※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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朝が来るまでの小さな戦争

目が覚めた。

 

いや、正確には目が覚めさせられた。

 

何かが、俺の腕を枕にしてふにふにと動いているのだ。

 

「……む」

 

寝ぼけた声が耳元から聞こえる。

 

俺の右腕を占領している物体の正体は、昨夜の記憶を辿ればすぐに分かった。ユキカゼだ。狐ジューマンの少女は、俺の二の腕を抱き枕にして幸せそうに寝息を立てている。

 

尻尾が俺の腰に巻き付いたままだ。ふさふさの毛並みが腹のあたりをくすぐる。

 

(……ああ、そうだ。昨夜、あんなことが)

 

記憶が蘇る。熱の交わり。互いの体温を確かめ合った夜。

 

顔が熱くなるのを感じるが、俺は王になる男だ。これくらいで動揺している場合ではない。

 

問題は、だ。

 

右腕が、ない。

 

正確にはあるのだが、感覚がない。ユキカゼが枕にして丸一日寝ていたわけじゃないが、数時間腕を拘束され続けた結果、血流が完全に遮断されている。指先がシビレて動かない。

 

(腕が、死んでる)

 

試しに動かそうとした。ピクリとも動かない。まるで他人の腕だ。いや、他人の腕ならまだ感覚くらいあるだろう。これは完全に命が失われた腕だ。

 

「…ユキカゼ」

 

小声で呼ぶ。起こさないように、だが腕を解放してほしくて声をかける。

 

「むにゅ…鶏の唐揚げ…もう食べられないでござる…」

 

寝言だ。

 

しかも食べ物の寝言。この緊張感のなさは何だ。昨夜のあの真剣な眼差しはどこへ行った。

 

「おい、ユキカゼ」

 

もう少し声を大きくする。

 

「む…太郎さん…もっと撫でて…耳の後ろ…」

 

ダメだ。起きない。

 

というか耳の後ろって何だ。犬じゃあるまいし。いや狐か。犬科か。分類学的にはどうなんだ。まあ今はどうでもいい。

 

問題は腕だ。このままでは右腕が壊死して落ちるかもしれない。大げさじゃない。ジンジンする痛みが肩から指先まで走っている。王が片腕になれば国の守りが薄くなる。冗談じゃない。

 

俺は左手でユキカゼの肩を押してみた。

 

「んん…」

 

ふにゃりと抵抗される。柔らかい感触が掌に伝わる。いやそうじゃなくて。彼女は寝返りを打つ気配すらなく、むしろ俺の腕にさらに強く抱き着いてきた。

 

「こら、離せ」

 

「んぅ…嫌でござる…ここが、私の場所…」

 

寝ながら所有権を主張し始めた。

 

狐は縄張り意識が強いと聞くが、寝ている時までそうなのか。

 

*  *  *

 

十五分が経過した。

 

俺の右腕は依然として死んでいる。

 

ユキカZEは依然として寝ている。

 

戦況、悪化。

 

左手だけで何とかしようと試みた俺の努力は全て失敗に終わった。彼女を動かそうとすればするほど、抱き着く力が強くなる。まるで黒蟻が獲物にしがみつくように。

 

(俺は王になる男だ。部下一人の寝相に負けるわけにはいかない)

 

だが現実は非情だ。王の威厳も、王国の駒の力も、寝ている少女の腕力には勝てない。これが本能覚醒した狐ジューマンの握力なのか。いや寝ているから覚醒していないはずだ。だとしたら覚醒したら俺の腕どうなるんだ。

 

想像したくない。

 

「ユキカゼ。朝だ。起きろ」

 

諦めて普通の声で呼ぶ。

 

「んん…」

 

彼女の耳がピクリと動いた。反応がある。

 

「朝でござるか…」

 

「朝だ。もうすぐ」

 

実際にはまだ深夜だ。だが嘘をつかないと起きない。

 

「そうでござるか…朝は…寂しいでござるね…」

 

何を言っている。

 

「ユキカゼ。腕を放せ」

 

「嫌でござる」

 

即答。

 

目は閉じたままだ。まつ毛が震えている。起きている。完全に起きている。なのに離さない。

 

「理由を聞こうか」

 

「太郎さんの腕が温かいからでござる」

 

「それは理由にならん」

 

「なります」

 

「ならない」

 

「私が決めたことです。私の規則でござる」

 

「誰の規則だ」

 

「私の規則。狐ジューマンの古いしきたりでござる」

 

「そんなしきたり聞いたことがない」

 

「私が今決めました」

 

堂々巡りだ。

 

*  *  *

 

結局、右腕が感覚を取り戻したのはそれからさらに十分後だった。

 

