※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

380 / 484
今の私で、ここに立つ

 今ので終わる相手じゃない。

 

 龍脈を撫でて、揺れを見て、十分だと思えば引く。そういう手合いは、放っておくと次が面倒になる。しかも今回は、土地だけじゃない。姫島朱乃まで試されている。そこまで分かった以上、痕だけ見て帰るのは百億年早い。

 

「まだ先にいます」

 

 林の奥を見たまま、絶花が言った。

 

「逃げたっていうより、見せる気があります」

 

 東郷も低く続ける。

 

「誘ってるわね。こっちが来る前提で、線を残してる」

 

「ちょうどいい」

 

 俺は前を見る。

 

「顔を見たかった」

 

 式は無言のまま、一番嫌な方へ視線を置いている。朱乃だけが静かだった。前話で乱れたあとだからか、今は逆に余計なものを削いでいる。柔らかいのに、薄い刃みたいな張り方だ。

 

 林をさらに抜けると、地面の感じが変わった。

 

 土が痩せている。昔ここに何かがあった痕だけが残っている。朽ちた石橋の名残みたいな石組みがあり、その下を、見えない流れだけが通っていた。水はない。だが龍脈はここで浅く浮く。神社の裏や学園裏より、さらに嫌な節だ。

 

 そして、その中央に人影が立っていた。

 

 若くはない。だが老いてもいない。神職にも見えるし、退魔師にも見える。ちゃんとした道を踏み外したあと、見た目だけ取り繕ったみたいな立ち方だった。

 

「……やはり来たか」

 

 声に湿り気がない。

 

 東郷が、ほとんど確認だけを置くように言う。

 

「なるほど。退魔側の線を知っているわけね」

 

「知っているとも」

 

 男は笑った。

 

「姫島の術も、祓いの形も、巫の流れもな」

 

 その視線が朱乃へ向く。

 

「娘。まだその名で立っているか」

 

 朱乃の目が細くなる。

 

「……あなたに呼ばれる筋合いはありません」

 

「知り合いではない」

 

 式が言う。

 

「でも、知ってます」

 

 絶花も続けた。

 

 俺は男を睨む。

 

「趣味の悪さだけは一貫してるな」

 

 男は肩をすくめた。

 

「龍脈を削ってた理由は何だ」

 

 俺が聞くと、男は足元の石組みへ目を落とした。

 

「確認だ。この街の内側へ、どこまで手を入れられるか」

 

「神社、学園、その間……全部そのため」

 

 東郷が言う。

 

「そうだ」

 

 男は素直に認める。

 

「だが土地だけ見ても意味は薄い。守る側の揺らぎも見なければな」

 

 朱乃の空気が、わずかに硬くなる。

 

「姫島の娘。巫女の血と、忌まわしい異形の血を抱えたお前は、実によく揺れる」

 

「……最低です」

 

 絶花がはっきり言った。

 

「壊したいんじゃない」

 

 式が男を見る。

 

「崩れるところを見たいだけだ」

 

「余計に質が悪いな」

 

 俺が吐き捨てる。

 

 朱乃は黙っていた。だが、沈黙の質がさっきまでと違う。張っていた糸が、嫌な方向へ強く引かれている。

 

 男はその変化を見て、さらに口元を歪めた。

 

「姫島の名に守られもせず、異形の血を誇りもせず。半端なまま、よく立っている」

 

「……黙りなさい」

 

 その一言と同時に、空気がひりついた。

 

 細い雷気が朱乃の周囲で弾ける。林の葉がびり、と震えた。前話より大きい。

 

「……っ」

 

 絶花が息を呑む。

 

「今のは大きい!」

 

 東郷が低く言う。

 

「危ない」

 

 式は一歩だけ前へ出た。

 

 男の声が、なおも刺さる。

 

「母の死も、家の拒絶も、何一つ綺麗に片づいてはいまい」

 

 朱乃の足が半歩前へ出る。

 

 その目は鋭い。柔らかさが全部消えている。たぶん、今は敵を見ていない。もっと昔の、もっと嫌なものを見せられている。

 

「そうだ、それでいい。その揺れこそが――」

 

「一人で受けるな!」

 

 俺は声で切った。

 

 朱乃の視線が、一瞬だけこっちへ来る。

 

「……見苦しいところを」

 

「違う」

 

 即答する。

 

「相手がそこを狙ってるってことだ」

 

「傷口を知ってる」

 

 式が言った。

 

「はい」

 

 絶花も頷く。

 

「今は敵より、姫島先輩の方が危ないです」

 

「敵の狙いは、あなたを怒らせることじゃないわ」

 

 東郷が、朱乃へ向けて静かに言う。

 

「“今のあなた”を、昔の傷へ戻すことよ」

 

 朱乃の呼吸が少しだけ止まる。

 

「切り分けろ」

 

 式が短く言う。

 

「……切り分ける?」

 

「傷は傷。今ここに立ってる理由とは別」

 

 朱乃の雷気はまだ乱れている。だが、前みたいに全部が外へ漏れかけているわけじゃない。踏みとどまれる線がまだある。

 

「お前が今ここにいるのは、姫島の名のためか」

 

 俺が問う。

 

 朱乃が男ではなく、俺を見る。

 

「……違います」

 

「異形の血のためか」

 

「違う」

 

「なら、何で立ってる」

 

 少しの沈黙。

 

 朱乃が前を向く。敵を見る。その向こうじゃない。夜の駒王、その内側にあるものごと背に受けるように。

 

「……姫島の名は、消えません」

 

 男が喉の奥で笑った。

 

「過去も、消えません。嫌なものも、失ったものも、そのままです」

 

 雷が静かに集まり始める。

 

 さっきまでの乱れ方じゃない。細い線が何本も、きちんと一つへ寄っていく。

 

「でも」

 

 朱乃が息を吸う。

 

「今ここで立つのは、今の私です」

 

 雷光が走った。

 

 鋭い。だが荒れていない。前話より深く、今まで見た中で一番静かに怒っている雷だった。

 

「……!」

 

 男の表情が初めて崩れる。

 

「戻った」

 

 絶花が言う。

 

「いや、前より深い」

 

 式が小さく返す。

 

「揺れたあとで、ちゃんと選び直したのね」

 

 東郷が言った。

 

 ようやく見えた。

 

 姫島朱乃は、傷がないから強いんじゃない。傷があるまま、立つ場所を選び直せるから強い。

 

「行くぞ」

 

 俺が言う。

 

 絶花がすぐに反応する。

 

「左下、節の裏です!」

 

「退魔の線に見せてるけど、継ぎ目が粗い! そこ!」

 

 東郷が叫ぶ。

 

 式がもう動いていた。刃が閃き、男の退路になる術の線だけを切る。

 

「逃がさない」

 

「……っ!」

 

 男が身体を引く。その一瞬の止まりに、俺は踏み込む。

 

「そこで止まれ!」

 

 意識を正面へ向けさせる。たったそれだけでいい。朱乃の一撃には、その一瞬で足りる。

 

「――落ちてください」

 

 雷が走る。

 

 今度の一撃は揺れじゃない。明確な意志の雷だ。男の術式の中心を正確に貫き、龍脈への干渉痕ごと断つ。石組みの下に残っていた嫌なざらつきが、一気に弾けて消える。

 

 光が散る。

 

 男の気配が大きく揺らぐ。

 

「……駒王も、まだ甘くはないか」

 

 吐き捨てるみたいに言って、男は退いた。深手を負ったのは見えたが、ここで仕留め切るほどの距離は残らない。だが十分だ。

 

「消えます」

 

 絶花が言う。

 

「今回は引いたわね」

 

 東郷も息を吐く。

 

「十分」

 

 式が短く結んだ。

 

 夜が静まる。

 

 さっきまで底にあったざらつきが薄れ、龍脈の流れもようやくまともな深さへ戻る。完全じゃない。だが入口は閉じた。

 

「収まりました」

 

 絶花が確認する。

 

「完全ではないけれど、当面は大丈夫ね」

 

 東郷が続けた。

 

 朱乃は少しだけ息を整え、それからこちらを見た。

 

「……助かりました」

 

 短い。だが、今までで一番素直だった。

 

「一人で抱えるには重すぎる話だっただけだ」

 

 俺が言う。

 

 朱乃は少しだけ困ったように笑う。

 

「それでも、私は一人で片づけるつもりでした」

 

「知ってる」

 

「そういうところ、少し困りますね」

 

 今度の笑みは、ようやく学園で見せるものに近かった。けど前より少しだけ、作っていない。

 

「姫島先輩、さっきの雷、すごかったです」

 

 絶花が言う。

 

「ありがとうございます」

 

「今の方が自然」

 

 式が続ける。

 

 朱乃が苦笑する。

 

「……手厳しいですね」

 

「でも、たぶん褒めてるわ」

 

 東郷が言うと、式は否定しなかった。

 

 少し間があく。

 

 それから朱乃が、夜の奥を一度だけ見る。

 

「今日のことは、私の方からも伝わると思います」

 

「上にか」

 

「ええ」

 

 朱乃は頷く。

 

「駒王の中を見ている方たちに」

 

 ようやく、線が一本通った。

 

 加入じゃない。味方ともまだ言い切れない。だが、姫島朱乃はもう、ただの隠し事の多い上級生じゃない。

 

 傷を抱えたまま、それでも駒王を守る側に立つ女。

 その向こうには、まだ見ていない“駒王の主”がいる。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。