※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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龍脈が吼える夜

 夜の空気は、一度静まったあとほど嫌なものを隠す。

 

 公園の綻びを処理して拠点へ戻ったあとも、どうにも寝る気になれなかった。絶花も同じだったらしく、居間の窓際でじっと外を見ていた。東郷は机の上に簡単な地図を広げ、式はソファの端で目を閉じているようで閉じていない。

 

 その均衡が崩れたのは、日付が変わる少し前だった。

 

「……来ます」

 

 絶花が言う。

 

 声は小さい。だが、浅いものを見た時の響きじゃない。

 

「浅いのか、深いのか」

 

 俺が聞くと、絶花は窓の外ではなく、もっと下を見ているみたいな目で答えた。

 

「深いです。前の残りじゃなくて、下から持ち上がってきてます」

 

 東郷も同じところへ思考を落としていたらしい。

 

「神社だけでも、学園だけでもないわね。線が繋がってる」

 

「本筋」

 

 式が短く言う。

 

 その直後、机の上の端末が鳴った。

 

 予想通りの相手だった。

 

「太郎さん。夜分に失礼します」

 

 朱乃の声は柔らかい。けれど、その奥に余裕は薄い。

 

「来たか」

 

「ええ。今夜は、見学では済みません」

 

「呼ぶんだな」

 

 一拍。

 

「はい。部長も、そのつもりです」

 

 それで十分だった。

 

 俺たちはすぐに動いた。

 

 夜のオカルト研究部は、前に来た時よりも明らかに張っていた。部室の空気が静かなのは同じだ。けど、今夜の静けさは主が腰を据えている静けさじゃない。もう立ち上がることを決めた人間が、一歩手前で空気を揃えている静けさだった。

 

「来てくれて助かるわ」

 

 リアスが言う。

 

 この女が最初にそう言う時点で、事態の重さはだいたい分かる。

 

「今夜は礼から入るんだな」

 

「今夜は時間が惜しいの。変な意地を張っている場合じゃないわ」

 

 言い方は柔らかいが、言っていることははっきりしている。東郷がそれを聞いて小さく息を吐いた。

 

「かなり悪いのね」

 

「ええ。神社の節、学園裏、街の端。全部が一度に薄く揺れている」

 

 絶花が、部室の床越しに広がる見えない線へ感覚を伸ばしている。

 

「……一つじゃないです。でも、根は一つです」

 

「前の干渉の残りが、龍脈本筋の揺れに乗っています」

 

 朱乃が続け、小猫が短く言う。

 

「放っておくと、境目から入られます」

 

 リアスが俺たちを見た。

 

「だから今夜は、あなたたちにも手を借りるわ」

 

 見せる、じゃない。借りる、だ。

 

 そこでようやく、この夜の位置が定まった。

 

 部室の机に広げられた簡易地図の前で、リアスは無駄なく言葉を切った。

 

「今夜の目的は一つ。龍脈へ“入口”を作らせないことよ」

 

「敵本体を落とすより先にか」

 

「ええ。今はそれが優先」

 

 地図の上の神社、学園、住宅街の端。その線を指先で結ぶ。

 

「現場は、この三つの境目が浅く重なる場所。以前見た残滓が、そこから寄り直しているわ」

 

 そして、役割を割る。

 

「朱乃は神社寄りを押さえて。小猫は学園側の綻びを閉じる」

 

「はい、部長」

 

「分かってます」

 

「絶花さんは流れを見て。東郷さんは偏りと偽装を読む。式さんは余計な線だけを切って」

 

「十分」

 

 最後に、俺へ視線が来る。

 

「太郎くんは中央に入らないで。全体が噛み合わなくなった時だけ、押さえて」

 

「また王の使い方だな」

 

「そちらもそうでしょう?」

 

 否定できない。

 

 戦場に誰をどこへ置くか。それを決めるのも王の仕事だ。

 

 現場は、神社の裏から学園の端へ抜ける古い水路跡だった。昔はちゃんとした通路だったのかもしれないが、今は半分埋もれて、夜の中にだけ残っている。水は流れていない。けれど、地の下には別の流れが重なっていた。

 

 ここは深い。

 

 重いんじゃない。深い。足元の下に、見えない線が何枚も擦れ合っている。

 

「……ここです」

 

 絶花が言う。

 

「神社、学園、街。線が全部ここで擦れてる」

 

 東郷の声も低い。

 

「裂ける手前」

 

 式がそう言った時、朱乃が先に気づいた。

 

「部長、もう始まっています」

 

「ええ。だから、ここで止めるわ」

 

 リアスの言葉とほぼ同時に、地面の下でざらりと何かが噴き上がった。

 

「来ます! 下から上がります!」

 

「右、左、奥……三方向!」

 

「多い」

 

 絶花、東郷、式の声が重なる。

 

 黒い揺らぎだった。形はない。だが、形になろうとする意志だけがある。以前見たような、龍脈へ薄く歯を立てる嫌な質。それが今夜は、はっきり“入口”を作ろうとしていた。

 

「前の干渉と同じ質です!」

 

「綻びが増えます!」

 

 朱乃と小猫がそれぞれの位置へ散る。

 

「予定通りでいいわ。朱乃、小猫、位置について!」

 

「はい!」

 

「……っ」

 

 リアスの声ひとつで場が揃う。

 

 これが駒王の王の戦場だ。

 

「左に逃げます!」

 

 絶花が叫ぶ。

 

「違うわ、逃げるんじゃない。左へ寄せて、右を薄くしてる」

 

 東郷が即座に修正する。

 

「なら右を切る」

 

 式が動く気配を見せた瞬間、俺は止めた。

 

「待て。切るのは一本だけでいい。絶花、残る中心を見ろ」

 

「はい!」

 

 絶花の視線が、目の前の揺らぎを通り越して、その下へ潜る。

 

「中心、奥です! でも一つじゃない、重なってます!」

 

「上の線は偽装よ! 本筋は下!」

 

 東郷が言い切る。

 

「なら落とす」

 

 式が一閃した。

 

 上に浮いていた余計な線だけが消える。黒い揺らぎの輪郭が一瞬だけ定まった。

 

「部長!」

 

「ええ、見えたわ!」

 

 リアスが中央へ踏み込む。

 

 その横を、朱乃の雷が広く走った。場のざらつきが一度だけ整う。小猫は左側の綻びへほとんど潜り込むように入り込み、裂けかけた入口を押し戻した。

 

「左、閉じます」

 

「まだ足りねえ」

 

 俺は中央の一歩手前で言う。

 

「右奥が噛んでる」

 

「はい! そこだけ、まだ下と繋がってます!」

 

 絶花の言葉に合わせて、俺は一歩だけ中央寄りへ入った。

 

 押しつぶすんじゃない。噛み合わせを外すだけでいい。見えない歯車みたいに噛みついていた流れへ、横から圧をかける。そこにリアスの圧が正面から重なる。

 

 赤き王の圧と、外から来た王の押さえが、一瞬だけ噛み合った。

 

「……そこまでよ!」

 

 リアスの声が落ちる。

 

 その瞬間、黒い揺らぎが音もなく崩れた。穴になりかけていた空気がほどけ、地の下へ沈んでいく。残ったざらつきは朱乃の雷が散らし、小猫が最後の綻びを閉じた。

 

 静かになった。

 

 今度の静けさは、張りつめたものじゃない。ちゃんと異変が退いたあとの静けさだった。

 

 しばらく誰も喋らなかった。

 

 最初に口を開いたのはリアスだ。

 

「……今のは、かなり良かったわ」

 

「ずいぶん素直だな」

 

「今回はそう言っていいもの」

 

 朱乃が、小さく息をついて言う。

 

「部長、それはかなり上の評価です」

 

「……邪魔じゃなかったです」

 

 小猫が言った。

 

 東郷が少しだけ笑う。

 

「小猫さん、それはもうだいぶ褒めてるわよ」

 

「たぶん、はい」

 

 絶花が真面目に補足する。

 

「十分」

 

 式が結ぶ。

 

 礼じゃない。社交辞令でもない。戦場のあとで王が置く評価だった。

 

 水路跡を出る頃には、夜の空気もだいぶ落ち着いていた。さっきまでの深い引っかかりは薄れ、街灯の光も、ただの夜の街の光に戻っている。

 

「今日はここまでね」

 

 リアスが言う。

 

「龍脈の本筋は、まだ残ってるんだろ」

 

「ええ。でも今夜みたいな綻びも、駒王の内側では無視できないの」

 

「大きいものだけ見ていると、小さいものに足を取られますから」

 

 朱乃が自然に続ける。

 

 絶花は、静かになった水路の方を見たまま言った。

 

「……少し分かりました」

 

「何がかしら」

 

「部長たちが、ずっと駒王を見ていた意味です」

 

 リアスが少しだけ目を細める。

 

「そう。なら今日は無駄ではなかったわね」

 

 一拍。

 

「次からは、見せる必要はなさそうね」

 

 その言い方で分かった。

 

「呼ぶつもりか」

 

「必要なら、最初からそうするわ」

 

 朱乃がわずかに笑う。

 

「ありがとうございます、部長」

 

「朱乃。まだ気は早いわよ」

 

「でも、前よりはだいぶましです」

 

 小猫がぼそりと落とす。

 

「それは進歩ね」

 

 東郷が言う。

 

「……また来ますか」

 

 絶花が聞く。

 

「ええ」

 

 リアスは迷わなかった。

 

「駒王の内側で何か起きるなら、あなたたちももう無関係ではないもの」

 

「だろうな」

 

 それで十分だった。

 

 味方とはまだ違う。だが、赤き王はもう、俺たちを外だけの存在とは見ていない。

 

 次に呼ばれる時は、たぶん最初から同じ戦場だ。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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