サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
沈黙が重い。
さっきまでユキカゼの声が埋めていた空間が、報告の終わりと共に一気に真空になった。時計の秒針だけが、俺たちの間で唯一動いているものだ。
チチチチ。
嫌な音だ。時間が経つほどに、さっきユキカゼが放った一言が胸の奥で膨らんでいく。
悪魔の駒と、王国の駒は似ている。
似ている。似ている。似ている。
その言葉が脳みその中で反響して、壁に当たって跳ね返ってくる。出口がない。思考が迷路に入り込んで、グルグルと同じ場所を回っている。
俺は机の上の資料を睨みつけた。
薄っぺらい紙切れの山。三つに分類しただけの、大した量じゃない情報。これだけでは何も証明できない。悪魔の駒の仕組みも、王国の駒との関連性も、全部が推測の域を出ない。
「…クソッ」
舌打ちが漏れた。
指先が机の木目を叩く。ダダダダダ。苛立ちのリズムだ。止まらない。
資料を見ても答えは出ない。ネットの怪しげなオカルト掲示板に、悪魔の駒と神器の関連性について書いてあるわけがない。古書店の叩き売り魔術概論に、他種族の転生システムなんて載っていない。
俺の手元にあるもので分かることなんて、もうとっくに全部分かった。残っているのは疑問だけだ。
「ユキカゼ」
「はいでござる」
「俺、ちょっと出てくる」
ユキカゼの狐耳がぴくりと動いた。青緑色の瞳が俺を射抜く。
「深夜でござるよ、太郎殿」
「分かってる。だがこれ以上机を睨んでても仕方ない。悪魔の駒についてもっと詳しく調べたいことがある」
「何を調べるでござる?」
「…分からない。でも何か手掛かりがいる。あの駒の仕組みが、俺の王国の駒と本当に繋がっているのかどうか。それを確かめる手段を探す」
言ってから、自分の言葉の空虚さに気づいた。手段を探す? 何をどう探す? 深夜に外を出歩いて、悪魔の駒の教科書でも落ちているのか?
だが座っているよりはマシだ。座って悩むだけの王なんて、王じゃない。迷子でもいい。動く迷子の方が、止まった迷子よりは出口に近づく。
「太郎殿」
ユキカゼが静かに立ち上がった。尻尾がゆったりと揺れる。
「拙者も同行するでござる」
「いや。ユキカゼは此処で待ってくれ。さっきの調査で疲れてるだろ」
「拙者は狐でござるよ。少々の夜歩きで疲れなど取らぬ」
「それは分かってるが…」
「太郎殿」
ユキカゼの声が、ふたつ低くなった。
「拙者は太郎殿の仲間でござる。危険な世界へ、王を一人で行かせるわけにはいかぬでござるよ」
真っすぐな目だ。断れない類の目だ。
「…分かった。だが目立つなよ。お前その格好、目立ってしょうがないだろ」
「拙者の格好が目立つとでも? これは実用的な隠密装束でござるよ」
「どこがだ」
ため息をつきながら、俺は玄関へ向かった。靴を履く。上着を羽織る。ポケットに手を入れて、鍵を握りしめた。
深夜のアパートの廊下は、死んだように静かだった。
足音を殺して階段を降りる。鉄製の階段は冷たい。深夜二時を回ったこの時間帯に起きている住人はいない。寝室の明かりはすべて消え、微かな冷蔵庫の唸り声だけが壁の向こうから漏れてくる。
ユキカゼが後ろをついてくる。裸足の足音が、猫のように静かだ。狐だからか。いやジューマンの身体能力か。どちらにせよ音はほとんどしない。
一階の踊り場。鉄製のドアを押し開ける。
冷たい夜風が、頬を叩いた。
「……」
肌を刺すような冷気だ。昼間の暑さが嘘のように、夜の空気は冷え切っている。深呼吸すると肺の奥まで冷たい空気が入り込む。少しだけ頭が冴えた。
コンクリートの地面を踏みしめる。アパートの外灯が、薄橙色の光を地面に落としている。影が長く伸びる。
一歩、二歩。駐輪場の方へ。とりあえず駅前の书店まで行ってみようか。いや深夜二時に開いている本屋なんてない。コンビニか。コンビニなら何か雑誌があるかもしれない。
考えながら歩いていた。
その時だった。
視界の端に、何かが入った。
アパートの正面。歩道沿いの街灯の下。
人影。
足が止まった。思考が、止まった。
街灯の明かりが、その人物を照らしている。夜の闇と人工の光の境界線上に、その男は立っていた。
金色の髪。
夜の街灯の下で、それだけがやけに鮮やかだった。ショートカットの金髪が、薄橙の光を浴びて輝いている。
そして浴衣。
夏の終わりの夜に似合わない、いや季節外れの鮮やかな浴衣。だぼっとした袖。帯の締まった腰回り。下駄。ラフな着崩しだが、どこか品がある。着る人間が違うのか、それとも生地が違うのか。
男は、立っていた。
何もしないで。何も言わないで。ただ、立っている。
だが俺の背筋が伸びたのは、本能だ。
あの男は、待っている。
誰かを。
俺を。
なぜそう思ったのか、説明できない。明確な根拠はない。だがあの男の立ち位置、体の向き、視線の角度。全部が、アパートの出入口を向いている。俺が出てくるのを、知っていたかのように。
「太郎殿」
ユキカゼの声が、背後で囁いた。低い。臨戦態勢に入っている。狐耳が伏せ、尻尾がぴんと伸びている。俺と同じ結論に達したのだ。
「拙者も見つけたでござる。あの男…只者ではないでござるよ」
「ああ」
短く答えた俺の声は、自分で思ったより硬かった。
体が勝手に反応していた。重心を低くする。膝を緩める。両手を拳にして、体の両脇に構える。いつでも動けるように。いつでもユキカゼに合図を出せるように。
街灯の下の金髪の男が、ゆっくりと顔を上げた。
俺と、目が合った。
距離は十メートルほど。暗闇と人工光の境界線。男の表情は、明暗の境界に半分隠れていて読み取れない。だが確実に、俺を見ている。俺を見て、笑った気がした。
風が、吹いた。
俺の前髪が、揺れた。
静寂の中で、二人の影が交差した。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア