サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
黒い揺らぎは斬ったはずなのに、祭場跡の底でまだ何かが噛んでいた。
天鎖斬月で術の中心を断った瞬間、竜脈へ伸びていた線は確かに崩れた。それでも黒幕は倒れず、崩れた鳥居の影へ身をずらしたまま、残った術と意地だけで場を繋ぎ止めている。地面の下を走る流れが、一度閉じかけた口をまた開こうとしていた。
「まだ終わってないです」
絶花の声が張る。
「右奥じゃない。今度は真下です。さっき切れたところに、残りを無理やり押し込んでます」
「往生際が悪いわね」
東郷が低く言った。
「術そのものは崩れてるのに、残滓を全部束ねて支えにしてる。綺麗な形じゃないぶん、逆に面倒よ」
「荒い」
式の一言で十分だった。
見れば分かる。黒幕の足元から伸びる線は、さっきまでみたいに偽装と本筋が綺麗に分かれていない。神社へ噛んだ残り、学園へ流した残り、旧道で細くした残り、その全部をまとめて一本に捩じっているだけだ。力任せで乱暴だが、ここで押し切られれば本筋へもう一度指がかかる。
「部長」
朱乃が呼ぶ。
「場は保てます。でも長くは持ちません」
「左は閉じてます」
小猫が石組みの影で低く身を沈めたまま言う。
「でも、下から押し上げられると裂けます」
リアスは祭場跡の中央を睨んだまま、一歩だけ前へ出る。
「なら、もう一度押し返すだけよ。今度は残りごと潰すわ」
黒幕が喉の奥で笑った。
「できるものか。竜脈は一度乱れれば、必ず歪みを残す。お前たちは切ったつもりで、流れの表面を剥いだだけだ」
「うるせえな」
言い返しながら、手の中の天鎖斬月を握り直す。
黒い刀身は細く締まりきっていて、さっきまでの斬月とは別物のくせに、手の内には最初からこうだったみたいに収まっていた。重さはある。けれど、その重さは足を止めるためのものじゃない。全身の奥へ沈んだまま、踏み込む時だけ鋭く前へ走る。借りた力を振っている感触がない。俺の腕で、俺の呼吸で、そのまま斬れる。
「太郎くん」
リアスの声が飛ぶ。
「今は中央へ入らないで。あれはまだこっちを引きずる気よ」
「分かってる」
黒幕の狙いは単純だ。自分が勝てないなら、竜脈の乱れごと戦場にする。その中へ引き込めば、こっちが押さえに使っている線まで崩せる。だったら、真正面から力比べをする必要はない。
「絶花、最後に残ってる結び目を見ろ」
「見てます」
絶花は目を閉じる寸前みたいに細くして、祭場跡の中央ではなく、その少し手前を見ていた。
「黒幕の足元じゃないです。もっと下。地面に刺さってる線じゃなくて、その下で受けてるものがあります」
「支えにしてる芯ね」
東郷がすぐに拾う。
「竜脈へ直接噛んでるんじゃない。一回どこかへ受けてから、そこを押し込んでる」
「どこだ」
「左寄りです。でも見せてる位置とずれてます」
式が刃を少し上げた。
「切るか」
「まだだ」
俺が止める。
「今切ると上の残りが散る。絶花、支えだけを指せ」
黒幕の周囲で術が膨らむ。崩れた線を無理やりまとめたせいで、黒い揺らぎがさっきより濁っていた。形も崩れている。なのに深さだけは残っているのが厄介だ。
「そこです!」
絶花が鋭く言う。
「左じゃない、もう少し内側。黒幕の影の下に隠してます!」
「やっぱりね」
東郷が吐き捨てるように言った。
「逃げ道じゃなく、支えを影に入れてたのよ」
「式」
「分かった」
式の刃が走る。
影の下へ潜っていた余計な線だけが断たれ、黒幕の足元で空気が一度よろめいた。その瞬間、朱乃の雷が広く走って場の歪みを均し、小猫が左の裂け目をさらに押し戻す。
「今です、部長!」
「ええ」
リアスの圧が中央へ落ちる。
それで足りるかと思ったが、黒幕はなおも残った線を握り潰し、祭場跡の下からもう一段強く流れを持ち上げた。地面が鳴る。崩れた石組みが浮き、鳥居の破片が跳ねた。このままなら押し切られる。
「まだ噛んでる!」
絶花が叫ぶ。
「支えは切れました。でも、今度は黒幕そのものが代わりになってます!」
「執念で繋いでるのか」
東郷が舌打ちする。
「本当に質が悪いわね」
だったら話は簡単だった。術の支えを切ってもなお残るなら、今度は黒幕そのものを斬るしかない。
「リアス」
俺が呼ぶ。
赤い視線がこっちへ向く。
