サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
駒王は静かだった。
静かといっても、街そのものの音が消えたわけじゃない。車は走るし、人も歩く。夕方になれば店先から音楽も漏れる。けど、神社の硬い張りや、学園裏にへばりついていたざらつきは、表から見ればもうだいぶ薄い。
片づいた、とは思わない。
ただ、見え方が変わっただけだ。
「前より静かです」
居間の窓際で外を見ていた絶花が、小さく言った。
「そうだな」
「でも、終わった感じではないです」
「ああ」
机に肘をつきながら返す。
「龍脈の件そのものより、こっちを見てる側が増えた」
絶花がゆっくり振り向く。
「……朱乃先輩の向こう側ですか」
「たぶんな」
姫島朱乃は、もう十分見た。
傷を抱えたまま、それでも駒王を守る側に立っていた女。神社の節も、学園の重なりも、その内側の空気も知っていた。なら、次に出てくるのはその向こうにいるやつだ。
朱乃が一人で抱えるには重すぎる話だった。
だったら、その上がいる。
そう考えていたところで、来客の気配が一つ落ちてきた。
絶花も同時に顔を上げる。
「来ます」
「分かる」
迷いのない、きれいな気配だった。隠す気はない。だが馴れ馴れしくもない。扉の向こうで一度だけ立ち止まり、それから静かに引き戸が開く。
「こんばんは」
姫島朱乃だった。
いつもの柔らかな笑み。けれど、今日は最初から本題だけを持ってきている顔をしている。回りくどい挨拶で場を温める気がない。
「朱乃先輩」
絶花が頭を下げる。
「早いな」
俺が言うと、朱乃は小さく笑った。
「早い方がいい話ですので」
「そうか。じゃあ最初から聞く。何だ」
朱乃は素直に頷いた。
「お会いしたいとおっしゃる方がいます」
絶花が少しだけ目を瞬かせる。
「……会いたい方」
「朱乃、お前がそう言う時点でだいたい分かる」
俺が言うと、朱乃は「でしたら話は早いですね」と返した。
“誰か”じゃない。
“会いたい方”。
その言い方自体が、もう格を置いている。
「駒王を見てる主側か」
「ええ」
否定はしなかった。
絶花が静かに続ける。
「……朱乃先輩の上ですか」
朱乃は少しだけ考えるように目を細めた。
「“上”という言い方も、間違いではありません」
「王か」
口にすると、居間の空気がほんの少しだけ沈んだ気がした。
朱乃はまた、否定しない。
「会っていただけますか」
「断る理由はない」
俺は即答した。
絶花も頷く。
「行きます」
「ありがとうございます」
礼は早い。そこに朱乃個人の頼みだけじゃない重さが混じっているのが分かる。自分の判断で声をかけているわけじゃない。少なくとも、話は向こうまで通っている。
俺は椅子にもたれたまま、朱乃を見る。
「今回の件を向こうがどう聞いてる」
「駒王に害をなすために動いているわけではない、とは伝わっています」
朱乃は丁寧に答える。
「神社の件、龍脈の件、学園裏の干渉、そのすべてで、あなたたちは結果として守る側に立ちましたから」
「“伝わってる”だけか」
「ええ」
朱乃の声は柔らかいままだった。
「それと信用することは、別ですので」
絶花が小さく言う。
「……測られるんですね」
「はい」
朱乃は頷く。
「今回の面会は、感謝だけではありません」
「構わねえよ」
俺は答える。
「こっちも会って見たい」
朱乃の目がほんの少しだけ和らいだ。
「そうおっしゃると思っていました」
だろうな。
礼だけを言わせるために呼ぶような主なら、朱乃がこんな顔で来るはずがない。王ならまず測る。そこに不満はない。むしろ、そうである方が筋が通る。
「どこで会う」
「駒王学園です」
絶花が少しだけ緊張を含んだ声で繰り返す。
「学校の中、ですか」
「ええ。ただし」
朱乃がわずかに間を置いた。
「普段あなたたちが見ている駒王学園の延長だとは思わないでください」
「オカルト研究部、か」
言うと、朱乃はやや困ったように笑った。
「そこまで読まれていると、少し困りますね」
「神社の件から逆算すりゃ分かる」
神社は節だった。学園は重なりだった。龍脈の流れが学園へ伸び、朱乃がそこを守る側として立っていた。なら、その中心にいるのはひとりしかいない。
「学園の中に、また別の空気があるんですね」
絶花が言う。
「はい」
朱乃ははっきり答えた。
「次はそこへ入っていただきます」
それで十分だった。
話の骨組みは見えた。神社と龍脈を通して駒王の裏へ触れ、その守り手の一人である朱乃と線が通った。その先で会うのは、駒王の内側を預かる王。
居間の空気は静かなままだったが、内側で別の緊張が形になり始めているのが分かった。
朱乃が帰ろうとしたところで、玄関先まで見送るついでに俺はひとつだけ聞いた。
「一つ確認する」
朱乃が足を止める。
「何でしょう」
「これは感謝か。それとも呼び出しか」
少しだけ沈黙があった。
曖昧に笑って流すかと思ったが、朱乃は正面から受けた。
「両方です」
絶花が「……両方」と小さく繰り返す。
「礼を言うだけなら、私が来れば済みます」
朱乃は穏やかに言った。
「でも今回は、それでは足りません」
「だろうな」
「ですから、会っていただきます」
きれいな言い方だ。だが、本質は外していない。礼もある。だがそれ以上に確認だ。そういう場を設ける主なら、やはり王だ。
朱乃が去ったあと、玄関の戸が閉まる音がやけに静かに響いた。
居間へ戻ると、絶花がまだ少しだけ張った顔をしている。
「次は、朱乃先輩の主ですね」
「ああ」
「少し怖いです」
「だろうな」
俺は素直に返した。
絶花は俯きもせず、ただ考えるように言う。
「でも、会わない方が変です」
「そうだ」
今の俺たちは、もう駒王の外から勝手に覗いているだけの立場じゃない。神社にも触れた。龍脈にも触れた。朱乃の向こう側からも見られている。だったら、次に進まない方が不自然だ。
夜の駒王は静かだった。
窓の向こうに見える学園の灯りも、いつもと何も変わらない。けれど、その下にはまだ見えていない領域がある。神社の節。学園の重なり。朱乃の傷。その全部の向こうにいる、赤い王の領域だ。
次はそこへ踏み込む。
駒王を預かる王と、正面から会う。
女王は誰にする?
-
アルファ
-
ララ·サタリン·デビルーク
-
エミリア