サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
夜の空気は、一度静まったあとほど嫌なものを隠す。
公園の綻びを処理して拠点へ戻ったあとも、どうにも寝る気になれなかった。絶花も同じだったらしく、居間の窓際でじっと外を見ていた。東郷は机の上に簡単な地図を広げ、式はソファの端で目を閉じているようで閉じていない。
その均衡が崩れたのは、日付が変わる少し前だった。
「……来ます」
絶花が言う。
声は小さい。だが、浅いものを見た時の響きじゃない。
「浅いのか、深いのか」
俺が聞くと、絶花は窓の外ではなく、もっと下を見ているみたいな目で答えた。
「深いです。前の残りじゃなくて、下から持ち上がってきてます」
東郷も同じところへ思考を落としていたらしい。
「神社だけでも、学園だけでもないわね。線が繋がってる」
「本筋」
式が短く言う。
その直後、机の上の端末が鳴った。
予想通りの相手だった。
「太郎さん。夜分に失礼します」
朱乃の声は柔らかい。けれど、その奥に余裕は薄い。
「来たか」
「ええ。今夜は、見学では済みません」
「呼ぶんだな」
一拍。
「はい。部長も、そのつもりです」
それで十分だった。
俺たちはすぐに動いた。
夜のオカルト研究部は、前に来た時よりも明らかに張っていた。部室の空気が静かなのは同じだ。けど、今夜の静けさは主が腰を据えている静けさじゃない。もう立ち上がることを決めた人間が、一歩手前で空気を揃えている静けさだった。
「来てくれて助かるわ」
リアスが言う。
この女が最初にそう言う時点で、事態の重さはだいたい分かる。
「今夜は礼から入るんだな」
「今夜は時間が惜しいの。変な意地を張っている場合じゃないわ」
言い方は柔らかいが、言っていることははっきりしている。東郷がそれを聞いて小さく息を吐いた。
「かなり悪いのね」
「ええ。神社の節、学園裏、街の端。全部が一度に薄く揺れている」
絶花が、部室の床越しに広がる見えない線へ感覚を伸ばしている。
「……一つじゃないです。でも、根は一つです」
「前の干渉の残りが、龍脈本筋の揺れに乗っています」
朱乃が続け、小猫が短く言う。
「放っておくと、境目から入られます」
リアスが俺たちを見た。
「だから今夜は、あなたたちにも手を借りるわ」
見せる、じゃない。借りる、だ。
そこでようやく、この夜の位置が定まった。
部室の机に広げられた簡易地図の前で、リアスは無駄なく言葉を切った。
「今夜の目的は一つ。龍脈へ“入口”を作らせないことよ」
「敵本体を落とすより先にか」
「ええ。今はそれが優先」
地図の上の神社、学園、住宅街の端。その線を指先で結ぶ。
「現場は、この三つの境目が浅く重なる場所。以前見た残滓が、そこから寄り直しているわ」
そして、役割を割る。
「朱乃は神社寄りを押さえて。小猫は学園側の綻びを閉じる」
「はい、部長」
「分かってます」
「絶花さんは流れを見て。東郷さんは偏りと偽装を読む。式さんは余計な線だけを切って」
「十分」
最後に、俺へ視線が来る。
「太郎くんは中央に入らないで。全体が噛み合わなくなった時だけ、押さえて」
「また王の使い方だな」
「そちらもそうでしょう?」
否定できない。
戦場に誰をどこへ置くか。それを決めるのも王の仕事だ。
現場は、神社の裏から学園の端へ抜ける古い水路跡だった。昔はちゃんとした通路だったのかもしれないが、今は半分埋もれて、夜の中にだけ残っている。水は流れていない。けれど、地の下には別の流れが重なっていた。
ここは深い。
重いんじゃない。深い。足元の下に、見えない線が何枚も擦れ合っている。
「……ここです」
絶花が言う。
「神社、学園、街。線が全部ここで擦れてる」
東郷の声も低い。
「裂ける手前」
式がそう言った時、朱乃が先に気づいた。
「部長、もう始まっています」
「ええ。だから、ここで止めるわ」
リアスの言葉とほぼ同時に、地面の下でざらりと何かが噴き上がった。
「来ます! 下から上がります!」
「右、左、奥……三方向!」
「多い」
絶花、東郷、式の声が重なる。
