※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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故郷への帰還、そして

夏休み初日。

 

俺たちは東京を離れた。

 

新幹線を乗り継ぎ在来線を乗り継ぎ、さらにバスに揺られて数時間。窓の外の景色がビルから田畑へ、田畑から山へと変わっていく。

 

「懐かしいでござるな」

 

ユキカゼが窓に額をくっつけて呟いた。大きな狐耳が窓ガラスにぺたりと押し付けられている。周りの乗客がチラチラとこちらを見ているが、まあ田舎のローカル線だ。多少の奇異は許容される。

 

「ユキカゼ、耳隠せ」

 

「嫌でござる。ここまで来れば大丈夫でござるよ」

 

「根拠は」

 

「私の勘でござる」

 

「勘かよ」

 

エレンは通路を挟んだ席で爆睡していた。サメの尻尾が座席の下からはみ出して、床にだらりと垂れている。乗務員が二度ほど通りかかったが、二度とも見なかったことにしたらしい。さすが田舎のローカル線。懐が深い。

 

窓の外に、見覚えのある山の稜線が見えてきた。

 

俺は身を起こした。

 

「もうすぐだ」

 

*  *  *

 

地元の駅に降り立った瞬間、空気が違うのが分かった。

 

東京の空気はどこか常に張り詰めている。排気ガスと人の熱と、無数の欲望が混ざり合った重たい空気。だがここは違う。山の匂いがする。土の匂い。遠くに川のせせらぎの音まで聞こえる気がする。気のせいかもしれないが。

 

「わあ…」

 

ユキカゼが改札を出たところで立ち止まり、大きく深呼吸した。狐耳がピンと立っている。尻尾がゆらゆらと揺れている。完全にリラックスしている。

 

「太郎さん。ここ、空気が美味しいでござる」

 

「だろうな」

 

「東京より断然いいでござる」

 

「だろうな」

 

「ずっとここにいたいでござる」

 

「帰るぞ」

 

「えー」

 

エレンが後ろからついてくる。サメの尻尾を引きずりながら、眠そうな目を細めている。だがその表情は東京にいた時より少しだけ柔らかい。気のせいかもしれないが。

 

「…ここ、静か」

 

エレンがぼそりと言った。

 

「悪くない」

 

「だろ」

 

「別に褒めてない」

 

「そうかよ」

 

駅前は小さなロータリーになっていて数台のタクシーと、あとは俺の家族が迎えに来てくれているはずだ。キョロキョロと辺りを見回すと、見覚えのある軽トラックが停まっていた。

 

「太郎!」

 

運転席からひょこりと顔を出したのは、俺の母親だった。

 

「久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」

 

「ああ」

 

「あんた、また背が伸びたんじゃないかい」

 

「そうでもない」

 

「そうでもあるよ。母さん分かるんだから」

 

母親は俺の顔を見て笑い、それから後ろにいるユキカゼとエレンに目をやった。

 

「あらあら。お友達も一緒なんだね」

 

「ああ。しばらく世話になる」

 

「いいよいいよ。田舎だから何もないけど、ゆっくりしてきな」

 

母親はユキカゼの耳を見ても、エレンの尻尾を見ても特に驚かなかった。この人は昔からそうだ。俺が何を持ち帰っても動じない。肝が据わっているのか、単に興味がないのか。おそらく両方だ。

 

*  *  *

 

軽トラックの荷台に乗せられて、俺たちは山道を揺られていった。

 

風が気持ちいい。ユキカゼは荷台の縁に手をかけて身を乗り出し、狐耳を風に靡かせている。尻尾がふさふさと風に流れている。完全に野生の狐の顔になっていた。

 

「太郎さん! あっちに川が見えるでござる!」

 

「ああ」

 

「魚がいるでござるかね!」

 

「いるだろうな」

 

「捕まえたいでござる!」

 

「後でな」

 

エレンは荷台の隅っこで体育座りをして、目を閉じている。風に当たりながら眠っているようだ。サメの尻尾が時折ピクリと動く。夢の中で泳いでいるのかもしれない。

 

俺は空を見上げた。

 

故郷の空。東京の空より広い。雲の形も違う。色も違う。こんなに空って青かったか、と改めて思う。

 

(帰ってきたな)

 

ここに帰ってくるのは数年ぶりだ。あの夏、異世界へ迷い込む前は確かにここにいた。だがその後は東京に出て、駒王学園に通い王を目指して動いてきた。故郷は遠い場所になっていた。

 

だが帰ってきた。

 

夏休みだ。帰る場所がある。

 

*  *  *

 

家に着いてから、俺たちはそれぞれ好きに過ごした。

 

ユキカゼは庭を駆け回り近所の猫と喧嘩し、井戸水を飲んで感動し縁側で昼寝をした。完全に実家の狐だ。

 

エレンは部屋の隅で丸くなって寝ていた。時折起きては冷蔵庫を漁り、また寝た。王の家臣としてはどうかと思うが、まあ夏休みだ。許す。

 

俺は縁側に座って、麦茶を飲んでいた。

 

蝉が鳴いている。夕方の風が涼しい。遠くから子どもの声が聞こえる。夏の匂いがした。

 

(絶花は、どうしてるだろう)

 

幼馴染みの顔が浮かぶ。

 

剣を握れば誰よりも強い。だが人と話す時はいつもおどおどしている。友達が欲しいと言いながら、自分から距離を取ってしまう。矛盾した女だ。

 

だが俺は知っている。あいつの本当の強さを。あの夏、共に戦った日々を。

 

「太郎さん」

 

ユキカゼが縁側に上がってきた。汗をかいている。尻尾が満足そうに揺れている。

 

「近所の婆さんに魚をもらったでござる」

 

「すごいな」

 

「この辺りは優しい人が多いでござる」

 

「だろうな」

 

ユキカゼが俺の隣に座った。肩が触れる。昨夜の温もりがよぎったが、今は昼だ。そういうのは夜にしろ。

 

「太郎さん」

 

「ん」

 

「絶花さんのところへ、行くんでござるか」

 

ユキカゼは俺の思考を読んだように言った。いや、王国の駒で繋がっている。ある程度は伝わっているのかもしれない。

 

「ああ。行くつもりだ」

 

「いつでござるか」

 

「明日か、明後日か。近いうちに」

 

「私も行くでござる」

 

「…来るのか」

 

「当然でござる。絶花さんには、私も会いたいでござるから」

 

ユキカゼは笑った。本心からの笑顔だ。あの夏、ユキカゼと絶花は何度も共に戦った。種族は違えど、同じ戦場を駆けた仲間だ。

 

「エレンも連れて行くでござるか」

 

「あいつは起きたら聞いてみる」

 

「寝てるでござるね」

 

「ああ」

 

縁側から部屋を覗くと、エレンはまだ丸くなって寝ていた。サメの尻尾が布団からはみ出している。平和な光景だ。

 

*  *  *

 

翌日。

 

俺は朝早くに起きて、支度をした。

 

ユキカゼも準備万端だ。今日は耳を帽子で隠している。エレンは…起きた。珍しいことに。

 

「ついてくるのか」

 

「…暇だから」

 

エレンはそう言って、サメの尻尾を軽く揺らした。本音は別にあるだろうが、追求しないのが王の器だ。

 

三人で家を出た。

 

絶花の家は、ここから歩いて二十分ほど。山道を少し登ったところにある古い屋敷だ。宮本家の道場も兼ねている。

 

道中、ユキカゼは鼻歌を歌っていた。エレンは無言でついてくる。俺は先頭を歩きながら、少しずつ心臓の鼓動が速くなるのを感じていた。

 

(久しぶりだな)

 

絶花に会うのはどれくらいぶりだろう。東京で時々顔を合わせてはいたが、こうして故郷で会うのはあの夏以来だ。

 

あの夏、俺たちは異世界で戦った。

 

デスガリアンとの戦い。ジューマンたちとの出会い。王者の資格の獲得。全てが一夏の間に起きた。

 

その夏を共にしたのが、絶花だった。

 

*  *  *

 

宮本家の門が見えてきた。

 

古い木の門。武蔵の子孫と聞いて納得するような、風格のある構えだ。

 

俺は門の前に立った。

 

「太郎さん」

 

ユキカゼが小声で呼ぶ。

 

「大丈夫でござるか」

 

「何がだ」

 

「緊張してるでござる」

 

「してない」

 

「手が震えてるでござる」

 

「…気のせいだ」

 

俺は深呼吸して、門を叩こうとした。

 

その時。

 

ギィ、と門が内側から開いた。

 

「太郎」

 

門の向こうに、彼女が立っていた。

 

宮本絶花。

 

黒髪を風に揺らし刀を腰に帯びて、俺を見つめている。いつもと変わらない整った顔立ち。だがその瞳は、どこか潤んでいるように見えた。

 

「お前、なんで」

 

俺が言いかけると、絶花は少しだけ口元を緩めた。

 

「太郎が帰ってくるって、聞いたから」

 

「誰から」

 

「ユキカゼさんから」

 

「…おい」

 

ユキカゼは後ろでしれっとしている。いつの間に連絡を取っていたのか。さすが狐、抜け目がない。

 

絶花は一歩、門の外へ踏み出した。

 

「久しぶり、太郎」

 

「ああ。久しぶりだ、絶花」

 

風が吹いた。

 

山の匂いがした。蝉の声がした。夏の始まりが、確かにここにあった。

 

絶花は俺の顔をじっと見つめて、それから小さく笑った。

 

「元気そうで、よかった」

 

「お前もな」

 

「私は…うん。まあ、元気」

 

「嘘つけ。顔色が少し悪いぞ」

 

「……やっぱり、太郎はすぐ分かるんだね」

 

絶花は目を伏せた。その仕草は、昔と変わらない。何かを隠している時の癖だ。

 

「話したいことが、たくさんある」

 

「ああ」

 

「メダルのことも」

 

「知ってるのか」

 

「ユキカゼさんから聞いた。私も、動くべきだと思ってる」

 

「そうか」

 

「それと」

 

絶花は顔を上げた。まっすぐに俺を見ている。その目には、迷いと、決意とそれからもう一つ、何か別の感情が混ざっている。

 

「私も、太郎の力になりたい」

 

「ああ。お前は俺の最強の侍だ」

 

「…うん。そう、だね」

 

絶花は少しだけ照れたように笑った。そして俺の後ろにいるユキカゼとエレンを見て、小さく会釈した。

 

「二人とも、久しぶり」

 

「お久しぶりでござる、絶花さん」

 

「…久しぶり」

 

「元気そうでよかった。エレンさんも」

 

「…うん」

 

エレンは短く頷いた。尻尾が少しだけ揺れた。機嫌は悪くなさそうだ。

 

絶花はもう一度、俺を見た。

 

「太郎。夏休み、始まったね」

 

「ああ」

 

「今年の夏は、何をする?」

 

俺は少し考えて、それから言った。

 

「メダルを壊す。デスガリアンの痕跡を消す。そして」

 

「そして?」

 

「お前の悩みも、聞いてやる」

 

絶花は一瞬、きょとんとした。それからふっと笑った。本当に久しぶりに見る、心からの笑顔だった。

 

「太郎らしいね」

 

「俺は王になる男だからな」

 

「うん。知ってる」

 

風が吹いた。

 

夏の空が、どこまでも青かった。

 

俺たちの夏が、始まる。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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