※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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竜脈への道

 リアスに「次からは見せる必要はなさそうね」と言われてから、二日ほどは妙に静かだった。

 

 静かだから終わった、とは思わない。むしろ、こういう時の方が嫌なものは下に潜る。神社の節も、学園裏の綻びも、夜の坂道の浅い裂け目も、全部まとめて“駒王の内側”だと見せられたあとだ。前みたいに、表面だけ見て見過ごせるほど気楽でもなかった。

 

 だから、その連絡が来た時も驚きはしなかった。

 

「太郎さん。今、お時間は大丈夫ですか?」

 

 受話器の向こうの朱乃の声は、いつも通り柔らかい。けれど、その柔らかさの奥に回りくどさがない。

 

「駄目なら切る」

 

「切りませんよ」

 

「なら本題だな」

 

 一拍。

 

「部長が、来てほしいそうです」

 

「今夜か」

 

「はい」

 

 短い返事のあと、朱乃は続けた。

 

「今回は“見せる”ではありません。最初から、協力をお願いする形になります」

 

 ようやく来たか、と思った。

 

「分かった。行く」

 

「ありがとうございます。部室でお待ちしています」

 

 通話が切れる。

 

 絶花はもう、俺が何を言うか分かっていたらしい。玄関の方へ視線を向けたまま、小さく言った。

 

「呼ばれましたか」

 

「ああ」

 

「深いですか」

 

「たぶんな」

 

 式はソファの端で目を開け、東郷は机の上の地図をたたむ。

 

「ようやく“お願い”になったわけね」

 

 東郷が言う。

 

「百億年遅い」

 

 式が短く返した。

 

 けど、そのくらいがちょうどいい。

 

 王が王を呼ぶなら、遅すぎるくらいでようやく自然だ。

 

 夜のオカルト研究部は、前に来た時よりもさらに静かだった。

 

 部室の扉を開けた瞬間、空気の密度が違うのが分かる。張っているわけじゃない。もう覚悟を決めた人間の部屋の静けさだ。

 

「来てくれて助かるわ」

 

 リアスが言った。

 

 今回は、前みたいな試しの匂いが薄い。その分だけ、事態が軽くない。

 

「今夜は礼から入るんだな」

 

「必要な時に必要な言葉を使っているだけよ」

 

 リアスは椅子に腰掛けたまま、机の上に広げた紙を指先で押さえた。簡易地図だった。神社、学園、住宅街、その外れの古い水路跡。今まで見た場所が、細い線でひとつに繋がっている。

 

 窓際には小猫がいた。前より露骨には警戒していない。していないが、気を抜いているわけでもない。朱乃はリアスの少し後ろに立っている。神社にいた時とも、龍脈の節を見ていた時とも違う。今は完全に、部長の右に立つ女王の位置だった。

 

「状況は」

 

 俺が聞くと、リアスはすぐに答えた。

 

「神社の節、学園裏、街の端。その三つを繋いでいた残滓が、今夜はもう一段深いところで寄り直しているわ」

 

「本筋か」

 

「ええ。ただし、まだ全部じゃない」

 

 東郷が地図へ身を寄せる。

 

「中心があるのね」

 

「あるわ」

 

 リアスが頷いた。

 

「けれど、今夜の目的は“本体を倒す”ことではない」

 

「入口を作らせないこと、ですか」

 

 絶花が言うと、リアスがそちらを見る。

 

「そう。前に見せた綻びは、あくまで浅いものだった。でも今夜は、もっと深い流れが上へ近づいている。ここで通されると、次は神社だけでも学園だけでも押さえきれなくなるわ」

 

 朱乃が、静かに補う。

 

「前の干渉と同じ質です。ただ、今夜のものは“残り”ではなく、そこへ繋ぐ道そのものを薄く開こうとしています」

 

「放っておくと、境目から入られます」

 

 小猫が言う。

 

 リアスはそこで、はっきりと俺たちを見た。

 

「だから今回は、あなたたちにも最初から手を借りるわ」

 

 その言い方で、部屋の空気が少し変わった。

 

 見せる、試す、確かめる。その段階を越えて、今はもう戦力として呼ばれている。

 

「作戦は?」

 

 俺が聞く。

 

「現場は、神社裏から学園端へ抜ける古い石段跡。地の下の流れが浅く重なる場所よ」

 

 リアスの指が地図の一点を押さえる。

 

「朱乃は神社寄りを抑えて。小猫は学園側の綻びを閉じる」

 

「はい、部長」

 

「分かってます」

 

「絶花さんは流れを見る。東郷さんは偏りと偽装を読む。式さんは余計な線だけを切って」

 

「十分」

 

 そして最後に、俺へ視線が来る。

 

「太郎くんは中央へ入らないで。全体が噛み合わなくなった瞬間だけ押さえて」

 

「また王の使い方だな」

 

「そちらもそうでしょう?」

 

 否定しない。

 

 戦場で誰をどこへ置くか。それを決めるのも王の仕事だ。

 

 現場へ着いた時には、夜がかなり深くなっていた。

 

 古い石段跡だった。今は半分崩れて、草と土に埋もれている。昼ならただの使われていない通路に見えるだろう。けど今夜は違った。

 

 深い。

 

 重い、じゃない。深い。足の下に、何枚もの流れが擦れ合っている。神社の気、学園の結界、人の生活の残り。それが一つの場所で、薄く噛み合いかけている。

 

「……ここです」

 

 絶花が言う。

 

「神社、学園、街。線が全部ここで擦れてる」

 

 東郷の声も低い。

 

「裂ける手前」

 

 式が言い切った、その瞬間だった。

 

