サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
目が覚めた。
いや、正確には目が覚めさせられた。
何かが、俺の腕を枕にしてふにふにと動いているのだ。
「……む」
寝ぼけた声が耳元から聞こえる。
俺の右腕を占領している物体の正体は、昨夜の記憶を辿ればすぐに分かった。ユキカゼだ。狐ジューマンの少女は、俺の二の腕を抱き枕にして幸せそうに寝息を立てている。
尻尾が俺の腰に巻き付いたままだ。ふさふさの毛並みが腹のあたりをくすぐる。
(……ああ、そうだ。昨夜、あんなことが)
記憶が蘇る。熱の交わり。互いの体温を確かめ合った夜。
顔が熱くなるのを感じるが、俺は王になる男だ。これくらいで動揺している場合ではない。
問題は、だ。
右腕が、ない。
正確にはあるのだが、感覚がない。ユキカゼが枕にして丸一日寝ていたわけじゃないが、数時間腕を拘束され続けた結果、血流が完全に遮断されている。指先がシビレて動かない。
(腕が、死んでる)
試しに動かそうとした。ピクリとも動かない。まるで他人の腕だ。いや、他人の腕ならまだ感覚くらいあるだろう。これは完全に命が失われた腕だ。
「…ユキカゼ」
小声で呼ぶ。起こさないように、だが腕を解放してほしくて声をかける。
「むにゅ…鶏の唐揚げ…もう食べられないでござる…」
寝言だ。
しかも食べ物の寝言。この緊張感のなさは何だ。昨夜のあの真剣な眼差しはどこへ行った。
「おい、ユキカゼ」
もう少し声を大きくする。
「む…太郎さん…もっと撫でて…耳の後ろ…」
ダメだ。起きない。
というか耳の後ろって何だ。犬じゃあるまいし。いや狐か。犬科か。分類学的にはどうなんだ。まあ今はどうでもいい。
問題は腕だ。このままでは右腕が壊死して落ちるかもしれない。大げさじゃない。ジンジンする痛みが肩から指先まで走っている。王が片腕になれば国の守りが薄くなる。冗談じゃない。
俺は左手でユキカゼの肩を押してみた。
「んん…」
ふにゃりと抵抗される。柔らかい感触が掌に伝わる。いやそうじゃなくて。彼女は寝返りを打つ気配すらなく、むしろ俺の腕にさらに強く抱き着いてきた。
「こら、離せ」
「んぅ…嫌でござる…ここが、私の場所…」
寝ながら所有権を主張し始めた。
狐は縄張り意識が強いと聞くが、寝ている時までそうなのか。
* * *
十五分が経過した。
俺の右腕は依然として死んでいる。
ユキカZEは依然として寝ている。
戦況、悪化。
左手だけで何とかしようと試みた俺の努力は全て失敗に終わった。彼女を動かそうとすればするほど、抱き着く力が強くなる。まるで黒蟻が獲物にしがみつくように。
(俺は王になる男だ。部下一人の寝相に負けるわけにはいかない)
だが現実は非情だ。王の威厳も、王国の駒の力も、寝ている少女の腕力には勝てない。これが本能覚醒した狐ジューマンの握力なのか。いや寝ているから覚醒していないはずだ。だとしたら覚醒したら俺の腕どうなるんだ。
想像したくない。
「ユキカゼ。朝だ。起きろ」
諦めて普通の声で呼ぶ。
「んん…」
彼女の耳がピクリと動いた。反応がある。
「朝でござるか…」
「朝だ。もうすぐ」
実際にはまだ深夜だ。だが嘘をつかないと起きない。
「そうでござるか…朝は…寂しいでござるね…」
何を言っている。
「ユキカゼ。腕を放せ」
「嫌でござる」
即答。
目は閉じたままだ。まつ毛が震えている。起きている。完全に起きている。なのに離さない。
「理由を聞こうか」
「太郎さんの腕が温かいからでござる」
「それは理由にならん」
「なります」
「ならない」
「私が決めたことです。私の規則でござる」
「誰の規則だ」
「私の規則。狐ジューマンの古いしきたりでござる」
「そんなしきたり聞いたことがない」
「私が今決めました」
堂々巡りだ。
* * *
結局、右腕が感覚を取り戻したのはそれからさらに十分後だった。
ユキカゼがようやく目を開け、俺の顔を見て、それから自分が何をしているかを自覚して、顔を沸騰させた。
「はっ…! た、太郎さんっ! 私、その…!」
「おう。おはよう」
「お、おはようござる…の、ではありません! 私、なぜ太郎さんのベッドに…!」
「自分で来たんだろ」
「そ、それは…そうでござるけど…!」
彼女は慌てて離れた。尻尾がバッと俺の腰から解ける。喪失感が走った。いや別にそんな感情はない。ただ尻尾の温もりが急に消ると寒いだけだ。
「あの、その…昨夜は…」
ユキカゼは布団の端で膝を抱えている。耳が赤い。尻尾がバタバタと動いている。動揺しているのが如実に分かる。
「忘れてくれ」
「っ!?」
俺がそう言うと、ユキカゼの耳がバッと伏せた。
(あ、まずい言い方だったか)
「いや、忘れろって意味じゃなくて。気にするなって意味で」
「…同じでござる」
「違う。気にするなは、気に病すなって意味だ。お前が何をしたとかそういうことじゃなくて」
「じゃあ何でござるか」
「俺の腕を三十分拘束したことについて、だ」
「……」
ユキカゼが固まった。
「さんじゅう…分?」
「三十分。俺の右腕が完全に死んでた。朝起きたら王が片腕になってたら歴史に名が残るぞ。『腕一本で国を守った王』って。かっこいいけど実際は寝相のせいだ」
「うぅ…」
ユキカゼが布団に顔を埋めた。耳まで真っ赤だ。尻尾が丸まっている。
「す、すみませんでござる…私、寝ると無意識に温かいものを抱きしめてしまう癖が…」
「知ってるよ。ジューマン世界で何度も見た」
「えっ」
「野営の時、よく俺の装備を抱いて寝てただろ」
「…そういえば、そうでござったか」
「あの時は装備だからよかったが、今回は俺の腕だ。壊死しかけた」
「壊死は誇張でござる!」
「大げさじゃない。感覚がなかった。本当に」
「うぅぅ…」
彼女は布団の中で小さく丸まった。尻尾だけが布団の端からはみ出して、ぺたんと畳まれている。
* * *
俺はベッドから起き上がり、右腕をぐるぐると回した。血の巡りが戻ってくる。ジンジンとした痺れが少しずつ消えていく。
「ユキカゼ」
「…はい」
布団から顔だけ出す。目が潤んでいる。叱られた子供みたいな顔だ。
「昨夜のことは、俺が感謝してる」
「え?」
「疲れが取れた。嘘じゃない」
本当だ。あの後、ユキカゼに抱かれて眠った時間は、ここ数日で一番深い眠りだった。分身斬りの反動も、精神的な疲労も、全部吸い取られた気がする。
「だから、気に病むな。腕の件も水に流す」
「太郎さん…」
「ただし」
俺は一度咳払いをしてから言った。
「次は左腕にしてくれ。右利きだから右腕が死ぬと困る」
「…次って」
ユキカゼの耳がピクリと立った。顔がまた赤くなる。
「次があるんでござるか」
「嫌なら来なくていいぞ」
「嫌じゃないでござる!」
即答。声が裏返っている。
「じゃあ次は左腕な」
「…はい。左腕でございますね。覚えておきます」
彼女は布団から出て、膝をついて座り直した。まだ顔が赤い。だが尻尾が小さく揺れている。嬉しい時の動きだ。
「太郎さん」
「ん」
「あの…もう少し、ここにいてもいいでござるか」
「夜明けまでだぞ」
「はい。それで十分でござる」
彼女はまた俺の隣に滑り込んできた。今度は左腕に。素早い。狐の身軽さが恨めしい。
「温かいでござる」
「…ああ」
「太郎さんは、本当に温かいでござるね」
「それ三回目だ」
「四回目も言うでござる」
「遠慮しろ」
「嫌でござる」
彼女は左腕に抱き着いた。今度は強すぎない。ちょうどいい力加減。
尻尾が再び腰に巻き付く。ふさふさの毛並みが、布団の中で温かい。
(まあ、左腕ならいいか)
王も休む時はある。
部下の温もりに包まれて眠る夜くらい、許されるだろう。
俺は目を閉じた。
ユキカゼの寝息が、耳元で穏やかに響いていた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア