※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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赤き王の戦場

 公園の異変を片づけたあとも、空気の底にはまだ薄い引っかかりが残っていた。

 

 大したものじゃない。言ってしまえば、あの場に溜まりかけていた澱みの名残だ。けど、絶花が立ち止まった時点で話は変わる。こいつは、ただ「何かある」と言う時より、「まだ少しだけ残ってます」と言う時の方が面倒なものを拾ってくる。

 

「……まだ少しだけ、残ってます」

 

 夜道の真ん中で、絶花がそう言った。

 

 公園を出て、住宅街の外れへ差しかかったところだった。街灯の明かりが地面へ薄く落ちて、遠くで車の走る音がする。駒王の夜は静かだが、死んではいない。生活の音がちゃんとある。そのすぐ下に、見えない流れの残りだけが沈んでいた。

 

「公園の澱みじゃないな」

 

 俺が言うと、東郷が一歩だけ足を止める。

 

「ええ。もっと下ね」

 

 東郷は周囲じゃなく、地面の下の線を頭の中でなぞるみたいな顔をしていた。

 

「龍脈の残りに近いわ」

 

「浅くないです」

 

 小猫が短く言う。

 

「散ったあとで、寄り直してる感じがします」

 

「部長」

 

 朱乃がリアスを見る。

 

「前の件の残滓と繋がっているかもしれません」

 

 リアスはすぐには答えなかった。

 

 黙って、夜の先を見る。その沈黙が、迷いじゃなく判断の間だと分かるあたりが、この女らしい。言葉にする前に、切るか進むかをもう決めている。

 

「……そう」

 

 やがて、リアスは言った。

 

「なら今日は、もう一段だけ深いところまで見せるわ」

 

 見せる。

 

 まだその言い方を使う時点で、完全にこっちを内側扱いしたわけじゃない。けど同時に、もう“見学だけで帰して終わり”の段階も越えている。

 

 俺たちはそのまま、リアスたちに続いた。

 

 向かったのは、学園と街の境目みたいな場所だった。

 

 古い坂道。片側は低い石垣、もう片側は細い排水路。昼間なら誰も気にせず通り過ぎるだけの道だ。けど、夜になると空気の底が少しだけ薄くなる。街灯が照らしているのに、明るさの届かないところがある。そういう場所だった。

 

「ここ、前の神社裏と線の質が近いわ」

 

 東郷が言った。

 

 絶花もすぐ頷く。

 

「……はい。でも、神社より散ってます」

 

「散ってるんじゃない」

 

 式が、排水路の脇を見たまま言う。

 

「まだ息がある」

 

 小猫が続ける。

 

「残滓が、寄り直してる」

 

 リアスが坂の途中で立ち止まる。

 

「この辺りは駒王の端としては弱いの」

 

 振り返らないまま、言葉だけが落ちる。

 

「だから、浅い異変が深い流れに触る時、こういう場所から表へ出やすいわ」

 

「なるほどな」

 

 俺は周囲を見る。

 

「つまり、ここが次の入口か」

 

「ええ。放っておけば、ね」

 

 派手じゃない。だが、嫌な場所だ。

 

 神社みたいに節そのものが露出してるわけじゃない。学園裏みたいに誰かが守る前提で固められてもいない。ただ、日常のすぐ横にあるからこそ、浅いものが深い流れへ触れやすい。そういう意味で、たぶん一番面倒だ。

 

 その場で、リアスが即座に役割を割った。

 

「朱乃は右の流れを押さえて。小猫は左の綻びを閉じる」

 

「はい、部長」

 

「分かってます」

 

 そこまでは、もう見た形だ。

 

 問題はその次だった。

 

 リアスの視線が、俺たちへ向く。

 

「太郎くんたちは、中央には入らないで。まず外周を見て」

 

「信用されてないな」

 

 言うと、リアスは少しだけ口元を緩めた。

 

「逆よ。見ないまま中央へ入られる方が困るの」

 

 東郷が、そこで小さく笑う。

 

「線を荒らさずに触れるか、確認したいわけね」

 

「そういうこと」

 

 リアスはあっさり認めた。

 

「宮本さんは外周の流れを見て。式さんは余計な線だけを切って。東郷さんは偏りを見て」

 

 そして最後に、俺を見る。

 

「太郎くんは、全体が噛み合わなくなった時だけ動いて」

 

 なるほど。

 

 止めるんじゃない。役割を決めて、戦場の中へ置いてくる。これは完全に王の使い方だ。しかも、部外者を完全に排除もしない。そのかわり、最初から信用した位置にも置かない。

 

 嫌いじゃない。

 

「分かった」

 

 短く返す。

 

 その時だった。

 

 排水路の脇、濡れたアスファルトの隙間から、ざら、と空気が鳴った。

 

「……来ます」

 

 絶花の声が落ちる。

 

「右下、流れが偏る」

 

 東郷がすぐに重ねる。

 

「上がる」

 

 式が言った瞬間、地面の下から薄く黒い揺らぎが浮いた。

 

 怪物の形にはならない。なりきれない。けど、形になる一歩手前で踏みとどまっている。その半端さが余計に厄介だった。人の感情の澱みみたいなものと、龍脈の残滓が噛み合って、“入口”だけを作ろうとしている感じがある。

 

「部長」

 

 朱乃が声をかける。

 

「前の残滓と同じ質です」

 

「でも、こっちは浅いです」

 

 小猫が左端へ滑り込む。

 

「浅いからこそ厄介ね」

 

 リアスが一歩前へ出る。

 

「流れへ潜る前に止めるわ」

 

 大きくはない。だが、それで甘く見ていいものでもない。

 

 これが日常の裏に何度も積もっていくなら、神社や龍脈の節へ届く前の時点で街の足元が腐る。リアスたちが“目立たない仕事”を続けてきた理由が、ようやく腹へ落ちた。

 

「……左に逃げます!」

 

 絶花が言った。

 

「違うわ」

 

 東郷が即座に切る。

 

「逃げるんじゃない。左へ寄せて、右を薄くしてる」

 

「なら右を切る」

 

 式が言う。

 

「待て」

 

 俺はそこで止めた。

 

「切るのは一本だけでいい。絶花、残る中心を見ろ」

 

「はい!」

 

 絶花の視線が、空気の揺らぎの中へ吸い込まれる。

 

「あります。右じゃなくて、その奥。二重です」

 

「そこか」

 

 式が一歩踏み込んだ。

 

 刃が走る。余計な線だけが落ちる。黒い揺らぎの形が、一瞬だけ定まった。

 

「今だ、リアス」

 

「ええ。朱乃」

 

「はい、部長」

 

 朱乃の雷が、広く静かに走る。

 

 神社裏で見た時の、あの綺麗に整う雷だ。場そのものの歪みだけを撫でて、余分なざらつきを均していく。その間に小猫が左の綻びへ潜り込み、出口になるはずだった薄い裂け目を塞ぐ。

 

 そして、その上へリアスが入った。

 

「そこまでよ」

 

 言葉そのものが圧になる。

 

 リアスの前では、空気の歪みまで少しだけ膝を折る気がする。そんな錯覚があった。黒い揺らぎが一度だけ広がりかけ、そこでリアスの圧と朱乃の雷と小猫の押さえ込みに三方から潰される。

 

 俺はそこで、最後の散り際だけを見た。

 

 逃がすな。けど、踏み荒らすな。

 

 今必要なのは派手な一撃じゃない。リアスたちの理を壊さず、歪みの残りを散らすことだ。坂道の端へ寄りかけた残りのざらつきを、俺は外から押し崩した。形を取る前にほどく。それだけで十分だった。

 

 空気が静まる。

 

 地面の下の薄い引っかかりが、ようやく引いていった。

 

「……悪くないわね」

 

 リアスが言った。

 

「そりゃどうも」

 

「無理に前へ出ない。でも、必要なところでは止まらない」

 

 東郷が少しだけ肩をすくめる。

 

「観察としては悪くない評価ね」

 

「部長、今のはかなり高い方だと思います」

 

 朱乃が穏やかに言う。

 

 小猫が、珍しくはっきりこっちを見た。

 

「……変に踏み荒らさないのは、いいです」

 

 絶花が小さく首を傾げる。

 

「褒められてますか」

 

「たぶん」

 

 小猫が言う。

 

「十分」

 

 式が短く結ぶ。

 

 味方扱いじゃない。信用されたわけでもない。けど、同じ現場に置ける相手としては見られた。それで、この段階としては十分だった。

 

 夜の坂道は、もうさっきまでの嫌な薄さがない。街灯の光も、排水路の匂いも、ただの夜の住宅街のものへ戻っている。

 

「今日はここまでね」

 

 リアスが言った。

 

「龍脈の本筋は、まだ残ってるんだろ」

 

「ええ」

 

 リアスは迷わず頷く。

 

「でも今夜みたいな綻びも、駒王の内側では無視できないの」

 

「大きいものだけ見ていると、小さいものに足を取られますから」

 

 朱乃が続ける。

 

 絶花が、静かになった坂道を見てから言った。

 

「……少し分かりました」

 

「何がかしら」

 

「部長たちが、ずっと駒王を見ていた意味です」

 

 リアスが少しだけ目を細める。

 

「そう。なら今日は無駄ではなかったわね」

 

 少しの沈黙。

 

 夜の空気は静かだ。けど、その静けさは神社の時みたいな張りつめたものじゃない。ちゃんと手が入って保たれている静けさだった。

 

「次は“見せる”では済まないかもしれないわ」

 

 リアスが言う。

 

「呼ぶ気か」

 

「必要なら、ね」

 

 礼でもない。信用でもない。

 

 けど、“呼ぶかもしれない”と王が言った。

 

 それで十分だ。

 

 俺は坂の下へ視線を落とす。駒王の夜は、相変わらず静かだった。その静けさの裏で、こういう目立たない仕事が積み重なっている。神社の節も、龍脈の重なりも、今夜みたいな浅い綻びも、全部まとめて駒王の内側だ。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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