サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
「お前も座れ。立ってばかりでもなんだから」
椅子をもう一脚引っ張り出して俺は再び座に戻った。ユキカゼは軽やかに腰を下ろす。尻尾が椅子の背もたれ越しにゆらゆらと揺れている。狐耳が時折ピクピクと動くのは、まだ少し落ち着かないのだろうか。
「して、太郎殿。机の上のあれは何でござる?」
視線が机の上を走った。
散らばったプリント、手書きのメモ、概略図。ユキカゼの瞳がそれらを正確に追っていく。その眼差しは、先ほどまでの明るい笑顔とはまるで違っていた。鋭い。研ぎ澄まされた刃のような視線が、一枚一枚の紙面を滑っていく。
(……おい、なんかすげえ顔になってるぞ)
オンミツ部隊筆頭の名は伊達じゃない。情報の大海から一粒の真実を拾い上げるのが本職だ。その目が今、稼働している。
だが次の瞬間、ユキカゼは顔を上げた。
「あはは! なんだか随分と散らかっておるでござるなぁ! 太郎殿、机の上くらい片付けられないでござるか?」
明るい。あまりにも明るい。さっきまでの鋭い視線はどこへ行った。
「うるさい。これは戦略的散らかりだ。必要な情報がいつでも手に届く範囲にある状態を維持している」
「ほぉ。それは便利でござるな。だが拙者にはただの散らかしにしか見えぬでござるよ」
ニヤリと笑う狐。いちいちゃ言い方がムカつく。
「……で、だ」
俺は少し咳払いをして、机の上を一瞥した。
正直に言おう。この状況をどう説明したものか。
「ユキカゼ。正直に言うと、だな」
「うむ」
「俺は今、情報不足で行き詰まっている」
言ってしまった。王としてなんという体たらくか。だが嘘をついても無駄だ。ユキカゼの目はご覧の通りだ。誤魔化せるような相手じゃない。
「三大勢力ってのがいるらしい。悪魔、天使、堕天使。この世界の大きな勢力なんだが……正直、俺たちが持っている情報はこれくらいだ」
指先で机の上の紙片を軽く弾く。腥い思い出を吐き出すように。
「デスガリアン残党のコンテニューメダルの破壊も大事だが、その背後に何があるのか。三大勢力がどう動いているのか。さっぱり分からない。手掛かりなき迷路の中を手探りで進んでいる状態だ」
俺の声が低くなるのは悔しさのせいだ。
王になる男が、情報一つ集めきれない。情けないとは思っている。だが思っているだけでは何も解決しない。
ユキカゼの耳がすっと前を向いた。
「……なるほど」
俺を見つめる青緑色の瞳が、柔らかな光を宿した。
「太郎殿。拙者に任せるでござる」
「……は?」
「拙者に任せるでござる、と言ったのでござるよ。オンミツ部隊筆頭ユキカゼ・パネトーネ。情報収集なら拙者の本分でござる。この世界の事情は分からぬが、調べるという行為は世界が変わっても変わらぬでござる」
胸に手を当てて、ニッコリと笑う。冗談めかした口調だが、その目は笑っていない。自信に満ちた戦士の目だ。
(……そういえば、そうだったな)
狐ジューマンの知略。観察力。情報を組み立てる能力。かつての冒険でもユキカゼの機転に何度助けられたか分からない。真面目な顔をするとこうも頼もしいのか。
だが。
「……お前、この世界のこと何も知らないだろ」
「知らぬでござる」
「道もわからないだろ」
「分からぬでござる」
「言葉もそこそこだろ」
「拙者、日本語は話せるでござるよ。太郎殿と同じであろう?」
「いやそういう問題じゃなくてだな……」
「太郎殿。心配せぬでござる。拙者は狐でござるよ。どこへ行こうと、何を探そうと、必ず当たりをつけて当たってみせるでござる」
にまりと口角を上げたユキカゼの顔は、確かに軽かった。見た目は制服を着た元気な少女だ。いや和装か。どっちだ。まあいい。
だがその裏に、確かな手応えがある。
俺はこの狐を知っている。ふざけた顔をして、確実に仕事を果たす。そういう奴だ。
「……分かった。ユキカゼ、お前に任せる」
俺は折った。
正直、折るしかなかった。俺一人で頭を抱えていても進まない。ここは専門家に任せるのが正解だ。
ユキカゼがぴょこんと立ち上がった。尻尾が元気よく揺れる。椅子がガタリと音を立てた。
「では拙者、参るでござる。太郎殿は此処でお待ちくださるか?」
「ああ。俺もここで情報の整理を続ける。何かあったら連絡をくれ」
「了解でござる。ふふ、拙者に任せるでござるよ」
その軽い足取りでドアへ向かう背中を見送りながら、俺は一つだけ思った。
(……あいつ、スマホ持ってないよな)
まあ、連絡の手段はあとで考えよう。ユキカゼが部屋を出て行くその背中を見送っていると、不思議と胸の奥が少し軽くなっていた。
ユキカゼが出て行ってから、どれくらい経っただろうか。
時計の秒針が、チチチチと無慈悲に時を刻んでいる。さっきまで気にも留めなかった音が、今はやけに大きく響く。静寂というやつは、時に耳鳴りよりもうるさい。
俺は机に向かっていた。
散らばった資料を、一枚ずつ拾い上げて分類し直す。デスガリアン関連の情報。三大勢力の断片的な記述。コンテニューメダルの出現記録。三つの山に分けたところで、大した量じゃない。改めて並べてみると、その薄さが際立つ。
「……これしか、ないのか」
手が止まった。
一枚のプリントを指先で持ち上げたまま、俺の視線は窓の外へと滑っていった。暗闇。街灯がぽつぽつと光る以外は、何も見えない。この世界の夜は、ジューマンの世界の夜とは違う。あちらでは月が二つあって、夜でも青白い光が道を照らしていた。こちらは――ただ暗いだけだ。
(俺は、何をやっていたんだ)
矛先が自分に向く。痛い。
エレンに頼んで武力を。レオーネに頼んで買い出しを。マンモスマンに頼んで運搬を。ガーフィールに頼んで警備を。レイスに頼んで裏方を。全部、家臣に任せっきりだ。
王が指示を出すのは当然のことだ。しかし指示を出すための材料は、どこから来る?
俺自身が集めていたか?
答えはノーだ。
ネットの掲示板の怪しげな書き込みをプリントアウトして、それを「情報」と呼んで満足していた。古書店で叩き売られていた魔術概論を流し読みして、「分かったつもり」になっていた。足を使っていない。頭を使っていない。いや、使っていたとしても、浅い。あまりにも浅い。
「王として、どうするか、か」
独り言が漏れた。苦い。
王とは、指し手を決める者だ。だが指し手を決めるには盤面を見なければならない。俺は盤面も見ずに駒を動かそうとしていた。いや、動かしてもいなかった。動かせもしなかった。ただ、駒があって、盤面があって、何もできないでいた。
ユキカゼに任せた。
それ自体は正解だろう。専門家に任せるのが王の仕事でもある。だが、任せたからといって自分が何もしなくていいわけじゃない。
(俺自身が、もっと動くべきだった)
苛立ちが胸の底でぐツぐツと煮え立っている。
情報収集が得意じゃない。それは自覚している。机に向かって書類と睨めっこするのは性に合わない。 field work だ。現場を歩いて、人に会って、話を聞いて、肌で感じる。そっちの方が俺には合っている。
なのに、やっていなかった。
なぜか。
簡単だ。怖かったのだ。
この世界のことを知れば知るほど、俺たちが異物であることがバレるかもしれない。三大勢力とやらに目をつけられるかもしれず。家臣たちが危険に晒されるかもしれない。
だから、慎重に。慎重に。慎重に。
慎重の仮面を被った怠惰。
「……クソ」
低い罵声が唇から落ちた。
窓の外の暗闇を睨みつけても、何も見えてこない。当然だ。暗闇を睨んでも、睛まれた暗闇が恥ずかしがって光をくれるわけがない。
俺は椅子に座り直した。
背もたれに深く寄りかかる。腕を組む。目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、ユキカゼのあの笑顔だ。「拙者に任せるでござる」と言った時の、あの頼もしい顔。
(任せた。だから待つ。それも王の仕事だ)
分かっている。分かっているが、待つのは性に合わない。
秒針がチチチチと刻む音が、耳の奥で反響している。
ユキカゼの帰りを待つ。
それしか、今はできない。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア