※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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天鎖斬月

 祭場跡の空気は、前の夜より深かった。

 

 崩れた鳥居も、土へ半ば埋もれた石組みも変わらない。変わっているのは、その下だ。神社の節、学園の重なり、街の境目、その全部を擦り抜けてきた流れが、今夜は最初からここへ寄っている。足を踏み入れた瞬間に、喉の奥へ薄い鉄の味が残った。

 

「来ます」

 

 絶花の声が落ちる。短いが、浅い綻びを見つけた時の響きではない。

 

「どこだ」

 

「正面じゃないです。下です。地面の下で、もう噛んでます」

 

 東郷が地図を折りたたみながら視線を上げる。

 

「神社も学園も、もう踏み台ですらないわね。今夜のこれは、その先へ直接通すための手つきよ」

 

 式が刃へ手を置いた。

 

「来る」

 

 リアスが一歩前へ出る。その動きに合わせて朱乃が右、小猫が左へ散った。もう言葉を重ねなくても分かる位置だ。

 

「朱乃、右の流れを押さえて」

 

「はい、部長」

 

「小猫は左の綻びを見て」

 

「分かってます」

 

 俺たちにも視線が来る。

 

「絶花さんは中心を。東郷さんは偽装を見る。式さんは余計な線だけを切って」

 

「十分」

 

「太郎くんは、中央が開いた時だけ入って」

 

「分かった」

 

 返した直後、祭場跡の中央で空気が裂けた。

 

 地面の割れ目から黒い揺らぎが噴く。形はない。だが、形になろうとする意志だけはある。前に見た残滓や浅い澱みとは違う。これはもっとはっきりしていた。竜脈本筋へ歯を立て、そのまま道をこじ開けるための術だ。

 

「遅かったな」

 

 声が落ちる。

 

 揺らぎの奥から、外套をまとった人影が現れた。輪郭は夜の中へ半分溶けているのに、立ち方だけは妙に落ち着いている。旧道でも倉庫跡でも、壁の向こうからこちらを見ていた気配と同じだ。

 

「ようやく出たな」

 

 俺が言うと、黒幕はわずかに口元を上げた。

 

「神社も学園も、よくここまで辿ったものだ。だがもう遅い。入口は開く」

 

「好きに言ってればいいわ」

 

 リアスの声は低い。怒鳴るわけでもなく、押しつけるわけでもないのに、場の輪郭だけがはっきりと締まる。

 

「駒王の内側を、そこまで都合よく使えると思ったのかしら」

 

「使えるさ。節を乱し、結界を揺らし、薄い場所を繋げば、竜脈は必ず応える」

 

 黒幕の言葉と同時に、地の下で何かが大きく鳴った。祭場跡の石がかすかに浮き、黒い揺らぎが一段膨らむ。

 

「部長」

 

 朱乃が呼ぶ。

 

「今までより深いです。下の流れごと持ち上げています」

 

「左も開きます」

 

 小猫が低く言う。

 

「数が増える」

 

 式の視線が揺らぎの上を走る。

 

「偽装も濃いわ。上で目を引いて、その下を通す気ね」

 

 東郷が言い切る。

 

 絶花は中央を見たまま、息を詰めるみたいに声を落とした。

 

「……二つあります。見せてる中心と、本当の中心です」

 

「どっちだ」

 

「奥です。もっと下。そこだけ、まだ真っ直ぐ繋がってます」

 

 リアスがわずかに頷く。

 

「ならそこを潰すわ。朱乃、雷で場を整えて」

 

「はい」

 

 朱乃の周囲で雷が走る。細く、広く、場のざらつきだけを撫でて均していく雷だ。その横で小猫が左の裂け目へ入り込み、押し戻すように石組みへ手を当てる。式の刃が一閃し、上へ浮いた余計な線だけが切り落とされた。

 

 黒幕の気配がそこで揺れた。

 

「小手先だな」

 

「小手先で十分なら、それでいいだろ」

 

 踏み込もうとした瞬間、黒い揺らぎが中央から爆ぜた。見せかけの中心が裂け、奥にあった本当の核が一気に持ち上がる。圧が違う。リアスの場が押さえ込み、朱乃の雷が均し、小猫が左を閉じても、まだ中央の深いところが噛んだまま離れない。

 

「太郎くん!」

 

 リアスの声が飛ぶ。

 

「まだだ」

 

 絶花が叫ぶ。

 

「今入ると飲まれます!」

 

 東郷も重ねる。

 

「下の噛み合わせが変わってる! 前の線じゃない!」

 

 くそ、と喉の奥で唸った時、黒幕が一歩前へ出た。外套の裾から伸びた術が地面へ刺さり、祭場跡の下を走る流れと噛み合う。その一撃で、俺たちが押さえていた中心が逆にこっちへ噛み返してきた。

 

 重い。

 

 いや、深い。身体が沈む。足元から引かれる感覚に、構えた斬月ごと腕が持っていかれそうになる。

 

「太郎!」

 

 絶花の声が遠い。

 

 踏みとどまったつもりだったが、黒幕の術はそのまま俺の正面へ伸びてきた。避ければリアスの押さえが崩れる。斬れば間に合わない。受けに出た瞬間、衝撃が腕から肩まで貫いた。

 

 視界が揺れる。

 

 黒い揺らぎと祭場跡の石組みが混ざって、夜の底へ落ちるみたいに足元が抜けた。

 

 そこで、音が消えた。

 

 風も、雷も、仲間の声もなくなる。代わりに、足元の水面みたいな黒だけが広がっている。何度も見た場所ではない。それでも、手にある斬月の重さだけで、ここがどこかは分かった。

 

「遅えな」

 

 声が落ちる。

 

 振り向くと、そこにいた。俺と似ても似つかないくせに、俺の内側にいるとしか言いようのない男。斬月だ。

 

「遊びに来たわけじゃねえ」

 

「見りゃ分かる」

 

 斬月は肩をすくめる。

 

「だが、今のお前は半端だ。押さえる、守る、関わる、その全部を口にしながら、最後の一歩だけは外からのままだ」

 

「うるせえよ」

 

「図星か」

 

 その言葉に返す前に、足元の黒がざわつく。祭場跡の深い流れと、今の俺の身体がまだ繋がっているのだろう。長くはない。

 

「何を斬る」

 

 斬月が問う。

 

「黒幕か。竜脈か。駒王に噛みつく道そのものか」

 

「決まってる」

 

 吐き出すように返す。

 

「ここまで関わったもんを、今さら見捨てる気はねえ。外から来たとか、駒王の話だとか、そんな線はもう越えてる」

 

「なら、その半端を捨てろ」

 

 斬月が一歩近づく。

 

「借りる力じゃ足りねえ。背負うと決めたなら、自分の力として握れ」

 

 手の中の斬月が重くなる。包丁みたいな形のまま、今まで何度も振ってきた刃だ。その重さが急に変わるわけじゃない。なのに、握り方だけが変わった。手の内で、ようやく形が合ったみたいに。

 

「お前は何だ」

 

「今さら聞くな」

 

 斬月が笑う。

 

「お前が斬るための力だ。最初からな」

 

 その瞬間、黒が収束した。水面みたいに広がっていたものが一気に細く、深く、一振りの刃へ変わっていく。刀身が漆黒へ締まり、圧が一点へ集まる。重いのに軽い。速さのために、全てを小さく鋭く圧縮したみたいな形だ。

 

「掴め」

 

 斬月の声が落ちる。

 

 握る。

 

 それだけで足りた。

 

「……卍解」

 

 言葉が出た瞬間、視界が戻る。

 

 祭場跡の夜が、割れたみたいに目へ飛び込んだ。黒幕の術がまだ中央を噛んでいる。リアスの圧が押さえ、朱乃の雷が均し、小猫が左を閉じ、絶花と東郷と式が必死に線を保っている。その全部が一瞬で見えた。

 

「太郎!」

 

 絶花が目を見開く。

 

 構えた斬月の形が変わっている。黒い刀身、細く締まった日本刀、柄尻に短い鎖。服の感触まで変わっていた。全身へ流れていた力が外へ漏れず、そのまま身体の芯へ巡っている。

 

「天鎖斬月」

 

 黒幕の声が、初めて揺れた。

 

「何だ、それは」

 

「知るかよ」

 

 息が軽い。足が沈まない。今まで重さとしてしか掴めなかった力が、初めて速さに変わった。

 

「でも、もう届く」

 

 絶花がすぐに声を上げる。

 

「右奥です! 今なら真ん中まで通ります!」

 

「上の偽装はもう崩れてるわ!」

 

 東郷が続ける。

 

「余計な線は切れた」

 

 式の声は短い。

 

「部長、場は保てます!」

 

 朱乃の雷がさらに広がる。

 

「左も閉じています」

 

 小猫が押し返した裂け目を固定する。

 

 リアスが、中央の圧を保ったままこちらを見る。

 

「太郎くん!」

 

「分かってる」

 

 踏み込む。

 

 速いとか、軽いとか、そういう言葉が遅れてくる。気づいた時には、もう黒幕の正面へ入っていた。黒幕が術を切り替えようとする。その動きごと見える。見えるから、もう迷わない。

 

 振る。

 

 黒い斬撃が走る。月牙天衝と呼ぶには近すぎて、けれどただの斬撃ではない。圧縮された力がそのまま前へ伸び、黒幕の術式の中心だけを正確に断つ。

 

「……っ!」

 

 黒幕の周囲で繋がっていた線が、一気に千切れた。

 

「今よ!」

 

 リアスの声が落ちる。

 

 その圧が中央へ噛み合い、朱乃の雷が残りの歪みを焼き、小猫が最後の綻びを閉める。式の刃が逃げ道だけを断ち、東郷が本筋のずれを読み切る。絶花の指した中心へ、俺はもう一度踏み込んだ。

 

「終わりだ」

 

 黒幕が何かを言い返すより先に、天鎖斬月を振り下ろす。黒い刃は今度こそ本命の術そのものへ届き、竜脈へ噛みついていた最後の結び目を断ち切った。

 

 地の下で大きな音が鳴る。

 

 祭場跡の空気が一度だけ膨らみ、それから一気にしぼんだ。入口になりかけていた裂け目が閉じ、今まで擦れ続けていた流れが、本来の深さへ沈んでいく。黒幕の外套が裂け、その身体が大きく揺れる。

 

「馬鹿な……!」

 

「馬鹿はどっちだ」

 

 俺が返すと、黒幕は膝をつきかけた。そこで完全に倒れるかと思ったが、最後に残った術で無理やり身をずらし、崩れた鳥居の影へ飛ぶ。

 

「逃がすか」

 

 反射で踏み出しかけたところで、リアスの声が止めた。

 

「深追いは不要よ」

 

 その判断は正しい。ここで追えば、閉じたばかりの本筋へ余計な揺れを入れる。

 

 黒幕の気配は、そのまま夜の底へ薄く散った。倒し切れなかった手応えは残る。それでも、今夜で決定的に切れたものの方が大きい。

 

 祭場跡が静まる。

 

 今度の静けさは、今までのどれとも違った。押し戻しただけではない。本筋ごと断たれたあとに残る、深くて乾いた静けさだ。

 

「終わりました」

 

 絶花が息を整えながら言う。

 

「前とは違います。ちゃんと切れてます」

 

「ええ」

 

 東郷も地面を見下ろす。

 

「今までのような干渉は、もう通らないわ」

 

「十分」

 

 式が短く言う。

 

 朱乃が雷を収め、小猫も石組みから手を離した。さっきまでの張りつめ方が引き、夜の冷たさがようやく元の温度へ戻る。

 

「……終わったわね」

 

 リアスがそう言って、こちらを見た。

 

「本筋はこれで切れた」

 

 俺が答えると、朱乃も静かに頷く。

 

「はい。少なくとも、竜脈へ直接触る道は閉じました」

 

「前より、だいぶましです」

 

 小猫の呟きに答えるように、東郷も同意するように頷いた。ここへ来るまで積み上げてきた綻びや中継地点や偽装の線が、ようやく一つの決着へ繋がったのだと思えば、その評価は軽くない。

 

 リアスの視線が、俺の手にある刀へ落ちる。

 

「それが、今のあなたの力なのね」

 

「らしいな」

 

「随分と厄介なものへ目覚めたじゃない」

 

「お前に言われたくねえよ」

 

 その返しに、リアスが少しだけ笑う。張っていた空気が、そこでようやく人のものになる。

 

「でも、助かったわ。今夜の勝ちは、あなたがその一歩を越えたからよ」

 

 朱乃も穏やかに言葉を添えた。

 

「部長がそうおっしゃるなら、今回は素直に受け取ってください」

 

「そうです。今夜は、かなりです」

 

 小猫までそう言ったので、東郷が小さく息を漏らす。

 

「それはもう、だいぶ高い評価ね」

 

 絶花が俺の刀を見ている。言葉は少ないが、視線だけで十分だった。式は何も言わないまま一度だけ頷いた。

 

 祭場跡の上を夜風が抜ける。神社の節、学園の裏、公園の澱み、坂道の裂け目、旧道の中継、倉庫跡の作業場、その全部を辿ってきた話が、ようやくここで一つ終わった。

 

「次は、竜脈じゃないかもしれないわね」

 

 リアスが言う。

 

「でも、駒王の内側に触る何かがあるなら、もう無関係ではいられないでしょう」

 

「だろうな」

 

 その言葉に対して俺も否定せずに頷いた。今さら外から来た王だの、駒王の外だの、そんな線へ戻るつもりはない。ここまで関わった以上、次もまた同じ話の上に立つだけだ。

 

 黒い刀身を見下ろす。天鎖斬月は手の中で静かだった。けれど、その静けさは眠っているものじゃない。ようやく形を得て、これから先を斬るために待っている静けさだ。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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