ユキカゼがようやく目を開け、俺の顔を見て、それから自分が何をしているかを自覚して、顔を沸騰させた。

 

「はっ…! た、太郎さんっ! 私、その…!」

 

「おう。おはよう」

 

「お、おはようござる…の、ではありません! 私、なぜ太郎さんのベッドに…!」

 

「自分で来たんだろ」

 

「そ、それは…そうでござるけど…!」

 

彼女は慌てて離れた。尻尾がバッと俺の腰から解ける。喪失感が走った。いや別にそんな感情はない。ただ尻尾の温もりが急に消ると寒いだけだ。

 

「あの、その…昨夜は…」

 

ユキカゼは布団の端で膝を抱えている。耳が赤い。尻尾がバタバタと動いている。動揺しているのが如実に分かる。

 

「忘れてくれ」

 

「っ!?」

 

俺がそう言うと、ユキカゼの耳がバッと伏せた。

 

(あ、まずい言い方だったか)

 

「いや、忘れろって意味じゃなくて。気にするなって意味で」

 

「…同じでござる」

 

「違う。気にするなは、気に病すなって意味だ。お前が何をしたとかそういうことじゃなくて」

 

「じゃあ何でござるか」

 

「俺の腕を三十分拘束したことについて、だ」

 

「……」

 

ユキカゼが固まった。

 

「さんじゅう…分?」

 

「三十分。俺の右腕が完全に死んでた。朝起きたら王が片腕になってたら歴史に名が残るぞ。『腕一本で国を守った王』って。かっこいいけど実際は寝相のせいだ」

 

「うぅ…」

 

ユキカゼが布団に顔を埋めた。耳まで真っ赤だ。尻尾が丸まっている。

 

「す、すみませんでござる…私、寝ると無意識に温かいものを抱きしめてしまう癖が…」

 

「知ってるよ。ジューマン世界で何度も見た」

 

「えっ」

 

「野営の時、よく俺の装備を抱いて寝てただろ」

 

「…そういえば、そうでござったか」

 

「あの時は装備だからよかったが、今回は俺の腕だ。壊死しかけた」

 

「壊死は誇張でござる!」

 

「大げさじゃない。感覚がなかった。本当に」

 

「うぅぅ…」

 

彼女は布団の中で小さく丸まった。尻尾だけが布団の端からはみ出して、ぺたんと畳まれている。

 

*  *  *

 

俺はベッドから起き上がり、右腕をぐるぐると回した。血の巡りが戻ってくる。ジンジンとした痺れが少しずつ消えていく。

 

「ユキカゼ」

 

「…はい」

 

布団から顔だけ出す。目が潤んでいる。叱られた子供みたいな顔だ。

 

「昨夜のことは、俺が感謝してる」

 

「え?」

 

「疲れが取れた。嘘じゃない」

 

本当だ。あの後、ユキカゼに抱かれて眠った時間は、ここ数日で一番深い眠りだった。分身斬りの反動も、精神的な疲労も、全部吸い取られた気がする。

 

「だから、気に病むな。腕の件も水に流す」

 

「太郎さん…」

 

「ただし」

 

俺は一度咳払いをしてから言った。

 

「次は左腕にしてくれ。右利きだから右腕が死ぬと困る」

 

「…次って」

 

ユキカゼの耳がピクリと立った。顔がまた赤くなる。

 

「次があるんでござるか」

 

「嫌なら来なくていいぞ」

 

「嫌じゃないでござる!」

 

即答。声が裏返っている。

 

「じゃあ次は左腕な」

 

「…はい。左腕でございますね。覚えておきます」

 

彼女は布団から出て、膝をついて座り直した。まだ顔が赤い。だが尻尾が小さく揺れている。嬉しい時の動きだ。

 

「太郎さん」

 

「ん」

 

「あの…もう少し、ここにいてもいいでござるか」

 

「夜明けまでだぞ」

 

「はい。それで十分でござる」

 

彼女はまた俺の隣に滑り込んできた。今度は左腕に。素早い。狐の身軽さが恨めしい。

 

「温かいでござる」

 

「…ああ」

 

「太郎さんは、本当に温かいでござるね」

 

「それ三回目だ」

 

「四回目も言うでござる」

 

「遠慮しろ」

 

「嫌でござる」

 

彼女は左腕に抱き着いた。今度は強すぎない。ちょうどいい力加減。

 

尻尾が再び腰に巻き付く。ふさふさの毛並みが、布団の中で温かい。

 

(まあ、左腕ならいいか)

 

王も休む時はある。

 

部下の温もりに包まれて眠る夜くらい、許されるだろう。

 

俺は目を閉じた。

 

ユキカゼの寝息が、耳元で穏やかに響いていた。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
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