 地面の下で、ざらり、と音がした。

 

「来ます!」

 

 絶花が声を上げる。

 

「右、左、奥……三つ!」

 

「上は偽装です」

 

 東郷が即座に言う。

 

「本筋は下!」

 

 黒い揺らぎが噴き上がる。

 

 形はない。けれど、形になろうとする意志がある。以前見た浅い澱みとは違う。こっちはもっとはっきり“開こう”としていた。龍脈の上へ、外から歯を立てるみたいに。

 

「部長!」

 

 朱乃が呼ぶ。

 

「前の干渉と同じ質です!」

 

「でも、こっちは深い」

 

 小猫が身を低くする。

 

「だから、ここで止めるわ」

 

 リアスが一歩前へ出る。

 

 その声ひとつで場が揃う。

 

「朱乃、小猫、位置について!」

 

「はい!」

 

「……っ」

 

 雷気が走る。

 

 朱乃の雷は、前に見た時よりさらに広い。場を焼くためじゃない。ざらつきを均し、歪んだ流れを一度だけ整えるための雷だ。小猫は左の綻びへ滑り込み、開きかけた薄い裂け目を押し戻す。

 

「左へ寄せてます!」

 

 絶花が叫ぶ。

 

「違うわ、寄せてるんじゃない。左を見せて、右の下を通す気よ!」

 

 東郷が返す。

 

「なら切る」

 

 式が動く。

 

「待て」

 

 俺は止めた。

 

「切るのは一本だけでいい。絶花、残る中心を見ろ」

 

「はい!」

 

 絶花の視線が、目の前の揺らぎを通り越して、そのさらに下へ潜る。

 

「あります! 右奥です! でも一つじゃない、重なってます!」

 

「上は偽装、本筋は下!」

 

 東郷が重ねる。

 

「分かった」

 

 式が一閃した。

 

 上に浮いた余計な線だけが落ちる。黒い揺らぎの輪郭が、一瞬だけ定まった。

 

「部長!」

 

「ええ、見えたわ!」

 

 リアスが中央へ踏み込む。

 

 その横を、朱乃の雷が広く覆う。小猫が左の綻びをさらに押し込み、裂け目そのものを閉じる。

 

 ここまでは向こうの戦場だ。

 

 けど、まだ足りない。

 

「右奥が噛んでる!」

 

 俺は言う。

 

「絶花!」

 

「はい! そこだけまだ下と繋がってます!」

 

「太郎くん!」

 

 リアスの声が飛ぶ。

 

 止めるんじゃない。任せる声だ。

 

「任せろ」

 

 一歩だけ中央へ入る。

 

 押し潰すんじゃない。噛み合わせを外すだけでいい。龍脈へ噛みつきかけた流れの一部を、横から押してずらす。その瞬間、リアスの圧が正面から重なった。

 

「――そこまでよ!」

 

 リアスの声が落ちる。

 

 黒い揺らぎが、大きく震えた。

 

 次の瞬間、それは音もなくほどけて崩れた。裂け目になりかけていた空気が閉じ、地の下のざらつきが沈んでいく。残った余波だけを朱乃の雷が散らし、小猫が最後の綻びを閉め切った。

 

 静かになった。

 

 今度の静けさは、ちゃんと異変が退いたあとの静けさだ。

 

 しばらく誰も喋らなかった。

 

 最初に口を開いたのは、リアスだった。

 

「……今のは、かなり良かったわ」

 

「ずいぶん素直だな」

 

「今回はそう言っていいもの」

 

 朱乃が、わずかに安堵を滲ませて言う。

 

「部長、それはかなり上の評価です」

 

「……邪魔じゃなかったです」

 

 小猫が言った。

 

 東郷が少し笑う。

 

「小猫さん、それはもうかなり褒めてるわよ」

 

「そうでしょうか」

 

 絶花が真面目に首を傾げる。

 

「たぶん、そうです」

 

 小猫はそれだけ言って、顔を逸らした。

 

「十分」

 

 式が短く結ぶ。

 

 礼じゃない。社交辞令でもない。戦場のあとで王が置く評価だった。

 

 石段跡を離れる頃には、夜の空気もだいぶ落ち着いていた。さっきまでの深い引っかかりは薄れ、ここがただの古い道の残骸へ戻っていく。

 

「今日はここまでね」

 

 リアスが言う。

 

「龍脈本筋の方は、まだ残ってるんだろ」

 

「ええ。でも今夜みたいな綻びも、駒王の内側では無視できないの」

 

「大きいものだけ見ていると、小さいものに足を取られますから」

 

 朱乃が自然に続けた。

 

 絶花は、静かになった石段跡を見たまま小さく言う。

 

「……少し分かりました」

 

「何がかしら」

 

「部長たちが、ずっと駒王を見ていた意味です」

 

 リアスがわずかに目を細める。

 

「そう。なら今日は無駄ではなかったわね」

 

 一拍。

 

「次からは、見せる必要はなさそうね」

 

 その言い方で分かった。

 

「呼ぶつもりか」

 

「必要なら、最初からそうするわ」

 

 朱乃が少しだけ笑う。

 

「ありがとうございます、部長」

 

「朱乃。まだ気は早いわよ」

 

「でも、前よりはだいぶましです」

 

 小猫がぼそりと落とす。

 

「それは進歩ね」

 

 東郷が言う。

 

「……また来ますか」

 

 絶花が聞く。

 

「ええ」

 

 リアスは迷わなかった。

 

「駒王の内側で何か起きるなら、あなたたちももう無関係ではないもの」

 

「だろうな」

 

 それで十分だった。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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