黒い揺らぎだった。形はない。だが、形になろうとする意志だけがある。以前見たような、龍脈へ薄く歯を立てる嫌な質。それが今夜は、はっきり“入口”を作ろうとしていた。
「前の干渉と同じ質です!」
「綻びが増えます!」
朱乃と小猫がそれぞれの位置へ散る。
「予定通りでいいわ。朱乃、小猫、位置について!」
「はい!」
「……っ」
リアスの声ひとつで場が揃う。
これが駒王の王の戦場だ。
「左に逃げます!」
絶花が叫ぶ。
「違うわ、逃げるんじゃない。左へ寄せて、右を薄くしてる」
東郷が即座に修正する。
「なら右を切る」
式が動く気配を見せた瞬間、俺は止めた。
「待て。切るのは一本だけでいい。絶花、残る中心を見ろ」
「はい!」
絶花の視線が、目の前の揺らぎを通り越して、その下へ潜る。
「中心、奥です! でも一つじゃない、重なってます!」
「上の線は偽装よ! 本筋は下!」
東郷が言い切る。
「なら落とす」
式が一閃した。
上に浮いていた余計な線だけが消える。黒い揺らぎの輪郭が一瞬だけ定まった。
「部長!」
「ええ、見えたわ!」
リアスが中央へ踏み込む。
その横を、朱乃の雷が広く走った。場のざらつきが一度だけ整う。小猫は左側の綻びへほとんど潜り込むように入り込み、裂けかけた入口を押し戻した。
「左、閉じます」
「まだ足りねえ」
俺は中央の一歩手前で言う。
「右奥が噛んでる」
「はい! そこだけ、まだ下と繋がってます!」
絶花の言葉に合わせて、俺は一歩だけ中央寄りへ入った。
押しつぶすんじゃない。噛み合わせを外すだけでいい。見えない歯車みたいに噛みついていた流れへ、横から圧をかける。そこにリアスの圧が正面から重なる。
赤き王の圧と、外から来た王の押さえが、一瞬だけ噛み合った。
「……そこまでよ!」
リアスの声が落ちる。
その瞬間、黒い揺らぎが音もなく崩れた。穴になりかけていた空気がほどけ、地の下へ沈んでいく。残ったざらつきは朱乃の雷が散らし、小猫が最後の綻びを閉じた。
静かになった。
今度の静けさは、張りつめたものじゃない。ちゃんと異変が退いたあとの静けさだった。
しばらく誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのはリアスだ。
「……今のは、かなり良かったわ」
「ずいぶん素直だな」
「今回はそう言っていいもの」
朱乃が、小さく息をついて言う。
「部長、それはかなり上の評価です」
「……邪魔じゃなかったです」
小猫が言った。
東郷が少しだけ笑う。
「小猫さん、それはもうだいぶ褒めてるわよ」
「たぶん、はい」
絶花が真面目に補足する。
「十分」
式が結ぶ。
礼じゃない。社交辞令でもない。戦場のあとで王が置く評価だった。
水路跡を出る頃には、夜の空気もだいぶ落ち着いていた。さっきまでの深い引っかかりは薄れ、街灯の光も、ただの夜の街の光に戻っている。
「今日はここまでね」
リアスが言う。
「龍脈の本筋は、まだ残ってるんだろ」
「ええ。でも今夜みたいな綻びも、駒王の内側では無視できないの」
「大きいものだけ見ていると、小さいものに足を取られますから」
朱乃が自然に続ける。
絶花は、静かになった水路の方を見たまま言った。
「……少し分かりました」
「何がかしら」
「部長たちが、ずっと駒王を見ていた意味です」
リアスが少しだけ目を細める。
「そう。なら今日は無駄ではなかったわね」
一拍。
「次からは、見せる必要はなさそうね」
その言い方で分かった。
「呼ぶつもりか」
「必要なら、最初からそうするわ」
朱乃がわずかに笑う。
「ありがとうございます、部長」
「朱乃。まだ気は早いわよ」
「でも、前よりはだいぶましです」
小猫がぼそりと落とす。
「それは進歩ね」
東郷が言う。
「……また来ますか」
絶花が聞く。
「ええ」
リアスは迷わなかった。
「駒王の内側で何か起きるなら、あなたたちももう無関係ではないもの」
「だろうな」
それで十分だった。
味方とはまだ違う。だが、赤き王はもう、俺たちを外だけの存在とは見ていない。
次に呼ばれる時は、たぶん最初から同じ戦場だ。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア