※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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屋敷の奥に横たわる影

霧が晴れた。

 

目の前に屋敷が現れた。

 

冥界の森の中に、唐突に。紫の苔に覆われた石垣。鉄の門。門の先に、古い洋館が建っている。三階建ての建物だ。窓は黒く、中が見えない。屋根瓦が所々崩れている。壁には蔦が絡んでいる。だが、廃墟ではない。手入れされている跡がある。蔦は切られている。石垣の崩れは補修されている。

 

誰かが、ここを管理している。

 

「ここは」

 

俺は門を見上げた。

 

黒歌が門の前に立った。振り返る。黄色い目が静かに俺を見ている。さっきまでのふざけた調子が消えていた。

 

「ここよ。案内するって言った場所」

 

「屋敷か。冥界に屋敷があるのか」

 

「あるわよ。冥界だって人が住む世界だからね。家くらいある」

 

「誰の家だ」

 

「それを調べに来たんでしょ」

 

「は?」

 

「あなたが調べに来たの。私は案内しただけ」

 

俺は眉をひそめた。黒歌の言ってる意味が分からない。

 

「お前が俺たちを呼んだんだろ。理由があって呼んだんじゃないのか」

 

「理由はあるわよ。でも理由の中身はあなたが見つけるものよ。私が教えるんじゃない」

 

「どういう意味だ」

 

「私が全部説明したら、あなたは信じないでしょ。自分の目で見たなら信じる。そういうものでしょ」

 

黒歌は門に手をかけた。鉄の門がギィと音を立てて開く。錆びた音だ。だが錆びていない。手入れされている音だ。

 

「入る? それとも帰る?」

 

「帰る選択肢はない」

 

「じゃあ入りなさい」

 

俺は門をくぐった。

 

*  *  *

 

屋敷の中は、暗かった。

 

窓が少ない。紫の外光が差し込む窓は二階の数箇所だけ。あとは壁か板で塞がれている。廊下は薄暗く、壁の燭台に灯った青い炎が唯一の光源だ。

 

「青い火でござる」

 

ユキカゼが燭台に近づいた。狐耳がピクリと動く。

 

「冥界の灯火でござるか。人間界の火とは色が違うでござる」

 

「冥界の魔力が燃えてるのよ。青い炎が冥界の特徴」

 

黒歌が简潔に答えた。ふざけた調子はまだ戻らない。

 

「太郎、どうする」

 

絶花が刀の柄に手をかけたまま聞いてきた。声が低い。警戒がMAXだ。

 

「調べる。全員で。この屋敷が何なのか、何があるのか。分かるまで出ない」

 

「了解でござる」

 

「分かった」

 

「別に」

 

「おォ」

 

「ボスの命令だ」

 

「はいはい」

 

「…はい」

 

全員の返事が揃った。

 

「分担して調べる。ユキカゼ、お前は嗅覚でこの屋敷の構造を探れ。どこに何があるか、匂いで把握しろ」

 

「任せるでござる!」

 

ユキカゼの鼻が動き出す。くんくんと。狐ジューマンの嗅覚は、建物の中の匂いの分布から部屋の構造を読み取れる。

 

「エレン、お前は水回りだ。水脈の流れを探れ。鮫の感覚で地下水と配管の位置が分かるだろ」

 

「分かった」

 

エレンが目を閉じた。鮫ジューマンは水の流れを感じ取れる。建物の中の配管や水源を探るのに適任だ。

 

「マンモスマン、お前は一階の構造を調べろ。床の強度と壁の厚みを確認しろ。隠し部屋があるならお前の重量で分かる」

 

「分かった。オレの体重で床が抜ければ、そこは隠し部屋ではない。隠し部屋なら補強されているはずだ」

 

「その通りだ」

 

マンモスマンが一階を歩き始めた。ズシン。ズシン。一歩ごとに屋敷が微かに振動する。

 

「ガーフィール、お前は二階だ。虎の爪で壁を叩け。空洞があれば音で分かる」

 

「任せたぜェ大将! 『壁に耳あり』ってなァ! 叩けば全部分かるァ!」

 

「お前の慣用句はいつ聞いても意味不明だ」

 

「傷つくぜェ!」

 

ガーフィールが二階へ駆けていった。

 

「レイス、お前は屋根裏だ。飛んで上から調べろ」

 

「了解。ダチョウは走高だけど、低空飛行ならいけるよ」

 

レイスが翼を広げて階段を駆け上がっていく。

 

「絶花、お前は俺と一緒だ。一階の奥を調べる」

 

「分かった」

 

「シンジ、お前は黒歌と残れ」

 

「…え」

 

シンジが一瞬固まった。

 

「僕が、黒歌さんと」

 

「お前の目が一番冷静だ。黒歌の動きを監視しろ。あいつが何かしたら教えろ」

 

「でも僕一人で」

 

「一人じゃない。黒歌がいるだろ」

 

「いるから怖いんですが」

 

「大丈夫だ。お前はジュウオウザワールドだ。何かあったら変身しろ」

 

シンジは一拍遅れて頷いた。不安そうだ。だがついてくる。あの夏から、そういうやつだ。

 

「黒歌。お前はここで待機だ。シンジが監視する」

 

「私を監視? 面白い子ね」

 

黒歌がシンジを見た。黄色い目が細められる。

 

「安心して。この子に手は出さないわ。約束したでしょ」

 

「…はい」

 

シンジが小さく頷いた。黒歌の隣に立っている。小さい。だが立っている。

 

(あいつ、また一歩下がってるな。だが帰らない。それでいい)

 

*  *  *

 

俺と絶花は、一階の奥へ向かった。

 

廊下は長い。左右に扉が並んでいる。どれも閉まっている。木の扉だ。古い。だが丈夫だ。

 

「太郎、この匂い」

 

絶花が鼻を動かした。

 

「何だ」

 

「薬品みたいな匂い。何か化学的な」

 

「薬品か」

 

俺も嗅いだ。確かに。鼻の奥を刺すような、消毒液に似た匂い。だが消毒液じゃない。もっと刺激が強い。もっと生々しい。

 

「この奥からでござるか」

 

ユキカゼが廊向こうから駆けてきた。尻尾が膨らんでいる。

 

「太郎さん、奥の部屋から強い匂いがするでござる。薬品の匂いと、それから…」

 

ユキカゼが言葉を止めた。尻尾が止まる。

 

「何だ」

 

「血の匂いでござる」

 

「血」

 

「古い血でござる。新しい血じゃない。でも確かに血でござる。奥の部屋から」

 

俺と絶花は顔を見合わせた。絶花の顔が硬くなっている。だが刀から手は離さない。

 

「行くぞ」

 

「うん」

 

廊下の奥。最後の扉。他の扉より大きい。鉄の補強が入っている。

 

俺は扉に手をかけた。重い。だが開く。

 

開いた瞬間、匂いが押し寄せた。

 

薬品と、古い血と、それから何かが腐ったような、甘い腐臭。

 

「…うっ」

 

絶花が口元を覆った。俺も眉をひそめた。だが入る。

 

部屋は広かった。

 

だが普通の部屋じゃなかった。

 

*  *  *

 

最初に目に入ったのは、台だ。

 

金属の台。五つ。等間隔に並んでいる。手術台だ。だが病院のそれとは違う。拘束具がついている。腕を固定するベルト。脚を固定するベルト。頭を固定するベルト。

 

五つの台の全てに、拘束具がついている。

 

「これは」

 

俺は台の一つに近づいた。手で触れた。冷たい。金属の冷たさだ。だが表面に何かがこびりついている。

 

茶色い、乾いた痕。血だ。乾いた血が台の表面にこびりついている。何度も拭われた跡がある。だが完全には落ちていない。溝に残っている。

 

「太郎、これ」

 

絶花が台の横を指差した。

 

管だ。ビニールの管が台から床へ伸びている。管の先には空の瓶がつながっている。瓶は空だ。だが瓶の内側に茶色い痕がある。何かが瓶の中に入っていた。

 

「抽出だろうか」

 

「抽出? 何を」

 

「分からない。でもこの管と瓶の構造は、何かを体から抜き出す装置に見える」

 

絶花の声が震えていた。剣士の勘が、この部屋の正体を感じ取っているのだろう。

 

「太郎さん!」

 

ユキカゼが部屋に飛び込んできた。

 

「一階の別の部屋からも同じ匂いがするでござる! それに、地下への階段があるでござる!」

 

「地下か」

 

「はい。廊下の途中に隠し扉があったでござる。ガーフィールさんが壁を叩いて見つけたでござるよ」

 

「地下への階段。当然あるだろうな。こんな部屋が地上にあるなら、地下にも何かある」

 

「マンモスマンさんが地下の床を確認したでござる。補強されているでござるよ。普通の地下じゃないでござる」

 

俺は台を見た。拘束具。管。瓶。血の痕。

 

人体実験。

 

その言葉が、頭の中に浮かんだ。

 

「絶花」

 

「何」

 

「これは人体実験の跡だ」

 

絶花が息を呑んだ。

 

「人体実験。誰が誰に」

 

「分からない。だがこの台の数。五つ。五人同時に何かをされていた」

 

「管で何かを抜き出して。瓶に集めて」

 

「血か。あるいは他の何かか」

 

俺は部屋を見回した。壁に棚がある。棚に瓶が並んでいる。空の瓶。だがラベルが貼ってある。文字が書かれている。だが読めない。冥界の文字か。あるいは暗号か。

 

「エレン」

 

俺は念話を飛ばした。

 

「一階で水回りの調査中だな。何か分かったか」

 

『配管が変。普通の配水管じゃない。太い管が地下へ伸びてる。水じゃなくて何か別の液体を流してた跡がある』

 

「液体か」

 

『薬品の匂いがする。消毒液じゃない。もっと濃い。腐食性のある液体の跡だと思う』

 

「分かった。ありがとう」

 

俺は念話を切った。

 

レイスからも報告が来た。

 

『屋根裏に資料らしいものがある。紙が散乱してる。文字が書いてあるけど読めない。冥界の文字だと思う』

 

「持ってきてくれ。後で調べる」

 

『了解』

 

ガーフィールが二階から降りてきた。

 

「大将! 二階に部屋があるぜェ! 壁の中に隠し部屋が三つあったァ! 中にベッドと鎖があったぜェ!」

 

「ベッドと鎖」

 

「鎖でベッドに拘束できる作りだァ。一階の手術台と同じでござるよォ」

 

「お前の慣用句は置いといて。鎖で拘束するベッドか。監禁部屋か」

 

「かもしれねェぜェ」

 

全員の報告が揃った。

 

この屋敷は、一階に手術台のある実験室。二階に拘束用の隠し部屋。地下への隠し通路。配管は腐食性液体を地下へ運ぶ構造。屋根裏には資料。

 

「太郎」

 

絶花が俺の横で言った。声が震えている。だが目は前を向いている。

 

「これは、誰が何のために」

 

「分からない。だが一つ言えることは」

 

俺は台の上の血の痕を見た。乾いた茶色の痕。かつて誰かの体の中を流れていた血の痕。

 

「ここで、誰かが何かをされていた。それは事実だ」

 

「人体実験。冥界で」

 

「冥界だからこそかもしれない。人間界では隠せないことが、冥界では隠せる」

 

「黒歌さんはこれを知ってるのかな」

 

「知ってるだろう。だから俺たちを呼んだんだ」

 

俺は部屋を出た。廊下を戻る。玄関ホールに戻ると、黒歌がそこにいた。シンジが少し離れた場所に立っている。

 

黒歌の表情が、変わっていた。

 

ふざけた笑みが消えている。黄色い目が静かだ。何も言わない。

 

「黒歌」

 

「見た?」

 

短い声だ。

 

「見た。人体実験の跡だ。五つの手術台。拘束具。管と瓶。二階の監禁部屋。地下への通路。何があった」

 

黒歌は黙った。

 

沈黙が流れた。

 

「…ここはね」

 

黒歌が口を開いた。低い声。猫の声じゃない。もっと人間の声だ。

 

「かつて、実験に使われていた場所よ」

 

「実験。誰が誰に」

 

「それは、まだ言えない」

 

「なぜ言えない」

 

「あなたが自分で辿り着かないと意味がないから」

 

「またそれか」

 

「またそれよ。ごめんね。でもこれだけは言っておくわ」

 

黒歌が俺の目を真っ直ぐに見た。黄色い瞳が揺れている。初めて見る表情だ。笑みでもなく、挑発でもなく。ただ、静かな怖さのようなもの。

 

「ここにあったのは、悪魔の闇よ」

 

「悪魔の闇」

 

「冥界の奥底にある闇。表に出してはいけないもの。でもあなたたちはもう触れてしまった。ここにあるものに」

 

黒歌の視線が俺の背後を通り過ぎた。ユキカゼ、エレン、絶花、シンジ。全員を見てから、また俺に戻った。

 

「だから案内したの。あなたたちの目で見る必要があった。ここにあるものを」

 

「俺たちに見せて何になる」

 

「それは、これからのあなたたちが決めることよ。私が決めるんじゃない」

 

「曖昧すぎる」

 

「曖昧でいいの。まだ。全部が分かったら選べなくなるでしょ。曖昧なまま選ぶから本物なのよ」

 

黒歌はそう言って、また微かに笑んだ。だがその笑みは、以前の妖艶なものじゃなかった。寂しさが混じっていた。

 

俺は何も言えなかった。

 

屋敷の中に、かつての人体実験の跡。五つの手術台。拘束具。抽出装置。監禁部屋。地下への通路。そして悪魔の闇。

 

夏の冒険は、まだ終わらない。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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