「三つ数えたら押さえを強くしろ。朱乃と小猫も、そのまま保て」
「無茶を言うわね」
「できるだろ」
リアスの口元が少しだけ上がった。
「言ったわね。いいわ、乗ってあげる」
朱乃が雷を収束させ、小猫が石組みへ押し込む手にさらに力を込める。式はもう一度刃を構え、東郷は黒幕の背後で揺れる残りの線を睨んでいた。絶花だけは中央を見ず、黒幕の胸元より少し下を見ている。
「そこです」
小さく言う。
「今、そこだけ薄いです」
一つ。
足を踏み出す。
二つ。
天鎖斬月を低く引く。
三つ。
リアスの圧が一気に中央へ落ち、朱乃の雷が場を押し広げ、小猫が裂け目を閉じる。式が左右へ逃げる線を切り、東郷が残りの偏りを叫んだ。
「右に流れるわよ!」
「十分だ!」
踏み込む。
速いとか、軽いとか、もうそういう言葉はいらなかった。気づけば黒幕の正面にいる。あいつが術を切り替える前に、黒い刀身がその喉元へ届いていた。
「馬鹿な……!」
「遅えよ」
振り抜く。
天鎖斬月の軌跡は黒い線になって、黒幕の外套も、その中でまだ竜脈へ噛みついていた最後の術も、一緒に断ち切った。今度の斬撃は術の中心だけでは終わらない。執念で繋いでいた黒幕自身の芯まで届く。
音が消えた。
次の瞬間、祭場跡の底で大きく鳴っていた流れが、急に静まる。膨らみかけていた裂け目が閉じ、押し上がっていた圧が一気に沈んでいく。黒幕の身体が大きく揺れ、そこでようやく膝をついた。
「まだ……!」
立ち上がろうとする。けれど、その手はもう地面を掴めなかった。断たれた術が指の間からほどけ、残滓だけが黒い煙みたいに消えていく。
「まだって顔じゃないわね」
リアスが祭場跡の中央を保ったまま言う。
「ここまでよ」
黒幕は何かを言い返しかけたが、その声は最後まで形にならなかった。身体から力が抜け、そのまま崩れた石組みの前へ倒れ込む。今度は気配が散らない。逃げるための線も、代わりの支えも、もう残っていなかった。
長く張っていた空気が、そこでようやく切れた。
絶花が息を整える。肩が上下しているのを見れば、今夜の深さがどれだけだったかは説明はいらない。
「……静かです」
その声は、さっきまでとは違った。薄く沈んでいるだけの静けさじゃない。本当に閉じたあとの静けさだ。
「今度こそね」
東郷が地面を見下ろしながら言う。
「本命地点の支えごと切れたなら、今までみたいな干渉はもう通らないわ」
「十分」
式がいつもの短さで結ぶ。
朱乃は雷を収め、小猫も石組みから手を離した。その仕草に合わせて祭場跡の底がさらに静まり、崩れた鳥居の向こうから普通の夜の風が入ってくる。
「終わったわ」
リアスがそう言った。
駒王を預かる王としてではなく、今夜の戦場に決着をつけた者の声だった。
「本筋はこれで切れた」
俺が答えると、朱乃が小さく頷く。
「はい。竜脈へ直接噛みつく道も、踏み台も、中継地点も、全部ここで断たれています」
「前より、だいぶましです」
小猫の呟きに答えるように、東郷も同意するように頷いた。神社の節、学園裏、公園、坂道、旧道、倉庫跡、その全部を辿ってきた話がここで決着へ届いたのだと思えば、その評価は軽くない。
リアスの視線が、俺の手元へ落ちる。
「それが、今のあなたの力なのね」
「らしいな」
「随分と厄介なものへ行き着いたじゃない」
そう言ったリアスの口元には、戦いの最中には見えなかった少し柔らかいものが戻っていた。朱乃もその横で穏やかに息を吐き、小猫の表情も前よりは張っていない。
「太郎さん」
絶花が呼ぶ。
振り向くと、あいつは黒い刀身を見ていた。
「届きました」
「ああ」
それだけで十分だった。天鎖斬月へ至ったことを長く語る気はない。届くべきところへ届いて、終わらせるべきものを終わらせた。その事実だけで足りる。
祭場跡の上に夜が落ち着いていく。崩れた石も、鳥居の残骸も、もうただ古びたものとしてそこにある。竜脈の話はここで戦いとしては終わった。だから次は、そのあとだ。
「後は片づけね」
リアスが言う。
「ええ」
朱乃が応じる。
「今夜で全部が終わるわけではありませんけれど、少なくとも戦いはここまでです」
「だろうな」
俺が返すと、リアスがこちらを見る。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア