「龍脈の表面だけを削るような干渉なら、必ず置き場があるわ」
東郷が地図を畳みながら言う。
「置き場?」
「術を置く場所。流れに触るなら、触りやすい節を使う。神社だけで終わるならまだ浅い。でも学園側まで伸ばしてるなら、途中でもう一つ、足場があるはずよ」
「痕の濃い場所」
式が言った。
「はい」
絶花も頷く。
「さっきより、少し先に重いところがあります」
俺は朱乃を見る。
「案内しろ」
朱乃はすぐには返事をしなかった。
断るかと思ったが、やがて短く息を吐いて、林の奥へ身体を向ける。
「こちらです」
その声はいつも通り柔らかい。けど、柔らかいだけだった。余裕で包むみたいな温度が薄い。今はただ、崩さないように整えている感じがある。
絶花も、それに気づいているらしかった。
「……姫島先輩」
「何かしら」
「少し、固いです」
朱乃がほんの少しだけ笑う。
「そう見えますか」
「はい」
そこまで言って、絶花は続けなかった。たぶん、どう続ければいいか分からなかったんだろう。俺も助けなかった。今の朱乃に向かって、無理に柔らかい言葉を置くのは違う気がした。
林の奥は、昔なにかがあった跡みたいに地形が歪んでいた。
埋もれかけた石段。崩れた石組み。祠だったらしい残骸。神社の裏手とは違うが、系統は似ている。表から見せる場所じゃなく、昔は何かを留めるために使われていた場所だと、一目で分かった。
「ここです」
絶花が立ち止まる。
俺も足を止めた。
確かに、重い。龍脈そのものが見えるわけじゃない。だが、地の下を流れるものの表面に、細かい傷が何本も刻まれている感じがある。神社裏で見た擦れ方より、こっちは人の意図が濃い。
「……これ」
東郷がしゃがみ込んだ。
地面の上に、薄く消えかけた線が残っている。土の色に紛れているが、よく見れば分かる。封じや祓いに使う類の筆致だ。けど、どこか嫌な感じがある。正統の線を真似て、わざと歪めてるような。
「分かるか」
俺が聞くと、東郷は指先を触れさせず、目だけで線を追った。
「神社の裏で見たものより、ずっと人為的ね」
「人の癖がある」
式が言う。
「ただの攪乱じゃない。術式として形になってるわ」
絶花が小さく息を整える。
「土地を触ってるのに、土地だけ見てない感じがします」
「そう」
東郷が頷いた。
「退魔や封じの系統に近い。少なくとも、神社や祓いの側の術式を知っている人間の書き方よ」
「姫島家の線か」
俺が言った瞬間、朱乃の呼吸が止まった。
ほんの一瞬だ。けど、見逃すほど浅くもない。
東郷がそのまま続ける。
「正確には、姫島家そのものの術とは少し違うわ」
「違うのか」
「ええ。でも、“似せ方”が嫌らしいの」
東郷が地面の線を見下ろしたまま言う。
「知らない人間なら退魔の術だと思うし、知っている人間なら余計に引っかかる。そういう崩し方」
「わざとだ」
式が落とす。
「はい」
絶花もすぐに頷いた。
「入るためだけじゃなくて、見つける人の方も揺らしたい感じがします」
つまり、龍脈を探っているだけじゃない。
これを見つける側まで計算に入れている。
俺は朱乃を見る。
「心当たりがあるな」
朱乃はしばらく答えなかった。視線は地面に落ちたまま。夜気の中で、横顔だけが妙に白く見える。
「……あります」
声が低い。
今までで一番、駒王学園の上級生らしい整った顔から遠い声だった。
「姫島先輩」
絶花が呼ぶ。
「これは、ただ土地を探るための置き方ではありません」
朱乃はそう言った。
「知ってる傷の触り方です」
式が続ける。
朱乃が、少しだけ目を閉じる。
「怒ってるんじゃない。嫌なところを踏まれてる」
「……ええ」
短く認めた。
ようやく見えた、と思った。
姫島朱乃は、柔らかく笑うだけの女じゃない。強く立つ側の人間だ。けどその強さは、何も背負わずに真っ直ぐ立ってる強さじゃない。立つたびに昔の傷へ触れて、それでも形を崩さないようにしてる強さだ。
その時だった。
地面に残る術痕が、かすかに光った。
風の向きが逆になる。林の葉が、ざわりと裏返るように揺れた。
「来ます」
絶花の声が低くなる。
「反応したわ」
東郷が立ち上がる。
実体はない。けど、気配だけが立ち上がる。地面の線を媒介に、向こうから覗き込むみたいな嫌な感触だった。
そして、声が落ちた。
「――やはり、そこに立つのか。姫島」
朱乃の肩が、わずかに揺れた。
それだけで、こいつがどこを狙ってるかは十分分かった。
「巫女の娘としてか。それとも、忌まわしい血の方としてか」
趣味が悪い。
「……趣味の悪い野郎だな」
俺が言うと、式が短く続ける。
「狙ってる」
「はい」
絶花の返事も早い。
「姫島先輩が、一番嫌がる言い方です」
「姿を出さないあたり、まだ探りの段階ね」
東郷が冷静に言う。
その分析は正しい。気配は薄い。本体がここにいるわけじゃない。ただ、こちらの反応を見るには十分な深さで干渉している。
そして、次の言葉が落ちた。
「その名を名乗りながら、まだそこに立てるとは」
その瞬間、朱乃の周囲の空気がひりついた。
細い雷気が、一瞬だけ漏れる。林の葉がびり、と震えた。地面の細い石が跳ねる。
「……っ」
絶花が息を呑む。
「乱れた」
東郷が低く言う。
「今のは危ない」
式の声も短い。
朱乃はすぐに息を整えた。漏れた雷気は最小限。表情も一拍で戻した。だが、乱れたこと自体が初めてだった。
「一人で受けるな」
俺が言う。
朱乃がこちらを見る。目の奥に、一瞬だけいつもの笑みじゃ隠しきれない揺れが残っていた。
「……見苦しいところを」
「違う」
俺は切る。
「相手がそこを狙ってるってことだ」
「傷口を知ってる」
式が言った。
「はい」
絶花も頷く。
「龍脈を探ってるだけじゃないです。姫島先輩まで揺らしに来てます」
朱乃は返事をしなかった。
代わりに、地面の術痕がもう一度光る。
「来るわよ!」
東郷の声と同時に、地の下の流れがざらりと揺れた。
今度は小さい。けれど狙いがある。龍脈の表面をもう一度削り、その場の誰か――たぶん朱乃――の揺らぎがどこまで広がるか確かめるつもりなんだろう。
「下がって――」
朱乃が前へ出る。
けど今度は、一人に任せなかった。
朱乃の雷が走る。地の下のざらつきへ、細く正確に打ち込まれる。俺はその横へ踏み込み、術痕の中心を潰す。式が一歩前に出て、乱れた線だけを切る。絶花が残響の位置を読む。
「右下、二つ!」
「そこか!」
土を蹴って踏み込む。地面に刻まれた薄い線の継ぎ目へ力を通す。嫌なざらつきが散る。朱乃の雷が残りを裂き、式の一閃がその上を通る。
空気が静まった。
敵の気配は薄く引いていく。姿は出さないまま、最後に声だけが残る。
「……なるほど。今は、まだこの程度か」
「逃げた」
式が言う。
「最初から試しだけだったのね」
東郷が続ける。
朱乃は、小さく息を吐いた。
「……ええ」
今回はこれで終わりだ。
けど収穫はあった。十分すぎるほどに。
林を出て、学園裏の道へ戻る。夜の校舎は静かだ。さっきまでのざらつきは引いた。だが、何もなかったことにはならない。
「ただの侵入確認ではないわね」
東郷が言う。
「朱乃も見てる」
式が短く切る。
「はい」
絶花も頷く。
「龍脈と姫島先輩、両方を試してました」
朱乃は少し黙っていた。
それから、ようやく口を開く。
「……ご迷惑をおかけしました」
「そういう話じゃねえ」
俺が返すと、朱乃がわずかに目を上げた。
「敵がどこを狙ってるかが見えた。それだけで十分だ」
朱乃は、少しだけ息を止めたみたいに見えた。礼を言われると思っていたのかもしれない。慰められると思っていた可能性もある。だが今はどっちも違う。
問題は、敵がどこに爪を立ててきたかだ。
女王は誰にする?
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