サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
リアスに「次からは見せる必要はなさそうね」と言われてから、二日ほどは妙に静かだった。
静かだから終わった、とは思わない。むしろ、こういう時の方が嫌なものは下に潜る。神社の節も、学園裏の綻びも、夜の坂道の浅い裂け目も、全部まとめて“駒王の内側”だと見せられたあとだ。前みたいに、表面だけ見て見過ごせるほど気楽でもなかった。
だから、その連絡が来た時も驚きはしなかった。
「太郎さん。今、お時間は大丈夫ですか?」
受話器の向こうの朱乃の声は、いつも通り柔らかい。けれど、その柔らかさの奥に回りくどさがない。
「駄目なら切る」
「切りませんよ」
「なら本題だな」
一拍。
「部長が、来てほしいそうです」
「今夜か」
「はい」
短い返事のあと、朱乃は続けた。
「今回は“見せる”ではありません。最初から、協力をお願いする形になります」
ようやく来たか、と思った。
「分かった。行く」
「ありがとうございます。部室でお待ちしています」
通話が切れる。
絶花はもう、俺が何を言うか分かっていたらしい。玄関の方へ視線を向けたまま、小さく言った。
「呼ばれましたか」
「ああ」
「深いですか」
「たぶんな」
式はソファの端で目を開け、東郷は机の上の地図をたたむ。
「ようやく“お願い”になったわけね」
東郷が言う。
「百億年遅い」
式が短く返した。
けど、そのくらいがちょうどいい。
王が王を呼ぶなら、遅すぎるくらいでようやく自然だ。
夜のオカルト研究部は、前に来た時よりもさらに静かだった。
部室の扉を開けた瞬間、空気の密度が違うのが分かる。張っているわけじゃない。もう覚悟を決めた人間の部屋の静けさだ。
「来てくれて助かるわ」
リアスが言った。
今回は、前みたいな試しの匂いが薄い。その分だけ、事態が軽くない。
「今夜は礼から入るんだな」
「必要な時に必要な言葉を使っているだけよ」
リアスは椅子に腰掛けたまま、机の上に広げた紙を指先で押さえた。簡易地図だった。神社、学園、住宅街、その外れの古い水路跡。今まで見た場所が、細い線でひとつに繋がっている。
窓際には小猫がいた。前より露骨には警戒していない。していないが、気を抜いているわけでもない。朱乃はリアスの少し後ろに立っている。神社にいた時とも、龍脈の節を見ていた時とも違う。今は完全に、部長の右に立つ女王の位置だった。
「状況は」
俺が聞くと、リアスはすぐに答えた。
「神社の節、学園裏、街の端。その三つを繋いでいた残滓が、今夜はもう一段深いところで寄り直しているわ」
「本筋か」
「ええ。ただし、まだ全部じゃない」
東郷が地図へ身を寄せる。
「中心があるのね」
「あるわ」
リアスが頷いた。
「けれど、今夜の目的は“本体を倒す”ことではない」
「入口を作らせないこと、ですか」
絶花が言うと、リアスがそちらを見る。
「そう。前に見せた綻びは、あくまで浅いものだった。でも今夜は、もっと深い流れが上へ近づいている。ここで通されると、次は神社だけでも学園だけでも押さえきれなくなるわ」
朱乃が、静かに補う。
「前の干渉と同じ質です。ただ、今夜のものは“残り”ではなく、そこへ繋ぐ道そのものを薄く開こうとしています」
「放っておくと、境目から入られます」
小猫が言う。
リアスはそこで、はっきりと俺たちを見た。
「だから今回は、あなたたちにも最初から手を借りるわ」
その言い方で、部屋の空気が少し変わった。
見せる、試す、確かめる。その段階を越えて、今はもう戦力として呼ばれている。
「作戦は?」
俺が聞く。
「現場は、神社裏から学園端へ抜ける古い石段跡。地の下の流れが浅く重なる場所よ」
リアスの指が地図の一点を押さえる。
「朱乃は神社寄りを抑えて。小猫は学園側の綻びを閉じる」
「はい、部長」
「分かってます」
「絶花さんは流れを見る。東郷さんは偏りと偽装を読む。式さんは余計な線だけを切って」
「十分」
そして最後に、俺へ視線が来る。
「太郎くんは中央へ入らないで。全体が噛み合わなくなった瞬間だけ押さえて」
「また王の使い方だな」
「そちらもそうでしょう?」
否定しない。
戦場で誰をどこへ置くか。それを決めるのも王の仕事だ。
現場へ着いた時には、夜がかなり深くなっていた。
古い石段跡だった。今は半分崩れて、草と土に埋もれている。昼ならただの使われていない通路に見えるだろう。けど今夜は違った。
深い。
重い、じゃない。深い。足の下に、何枚もの流れが擦れ合っている。神社の気、学園の結界、人の生活の残り。それが一つの場所で、薄く噛み合いかけている。
「……ここです」
絶花が言う。
「神社、学園、街。線が全部ここで擦れてる」
東郷の声も低い。
「裂ける手前」
式が言い切った、その瞬間だった。
地面の下で、ざらり、と音がした。
「来ます!」
絶花が声を上げる。
「右、左、奥……三つ!」
「上は偽装です」
東郷が即座に言う。
「本筋は下!」
黒い揺らぎが噴き上がる。
形はない。けれど、形になろうとする意志がある。以前見た浅い澱みとは違う。こっちはもっとはっきり“開こう”としていた。龍脈の上へ、外から歯を立てるみたいに。
「部長!」
朱乃が呼ぶ。
「前の干渉と同じ質です!」
「でも、こっちは深い」
小猫が身を低くする。
「だから、ここで止めるわ」
リアスが一歩前へ出る。
その声ひとつで場が揃う。
「朱乃、小猫、位置について!」
「はい!」
「……っ」
雷気が走る。
朱乃の雷は、前に見た時よりさらに広い。場を焼くためじゃない。ざらつきを均し、歪んだ流れを一度だけ整えるための雷だ。小猫は左の綻びへ滑り込み、開きかけた薄い裂け目を押し戻す。
「左へ寄せてます!」
絶花が叫ぶ。
「違うわ、寄せてるんじゃない。左を見せて、右の下を通す気よ!」
東郷が返す。
「なら切る」
式が動く。
「待て」
俺は止めた。
「切るのは一本だけでいい。絶花、残る中心を見ろ」
「はい!」
絶花の視線が、目の前の揺らぎを通り越して、そのさらに下へ潜る。
「あります! 右奥です! でも一つじゃない、重なってます!」
「上は偽装、本筋は下!」
東郷が重ねる。
「分かった」
式が一閃した。
上に浮いた余計な線だけが落ちる。黒い揺らぎの輪郭が、一瞬だけ定まった。
「部長!」
「ええ、見えたわ!」
リアスが中央へ踏み込む。
その横を、朱乃の雷が広く覆う。小猫が左の綻びをさらに押し込み、裂け目そのものを閉じる。
ここまでは向こうの戦場だ。
けど、まだ足りない。
「右奥が噛んでる!」
俺は言う。
「絶花!」
「はい! そこだけまだ下と繋がってます!」
「太郎くん!」
リアスの声が飛ぶ。
止めるんじゃない。任せる声だ。
「任せろ」
一歩だけ中央へ入る。
押し潰すんじゃない。噛み合わせを外すだけでいい。龍脈へ噛みつきかけた流れの一部を、横から押してずらす。その瞬間、リアスの圧が正面から重なった。
「――そこまでよ!」
リアスの声が落ちる。
黒い揺らぎが、大きく震えた。
次の瞬間、それは音もなくほどけて崩れた。裂け目になりかけていた空気が閉じ、地の下のざらつきが沈んでいく。残った余波だけを朱乃の雷が散らし、小猫が最後の綻びを閉め切った。
静かになった。
今度の静けさは、ちゃんと異変が退いたあとの静けさだ。
しばらく誰も喋らなかった。
最初に口を開いたのは、リアスだった。
「……今のは、かなり良かったわ」
「ずいぶん素直だな」
「今回はそう言っていいもの」
朱乃が、わずかに安堵を滲ませて言う。
「部長、それはかなり上の評価です」
「……邪魔じゃなかったです」
小猫が言った。
東郷が少し笑う。
「小猫さん、それはもうかなり褒めてるわよ」
「そうでしょうか」
絶花が真面目に首を傾げる。
「たぶん、そうです」
小猫はそれだけ言って、顔を逸らした。
「十分」
式が短く結ぶ。
礼じゃない。社交辞令でもない。戦場のあとで王が置く評価だった。
石段跡を離れる頃には、夜の空気もだいぶ落ち着いていた。さっきまでの深い引っかかりは薄れ、ここがただの古い道の残骸へ戻っていく。
「今日はここまでね」
リアスが言う。
「龍脈本筋の方は、まだ残ってるんだろ」
「ええ。でも今夜みたいな綻びも、駒王の内側では無視できないの」
「大きいものだけ見ていると、小さいものに足を取られますから」
朱乃が自然に続けた。
絶花は、静かになった石段跡を見たまま小さく言う。
「……少し分かりました」
「何がかしら」
「部長たちが、ずっと駒王を見ていた意味です」
リアスがわずかに目を細める。
「そう。なら今日は無駄ではなかったわね」
一拍。
「次からは、見せる必要はなさそうね」
その言い方で分かった。
「呼ぶつもりか」
「必要なら、最初からそうするわ」
朱乃が少しだけ笑う。
「ありがとうございます、部長」
「朱乃。まだ気は早いわよ」
「でも、前よりはだいぶましです」
小猫がぼそりと落とす。
「それは進歩ね」
東郷が言う。
「……また来ますか」
絶花が聞く。
「ええ」
リアスは迷わなかった。
「駒王の内側で何か起きるなら、あなたたちももう無関係ではないもの」
「だろうな」
それで十分だった。
女王は誰にする?
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