サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
コカビエルが消えた後、俺たちはテントに戻った。
焚き火を囲む。夜はまだ深い。だが空の端がほんの少しだけ白み始めている。もうすぐ夜が明ける。
全員が火のそばにいた。ユキカゼが火を薪で突ついている。エレンは木の根元で丸くなっている。レオーネが何かをかじっている。マンモスマンが黙って座っている。ガーフィールが寝転がって星を数えている。レイスが翼を広げて風を浴びている。
そして俺の隣に絶花がいた。
少し離れた場所にシンジがいた。
焚き火が爆ぜる音だけが響いている。静かな夜だ。戦いの後の静けさは心地いい。
「ねえ太郎」
絶花が口を開いた。火を見つめたまま。声が少し小さい。何か言いにくいことのある時の声だ。
「ん」
「私、転校するんだ」
「は?」
言葉が出なかった。転校。いや待てよ。聞き間違いか。
「転校って…どこへ」
「駒王学園。中等部」
俺は瞬きをした。
駒王学園。中等部。
俺が通っているのは駒王学園の高等部だ。あそこに中等部があることは知っている。だが。
「お前、駒王学園の中等部に?」
「うん。親の都合で」
親の都合。その言葉に特別な含みはない。ただの転校だ。だい。
いや、待てよ。駒王学園に。あの駒王学園に。
あそこは悪魔のテリトリーだ。リアス・グレモリーの庭先だ。そこに絶花が来る。剣の才能のある小心者が来る。天聖を持った人間が来る。
(麻雀で言えば役満を狙う手に、危険牌を自分から放り込むようなもんだ)
「太郎、大丈夫? 顔が変」
「大丈夫じゃない。お前、分かってるのか。駒王学園がどういう場所か」
「知ってる。オカルト研究部とかいう部活があるんでしょ。変な美人の先輩がいるって」
「変な美人ってリアス・グレモリーのことか。あいつは美人じゃない。紅髪の魔王だ」
「魔王って。太郎らしい誇張表現だね」
「誇張じゃない」
「誇張だよ。リアス・グレモリーは悪魔の家系の一角だけど、魔王本人じゃないでしょ」
「まあそうだが。俺の言いたいのはそこじゃない」
俺は言いよどんだ。言いにくい。だが言わなきゃいけない。
「あそこは危険だ。お前が思ってるよりずっと」
「知ってる」
絶花は火を見つめたまま言った。
「でも、親の都合だから。私の意思じゃないんだ」
「断れないのか」
「断ったら。もう行く場所がない」
その声が小さくなった。絶花は膝を抱えるようにして座り直した。
(行く場所がないか)
親の都合。転校。断れない。それが絶花の置かれた状況なんだろう。宮本家の事情。剣士の家系のしがらみ。それが彼女を動かしている。
「太郎」
「ん」
「私は、友達を作りに行くんだよ。普通に。学園生活を送りに」
「友達を作りに、悪魔の庭先にか」
「悪魔の庭先じゃないよ。学校だよ」
「オカルト研究部のある学校だぞ」
「入部するわけじゃないでしょ」
「入るかもしれない。あそこは勧誘がしつこい」
「大丈夫だよ。私は剣士だし。変な話には巻き込まれない」
「お前は巻き込まれる体質だろ」
「ひどい言い方」
「事実だ」
「事実じゃない」
「あの夏も巻き込まれただろ。異世界に」
「あれは太郎が原因でしょ」
「俺のせいかよ」
「半分は太郎のせい」
「どっちだよ」
絶花はふふっと笑った。笑いながらも目が少し寂しそうだった。
* * *
「あの」
声がした。小さな声。焚き火のそばからではない。もっと端の方から。
シンジだ。
「…僕も」
シンジが口を開いた。膝を抱えたまま。火を見ないで地面を見ている。
「僕も、転校するんです」
俺は振り返った。
「お前もか」
「はい。親の都合で」
「どこへ」
「駒王学園の、中等部です」
「…は?」
もう一度だ。今日二度目の「は?」だ。俺の語彙力が疑われるが、こういう時は「は?」以外の言葉が出ない。
「お前も駒王学園か」
「はい。偶然ですけど」
「偶然かよ」
「偶然です。親の仕事の都合で。来月から」
来月。夏休みが終われば来月だ。新学期。駒王学園の中等部に、絶花とシンジが来る。
(マジかよ)
俺は頭を抱えた。駒王学園。高等部に俺がいる。中等部に絶花とシンジが来る。同じ学園だ。同じキャンパスだ。
「太郎さん、大丈夫でござるか」
ユキカゼが心配そうに顔を覗き込んできた。尻尾がぴたりと止まっている。
「大丈夫じゃない」
正直に言った。
「お前ら二人とも揃って駒王学園に来るのか」
「二人とも、ですか」
シンジが絶花を見た。絶花もシンジを見た。二人の間に気まずい沈黙が流れる。
「知らなかった。碇くんも来るんだ」
「はい。宮本さんも、でしたか」
「うん。偶然だね」
「偶然ですね」
二人が顔を見合わせて少しだけ笑った。似たような事情の二人が、同じ場所に行く。悪くない。いや、悪いのか。分からない。
(駒王学園に二人が来る。あそこは悪魔と天使と堕天使が入り交じってる場所だ)
だが。
(俺がいる)
俺が高等部にいる。王の駒がある。ジュウオウチェンジャーがある。メダルの件もある。
あいつらが中等部に来れば、俺の目が届く範囲にいる。守れる。いや、守る必要があるかもしれない。いや、絶対にある。
「分かった」
俺は言った。
「二人とも駒王学園に来るんだな」
「うん」
「はい」
「来月からだな」
「うん」
「はい」
「なら、俺がいる」
二人が顔を上げた。
「高等部に俺がいる。何かあったら言え。何もなくても言え。困ったら俺のところへ来い」
絶花が目を丸くした。シンジが一拍遅れて顔を上げた。
「太郎、それは」
「俺は王になる男だ。王は家臣を見捨てない。お前らが俺の家臣かどうかはまだ決めてないが」
「決めてないの」
「まだだ。だが俺の幼馴染みと俺の戦友が同じ学園に来るなら、俺がいないよりいた方がいいだろ」
「…それはそうだけど」
「それに」
俺は焚き火を見た。
「駒王学園は普通の学園じゃない。お前らが思ってるより、ずっと」
「変な美人の先輩がいるくらいでしょ」
「変な美人の先輩どころじゃない。悪魔がいる。天使がいる。堕天使がいる。全部一つの学園の中にいる」
「…嘘だよね」
「嘘じゃない」
絶花の顔が硬くなった。
「それにメダルの件もある。バングレイがまだ生きてる。お前らが巻き込まれる可能性は十分にある」
「巻き込まれないように気をつけるよ」
「気をつけて済むなら俺は苦労しない」
「太郎は心配性だね」
「心配性じゃない。王としての義務だ」
「はいはい。王様の義務ね」
絶花は呆れたように笑った。だがその笑みの中に少しだけ安心の色が見えた。
「太郎さんがいるなら、少しは安心でござる」
ユキカゼが火のそばから言った。尻尾がゆらりと揺れる。
「安心できるでござるよ。太郎さんは王だから。家臣を守るのが王の仕事でござる」
「お前まで」
「私もそう思うでござる。碇さんも宮本さんも、太郎さんがいれば大丈夫でござる」
「ユキカゼさんまで。僕は別に」
シンジが言いかけたが、途中で止めた。言い返す元気がなかったのか。それともユキカゼの言葉に少し救われたのか。
「…ありがとうございます」
小さな声だった。だが確かにそう言った。
* * *
夜が明け始めた。
空の端が白くなる。星が少しずつ消えていく。焚き火が小さくなった。
「来月か」
俺は空を見上げた。
「来月、お前らが駒王学園に来る」
「来るよ」
「来ます」
「なら、迎えてやる。王の家臣として」
「まだ家臣って決まってないでしょ」
「決める」
「勝手に決めないでよ」
「王が決める」
「太郎」
「何だ」
「もういいよ。分かったから」
絶花は笑った。諦めたような、でも悪くないような、そういう笑い方だ。
シンジは端の方で膝を抱えたまま小さく頷いていた。不安と安堵が混じった顔だ。
「来月、駒王学園で」
「ああ。来月な」
「来月ですね」
「来月でござる」
ユキカゼまでが乗っかった。尻尾が揺れている。
夏の朝が来る。
空が白む。森が目を覚ます。
俺は火を見つめた。
来月。新学期。駒王学園。
絶花とシンジが来る。
悪魔と天使と堕天使がいる学園に、剣士と臆病な少年が来る。
(面倒だ。だが)
俺は王になる男だ。
面倒なことがあろうと、俺の国に来る者は守る。それが王だ。
「おーい、朝ごはんにするでござるよ」
ユキカゼが焚き火に鍋をかけた。
「何を作った」
「お粥でござる。具材は近くの川で採った魚でござる」
「また魚か」
「新鮮でござるよ。太郎さん食べて元気を出すでござる」
「元気はある」
「ないでござる。顔が疲れてるでござる」
「色々あってな」
「色々あったでござるね。でも朝が来たでござる。新しい一日でござるよ」
ユキカゼが笑った。朝の光に照らされて尻尾がふさふさと揺れる。
俺は空を見上げた。
夏の空が、青くなっていく。
来月、新しい夏が始まる。
女王は誰にする?
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