サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
朱乃から「神社の後を少し整えたいので、お手伝いをお願いできますか」と言われた時、俺は普通に掃除か札の確認でもやるんだろうと思っていた。
その認識が甘かったのは、境内へ着いてすぐ分かった。
「今日は大きな調査ではありません。軽い後処理と、流れの確認だけです」
石段の上で、朱乃はいつもの柔らかい笑みでそう言った。声の調子も穏やかだし、内容自体もおかしくない。問題は、その次だった。
「ですから、見た目も少し整えましょう」
そう言って、こいつは何でもない顔で布包みを差し出してきた。
「……何だ、それ」
「巫女服です」
即答だった。
俺は一回、絶花を見る。絶花は絶花で、差し出された布包みと朱乃の顔を順に見ただけで、特に慌てもしない。
「必要ですか」
「はい」
朱乃はにこやかに頷いた。
「神社の中では、場へ馴染むことも大事ですから。普段の服装でも問題はありませんが、こちらの方が空気は整いやすいんですよ」
理屈は通っている。少なくとも、完全な思いつきではない。
ただ、その理屈の上に、別のものが三割くらい乗ってる気がするだけだ。
「今の一言でだいぶ怪しくなったな」
「どの一言でしょう」
「場に馴染むのあたりまではまだ分かる。その前後だ」
俺が言うと、朱乃は袖口へ指を添えて、いかにも不思議そうに首を傾げた。
「まあ。疑い深いんですね」
「お前が自然に出しすぎるんだよ」
横で絶花が、布包みを受け取ったまま聞く。
「着ればいいんですか」
「ええ。控え室を使ってください」
「分かりました」
迷いがない。
「待て」
思わず止めると、絶花が振り向いた。
「何ですか」
「いや、お前もそのまま受け入れるな」
「必要なんですよね」
真顔だった。
朱乃が穏やかに補足する。
「必要ですよ。少なくとも、普段のままよりは神社に馴染みます」
「ほら」
「何が“ほら”だ」
俺が言っている間に、絶花はもう控え室の方へ行ってしまった。
早い。
止める理由が弱いから止め切れないのが余計に腹立つ。
しばらくして、控え室の襖が静かに開いた。
絶花が出てくる。
巫女服姿だった。
おかしい。
いや、正確に言うなら、おかしくないのがおかしい。白と赤が妙に馴染んでいる。髪も、立ち方も、視線の置き方も、変に落ち着いていた。似合うとか似合わないとかの前に、最初からそういう格好で神社にいた人間みたいな収まり方をしている。
しかも本人が真顔だ。
「……これでいいですか」
「…………」
言葉が少し遅れた。
朱乃が先に笑う。
「とても似合っていますよ」
「そうですか」
絶花は頷いた。
反応が薄い。薄いくせに、着せられてる感じもない。必要だから着た、という顔をしているせいで、余計に破壊力がある。
「いや、もっと何かあるだろ」
俺が言うと、絶花が少しだけ首を傾げた。
「何がですか」
「恥ずかしいとか、落ち着かないとか」
「必要だから着ました」
真っ直ぐ返された。
「動きにくくもないです。袖だけ少し気をつければ大丈夫です」
「そこから入るのか」
朱乃は楽しそうに目を細める。
「素晴らしい心構えですね」
たぶん少し楽しんでるな、この人。
境内へ出ると、朱乃が札の確認や供物台の位置を軽く説明した。龍脈の乱れ自体はもうかなり落ち着いているらしく、今日は本当に後処理と見回りだけらしい。
「まずは札の位置確認からお願いします」
「はい」
絶花は巫女服のまま、すぐに動いた。
それがまた妙におかしい。
見た目は巫女だ。だが動きが完全に剣士のそれだった。裾を乱さず、足音を殺し、札の位置を一目で見て、ずれたものを即座に直す。速い。しかも無駄がない。
俺は札を持ち直す絶花を見ながら思う。
見た目と中身の噛み合わせが変な方向で完璧だ。
「手際がいいですね」
朱乃が素直に感心したように言う。
「前より流れが静かなので、見やすいです」
絶花は真面目に答える。
「神社の中だと、線も揃ってます」
「順応が早すぎるだろ」
俺が言うと、絶花は少し考えたあとで答えた。
「神社だからだと思います」
「その理屈で納得していいのか分からん」
「いいと思いますよ」
朱乃がしれっと言った。
味方がいない。
手水舎のあたりで、朱乃がふと絶花を呼び止めた。
「絶花さん、少しだけこちらへ」
「はい」
絶花が素直に近づくと、朱乃は袖の位置をほんの少し直し、額に落ちかけていた髪を整えた。動きは自然だ。丁寧だ。丁寧すぎて、余計に怪しい。
「おい」
「何でしょう」
朱乃がこっちを見る。
「今の必要か?」
「神社では身なりも大事ですから」
「それだけか?」
「それだけでは駄目ですか?」
言い方が綺麗すぎる。
絶花が自分の袖を見下ろす。
「変でしたか」
「いいえ。とても似合っています。ただ、もう少し整うと思っただけです」
「分かりました」
「お前も受け入れるな」
「必要なら」
「その“必要”の判定が甘いんだよ」
絶花は少し考えた顔をしてから、「そうでしょうか」とだけ返した。
その時、境内を抜ける風が急に強くなった。
札が一枚、ひらりと浮く。
「あら」
朱乃が言う。
「絶花!」
「はい」
返事と同時に、絶花が踏み込む。
巫女服の裾を乱さず、空中で札を取る。そのまま手首だけで向きを変え、元の位置へ正確に戻した。間髪入れず、傾きかけた供物台へ手を伸ばし、倒れる前に支える。
「大丈夫です」
「……何でそんなに無駄がないんだ」
思わず口に出る。
朱乃は、今度は隠しもせずに楽しそうだった。
「素晴らしいですね」
「もう完全に馴染んでるな……」
「そうでしょうか」
絶花は本気で分かっていない顔をする。
「神社の中は、見えるものが多いです」
「そこじゃねえ」
「そうですか」
作業が一段落する頃には、もう違和感を覚えているのが俺だけみたいな空気になっていた。朱乃は最初からそういうつもりだったんだろうが、絶花まで普通に馴染むせいで、こっちの感覚の方が間違ってる気がしてくる。
「助かりました」
拝殿前で朱乃が言う。
「予想以上に手際がよかったです」
「神社の中は、前より静かですから」
絶花が答える。
「動きやすいです」
「巫女服まで含めて馴染む必要はなかったと思うが」
俺が言うと、絶花が真顔のままこっちを見た。
「必要なら、また着ます」
「軽く言うな」
「それは心強いですね」
朱乃がすぐに乗る。
「乗るな」
「まあ」
笑い方まで柔らかい。
やっぱり少し楽しんでるな、この人。
帰り際、石段を下りながら、神社の空気が前よりだいぶ軽いことに気づいた。龍脈の硬い張りも薄れているし、妙な緊張の名残も少ない。そういう意味では、今日の後処理自体はちゃんと意味があったんだろう。
だとしても、だ。
「……何でそんなに馴染んでるんだ」
俺が呟くと、絶花は隣で本気で考えたあと、答えた。
「神社だからだと思います」
「答えになってるようで、なってないな」
「そうですか」
「私は十分納得しましたよ」
後ろから朱乃が言う。
「お前はもう黙ってろ」
「まあ」
龍脈の話をしていた時より、よほど疲れた気がした。
けど、悪くはない。
少なくとも、この神社に立つ空気は前より少しだけ柔らかくなっていた。
その柔らかさの中で、巫女服姿の絶花だけが、最後まで妙にしっくり来すぎていた。
女王は誰にする?
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