サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
川の音が耳に気持ちいい。
朝の霧がまだ残っている。森の中を流れるこの川は、ジューマンワールド側の水だ。透き通っていて、底の石が一つ一つ数えられるほど澄んでいる。
俺は川岸の岩に腰を下ろして、釣り糸を垂らしていた。
釣り竿は現地調達だ。細い枝に糸を結びつけ、針にはユキカゼが森で拾った虫を付けている。原始的だ。だが原始的でいい。ジューマンワールドの魚は人間の世界のものより大きいし、何より引きが強い。
「太郎さん、釣れましたか」
後ろからユキカゼが顔を出す。狐耳がピコピコと動いている。朝の光に照らされた銀髪がきらきらと光る。
「まだだ。静かにしてろ。魚が逃げる」
「でもお腹が空いたでござる」
「さっき朝粥食べただろ」
「あの量では足りないでござる。育ち盛りでござるから」
「お前、何歳だよ」
「秘密でござる」
「なぜ秘密なんだ」
「乙女の年齢は秘密でござる」
「狐に乙女も何もないだろ」
「あるでござる!」
ユキカゼが膨れた。尻尾がぷりぷりと揺れている。
俺はため息をついた。まあいい。騒がしいが、この騒がしさがキャンプだ。
* * *
釣り糸が揺れた。
来た。
糸がピクリと引かれる。待て。まだだ。魚が餌をくわえたばかりだ。もう少し。もう少し深く飲み込ませる。
(…今)
「引いたでござる!」
「うるさい! 声出すな!」
「あっ、すみませんでござる」
ユキカゼが口を両手で押さえた。遅い。だが魚はまだ食いついている。
糸が引かれた。強い。重い。腕に伝わる引きが、ジューマンワールドの魚の力だ。人間の世界の魚とは引きが違う。暴れる。暴れる。糸がきしむ。
「来い」
俺は糸を巻き始めた。腕が痛い。昨日の分身斬りの反動がまだ残っている。だが引く。魚が水面で跳ねた。銀色の鱗が朝の光に煌めく。
デカい。
人間の世界の尺くらいある。いやそれ以上だ。ジューマンワールドの川魚は、サイズが桁違いだ。
「太郎さん、デカいでござる!」
「分かってる。手伝え」
「はいでござる!」
ユキカゼが岩場から降りて、水面の魚に手を伸ばす。狐ジューマンの反射神経が魚の動きを追う。パシャッと水が跳ね、ユキカゼの手が魚の腹を掴んだ。
「捕まえたでござる!」
「よし」
俺は糸を緩める。ユキカゼが魚を岸に引き上げた。銀色の大魚が岩の上で跳ねる。
「でかいな。これなら昼飯に十分だ」
「今夜は塩焼きでござるね」
「ああ。ユキカゼの塩焼きは上手いからな」
「ふふん。当然でござる。狐の料理の腕は伊達じゃないでござるよ」
尻尾が得意げに揺れる。まあ認める。ユキカゼの料理は上手い。あの夏も、こいつが作る飯が一番まともだった。
* * *
釣りを続けた。
ユキカゼは魚を一匹持ってテントの方へ戻っていった。「下ごしらえをしてくるでござる」と言って尻尾を振りながら去っていく。助かる。
俺は一人で川岸に残った。
静かだ。
川の音。風の音。鳥の声。ジューマンワールドの朝は、人間の世界より音が多い。だが不思議と煩くない。全部が自然の音だからだ。
釣り糸をもう一度垂らす。
ぼんやりと水面を見ていた時だ。
視線を感じた。
何かが見ている。
俺はゆっくりと顔を上げた。川の対岸。木陰の中。
そこに、いた。
黒猫だ。
小さい。子猫くらいのサイズ。いや、もう少し大きいか。漆黒の毛並み。黄色い目。じっと、俺を見ている。
「…猫?」
俺は眉をひそめた。
ジューマンワールドに猫はいるのか。いたとして、普通の猫だろうか。いや、ここはジューマンワールドだ。猫ジューマンという可能性もある。だが、こいつは猫のままの姿をしている。ジューマンなら獣の特徴を持った人間の姿のはずだ。
(野良猫か? いや、ここは異世界だ。野良猫がいるのか?)
黒猫は動かない。座って、俺を見ている。ただそれだけ。だが何かが引っかかる。
(自然に近づいてくる動物は、餌を求めているか、人に慣れているか。どっちだ)
黒猫の目が、俺をじっと見ている。黄色い瞳。大きくて、澄んでいる。まるで知性を持った目だ。野良猫の目じゃない。
「お前、何者だ」
声をかけた。黒猫は瞬きをした。一度。ゆっくりと。
そして、立ち上がった。
のんびりと、背筋を伸ばす。あくびをする。猫の仕草だ。だがその仕撃の一つ一つが妙に人間的で、俺は首を傾げた。
(気のせいか。いや、気のせいじゃない気がする)
黒猫は、のんびりと歩き始めた。川岸に沿って、上流の方へ。何度も振り返りながら。まるで「ついて来い」と言っているように。
「おい、どこへ行く」
黒猫は答えない。当たり前だ。猫だ。いや、猫だよな?
俺は釣り竿を置いた。釣り糸を巻く余裕はない。あの猫が気になる。なぜか。分からない。だが王の勘が働いている。放っておいてはいけない気がする。
黒猫について歩いた。
川沿いの小道を上流へ。木々の間を抜ける。苔の生えた岩を越える。黒猫は軽快に歩く。だが速くない。俺の歩速に合わせているようだ。
(待てよ。猫が人間の歩速に合わせるか?)
普通は合わせない。猫は猫の速度で歩く。だがこいつは、わざわざ遅く歩いている。
「おい」
黒猫が止まった。振り返る。黄色い目が俺を見た。
それから、消えた。
「え?」
消えた。いや、消えたんじゃない。岩の陰に入っただけだ。見えなくなっただけだ。
俺は岩のそばまで歩いた。
「どこへ行った」
岩の陰を覗き込もうとして、気づいた。
岩の向こう側に、誰かいる。
* * *
黒い着物。
それが最初に目に入った。
黒い着物を着た女が、川岸の岩に腰を下ろしている。長い黒髪が肩から背中へ流れている。肌が白い。着物の黒に映える白さだ。
美人だった。
いや、美人という言葉じゃ足りない。艶がある。危険な艶。目が大きい。黄色い目。猫の目だ。
(黄色い目)
俺は一瞬止まった。
(さっきの猫と同じ目だ)
黒猫の黄色い目と、この女の黄色い目が、同じ色をしている。同じ光をしている。
(まさか、ジューマンか?)
ジューマンなら、獣の特徴を持った人間の姿をしている。この女の頭に耳があるかどうかは分からない。着物で隠れているかもしれない。だが、黄色い目。そして、さっきの黒猫。
(黒猫が、人間の姿になったのか?)
俺は立ち止まったまま、女を見た。
女も俺を見ていた。
黄色い瞳が、静かに俺を捉えている。表情は薄い。だが敵意はない。ただ、見ている。観察するように。
「…お前、さっきの」
俺が口を開くと、女が微かに首を傾げた。
黒髪が揺れる。着物の袖が水風に靡く。
何も言わない。ただ見ている。
(ジューマンか? いや、ジューマンの気配じゃない。王国の駒が反応していない)
ジューマンなら王国の駒が反応するはずだ。だが駒は動いていない。ということは、こいつはジューマンじゃない。
(じゃあ何だ。人間か? いや、普通の人間が黒猫から変化するか?)
分からない。正体が分からない。だが敵意はない。少なくとも今のところは。
「お前、何者だ」
もう一度聞いた。
女は、微かに笑った。
「釣れたね」
声が、した。
低く、少し掠れた声。猫が喋るような、喉の奥で鳴るような響き。
俺は釣り竿を見た。手に持っていない。ああ、さっき岩のところに置いたままだ。
「魚」
女が俺の後ろを指差した。振り返る。岩の陰に、釣り竿がかけてある。糸が張っている。引かれている。
「まだ釣り糸を垂らしたままだったよ。魚がかかってる」
女の声が後ろから聞こえた。
俺は釣り竿を拾い、糸を巻いた。重い。魚がかかっている。さっきと同じサイズの銀色の魚だ。
「…釣れたな」
「釣れたね」
女が隣にいた。いつの間にか。音もなく。
俺は魚を引き上げ、岩の上に置いた。銀色の鱗が朝の光に光る。
「お前、さっきの猫だろ」
「猫? 何のことかしら」
女はとぼけた。にっこりと笑う。黄色い目が細くなる。
「とぼけるな。黒猫が俺をここまで案内した。その猫の目とお前の目が同じだ」
「偶然ね」
「偶然じゃない」
「偶然よ」
「何でそう言い切れる」
「だって、猫と人間は違うもの」
「お前はどっちなんだ」
「…ふふ」
女は笑った。答えない。ただ笑った。
俺は眉をひそめた。
正体が分からない。ジューマンじゃない。人間かどうかも分からない。だが敵意はない。少なくとも今のところは。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア