サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
今ので終わる相手じゃない。
龍脈を撫でて、揺れを見て、十分だと思えば引く。そういう手合いは、放っておくと次が面倒になる。しかも今回は、土地だけじゃない。姫島朱乃まで試されている。そこまで分かった以上、痕だけ見て帰るのは百億年早い。
「まだ先にいます」
林の奥を見たまま、絶花が言った。
「逃げたっていうより、見せる気があります」
東郷も低く続ける。
「誘ってるわね。こっちが来る前提で、線を残してる」
「ちょうどいい」
俺は前を見る。
「顔を見たかった」
式は無言のまま、一番嫌な方へ視線を置いている。朱乃だけが静かだった。前話で乱れたあとだからか、今は逆に余計なものを削いでいる。柔らかいのに、薄い刃みたいな張り方だ。
林をさらに抜けると、地面の感じが変わった。
土が痩せている。昔ここに何かがあった痕だけが残っている。朽ちた石橋の名残みたいな石組みがあり、その下を、見えない流れだけが通っていた。水はない。だが龍脈はここで浅く浮く。神社の裏や学園裏より、さらに嫌な節だ。
そして、その中央に人影が立っていた。
若くはない。だが老いてもいない。神職にも見えるし、退魔師にも見える。ちゃんとした道を踏み外したあと、見た目だけ取り繕ったみたいな立ち方だった。
「……やはり来たか」
声に湿り気がない。
東郷が、ほとんど確認だけを置くように言う。
「なるほど。退魔側の線を知っているわけね」
「知っているとも」
男は笑った。
「姫島の術も、祓いの形も、巫の流れもな」
その視線が朱乃へ向く。
「娘。まだその名で立っているか」
朱乃の目が細くなる。
「……あなたに呼ばれる筋合いはありません」
「知り合いではない」
式が言う。
「でも、知ってます」
絶花も続けた。
俺は男を睨む。
「趣味の悪さだけは一貫してるな」
男は肩をすくめた。
「龍脈を削ってた理由は何だ」
俺が聞くと、男は足元の石組みへ目を落とした。
「確認だ。この街の内側へ、どこまで手を入れられるか」
「神社、学園、その間……全部そのため」
東郷が言う。
「そうだ」
男は素直に認める。
「だが土地だけ見ても意味は薄い。守る側の揺らぎも見なければな」
朱乃の空気が、わずかに硬くなる。
「姫島の娘。巫女の血と、忌まわしい異形の血を抱えたお前は、実によく揺れる」
「……最低です」
絶花がはっきり言った。
「壊したいんじゃない」
式が男を見る。
「崩れるところを見たいだけだ」
「余計に質が悪いな」
俺が吐き捨てる。
朱乃は黙っていた。だが、沈黙の質がさっきまでと違う。張っていた糸が、嫌な方向へ強く引かれている。
男はその変化を見て、さらに口元を歪めた。
「姫島の名に守られもせず、異形の血を誇りもせず。半端なまま、よく立っている」
「……黙りなさい」
その一言と同時に、空気がひりついた。
細い雷気が朱乃の周囲で弾ける。林の葉がびり、と震えた。前話より大きい。
「……っ」
絶花が息を呑む。
「今のは大きい!」
東郷が低く言う。
「危ない」
式は一歩だけ前へ出た。
男の声が、なおも刺さる。
「母の死も、家の拒絶も、何一つ綺麗に片づいてはいまい」
朱乃の足が半歩前へ出る。
その目は鋭い。柔らかさが全部消えている。たぶん、今は敵を見ていない。もっと昔の、もっと嫌なものを見せられている。
「そうだ、それでいい。その揺れこそが――」
「一人で受けるな!」
俺は声で切った。
朱乃の視線が、一瞬だけこっちへ来る。
「……見苦しいところを」
「違う」
即答する。
「相手がそこを狙ってるってことだ」
「傷口を知ってる」
式が言った。
「はい」
絶花も頷く。
「今は敵より、姫島先輩の方が危ないです」
「敵の狙いは、あなたを怒らせることじゃないわ」
東郷が、朱乃へ向けて静かに言う。
「“今のあなた”を、昔の傷へ戻すことよ」
朱乃の呼吸が少しだけ止まる。
「切り分けろ」
式が短く言う。
「……切り分ける?」
「傷は傷。今ここに立ってる理由とは別」
朱乃の雷気はまだ乱れている。だが、前みたいに全部が外へ漏れかけているわけじゃない。踏みとどまれる線がまだある。
「お前が今ここにいるのは、姫島の名のためか」
俺が問う。
朱乃が男ではなく、俺を見る。
「……違います」
「異形の血のためか」
「違う」
「なら、何で立ってる」
少しの沈黙。
朱乃が前を向く。敵を見る。その向こうじゃない。夜の駒王、その内側にあるものごと背に受けるように。
「……姫島の名は、消えません」
男が喉の奥で笑った。
「過去も、消えません。嫌なものも、失ったものも、そのままです」
雷が静かに集まり始める。
さっきまでの乱れ方じゃない。細い線が何本も、きちんと一つへ寄っていく。
「でも」
朱乃が息を吸う。
「今ここで立つのは、今の私です」
雷光が走った。
鋭い。だが荒れていない。前話より深く、今まで見た中で一番静かに怒っている雷だった。
「……!」
男の表情が初めて崩れる。
「戻った」
絶花が言う。
「いや、前より深い」
式が小さく返す。
「揺れたあとで、ちゃんと選び直したのね」
東郷が言った。
ようやく見えた。
姫島朱乃は、傷がないから強いんじゃない。傷があるまま、立つ場所を選び直せるから強い。
「行くぞ」
俺が言う。
絶花がすぐに反応する。
「左下、節の裏です!」
「退魔の線に見せてるけど、継ぎ目が粗い! そこ!」
東郷が叫ぶ。
式がもう動いていた。刃が閃き、男の退路になる術の線だけを切る。
「逃がさない」
「……っ!」
男が身体を引く。その一瞬の止まりに、俺は踏み込む。
「そこで止まれ!」
意識を正面へ向けさせる。たったそれだけでいい。朱乃の一撃には、その一瞬で足りる。
「――落ちてください」
雷が走る。
今度の一撃は揺れじゃない。明確な意志の雷だ。男の術式の中心を正確に貫き、龍脈への干渉痕ごと断つ。石組みの下に残っていた嫌なざらつきが、一気に弾けて消える。
光が散る。
男の気配が大きく揺らぐ。
「……駒王も、まだ甘くはないか」
吐き捨てるみたいに言って、男は退いた。深手を負ったのは見えたが、ここで仕留め切るほどの距離は残らない。だが十分だ。
「消えます」
絶花が言う。
「今回は引いたわね」
東郷も息を吐く。
「十分」
式が短く結んだ。
夜が静まる。
さっきまで底にあったざらつきが薄れ、龍脈の流れもようやくまともな深さへ戻る。完全じゃない。だが入口は閉じた。
「収まりました」
絶花が確認する。
「完全ではないけれど、当面は大丈夫ね」
東郷が続けた。
朱乃は少しだけ息を整え、それからこちらを見た。
「……助かりました」
短い。だが、今までで一番素直だった。
「一人で抱えるには重すぎる話だっただけだ」
俺が言う。
朱乃は少しだけ困ったように笑う。
「それでも、私は一人で片づけるつもりでした」
「知ってる」
「そういうところ、少し困りますね」
今度の笑みは、ようやく学園で見せるものに近かった。けど前より少しだけ、作っていない。
「姫島先輩、さっきの雷、すごかったです」
絶花が言う。
「ありがとうございます」
「今の方が自然」
式が続ける。
朱乃が苦笑する。
「……手厳しいですね」
「でも、たぶん褒めてるわ」
東郷が言うと、式は否定しなかった。
少し間があく。
それから朱乃が、夜の奥を一度だけ見る。
「今日のことは、私の方からも伝わると思います」
「上にか」
「ええ」
朱乃は頷く。
「駒王の中を見ている方たちに」
ようやく、線が一本通った。
加入じゃない。味方ともまだ言い切れない。だが、姫島朱乃はもう、ただの隠し事の多い上級生じゃない。
傷を抱えたまま、それでも駒王を守る側に立つ女。
その向こうには、まだ見ていない“駒王の主”がいる。
女王は誰にする?
-
アルファ
-
ララ·サタリン·デビルーク
-
エミリア