サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
東郷が地図の上に新しい印を書き足したのは、旧道と廃倉庫跡から戻った翌日の夕方だった。神社、学園裏、公園、坂道、石段跡、旧道、そして昨夜見つけた中継地点。その一つ一つは別の顔をしていたくせに、紙の上で繋ぐと妙に素直に一本へ収束する。しかも、その収束点は今まで俺たちもリアスたちも踏み込んでいない、駒王の外れに残った古い祭場跡のあたりに重なっていた。
「今まで拾った線を全部重ねると、ようやく一つの形になります」
東郷の言葉に重なるように、絶花の指先が地図の上の一点へ伸びる。
「ここです。前より深いです。神社や学園の匂いもありますけど、それより下の流れが集まってます」
式は地図そのものではなく、その下に流れている見えないものを見るみたいに目を細めた。
「終点じゃない。本命」
俺は紙の上の一点を見下ろした。中継地点を掴み、警戒用の術を消し、黒幕の声まで拾った以上、ここから先を独りで抱えるのは悪手だ。だからといって、手柄みたいに全部を抱えて差し出す気もない。必要な線だけ渡し、その上で本命地点へ踏み込む。そのくらいの距離が、今の俺たちとリアス側にはちょうどいい。
「部長たちに話を通す」
そう言うと、東郷が小さく頷いた。
「全部ではなく、必要な分だけね」
「ああ。もう同じ話の上にはいるからな」
連絡を入れると、朱乃はすぐに出た。こちらの説明を最後まで聞いたあとで「部長も合流するそうです」とだけ言った声には、もう試す温度が残っていない。黒幕の顔が見え、地点まで絞れた以上、向こうも外様に見せる段階ではなくなったのだろう。
合流場所は神社の石段下だった。夜に近い空の下で待っていたリアスは、いつものように落ち着いた顔をしていたが、朱乃と小猫の立ち位置まで含めて現場へ入る形になっているのが一目で分かる。俺たちが持ってきた地図へ視線を落としたあと、リアスは指先で祭場跡の印を押さえた。
「ここまで辿ったのね」
「旧道と中継地点から逆に追った」
「十分よ。むしろ、こちらだけでは少し遅れたかもしれないわ」
小猫が無言のまま地図を見ている。その表情はいつも通り薄いが、昨夜より警戒が濃い。絶花が神社の上を見上げるようにして小さく言った。
「今夜は、前より深いです」
「ええ」
リアスが答える。
「神社、学園、街の境目、その全部がここへ吸われているわ。黒幕は、ここを最後の足場にして竜脈本筋へ穴を開けるつもりだったのでしょうね」
「なら、今夜で終わらせる」
俺が言うと、リアスはわずかに口元を緩めた。
「そのつもりで来たのなら、話は早いわ」
祭場跡は、街から半ば切り離された古い斜面の下にあった。昔は祀りの場だったのかもしれないが、今は石組みと崩れた鳥居の残骸だけが土に埋もれていて、人の目からはほとんど消えた場所になっている。そこへ足を踏み入れた瞬間、空気の底が変わった。重いのではなく、深い。神社の節で感じた張りとも、学園裏のざらつきとも違い、地の下で何枚もの流れが重なって、その中心だけがゆっくり口を開けようとしている。
「始まっています」
絶花の声は低い。
「まだ開いてません。でも、入口の形ができかけてます」
東郷は祭場跡の地面を見回しながら、崩れた石の配置と術痕の走り方を一つ一つ拾っていく。
「今までの綻びは全部ここへ繋ぐための工程だったのね。神社も学園も偽装と負荷分散に使って、本命は最初からここだけを狙っていた」
「上は偽装、下が本筋」
式が短く言う。
その瞬間、祭場跡の中央で空気が鳴った。地面の割れ目から黒い揺らぎが浮き、形を持たないまま立ち上がる。前に見た澱みとも残滓とも違う。これは明確に通り道を作ろうとする術だ。朱乃の周囲で雷が細く走り、小猫は左手の石組みへ滑り込むように入っていく。
「朱乃は右を押さえて。小猫は左の綻びを閉じる」
リアスの声が落ちる。
「太郎くんたちは外周から見て。中心をずらせる瞬間だけ入って」
「分かった」
返しながら、俺は黒い揺らぎの向こうを見た。そこに人の気配がある。術の奥へ身を隠しながら、こちらがここまで来ることも、ここで止めに来ることも、最初から計算に入れていた視線だ。
「ようやく辿り着いたか」
声が落ちる。昨夜、倉庫跡で聞いたものと同じだった。
「姿くらい見せろ」
俺が言うと、黒い揺らぎの奥から人影が一つ前へ出る。年齢も性別も一目では分かりにくい。長い外套の下で輪郭だけを曖昧にしながら、それでも立ち方にだけは妙な落ち着きがあった。
「神社を見、学園を見、踏み台まで見つけた。だが遅い。入口はもうここまで開いている」
「好きに言っていればいいわ」
リアスが一歩前へ出る。
「駒王の内側を、そこまで都合よく使えると思ったのかしら」
黒幕の気配がわずかに揺れた。
「赤き王か。神社の巫女も、学園の結界も、すべてこの一点へ繋ぐための工程にすぎない。お前たちは、その途中を塞いだだけだ」
「その途中を塞がれ続けたから、ここまでしか開けていないんでしょう」
東郷が冷静に返す。
「踏み台を増やして、負荷を逃がして、それでも本筋に届ききらなかった。だから今夜、自分で立つしかなかった」
黒幕は笑った気配を残すが、その笑いにはさっきほどの余裕がなかった。絶花が目を閉じ、場の流れを読む。
「中心、あります。でも一つじゃないです。上に見せてる線と、その下に本当の中心があります」
「やっぱりそうか」
俺は息を吐く。
「東郷、上の偽装を見ろ。式、余計な線だけ落とせ。絶花は下の中心を離すな」
「分かったわ」
「十分」
「はい」
式の刃が一閃し、上に浮いていた線だけが切れて、黒い揺らぎの輪郭が一瞬だけ崩れる。そこへ東郷の声が重なる。
「右奥に寄せてるわ。中央に見せて、実際はその下で噛ませてる」
「絶花」
「右奥です。そこがまだ下と繋がってます」
「部長」
朱乃が呼ぶ。
「場は整えます。今なら押し切れます」
「ええ、見えたわ」
リアスの圧が中央へ落ちる。人の部屋を支配していた時とは違う。今のリアスは駒王の王として、その場そのものを握りにいっていた。朱乃の雷が広く走ってざらついた流れを一度だけ均し、小猫が左手の綻びを押し戻す。裂け目が閉じきる前に、右奥の本当の中心だけがまだ地の下と噛み合ったまま残った。
「太郎くん!」
リアスの声が飛ぶ。
「任せろ」
一歩だけ中央寄りへ入る。押し潰すのではなく、噛み合わせだけを外せばいい。相手は竜脈へ歯を立てるために、神社も学園も旧道も使って細く流し続けてきた。その最後の一点を、横から押してずらす。そこへリアスの圧が正面から噛み合った。
「――そこまでよ」
黒い揺らぎが大きく震えた。入口になりかけていた裂け目が一度広がり、それ以上は持たずに崩れる。朱乃の雷が残りを散らし、小猫が最後の綻びを閉じたところで、祭場跡を満たしていた深い重さが少しだけ軽くなった。
それでも黒幕は消えなかった。崩れた流れの向こうで膝をつくこともなく、ただ静かにこちらを見ている。
「まだだ」
低い声が落ちる。
「竜脈は一度触れれば、二度と完全には閉じない」
「なら、そのたびに閉じるだけだ」
俺が返すと、黒幕の目が初めてはっきりとこちらへ向いた。
「外から来た王風情が、駒王の内側を背負うつもりか」
「背負うかどうかは俺が決めることじゃない。だが、ここまで関わって無関係な顔をする気もねえ」
リアスがその言葉の横へ立つ。
「少なくとも、今夜この場にいる者を外とは呼ばせないわ。ここは駒王の内側で、私はその王よ」
「そして、部長の領域です」
朱乃の声が雷と一緒に落ちる。
「あなたが好きに触れていい場所ではありません」
黒幕の外套の裾が揺れた。深手かどうかまでは分からない。それでも、今の一撃で術式の中心を壊されたのは確かだった。周囲の流れがこちら側へ戻り始めている以上、この場に留まる利はないのだろう。
「今夜は退く」
黒幕はそう言い残し、崩れた鳥居の向こうの闇へ溶けるように下がった。追える距離ではなかったし、追うべきでもなかった。入口を閉じ、本筋の繋がりを断った今夜は、それで十分だった。
祭場跡に残ったざらつきが引いていく。さっきまで地の下で何枚も重なっていた流れが、少しずつ本来の深さへ戻っていくのが絶花の表情からも分かった。
「静かになりました」
絶花が息を整える。
「前の静けさと違います。ちゃんと閉じてます」
「今までみたいな干渉は、しばらく通らないわね」
東郷も地面を見下ろしながら言う。
「踏み台、中継地点、偽装、その全部をここで切れたのは大きいわ」
「十分」
式は短く結ぶ。
リアスが祭場跡の中央を見たまま、小さく息を吐いた。
「これで竜脈の話は終わりへ向かうわ。完全に何もなかったことにはならないけれど、少なくとも今までみたいに好きに触らせる段階は越えた」
「部長」
朱乃が呼ぶ。
「本筋の揺れも落ち着いています」
「ええ。あなたもご苦労さま、朱乃」
小猫は崩れた石の上から降りて、静かになった空気を一度だけ確かめるように周囲を見回した。
「前より、だいぶましです」
その呟きに対して東郷も小さく頷き、確かにそれは進歩だと認めるような顔をした。ここへ来るまでに踏んできた線の一つ一つが、ようやく一本の決着に繋がったのだと思えば、その評価は軽くない。
「太郎くん」
リアスがこちらを見る。
「今夜の働きは覚えておくわ」
「礼にしては重いな」
「評価よ」
リアスははっきり言った。
「駒王の内側で起きることに、あなたたちはもう十分深く関わっている。次に何か起きるなら、最初から同じ話の上にいるものとして考えるわ」
その言葉に対して俺も否定せずに頷いた。味方だの同盟だの、そういう名前を急いでつける必要はない。それでも、駒王の王がそう言った時点で、もう次の立ち位置は決まったようなものだった。
夜が少しずつ薄れ始める。祭場跡の崩れた石組みは相変わらず古びたままだが、その下に沈んでいた嫌な深さだけは確かに消えている。
「次は、竜脈じゃないかもしれないわね」
リアスが言う。
「でも、駒王の内側に触る何かがあるなら、また線は重なるでしょう」
「だろうな」
そう返すと、朱乃も小さく笑った。
「少なくとも、今夜で全部が無駄ではなかったと分かりました」
神社の節、学園の裏、公園の綻び、坂道の浅い裂け目、旧道の中継地点、倉庫跡の作業場、そしてこの祭場跡。長く散らばっていた線が、ようやくここで一本に繋がって切れた。だから、この話はここで終わりへ向かう。次に来るものが何であっても、もう見落としはしない。
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