サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
夏休み初日。
俺たちは東京を離れた。
新幹線を乗り継ぎ在来線を乗り継ぎ、さらにバスに揺られて数時間。窓の外の景色がビルから田畑へ、田畑から山へと変わっていく。
「懐かしいでござるな」
ユキカゼが窓に額をくっつけて呟いた。大きな狐耳が窓ガラスにぺたりと押し付けられている。周りの乗客がチラチラとこちらを見ているが、まあ田舎のローカル線だ。多少の奇異は許容される。
「ユキカゼ、耳隠せ」
「嫌でござる。ここまで来れば大丈夫でござるよ」
「根拠は」
「私の勘でござる」
「勘かよ」
エレンは通路を挟んだ席で爆睡していた。サメの尻尾が座席の下からはみ出して、床にだらりと垂れている。乗務員が二度ほど通りかかったが、二度とも見なかったことにしたらしい。さすが田舎のローカル線。懐が深い。
窓の外に、見覚えのある山の稜線が見えてきた。
俺は身を起こした。
「もうすぐだ」
* * *
地元の駅に降り立った瞬間、空気が違うのが分かった。
東京の空気はどこか常に張り詰めている。排気ガスと人の熱と、無数の欲望が混ざり合った重たい空気。だがここは違う。山の匂いがする。土の匂い。遠くに川のせせらぎの音まで聞こえる気がする。気のせいかもしれないが。
「わあ…」
ユキカゼが改札を出たところで立ち止まり、大きく深呼吸した。狐耳がピンと立っている。尻尾がゆらゆらと揺れている。完全にリラックスしている。
「太郎さん。ここ、空気が美味しいでござる」
「だろうな」
「東京より断然いいでござる」
「だろうな」
「ずっとここにいたいでござる」
「帰るぞ」
「えー」
エレンが後ろからついてくる。サメの尻尾を引きずりながら、眠そうな目を細めている。だがその表情は東京にいた時より少しだけ柔らかい。気のせいかもしれないが。
「…ここ、静か」
エレンがぼそりと言った。
「悪くない」
「だろ」
「別に褒めてない」
「そうかよ」
駅前は小さなロータリーになっていて数台のタクシーと、あとは俺の家族が迎えに来てくれているはずだ。キョロキョロと辺りを見回すと、見覚えのある軽トラックが停まっていた。
「太郎!」
運転席からひょこりと顔を出したのは、俺の母親だった。
「久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」
「ああ」
「あんた、また背が伸びたんじゃないかい」
「そうでもない」
「そうでもあるよ。母さん分かるんだから」
母親は俺の顔を見て笑い、それから後ろにいるユキカゼとエレンに目をやった。
「あらあら。お友達も一緒なんだね」
「ああ。しばらく世話になる」
「いいよいいよ。田舎だから何もないけど、ゆっくりしてきな」
母親はユキカゼの耳を見ても、エレンの尻尾を見ても特に驚かなかった。この人は昔からそうだ。俺が何を持ち帰っても動じない。肝が据わっているのか、単に興味がないのか。おそらく両方だ。
* * *
軽トラックの荷台に乗せられて、俺たちは山道を揺られていった。
風が気持ちいい。ユキカゼは荷台の縁に手をかけて身を乗り出し、狐耳を風に靡かせている。尻尾がふさふさと風に流れている。完全に野生の狐の顔になっていた。
「太郎さん! あっちに川が見えるでござる!」
「ああ」
「魚がいるでござるかね!」
「いるだろうな」
「捕まえたいでござる!」
「後でな」
エレンは荷台の隅っこで体育座りをして、目を閉じている。風に当たりながら眠っているようだ。サメの尻尾が時折ピクリと動く。夢の中で泳いでいるのかもしれない。
俺は空を見上げた。
故郷の空。東京の空より広い。雲の形も違う。色も違う。こんなに空って青かったか、と改めて思う。
(帰ってきたな)
ここに帰ってくるのは数年ぶりだ。あの夏、異世界へ迷い込む前は確かにここにいた。だがその後は東京に出て、駒王学園に通い王を目指して動いてきた。故郷は遠い場所になっていた。
だが帰ってきた。
夏休みだ。帰る場所がある。
* * *
家に着いてから、俺たちはそれぞれ好きに過ごした。
ユキカゼは庭を駆け回り近所の猫と喧嘩し、井戸水を飲んで感動し縁側で昼寝をした。完全に実家の狐だ。
エレンは部屋の隅で丸くなって寝ていた。時折起きては冷蔵庫を漁り、また寝た。王の家臣としてはどうかと思うが、まあ夏休みだ。許す。
俺は縁側に座って、麦茶を飲んでいた。
蝉が鳴いている。夕方の風が涼しい。遠くから子どもの声が聞こえる。夏の匂いがした。
(絶花は、どうしてるだろう)
幼馴染みの顔が浮かぶ。
剣を握れば誰よりも強い。だが人と話す時はいつもおどおどしている。友達が欲しいと言いながら、自分から距離を取ってしまう。矛盾した女だ。
だが俺は知っている。あいつの本当の強さを。あの夏、共に戦った日々を。
「太郎さん」
ユキカゼが縁側に上がってきた。汗をかいている。尻尾が満足そうに揺れている。
「近所の婆さんに魚をもらったでござる」
「すごいな」
「この辺りは優しい人が多いでござる」
「だろうな」
ユキカゼが俺の隣に座った。肩が触れる。昨夜の温もりがよぎったが、今は昼だ。そういうのは夜にしろ。
「太郎さん」
「ん」
「絶花さんのところへ、行くんでござるか」
ユキカゼは俺の思考を読んだように言った。いや、王国の駒で繋がっている。ある程度は伝わっているのかもしれない。
「ああ。行くつもりだ」
「いつでござるか」
「明日か、明後日か。近いうちに」
「私も行くでござる」
「…来るのか」
「当然でござる。絶花さんには、私も会いたいでござるから」
ユキカゼは笑った。本心からの笑顔だ。あの夏、ユキカゼと絶花は何度も共に戦った。種族は違えど、同じ戦場を駆けた仲間だ。
「エレンも連れて行くでござるか」
「あいつは起きたら聞いてみる」
「寝てるでござるね」
「ああ」
縁側から部屋を覗くと、エレンはまだ丸くなって寝ていた。サメの尻尾が布団からはみ出している。平和な光景だ。
* * *
翌日。
俺は朝早くに起きて、支度をした。
ユキカゼも準備万端だ。今日は耳を帽子で隠している。エレンは…起きた。珍しいことに。
「ついてくるのか」
「…暇だから」
エレンはそう言って、サメの尻尾を軽く揺らした。本音は別にあるだろうが、追求しないのが王の器だ。
三人で家を出た。
絶花の家は、ここから歩いて二十分ほど。山道を少し登ったところにある古い屋敷だ。宮本家の道場も兼ねている。
道中、ユキカゼは鼻歌を歌っていた。エレンは無言でついてくる。俺は先頭を歩きながら、少しずつ心臓の鼓動が速くなるのを感じていた。
(久しぶりだな)
絶花に会うのはどれくらいぶりだろう。東京で時々顔を合わせてはいたが、こうして故郷で会うのはあの夏以来だ。
あの夏、俺たちは異世界で戦った。
デスガリアンとの戦い。ジューマンたちとの出会い。王者の資格の獲得。全てが一夏の間に起きた。
その夏を共にしたのが、絶花だった。
* * *
宮本家の門が見えてきた。
古い木の門。武蔵の子孫と聞いて納得するような、風格のある構えだ。
俺は門の前に立った。
「太郎さん」
ユキカゼが小声で呼ぶ。
「大丈夫でござるか」
「何がだ」
「緊張してるでござる」
「してない」
「手が震えてるでござる」
「…気のせいだ」
俺は深呼吸して、門を叩こうとした。
その時。
ギィ、と門が内側から開いた。
「太郎」
門の向こうに、彼女が立っていた。
宮本絶花。
黒髪を風に揺らし刀を腰に帯びて、俺を見つめている。いつもと変わらない整った顔立ち。だがその瞳は、どこか潤んでいるように見えた。
「お前、なんで」
俺が言いかけると、絶花は少しだけ口元を緩めた。
「太郎が帰ってくるって、聞いたから」
「誰から」
「ユキカゼさんから」
「…おい」
ユキカゼは後ろでしれっとしている。いつの間に連絡を取っていたのか。さすが狐、抜け目がない。
絶花は一歩、門の外へ踏み出した。
「久しぶり、太郎」
「ああ。久しぶりだ、絶花」
風が吹いた。
山の匂いがした。蝉の声がした。夏の始まりが、確かにここにあった。
絶花は俺の顔をじっと見つめて、それから小さく笑った。
「元気そうで、よかった」
「お前もな」
「私は…うん。まあ、元気」
「嘘つけ。顔色が少し悪いぞ」
「……やっぱり、太郎はすぐ分かるんだね」
絶花は目を伏せた。その仕草は、昔と変わらない。何かを隠している時の癖だ。
「話したいことが、たくさんある」
「ああ」
「メダルのことも」
「知ってるのか」
「ユキカゼさんから聞いた。私も、動くべきだと思ってる」
「そうか」
「それと」
絶花は顔を上げた。まっすぐに俺を見ている。その目には、迷いと、決意とそれからもう一つ、何か別の感情が混ざっている。
「私も、太郎の力になりたい」
「ああ。お前は俺の最強の侍だ」
「…うん。そう、だね」
絶花は少しだけ照れたように笑った。そして俺の後ろにいるユキカゼとエレンを見て、小さく会釈した。
「二人とも、久しぶり」
「お久しぶりでござる、絶花さん」
「…久しぶり」
「元気そうでよかった。エレンさんも」
「…うん」
エレンは短く頷いた。尻尾が少しだけ揺れた。機嫌は悪くなさそうだ。
絶花はもう一度、俺を見た。
「太郎。夏休み、始まったね」
「ああ」
「今年の夏は、何をする?」
俺は少し考えて、それから言った。
「メダルを壊す。デスガリアンの痕跡を消す。そして」
「そして?」
「お前の悩みも、聞いてやる」
絶花は一瞬、きょとんとした。それからふっと笑った。本当に久しぶりに見る、心からの笑顔だった。
「太郎らしいね」
「俺は王になる男だからな」
「うん。知ってる」
風が吹いた。
夏の空が、どこまでも青かった。
俺たちの夏が、始まる。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア