サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
祭場跡に残っていた嫌な深さは、黒幕が倒れたあとでようやく底まで沈んだ。
崩れた鳥居も、半ば土へ埋もれた石組みも、見た目には何も変わっていない。けれど、さっきまでその下で噛み合っていた流れだけがきれいにほどけ、夜の冷たさがようやく普通の温度へ戻っている。戦いの最中には気づかなかった風の音まで、今ははっきり耳へ入った。
「……静かです」
絶花が小さく言う。
その声は、浅い綻びを見つけた時の張りをもう残していなかった。肩の力を抜いたまま、それでも祭場跡の中心を見続けているのは、最後まで確かめるつもりなのだろう。
「今度は、本当に沈んでます。押し戻しただけじゃなくて、切れてます」
「ええ」
東郷も地面へ視線を落としたまま頷いた。
「神社、学園、境目、中継地点、全部ここへ繋いでいた線が途切れたわ。今までみたいに、あちこちで浅く口を開けることはもうないでしょうね」
「十分」
式が短く言う。
その一言で、長かった竜脈の話にようやく終止符が打たれた気がした。
朱乃は雷を収め、小猫も石組みから手を離してこちらへ戻ってくる。二人とも表情は大きく変わらないが、戦場を支えていた時の張りが抜けたぶんだけ、目元が少しやわらかい。リアスは祭場跡の中央に立ったまま、まだ崩れずに残っている空気の形を確かめるように周囲を見ていた。
「これで終わったわね」
ようやくその声が落ちる。
駒王を預かる王としてではなく、今夜の戦いを最後まで見届けた者の声だった。
「本筋は切れた」
俺が答えると、朱乃も静かに続けた。
「はい。部長の領域へ通していた道は、今ので全部断たれています。今までのような干渉は、もう通りません」
「前より、だいぶましです」
小猫の呟きに答えるように、東郷も同意するように頷いた。綻びを塞ぎ、残滓を散らし、中継地点を潰してきた積み重ねが、最後にこの静けさへ届いたのだと思えば、その言葉は軽くない。
リアスの視線が、俺の手へ落ちる。
そこにある天鎖斬月は、さっきまでと同じ黒い刀身をしているくせに、もう暴れるような気配を見せなかった。収まるべきところへ収まった力は、派手に唸りを上げることもなく、ただ静かに手の中へ馴染んでいる。
「それが、今のあなたの力なのね」
「らしいな」
「随分と厄介なところへ行き着いたじゃない」
「お前に言われたくねえよ」
そう返すと、リアスの口元が少しだけ緩んだ。戦いの最中には見えなかった笑い方だ。その横で朱乃も息を吐き、小猫は何も言わないまま俺の刀を一度だけ見たあと、すぐ視線を外した。
「でも、助かったわ」
リアスが言う。
「今夜の勝ちは、あなたが最後に届いたからよ」
「そっちが押さえてたからだろ」
朱乃の雷が場を整え、小猫が裂け目を閉じ、式が余計な線を切り、東郷が本当の中心を拾い、絶花がそこを外さなかったから届いた。そう言うと、リアスは小さく肩をすくめる。
「そういう言い方をするあたり、前より少しだけ扱いにくいわね」
「最初からだろ」
それに対して、今度は朱乃が口元へ笑みを浮かべた。
「部長、それは誉め言葉として受け取ってよろしいのではありませんか」
「どうかしら」
そう言いながら否定しない時点で、答えはだいたい出ている。
祭場跡での確認を終えると、一行は神社へ戻った。夜はまだ明けきっていないが、空の底が少し白み始めている。石段を上る足取りは重くない。疲れはある。それでも、今までのように何かを探りながら上る歩き方ではなかった。
拝殿の前で立ち止まると、朱乃が静かに場を見回した。ここもまた、長い間ずっと張りつめていた場所だ。龍脈の節を見張る神社として、黒幕に狙われ、揺さぶられ、そのたびに押さえ続けてきた。その空気が今は、ようやく本来の静けさを取り戻している。
「こちらも落ち着いています」
絶花が言う。
「前みたいな引っかかりはないです」
「神社、学園、祭場跡、そのどれにも妙な返りは出ていないわね」
東郷も確認する。
リアスはそこでようやく肩から力を抜いた。
「なら本当に終わりよ。少なくとも、竜脈の件はここで閉じたと見ていいわ」
その言葉に対して誰もすぐには返さなかった。長かったからだ。神社で違和感を見つけ、学園裏を歩き、綻びを押さえ、中継地点を辿り、黒幕へ届くまで、随分長く駒王の裏側を歩き続けてきた。その全部が終わったと言われても、すぐには実感が追いつかない。
だからこそ、式の短い一言が妙にしっくりきた。
「終わった」
余計な飾りがない。その分だけ、事実としてまっすぐ入る。
朱乃が拝殿の柱へ軽く指を触れ、それからこちらを向いた。
「……ありがとうございました」
柔らかい声だったが、いつもの調子だけで流しているわけではないのは分かる。神社の件からここまで、結局いちばん長く太郎たちとリアス側を繋いでいたのはこの人だ。最初は隠していたことも多かったが、今はもうその距離もかなり縮まっている。
「礼を言うのはそっちだけじゃないだろ」
俺が返すと、朱乃は少しだけ目を細めた。
「そうですね。こちらだけで抱え込まずに済んだのは、確かですから」
「抱え込みすぎです」
小猫がぽつりと落とす。
それに対して東郷も苦笑するように頷いた。
「それは本当にそうね。でも、前よりは少しだけましになったんじゃないかしら」
朱乃は困ったように笑ったが、否定はしなかった。
リアスがそこで、俺たちを順に見た。人数を数える目ではなく、今の形そのものを見る目だ。
「あなたたちは、もう“外から来た厄介事”ではないわ」
最初に会った時を思えば、ずいぶん進んだものだ。
「それはかなり出世したな」
「ええ。だから、ここではっきり言っておくわ」
リアスは少し間を置いた。
「駒王の内側で何か起きるなら、あなたたちはもう無関係ではないもの」
「だろうな」
その言葉に対して俺も否定せずに頷いた。外から来た王だとか、よその勢力だとか、そういう線へ今さら戻るつもりはない。ここまで関わり、ここで斬り、ここで終わらせた以上、もう駒王の裏側とは切れない。
絶花が、少しだけ視線を上げてリアスを見る。
「……また来ますか」
「ええ」
リアスは迷わなかった。
「必要なら、最初からそうするわ」
その答えを聞いて、小猫の表情がわずかに動く。反対する気はなさそうだし、朱乃ももうその流れを当然のものとして受けている。東郷は肩をすくめ、式は何も言わないまま一度だけ頷いた。
拠点へ戻る頃には、東の空がかなり白くなっていた。夜がそのまま朝へ滑っていく境目は、今の駒王に妙によく似合う。大きな戦いが終わり、長く続いた歪みが片づき、それでも街そのものは何事もなかったみたいに次の朝を迎える。その静けさを見ていると、ようやく全部が終わったのだと分かる。
歩きながら、手の中の天鎖斬月を見下ろす。黒い刀身は夜の色をまだ残しているくせに、もう暴れるような気配はない。使い方を覚えたというより、ようやく握る側と握られる側の形が合っただけなのだろう。だから今は、余計な言葉を探す気も起きなかった。
「届きましたね」
隣で絶花が言う。
「ああ」
「前と違います」
「そうだな」
それだけで十分だった。天鎖斬月に至ったことも、黒幕を斬ったことも、竜脈の話が終わったことも、今はその一言の中へ収まる。
東郷が少し前を歩きながら振り返る。
「結局、ずいぶん深いところまで入り込んだわね」
「最初は神社の違和感だけだったのに」
「そこから学園に行き、綻びを追い、中継地点まで見つけて、最後は祭場跡で黒幕と決着ですもの。長いようで早かったわ」
式が短く言う。
「悪くなかった」
その評価なら十分だ。
朝の駒王が見えてくる。神社も学園も街も、見た目には昨日と何も変わらない。けれど、そこを流れる空気は少し違う。今までのように、下で何かが口を開けようとしている感じがもうない。
「まだ、始まったばかりだからな」
今回にて、一端、終了したいと考えます。
かなり複雑になっていく話もあり、竜脈の話にて、斬月章を終了したいと考えます。
ここまで多く付き合って貰い、ありがとうございます。
また、新たな章を開始予定していますので、お楽しみに。
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