※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

379 / 484
姫島の傷跡

 神社から学園へ伸びる線は、もう見えていた。

 

 なら次は、その線に爪を立ててる側を探すだけだ。

 

 夜の林は、昼より狭い。学園の裏手から外れ、街灯の届かない方へ入ると、足元の土の湿り気だけが少し強くなる。絶花が先を見て、東郷が地図を持ち、式は何も言わずに一番嫌な場所へ自然に視線を向けていた。朱乃だけが、前より少し静かだった。

 

「龍脈の表面だけを削るような干渉なら、必ず置き場があるわ」

 

 東郷が地図を畳みながら言う。

 

「置き場?」

 

「術を置く場所。流れに触るなら、触りやすい節を使う。神社だけで終わるならまだ浅い。でも学園側まで伸ばしてるなら、途中でもう一つ、足場があるはずよ」

 

「痕の濃い場所」

 

 式が言った。

 

「はい」

 

 絶花も頷く。

 

「さっきより、少し先に重いところがあります」

 

 俺は朱乃を見る。

 

「案内しろ」

 

 朱乃はすぐには返事をしなかった。

 

 断るかと思ったが、やがて短く息を吐いて、林の奥へ身体を向ける。

 

「こちらです」

 

 その声はいつも通り柔らかい。けど、柔らかいだけだった。余裕で包むみたいな温度が薄い。今はただ、崩さないように整えている感じがある。

 

 絶花も、それに気づいているらしかった。

 

「……姫島先輩」

 

「何かしら」

 

「少し、固いです」

 

 朱乃がほんの少しだけ笑う。

 

「そう見えますか」

 

「はい」

 

 そこまで言って、絶花は続けなかった。たぶん、どう続ければいいか分からなかったんだろう。俺も助けなかった。今の朱乃に向かって、無理に柔らかい言葉を置くのは違う気がした。

 

 林の奥は、昔なにかがあった跡みたいに地形が歪んでいた。

 

 埋もれかけた石段。崩れた石組み。祠だったらしい残骸。神社の裏手とは違うが、系統は似ている。表から見せる場所じゃなく、昔は何かを留めるために使われていた場所だと、一目で分かった。

 

「ここです」

 

 絶花が立ち止まる。

 

 俺も足を止めた。

 

 確かに、重い。龍脈そのものが見えるわけじゃない。だが、地の下を流れるものの表面に、細かい傷が何本も刻まれている感じがある。神社裏で見た擦れ方より、こっちは人の意図が濃い。

 

「……これ」

 

 東郷がしゃがみ込んだ。

 

 地面の上に、薄く消えかけた線が残っている。土の色に紛れているが、よく見れば分かる。封じや祓いに使う類の筆致だ。けど、どこか嫌な感じがある。正統の線を真似て、わざと歪めてるような。

 

「分かるか」

 

 俺が聞くと、東郷は指先を触れさせず、目だけで線を追った。

 

「神社の裏で見たものより、ずっと人為的ね」

 

「人の癖がある」

 

 式が言う。

 

「ただの攪乱じゃない。術式として形になってるわ」

 

 絶花が小さく息を整える。

 

「土地を触ってるのに、土地だけ見てない感じがします」

 

「そう」

 

 東郷が頷いた。

 

「退魔や封じの系統に近い。少なくとも、神社や祓いの側の術式を知っている人間の書き方よ」

 

「姫島家の線か」

 

 俺が言った瞬間、朱乃の呼吸が止まった。

 

 ほんの一瞬だ。けど、見逃すほど浅くもない。

 

 東郷がそのまま続ける。

 

「正確には、姫島家そのものの術とは少し違うわ」

 

「違うのか」

 

「ええ。でも、“似せ方”が嫌らしいの」

 

 東郷が地面の線を見下ろしたまま言う。

 

「知らない人間なら退魔の術だと思うし、知っている人間なら余計に引っかかる。そういう崩し方」

 

「わざとだ」

 

 式が落とす。

 

「はい」

 

 絶花もすぐに頷いた。

 

「入るためだけじゃなくて、見つける人の方も揺らしたい感じがします」

 

 つまり、龍脈を探っているだけじゃない。

 

 これを見つける側まで計算に入れている。

 

 俺は朱乃を見る。

 

「心当たりがあるな」

 

 朱乃はしばらく答えなかった。視線は地面に落ちたまま。夜気の中で、横顔だけが妙に白く見える。

 

「……あります」

 

 声が低い。

 

 今までで一番、駒王学園の上級生らしい整った顔から遠い声だった。

 

「姫島先輩」

 

 絶花が呼ぶ。

 

「これは、ただ土地を探るための置き方ではありません」

 

 朱乃はそう言った。

 

「知ってる傷の触り方です」

 

 式が続ける。

 

 朱乃が、少しだけ目を閉じる。

 

「怒ってるんじゃない。嫌なところを踏まれてる」

 

「……ええ」

 

 短く認めた。

 

 ようやく見えた、と思った。

 

 姫島朱乃は、柔らかく笑うだけの女じゃない。強く立つ側の人間だ。けどその強さは、何も背負わずに真っ直ぐ立ってる強さじゃない。立つたびに昔の傷へ触れて、それでも形を崩さないようにしてる強さだ。

 

 その時だった。

 

 地面に残る術痕が、かすかに光った。

 

 風の向きが逆になる。林の葉が、ざわりと裏返るように揺れた。

 

「来ます」

 

 絶花の声が低くなる。

 

「反応したわ」

 

 東郷が立ち上がる。

 

 実体はない。けど、気配だけが立ち上がる。地面の線を媒介に、向こうから覗き込むみたいな嫌な感触だった。

 

 そして、声が落ちた。

 

「――やはり、そこに立つのか。姫島」

 

 朱乃の肩が、わずかに揺れた。

 

 それだけで、こいつがどこを狙ってるかは十分分かった。

 

「巫女の娘としてか。それとも、忌まわしい血の方としてか」

 

 趣味が悪い。

 

「……趣味の悪い野郎だな」

 

 俺が言うと、式が短く続ける。

 

「狙ってる」

 

「はい」

 

 絶花の返事も早い。

 

「姫島先輩が、一番嫌がる言い方です」

 

「姿を出さないあたり、まだ探りの段階ね」

 

 東郷が冷静に言う。

 

 その分析は正しい。気配は薄い。本体がここにいるわけじゃない。ただ、こちらの反応を見るには十分な深さで干渉している。

 

 そして、次の言葉が落ちた。

 

「その名を名乗りながら、まだそこに立てるとは」

 

 その瞬間、朱乃の周囲の空気がひりついた。

 

 細い雷気が、一瞬だけ漏れる。林の葉がびり、と震えた。地面の細い石が跳ねる。

 

「……っ」

 

 絶花が息を呑む。

 

「乱れた」

 

 東郷が低く言う。

 

「今のは危ない」

 

 式の声も短い。

 

 朱乃はすぐに息を整えた。漏れた雷気は最小限。表情も一拍で戻した。だが、乱れたこと自体が初めてだった。

 

「一人で受けるな」

 

 俺が言う。

 

 朱乃がこちらを見る。目の奥に、一瞬だけいつもの笑みじゃ隠しきれない揺れが残っていた。

 

「……見苦しいところを」

 

「違う」

 

 俺は切る。

 

「相手がそこを狙ってるってことだ」

 

「傷口を知ってる」

 

 式が言った。

 

「はい」

 

 絶花も頷く。

 

「龍脈を探ってるだけじゃないです。姫島先輩まで揺らしに来てます」

 

 朱乃は返事をしなかった。

 

 代わりに、地面の術痕がもう一度光る。

 

「来るわよ!」

 

 東郷の声と同時に、地の下の流れがざらりと揺れた。

 

 今度は小さい。けれど狙いがある。龍脈の表面をもう一度削り、その場の誰か――たぶん朱乃――の揺らぎがどこまで広がるか確かめるつもりなんだろう。

 

「下がって――」

 

 朱乃が前へ出る。

 

 けど今度は、一人に任せなかった。

 

 朱乃の雷が走る。地の下のざらつきへ、細く正確に打ち込まれる。俺はその横へ踏み込み、術痕の中心を潰す。式が一歩前に出て、乱れた線だけを切る。絶花が残響の位置を読む。

 

「右下、二つ!」

 

「そこか!」

 

 土を蹴って踏み込む。地面に刻まれた薄い線の継ぎ目へ力を通す。嫌なざらつきが散る。朱乃の雷が残りを裂き、式の一閃がその上を通る。

 

 空気が静まった。

 

 敵の気配は薄く引いていく。姿は出さないまま、最後に声だけが残る。

 

「……なるほど。今は、まだこの程度か」

 

「逃げた」

 

 式が言う。

 

「最初から試しだけだったのね」

 

 東郷が続ける。

 

 朱乃は、小さく息を吐いた。

 

「……ええ」

 

 今回はこれで終わりだ。

 

 けど収穫はあった。十分すぎるほどに。

 

 林を出て、学園裏の道へ戻る。夜の校舎は静かだ。さっきまでのざらつきは引いた。だが、何もなかったことにはならない。

 

「ただの侵入確認ではないわね」

 

 東郷が言う。

 

「朱乃も見てる」

 

 式が短く切る。

 

「はい」

 

 絶花も頷く。

 

「龍脈と姫島先輩、両方を試してました」

 

 朱乃は少し黙っていた。

 

 それから、ようやく口を開く。

 

「……ご迷惑をおかけしました」

 

「そういう話じゃねえ」

 

 俺が返すと、朱乃がわずかに目を上げた。

 

「敵がどこを狙ってるかが見えた。それだけで十分だ」

 

 朱乃は、少しだけ息を止めたみたいに見えた。礼を言われると思っていたのかもしれない。慰められると思っていた可能性もある。だが今はどっちも違う。

 

 問題は、敵がどこに爪を立ててきたかだ。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。