サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
祭場跡の空気は、前の夜より深かった。
崩れた鳥居も、土へ半ば埋もれた石組みも変わらない。変わっているのは、その下だ。神社の節、学園の重なり、街の境目、その全部を擦り抜けてきた流れが、今夜は最初からここへ寄っている。足を踏み入れた瞬間に、喉の奥へ薄い鉄の味が残った。
「来ます」
絶花の声が落ちる。短いが、浅い綻びを見つけた時の響きではない。
「どこだ」
「正面じゃないです。下です。地面の下で、もう噛んでます」
東郷が地図を折りたたみながら視線を上げる。
「神社も学園も、もう踏み台ですらないわね。今夜のこれは、その先へ直接通すための手つきよ」
式が刃へ手を置いた。
「来る」
リアスが一歩前へ出る。その動きに合わせて朱乃が右、小猫が左へ散った。もう言葉を重ねなくても分かる位置だ。
「朱乃、右の流れを押さえて」
「はい、部長」
「小猫は左の綻びを見て」
「分かってます」
俺たちにも視線が来る。
「絶花さんは中心を。東郷さんは偽装を見る。式さんは余計な線だけを切って」
「十分」
「太郎くんは、中央が開いた時だけ入って」
「分かった」
返した直後、祭場跡の中央で空気が裂けた。
地面の割れ目から黒い揺らぎが噴く。形はない。だが、形になろうとする意志だけはある。前に見た残滓や浅い澱みとは違う。これはもっとはっきりしていた。竜脈本筋へ歯を立て、そのまま道をこじ開けるための術だ。
「遅かったな」
声が落ちる。
揺らぎの奥から、外套をまとった人影が現れた。輪郭は夜の中へ半分溶けているのに、立ち方だけは妙に落ち着いている。旧道でも倉庫跡でも、壁の向こうからこちらを見ていた気配と同じだ。
「ようやく出たな」
俺が言うと、黒幕はわずかに口元を上げた。
「神社も学園も、よくここまで辿ったものだ。だがもう遅い。入口は開く」
「好きに言ってればいいわ」
リアスの声は低い。怒鳴るわけでもなく、押しつけるわけでもないのに、場の輪郭だけがはっきりと締まる。
「駒王の内側を、そこまで都合よく使えると思ったのかしら」
「使えるさ。節を乱し、結界を揺らし、薄い場所を繋げば、竜脈は必ず応える」
黒幕の言葉と同時に、地の下で何かが大きく鳴った。祭場跡の石がかすかに浮き、黒い揺らぎが一段膨らむ。
「部長」
朱乃が呼ぶ。
「今までより深いです。下の流れごと持ち上げています」
「左も開きます」
小猫が低く言う。
「数が増える」
式の視線が揺らぎの上を走る。
「偽装も濃いわ。上で目を引いて、その下を通す気ね」
東郷が言い切る。
絶花は中央を見たまま、息を詰めるみたいに声を落とした。
「……二つあります。見せてる中心と、本当の中心です」
「どっちだ」
「奥です。もっと下。そこだけ、まだ真っ直ぐ繋がってます」
リアスがわずかに頷く。
「ならそこを潰すわ。朱乃、雷で場を整えて」
「はい」
朱乃の周囲で雷が走る。細く、広く、場のざらつきだけを撫でて均していく雷だ。その横で小猫が左の裂け目へ入り込み、押し戻すように石組みへ手を当てる。式の刃が一閃し、上へ浮いた余計な線だけが切り落とされた。
黒幕の気配がそこで揺れた。
「小手先だな」
「小手先で十分なら、それでいいだろ」
踏み込もうとした瞬間、黒い揺らぎが中央から爆ぜた。見せかけの中心が裂け、奥にあった本当の核が一気に持ち上がる。圧が違う。リアスの場が押さえ込み、朱乃の雷が均し、小猫が左を閉じても、まだ中央の深いところが噛んだまま離れない。
「太郎くん!」
リアスの声が飛ぶ。
「まだだ」
絶花が叫ぶ。
「今入ると飲まれます!」
東郷も重ねる。
「下の噛み合わせが変わってる! 前の線じゃない!」
くそ、と喉の奥で唸った時、黒幕が一歩前へ出た。外套の裾から伸びた術が地面へ刺さり、祭場跡の下を走る流れと噛み合う。その一撃で、俺たちが押さえていた中心が逆にこっちへ噛み返してきた。
