サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
あの夏、俺たちが使った拠点だ。
風化していなかった。誰かが手入れしているのか、それともジューマンワールドの物がそう簡単に朽ちないのか。どちらにせよ、あの日のままの姿でそこにあった。
「あ」
ユキカゼが立ち止まった。
耳が伏せて、尻尾が止まった。
「これ…」
「覚えてるか」
「忘れるわけないでござる。ここで、私…初めて太郎さんの手料理を食べたでござる」
「料理っていうか適当に煮込んだだけだぞ」
「それが料理でござる。味は覚えてるでござるよ」
「何か言いたいことありそうだな」
「いいえ。美味しかったでござる。本当に」
エレンがテントの前に立った。眠そうな目でじっと見つめている。尻尾が小さく揺れた。
「ここで寝た時、朝起きたらタスクが既に鍛えてた」
「あいつは朝四時起きだからな」
「うるさかった。地面が揺れるくらい」
「あいつの鍛錬は地震級だ」
エレンはテントの入り口を開けて中を覗いた。
「狭い」
「ああ。狭い」
「でも」
「でも?」
「…悪くない」
エレンはそう言って、入り口を閉じた。
俺はテントの前に座り込んだ。
地面は柔らかい。苔が生えていて座り心地がいい。懐かしい感触だ。
空を見上げる。
ジューマンワールドの空。
人間の世界より少し紫がかっている。雲が少ない。太陽の光が柔らかい。
「ここで、待つか」
「何を?」
絶花が隣に座った。
「あいつらを。ジューマンたちを。ここに来れば会えるかもしれない」
「連絡は?」
「ユキカゼが飛ばした。向こうの仲間に」
「じゃあ、待つだけだね」
「ああ」
「久しぶりに全員揃うのかな」
「さあな。あいつらもそれぞれ忙しいだろ」
「でも来るよ。太郎が呼べば」
「何故そう思う」
「太郎は王だから」
絶花は少しだけ笑って、膝を抱えた。
「王の呼びかけに応えない家臣はいない」
「まだ王じゃない」
「もう王でしょ。太郎は十分」
「…そうかよ」
風が吹いた。
テントのキャンバスがはためく。
森の中で虫の声が聞こえた。鳥の声もする。ジューマンワールドの音。人間の世界とは違う旋律。
「太郎」
「ん」
「今年の夏は、ここで終わるのかな」
「さあな。まだ始まったばかりだ」
「だね」
絶花は空を見上げた。
俺も同じ空を見た。
夏が始まったばかりだ。メダルの破壊も、仲間との再会も、全部これからだ。
だがこの場所に戻ってきたことは、確かに意味がある。
あの夏の始まりの場所に、今また立っている。
「太郎さん」
ユキカゼが戻ってきた。手に何か持っている。果実だ。
「これ、食べられるでござるよ。近くの木になってたでござる」
「お前、勝手に採ってきたのか」
「この森は誰のものでもないでござる」
「まあそうだが」
「甘いでござるよ。ほら」
ユキカゼが俺の口に果実を押し込んできた。
甘い。確かに甘い。そして懐かしい味だ。
「…美味いな」
「でござろう?」
ユキカゼが得意げに尻尾を振る。
「エレンにもあげるでござる」
「寝てるでござる」
「起こしてあげるでござる」
「やめとけ。寝てる鮫に触るな」
「何が起きるでござるか」
「噛まれる」
「…やめとくでござる」
テントの前で俺たちは夕方を迎えた。
ユキカゼが焚き火を始めた。手際がいい。あの夏と同じ手つきだ。
エレンは結局起きて、焚き火のそばに座り込んでいる。暖かいのが好きだ。鮫なのに。
絶花は刀を膝に置いて火を見つめている。
「静かだね」
「ああ」
「この前の夏も、こうやって火を囲んだね」
「囲んだな。あの時はもっと騒がしかったが」
「まぁ、あいつらと鍛えてたからね」
「あいつがうるさかった」
「笑えるね」
「笑えなかった。朝五時に腹筋一千回の音で起きるのは」
「やっぱり笑える」
「笑うな」
絶花はくすくす笑いながら、火を見つめている。
俺も火を見た。
炎が揺れている。懐かしい光景。
この夏は、ここから始まる。
女王は誰にする?
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