※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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悪魔の情報

1章 静寂を破る狐の足音

 

*  *  *

 

チチチチ。

 

秒針が刻む音だけが、俺の意識を現実に繋ぎ止めていた。

 

腕を組んだまま、目を閉じたまま。どれくらいそうしていただろうか。五分だったかもしれないし、三十分だったかもしれない。体感時間が信用できないのは、人間が待つことに対して本当に弱い生き物だからに違いない。

 

(…遅いな)

 

いや、遅いのか? ユキカゼがいつ出て行ったか正確に覚えていない。時計を見れば分かるが、見るのが怖い。数字が予想以上の時間を示していたら、それは俺の焦りが──

 

コン。

 

音が、した。

 

ドアノブが回る音。静寂を物理的に叩き割るような、金属の小さな響き。

 

「!?」

 

俺の体が反射的に動いた。組んでいた腕が解け、椅子の背もたれから背中が離れる。ガタリと椅子が悲鳴のような音を立てた。まるで居眠りを見つかった学生みたいだ。情けない。いや実際情けないのだが。

 

ドアが開く。

 

金色が、夜の闇を切り裂いて滑り込んできた。

 

ポニーテール。狐耳。揺れる尻尾。紫の衣。

 

ユキカゼだった。

 

「戻ったでござるよ、太郎殿」

 

その声は、出て行った時と同じ明るさだった。だが、顔を見れば分かる。頬が少しだけ紅潮している。呼吸がほんの少し荒い。額に薄く汗の膜が光っている。

 

(…走ってきたのか?)

 

いや、それとも最初からこういう状態だったのか。どちらにせよ、ユキカゼが働いてきたことだけは確かだ。

 

「おかえり、ユキカゼ」

 

「お帰りなさい、ではなくおかえり、でござるか。太郎殿らしいでござるな」

 

ふふっ、と笑った。疲労が笑いの皺の奥に滲んでいるが、その瞳は達成感で爛々と輝いていた。

 

「それで、どうだった?」

 

俺は椅子から立ち上がっていた。いつの間にか。体が勝手に動いた。机の上の三つの山──分類し直した資料が、ユキカゼの持ち帰る情報と対峙するのを待っている。

 

ユキカゼの表情が、変わった。

 

ぱっと明るさが消えて、すっと引き締まる。まるで能面が入れ替わるような切り替えだ。狐耳が直立する。尻尾の揺れが止まる。オンミツ部隊筆頭の顔だ。

 

「太郎殿」

 

一歩、前に出た。

 

「三大勢力について、調べてきたでござる」

 

その一言で、部屋の空気が変わった。さっきまでの静寂が、張り詰めた緊張へと差し替えられた。

 

俺は無意識のうちに身を乗り出していた。机の端に手を置いて、ユキカゼの次の言葉を待つ。指先が机の木目に食い込むほど力が篭もっている。

 

机の上には、俺が一人で集めた薄っぺらい三つの山。目の前には、たった数時間でこの世界の核心に触れてきた狐ジューマン。

 

(この差が、今の俺とユキカゼの差だ)

 

認めるのは癪だが、事実だ。だが今はそれでいい。情報を拾うのは彼女だ。それをどう使うかは俺の仕事だ。

 

ユキカゼが俺の正面に立った。

 

青緑色の瞳が、真っすぐに俺を見据えている。

 

俺たちの間に、机一枚分の距離がある。その距離が、これから始まる情報交換の境界線だ。

 

「話してみろ、ユキカゼ」

 

俺の声は、自分で思ったよりも低く、真剣だった。

 

ユキカゼは一呼吸置いた。

 

オンミツ部隊筆頭としての呼吸だ。情報を整理し、優先順位を定め、最も重要な核から伝えるための準備動作。狐耳がぴんと立ち、尻尾が床に垂れて静止している。

 

「三大勢力の中で、拙者が最も注目すべきと判断したのは──悪魔でござる」

 

「悪魔、か」

 

俺は椅子に座り直し、腕を組んだ。身を乗り出していた姿勢をあえて解いたのは、聞き手としての体勢を整えるためだ。王が聞くなら、姿勢は正しく。

 

「なぜ悪魔だ。天使も堕天使もいる中で、あえて悪魔を選んだ理由があるんだろ」

 

「おっしゃる通りでござる」

 

ユキカゼが頷く。狐耳が微かに揺れた。

 

「理由は単純でござる。悪魔が、この世界における最も身近な脅威になりうるからでござる」

 

「身近?」

 

「左様。天使は天にあり。堕天使は闇にあり。しかし悪魔は──人間の隣に立つでござる」

 

その一言で俺の背筋に冷たいものが走った。

 

「説明しろ」

 

「悪魔という存在は、人間の願いを叶えることでござる」

 

ユキカゼの声が低くなった。報告者の声だ。感情を排し、事実だけを運ぶ声。

 

「人間がどうしても叶えたい願いを持つ時、そこに悪魔が現れる。契約を結び、願いを叶え、その対価として──魂を奪うでござる」

 

「…魂を?」

 

「左様。契約が成立すれば、人間の魂は悪魔のものとなるでござる」

 

顔色が変わったのが分かった。自分でも分かる。血の気が引いていく感覚。まるで背後から冷たい手で首筋を撫でられたような悪寒だ。

 

(願いを叶える代わりに魂を奪う)

 

それは物語の中の悪魔そのものだ。ファウスト博士の契約。十字架の血。あらゆる伝説の悪魔が、等しく人間の欲望に漬け込み、魂を刈り取ってきた。それが現実としてこの世界に存在している。

 

「厄介な連中だな…」

 

「さらに厄介なのがござる」

 

ユキカゼが俺の目を見た。青緑色の瞳が真剣さを増していく。

 

「太郎殿。悪魔と聞いて、拙者はてっきり角があり、蝙蝠の羽があり、黒い肌をした異形の者たちかと思っておったでござる」

 

「俺もそういうイメージだな。某洋画とかだとそうだろ」

 

「だが実態は違うでござる」

 

ユキカゼが首を横に振った。

 

「確かに伝説に語られるような異形の姿を持つ者もおる。だがそれは少数でござる。大半の悪魔は──」

 

一拍。

 

「人間と変わらぬ外見でござる」

 

「……は?」

 

間の抜けた声が出た。

 

「人間と、変わらぬ外見?」

 

「左様。街を歩いていても見分けはつかぬでござる。拙者の目をもってしても、外見だけでは判別できなんだ」

 

(待て待て待て)

 

俺の脳内でツッコミが爆発した。

 

(じゃあ今、隣の席に座ってるあいつも悪魔かもしれないし、コンビニのレジのおばちゃんも悪魔かもしれないってことか?)

 

伝説のイメージと実態のギャップが凄まじい。角があって羽があるならまだ警戒できる。一目見れば逃げられる。だが人間と同じ外見だとしたら?

 

どこにでもいる。誰とも分からない。気づいた時にはもう契約を持ちかけられているかもしれない。

 

「…それは本当か?」

 

「オンミツ部隊筆頭の名にかけてでござる。嘘は申さぬ」

 

ユキカゼの目は嘘をついていなかった。むしろその真剣さが、情報の信憑性を無駄に高めている。

 

俺は腕を組んだまま背もたれに寄りかかった。考えがまとまらない。いやまとまりすぎてパンクしそうだ。

 

(魂を奪う契約を持ちかける、人間と同じ外見の連中が、この街にもいる)

 

脅威だ。間違いなく脅威だ。

 

だが同時に、一つの疑問が浮かぶ。もし悪魔が人間と同じ外見で人間社会に紛れているなら──彼らはどうやって生活しているのか。ただ潛んでいるだけなのか。それとも。

 

「ユキカゼ」

 

俺はユキカゼを見た。

 

「悪魔の基本は分かった。だがまだ聞きたいことがある」

 

「何でござるか?」

 

「悪魔が人間と同じ外見だと言った。なら奴らは人間社会の中でどうやって生きている? ただ隠れているだけなのか、それとも…」

 

俺の視線がユキカゼを射抜く。

 

ユキカゼが小さく頷いた。

 

「その点についても、調べてまいったでござるよ」

 

狐耳が前に傾く。次の情報を繋ぐ準備が整った合図だ。

 

俺は机の上の薄い三つの山を一瞥し、それからユキカゼに向き直った。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
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