重い。
いや、深い。身体が沈む。足元から引かれる感覚に、構えた斬月ごと腕が持っていかれそうになる。
「太郎!」
絶花の声が遠い。
踏みとどまったつもりだったが、黒幕の術はそのまま俺の正面へ伸びてきた。避ければリアスの押さえが崩れる。斬れば間に合わない。受けに出た瞬間、衝撃が腕から肩まで貫いた。
視界が揺れる。
黒い揺らぎと祭場跡の石組みが混ざって、夜の底へ落ちるみたいに足元が抜けた。
そこで、音が消えた。
風も、雷も、仲間の声もなくなる。代わりに、足元の水面みたいな黒だけが広がっている。何度も見た場所ではない。それでも、手にある斬月の重さだけで、ここがどこかは分かった。
「遅えな」
声が落ちる。
振り向くと、そこにいた。俺と似ても似つかないくせに、俺の内側にいるとしか言いようのない男。斬月だ。
「遊びに来たわけじゃねえ」
「見りゃ分かる」
斬月は肩をすくめる。
「だが、今のお前は半端だ。押さえる、守る、関わる、その全部を口にしながら、最後の一歩だけは外からのままだ」
「うるせえよ」
「図星か」
その言葉に返す前に、足元の黒がざわつく。祭場跡の深い流れと、今の俺の身体がまだ繋がっているのだろう。長くはない。
「何を斬る」
斬月が問う。
「黒幕か。竜脈か。駒王に噛みつく道そのものか」
「決まってる」
吐き出すように返す。
「ここまで関わったもんを、今さら見捨てる気はねえ。外から来たとか、駒王の話だとか、そんな線はもう越えてる」
「なら、その半端を捨てろ」
斬月が一歩近づく。
「借りる力じゃ足りねえ。背負うと決めたなら、自分の力として握れ」
手の中の斬月が重くなる。包丁みたいな形のまま、今まで何度も振ってきた刃だ。その重さが急に変わるわけじゃない。なのに、握り方だけが変わった。手の内で、ようやく形が合ったみたいに。
「お前は何だ」
「今さら聞くな」
斬月が笑う。
「お前が斬るための力だ。最初からな」
その瞬間、黒が収束した。水面みたいに広がっていたものが一気に細く、深く、一振りの刃へ変わっていく。刀身が漆黒へ締まり、圧が一点へ集まる。重いのに軽い。速さのために、全てを小さく鋭く圧縮したみたいな形だ。
「掴め」
斬月の声が落ちる。
握る。
それだけで足りた。
「……卍解」
言葉が出た瞬間、視界が戻る。
祭場跡の夜が、割れたみたいに目へ飛び込んだ。黒幕の術がまだ中央を噛んでいる。リアスの圧が押さえ、朱乃の雷が均し、小猫が左を閉じ、絶花と東郷と式が必死に線を保っている。その全部が一瞬で見えた。
「太郎!」
絶花が目を見開く。
構えた斬月の形が変わっている。黒い刀身、細く締まった日本刀、柄尻に短い鎖。服の感触まで変わっていた。全身へ流れていた力が外へ漏れず、そのまま身体の芯へ巡っている。
「天鎖斬月」
黒幕の声が、初めて揺れた。
「何だ、それは」
「知るかよ」
息が軽い。足が沈まない。今まで重さとしてしか掴めなかった力が、初めて速さに変わった。
「でも、もう届く」
絶花がすぐに声を上げる。
「右奥です! 今なら真ん中まで通ります!」
「上の偽装はもう崩れてるわ!」
東郷が続ける。
「余計な線は切れた」
式の声は短い。
「部長、場は保てます!」
朱乃の雷がさらに広がる。
「左も閉じています」
小猫が押し返した裂け目を固定する。
リアスが、中央の圧を保ったままこちらを見る。
「太郎くん!」
「分かってる」
踏み込む。
速いとか、軽いとか、そういう言葉が遅れてくる。気づいた時には、もう黒幕の正面へ入っていた。黒幕が術を切り替えようとする。その動きごと見える。見えるから、もう迷わない。
振る。
黒い斬撃が走る。月牙天衝と呼ぶには近すぎて、けれどただの斬撃ではない。圧縮された力がそのまま前へ伸び、黒幕の術式の中心だけを正確に断つ。
「……っ!」
黒幕の周囲で繋がっていた線が、一気に千切れた。
「今よ!」
リアスの声が落ちる。
その圧が中央へ噛み合い、朱乃の雷が残りの歪みを焼き、小猫が最後の綻びを閉める。式の刃が逃げ道だけを断ち、東郷が本筋のずれを読み切る。絶花の指した中心へ、俺はもう一度踏み込んだ。
「終わりだ」
黒幕が何かを言い返すより先に、天鎖斬月を振り下ろす。黒い刃は今度こそ本命の術そのものへ届き、竜脈へ噛みついていた最後の結び目を断ち切った。
地の下で大きな音が鳴る。
祭場跡の空気が一度だけ膨らみ、それから一気にしぼんだ。入口になりかけていた裂け目が閉じ、今まで擦れ続けていた流れが、本来の深さへ沈んでいく。黒幕の外套が裂け、その身体が大きく揺れる。
「馬鹿な……!」
「馬鹿はどっちだ」
俺が返すと、黒幕は膝をつきかけた。そこで完全に倒れるかと思ったが、最後に残った術で無理やり身をずらし、崩れた鳥居の影へ飛ぶ。
「逃がすか」
反射で踏み出しかけたところで、リアスの声が止めた。
「深追いは不要よ」
その判断は正しい。ここで追えば、閉じたばかりの本筋へ余計な揺れを入れる。
黒幕の気配は、そのまま夜の底へ薄く散った。倒し切れなかった手応えは残る。それでも、今夜で決定的に切れたものの方が大きい。
祭場跡が静まる。
今度の静けさは、今までのどれとも違った。押し戻しただけではない。本筋ごと断たれたあとに残る、深くて乾いた静けさだ。
「終わりました」
絶花が息を整えながら言う。
「前とは違います。ちゃんと切れてます」
「ええ」
東郷も地面を見下ろす。
「今までのような干渉は、もう通らないわ」
「十分」
式が短く言う。
朱乃が雷を収め、小猫も石組みから手を離した。さっきまでの張りつめ方が引き、夜の冷たさがようやく元の温度へ戻る。
「……終わったわね」
リアスがそう言って、こちらを見た。
「本筋はこれで切れた」
俺が答えると、朱乃も静かに頷く。
「はい。少なくとも、竜脈へ直接触る道は閉じました」
「前より、だいぶましです」
小猫の呟きに答えるように、東郷も同意するように頷いた。ここへ来るまで積み上げてきた綻びや中継地点や偽装の線が、ようやく一つの決着へ繋がったのだと思えば、その評価は軽くない。
リアスの視線が、俺の手にある刀へ落ちる。
「それが、今のあなたの力なのね」
「らしいな」
「随分と厄介なものへ目覚めたじゃない」
「お前に言われたくねえよ」
その返しに、リアスが少しだけ笑う。張っていた空気が、そこでようやく人のものになる。
「でも、助かったわ。今夜の勝ちは、あなたがその一歩を越えたからよ」
朱乃も穏やかに言葉を添えた。
「部長がそうおっしゃるなら、今回は素直に受け取ってください」
「そうです。今夜は、かなりです」
小猫までそう言ったので、東郷が小さく息を漏らす。
「それはもう、だいぶ高い評価ね」
絶花が俺の刀を見ている。言葉は少ないが、視線だけで十分だった。式は何も言わないまま一度だけ頷いた。
祭場跡の上を夜風が抜ける。神社の節、学園の裏、公園の澱み、坂道の裂け目、旧道の中継、倉庫跡の作業場、その全部を辿ってきた話が、ようやくここで一つ終わった。
「次は、竜脈じゃないかもしれないわね」
リアスが言う。
「でも、駒王の内側に触る何かがあるなら、もう無関係ではいられないでしょう」
「だろうな」
その言葉に対して俺も否定せずに頷いた。今さら外から来た王だの、駒王の外だの、そんな線へ戻るつもりはない。ここまで関わった以上、次もまた同じ話の上に立つだけだ。
黒い刀身を見下ろす。天鎖斬月は手の中で静かだった。けれど、その静けさは眠っているものじゃない。ようやく形を得て、これから先を斬るために待っている静けさだ。
女王は誰にする?
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アルファ
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