※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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聖戦の前の休み

俺がアパートのドアを開けた瞬間、部屋の空気が凍りついた。

 

レオーネが真っ先に反応した。ソファから弾かれたように立ち上がり、缶ビールをテーブルに置く音がやけに大きく響く。その黄金の瞳が俺の全身を舐めるように走査し、一瞬で色を変えた。

 

「…王サマ」

 

低い声だった。いつもの軽口も冗談もない。彼女は俺の前に歩み寄り、鼻をひくつと動かした。獣の嗅覚が、俺の制服に滲んだ血の匂いを即座に捉えたのだろう。

 

「なんだいその血。誰にやられたんじゃないか」

 

俺は靴を脱ごうとして、体が傾いた。肋骨が悲鳴を上げる。壁に手をついてなんとか踏みとどまったが、その弱った姿を見てレオーネの眉が吊り上がった。

 

「大したことはない。かすり傷だ」

 

「嘘おっしゃい」

 

声はレオーネではなかった。振り返るとエレンが布団から起き上がりサメの尻尾をぴたりと止めていた。いつもの気だるげな半開きの目が今は鋭く細められている。彼女の手にはすでに救急箱が握られていた。寝ていたはずなのになぜ救急箱を。

 

「大したことない奴が、壁に手をついて靴も脱げないの?」

 

「お前、寝てたんじゃないのか」

 

「寝てた。音で起きた。で、準備した。文句ある?」

 

なかった。エレンの声は平坦だったが、その平坦さの下に怒りが沈んでいるのがわかる。彼女は救急箱をテーブルに置き、無言で俺の前に座った。

 

「大将!」

 

ガーフィールがポテトチップスの袋を放り捨てて飛び出してきた。牙を剥き、拳を握りしめ、全身から闘気を噴き出している。その瞳は今にも戦場に駆け出そうとする猛虎のそれだった。

 

「誰だ! 誰にやられたんだ! 俺様が今すぐ殴り込みに行ってやるぜェ!」

 

「待て」

 

窓の外から低い唸り声が割って入った。マンモスマンだった。巨大な鼻がゆっくりと揺れ小さな瞳が俺を凝視している。

 

「落ち着け、ガーフィール。敵もわからんうちに突っ込んでどうする」

 

「ですが親方! 大将がこんな目に――」

 

「親方じゃない。マンモスだ」

 

「今はどうでもいいでしょ!」

 

レイスが翼をバタバタさせながら口を挟んだ。オロオロと俺の周りを回り手当てをしようとして手を出しでも触れていいのかわからず引っ込めを繰り返している。ダチョウの脚が無意識に床を掻いていた。

 

「あの、あの、薬箱もう一つあります! 私、取ってきます!」

 

「レイス、落ち着け。一つで足りる」

 

レオーネがレイスの肩を押さえた。レイスは翼を縮こまらせ、それでも不安そうに俺を見つめている。

 

「とにかく座りなよ、王サマ。そのままじゃぶっ倒れるよ」

 

レオーネに肩を貸され、俺は椅子に腰を下ろした。エレンが救急箱を開け、中身を整然と並べ始める。その手つきは手慣れたものだった。

 

「上着脱いで」

 

エレンが短く言った。俺がボタンに手をかけると、肋骨に激痛が走り顔が歪む。

 

「…自分で脱げないの?」

 

「文句言うな。手貸せ」

 

エレンが俺の手を払いのけ、器用にボタンを外していく。サメの尻尾が苛立たしげに床を叩いている。制服の下から露わになった肌には、無数の打撲と裂傷が刻まれていた。

 

「……ひどいね」

 

エレンの声が初めて震えた。無表情の仮面が一瞬だけ剥がれ、その下にある感情が漏れ出した。だがすぐに彼女は表情を戻し、消毒液を染み込ませた脱脂綿を傷口に押し当てた。

 

「ッ!」

 

強烈な痛みが走り、息を呑んだ。歯を食いしばる俺の肩を、エレンが無言で押さえた。力が強い。

 

「動くな。余計痛くなる」

 

「わかってる…」

 

「わかってないから動いてんの」

 

辛辣だった。だが彼女の手は慎重に、丁寧に傷口を清拭していく。その指先が震えていないかといえば嘘になる。微かに、だが確かに震えていた。

 

「レオーネ、照明近づけて」

 

「了解」

 

レオーネが卓上ライトを持ち寄り俺の上半身を照らした。光の中で傷口がより鮮明に浮かび上がる。俺は思わず顔を背けた。

 

「ガーフィール、濡れタオル持ってこい」

 

レオーネが声をかけると、ガーフィールは不満げに唸ったが従った。ポテトチップスの油で汚れた手をズボンで拭き、洗面所へと向かう。その背中からはまだ怒気が立ち上っている。

 

「マンモス、外を見ててくれないか。念のため」

 

レオーネが窓の方に向かって言うと、マンモスマンは頷いた。

 

「承知した。何かあれば知らせろ」

 

彼はそう言い残し、窓の外へと姿を消した。その巨体が動くたびにアパートが軋む音が響く。

 

手当てを続けながら、レオーネが沈黙を破った。

 

「…それで。誰にやられたのか聞いてもいいかい、王サマ」

 

全員の手が止まった。レオーネが照明を持ちながらじっとこちらを見つめ、エレンが脱脂綿を握りしめたまま固まった。ガーフィールが濡れタオルを持って戻ってきたが、入ってくるなり足を止め、レイスが翼をすがめるように畳んだ。

 

「堕天使だ」

 

俺は言った。

 

「名はコカビエル。堕天使の幹部だ」

 

「幹部…だと?」

 

ガーフィールが濡れタオルを握りしめた。水が滴り落ち、床に小さな水溜まりを作る。

 

「ああ。デスガリアンの幹部連中と同じ…いや、それに近い気配を持っていた」

 

俺の言葉に部屋が再び凍りついた。デスガリアン。その名はこの場にいる全員が知っている。ジューマンワールドで命を懸けて戦った敵だ。

 

「幹部クラスの堕天使がこの街に…」

 

レオーネが低く呟った。ビールに手が伸びかけ、途中で止まった。握りしめた拳が白くなっている。

 

「コカビエルは何か言ってたのかい」

 

「計画があると言っていた」

 

俺は天井を見上げた。エレンの手当てが脇腹に移る。消毒液が冷たい。

 

「聖剣エクスカリバーとこの街に潛む悪魔。全部が揃った時この街は炎に包まれる――そう言い残して飛び去った」

 

「聖剣と悪魔…?」

 

エレンが首を傾げた。手は止めないまま。

 

「あの教会の連中が探していた剣と、リアス・グレモリーたち悪魔のことか」

 

レイスが小さく呟き翼を抱きしめた。

 

「全部繋がってるってことですか…?」

 

「わからん。だが無関係じゃない」

 

俺は拳を見た。ひび割れた装甲は消えているが、その奥に熱いものが残っている。コカビエルの光の槍を殴り返した時の感覚が、まだ掌に残っていた。

 

「俺はコカビエルの計画を阻止する。それが最優先だ」

 

「怪我したままかよ!」

 

ガーフィールが叫んだ。濡れタオルを地面に叩きつけるように置き、俺の前に立った。牙を剥き出しにし、荒い息を吐いている。

 

「大将、あんた無茶すぎるぜェ! その体で何するってんだ!」

 

「してられるか。コカビエルが動いているんだ。悠長に寝てる場合じゃない」

 

「命知らずにも程があるだろ。あんた自分の体が――」

 

「ガーフィール」

 

俺はガーフィールの目を見た。怒りと心配が入り混じった瞳が揺れている。

 

「王になる男が、怪我ごときで寝込んでるわけにはいかないんだよ」

 

沈黙が落ちた。ガーフィールは口を開きかけて、何も言えずに閉じた。拳が震えている。俺の身体を案じているのだ。だが彼は知っている。俺の決意が曲げられないことを。ジューマンワールドで共に戦った経験がそれを教えていた。

 

「……クソッ」

 

ガーフィールはそう吐き捨て、椅子に座り込んだ。牙を食いしばり、俯いている。

 

「わかったよ。大将がそう決めたんなら俺様はついていくぜェ。当たり前だろ」

 

レオーネがビールを一口飲んだ。空になった缶を握りつぶし、テーブルに置く。

 

「アタシは街に出る。スナックの客筋から情報を拾う。堕天使の動きがあるならどこかで誰かが何か聞いてるはずさ。アタシの耳は腐っちゃいないよ」

 

「めんどいけど…私もメイド喫茶で耳を澄ませておく」

 

エレンが手当てを終え、救急箱を閉じた。包帯を俺の胴に巻きながら、顔を伏せたまま言った。

 

「客は喋るからね。特に酔っ払いは。口が軽くなって変なこと言い出すこともある」

 

「お前、酔っ払いの相手するのか」

 

「お酒出さない店だけど、閉店後にお酒飲んでから来る人はいる。そういう人、弱い自分を強いふりして喋りたがるの」

 

エレンの声は相変わらず気だるげだったが、その分析は的確だった。サメの尻尾が一振りして、彼女の決意を示す。

 

「俺様とマンモスは現場周りだぜェ!」

 

ガーフィールが立ち上がり、拳を打ち鳴らした。その顔にはもう迷いはない。

 

「建設現場の奴らも何か知ってるかもしれねェ。それに裏の仕事してる連中とも顔が利くようになったしな」

 

「ボスの道は俺が塞ぐ」

 

マンモスマンが窓の外から低く唸った。その巨体が月明かりを遮り、影が部屋に落ちる。

 

「私は…!」

 

レイスが翼を広げた。オレンジの羽根が灯りに照らされて鮮やかに浮かび上がる。

 

「私は走ります! 配達中に異変があれば一番早く知らせに行けますから!」

 

「レイス、お前は逃げるんじゃねぇぞ」

 

「逃げません! 知らせに走るんです! 逃げるのとは違います!」

 

レイスの声が裏返った。ダチョウの脚が床を強く蹾り、彼女の意気込みを示していた。

 

全員が動こうとしていた。俺はそれを見て、小さく笑った。

 

いや違う。「悪くないな」と口に出した。

 

「なんだいそれ」

 

レオーネが眉をひそめた。

 

「お前らが動こうとしてるってことだ。王として頼もしい限りだ」

 

「当たり前だろ。アンタの家臣なんだからね」

 

レオーネはそう言ってニヤリと笑った。だがその笑みの端に、安堵の色が滲んでいるのを俺は見逃さなかった。

 

「王サマが無茶するならアタシらがカバーするだけさ」

 

「めんどいけどね」

 

エレンが付け加えた。包帯を巻き終え、立ち上がる。サメの尻尾が軽く揺れた。

 

「大将の敵は俺様の敵だぜェ!」

 

ガーフィールが牙を剥いた。

 

「ボスの道は俺が塞ぐ」

 

マンモスマンが窓の外から低く唸った。

 

「私も逃げません! 知らせに走ります!」

 

レイスが翼をバンと叩いた。テーブルが揺れ、エレンの缶が危うく倒れそうになった。

 

「テーブル叩くなって前に言ったでしょ」

 

「す、すみません! つい熱くなって」

 

「熱くなるのはいいけど器は守れ」

 

俺は苦笑しながら、椅子に深く座り直した。全身に痛みが走る。だが胸の中に熱いものが膨らんでいくのを感じた。

 

「よし。なら各自、動け。情報を集めろ。コカビエルの計画が何であれ、俺たちが叩き潰す」

 

「「了解!」」

 

全員の声が重なった。窓の外からマンモスマンの唸り声も混じる。レオーネが上着を羽織り、エレンが鋏を確認し、ガーフィールが拳を鳴らし、レイスが脚を伸ばしてストレッチを始めた。

 

「さて俺は少し休むか…いや情報を整理してからか」

 

「寝ろ」

 

エレンとレオーネが同時に言った。

 

「…はい」

 

王も時には家臣の言うことを聞くものである。俺は椅子に深く沈み込み、目を閉じた。闇の中で、コカビエルの冷たい瞳が浮かんで消えた。

 

待ってろよ堕天使。俺の家臣が動き出した。この街は俺の国だ。お前の計画など、絶対に通させない。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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