サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
前の夜、龍脈へ噛みつこうとした綻びは確かに押し戻したはずだった。リアスたちも、俺たちも、あの場でやるべきことはやった。それでも、拠点へ戻ってから胸の底に残った引っかかりだけは消えなかった。片づいたあとの静けさにしては、駒王の夜が妙に澄みすぎていたからだ。
居間の机に東郷が地図を広げ、絶花は窓際で外を見ていた。式はソファの端に腰を下ろして目を閉じているようで、気配の薄い方へだけ意識を向けている。誰も口を開かなかったが、同じ場所に違和感を抱いていることは、その黙り方だけで分かった。
「……変です」
最初に言葉にしたのは絶花だった。俺が視線を向けると、あいつは窓の外ではなく、もっと下の方を見ている目つきで続ける。
「止まった感じがしません。静かなんですけど、沈んでるだけです」
「潜ったってことか」
「はい。前より見えにくいです」
東郷が指先で地図を押さえた。神社、学園裏、公園、坂道、石段跡。ここまで異変が出た場所を繋いだ線が、紙の上で一つの輪郭になっている。
「私も引っかかってるの。この並び、整いすぎてるわ」
「整いすぎてる?」
「ええ。見つかった場所だけを順に追っていくと、逆に一か所だけ抜けるのよ。地形の流れと街路の並び、その両方に噛んでいるのに、今まで表に出ていない場所がある」
式が目を開けた。
「隠してる」
「はい」
絶花も小さく頷く。
「通ってるのに、顔を出してないです」
リアスたちは神社や学園の節を押さえていた。だったら、同じ線をなぞっても仕方がない。龍脈そのものではなく、そこへ手を伸ばす人間の方を見た方が早い。そう口にすると、東郷がすぐに乗った。
「真正面から流れを追えば、部長たちと同じ景色になるわね。こっちは別の角度から見た方がいい」
「触った人間の方を見る」
式の言葉は短いが、そこに余計な飾りはいらない。
「龍脈へ近づくための足場を探すってことか」
「ええ。神社や学園の節へいきなり触るのは負荷が大きいもの。間に一度、細くして流す場所があると考えた方が自然よ」
それで方針は決まった。呼ばれるのを待つのではなく、こっちで先に見る。駒王の内側へ関わった以上、今さら“向こうの領分だ”と手を引く方が不自然だった。
夕方が落ちる頃、俺たちは地図の上で抜けていた場所へ向かった。街の外れに残った古い用水路跡で、今はほとんど人が通らない裏道になっている。舗装は途中で切れ、雑草が道の端を侵食し、古い石組みだけが忘れられたみたいに沈んでいた。昼間でも目立たない場所だが、夜が近づくと空気の層が一段増える。そんな場所だった。
「……ここです」
絶花が足を止める。東郷は周囲を見回しながら、古い地図と今の街路の重なりを頭の中で合わせているらしかった。
「昔の流れと今の道の間に、ちょうど噛んでるわね。表の監視から外れやすいし、人が細工をするには都合がいい」
「土地じゃない」
式が、崩れかけた石垣の向こうを見たまま言う。
「人が立った痕がある」
「何度もか」
「一度や二度じゃない」
絶花が地面へしゃがみ込む。
「龍脈そのものの匂いは薄いです。でも、それに近づこうとした匂いが残ってます」
当たりだった。ここは節ではない。それでも、節へ触る前の踏み台にはなり得る。そう見えた瞬間、崩れた小祠の残骸の下に、細い線が走っているのが目に入った。神社裏で見たものとは違う。退魔や封じの形を真似る気もない、もっと実用だけを優先した雑な術式だ。
「……これ、前の偽装と違うわ」
東郷が低く言う。
「姫島家の術に似せる気がない。繋ぐことだけを優先した跡ね」
「本道じゃない」
式が言葉を継いだ。
「横から噛むための線」
「ここから直接入るんじゃなくて、ここで一回細くして流してます」
絶花の指先が、薄く残った痕をなぞる。
「中継地点か」
「ええ。神社や学園の節へ負荷をかける前に、一度ここで逃がしてたんでしょうね」
ようやく骨組みの一つが見えた。今まで表に出た異変は全部が入口そのものではなく、その手前に置かれた足場も混ざっていた。龍脈本筋へ触るには、こういう目立たない場所で負荷を薄めて流す必要があったわけだ。
そこまで分かったところで、地面の下が小さく震えた。
「……反応します」
絶花が顔を上げる。
「警戒用ね。本体じゃないわ」
東郷が即座に言い切る。
「切る」
式が動こうとしたのを、俺は止めた。ここで雑に斬れば、せっかく見つけた痕跡まで飛ぶ。
「待て。絶花、中心を見ろ。東郷、どこへ逃がそうとしてる」
「右下です。でも浅いです」
「街側へ散らして、痕跡を消すつもりね」
「ならそこを押さえる。式、一本だけ落とせ」
「分かった」
式の刃が閃き、余計な線だけが切れた。その瞬間に揺らぎの逃げ道が一つ潰れ、残った中心が右下へ寄る。俺はそこへ圧をかけ、術式の噛み合わせを外した。押し潰すのではなく、流れの繋ぎ方だけをずらす。絶花が最後の残りを見切り、浅い震えがそこでほどけた。
「終わります」
絶花の声と同時に、崩れた小祠の下のざらつきが消える。静けさが戻ったあとも、さっきまでと違って底の濁りがない。小さな警報用の術だったのだろうが、これで十分だった。リアスたちの理を借りなくても、こっちにはこっちの戦い方がある。その事実が、この夜では一番大きかった。
帰り道、東郷が地図をたたみながら言う。
「このまま黙っておくのは悪手ね」
「後でぶつかる」
式の言う通りだった。向こうの勢力が入口を押さえている時に、こっちが中継地点を掴んで黙っていれば、いずれ同じ場所で食い違う。
「……部長たちが知らないままだと危ないです」
絶花も頷く。
「全部を預ける気はねえ」
俺が言うと、三人の視線がこっちへ向く。
「だが、こっちで掴んだ事実は持つ。その上で、必要な線だけは渡す」
「共同管理、というより相互牽制込みの共有ね」
「王同士ならそのくらいでちょうどいい」
従うわけじゃない。だからといって、駒王の内側へ関わった話を一人で抱える気もない。その線が、今の俺たちには一番合っていた。
拠点へ戻ると、東郷は今日見つけた旧道と中継地点を地図へ書き足した。神社、学園、境目、入口。その手前に、さらに細く流すための足場がある。敵は思ったより慎重で、そのぶん面倒だ。
「次はこれを持って、どう動くかだな」
俺が言うと、東郷が顔を上げる。
「向こうの勢力へ渡す?」
「渡す線は選ぶ」
そう答えてから、地図の上に増えた一本の細い線を見た。
「だが、もう同じ話の上にはいる」
龍脈本筋の異変は、まだ終わっていない。けれど今夜、ようやく別の角度からその骨組みが見えた。次に動く時は、向こうも、こっちも、もう一段深く踏み込むことになる。
女王は誰にする?
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