サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
霧が晴れた。
目の前に屋敷が現れた。
冥界の森の中に、唐突に。紫の苔に覆われた石垣。鉄の門。門の先に、古い洋館が建っている。三階建ての建物だ。窓は黒く、中が見えない。屋根瓦が所々崩れている。壁には蔦が絡んでいる。だが、廃墟ではない。手入れされている跡がある。蔦は切られている。石垣の崩れは補修されている。
誰かが、ここを管理している。
「ここは」
俺は門を見上げた。
黒歌が門の前に立った。振り返る。黄色い目が静かに俺を見ている。さっきまでのふざけた調子が消えていた。
「ここよ。案内するって言った場所」
「屋敷か。冥界に屋敷があるのか」
「あるわよ。冥界だって人が住む世界だからね。家くらいある」
「誰の家だ」
「それを調べに来たんでしょ」
「は?」
「あなたが調べに来たの。私は案内しただけ」
俺は眉をひそめた。黒歌の言ってる意味が分からない。
「お前が俺たちを呼んだんだろ。理由があって呼んだんじゃないのか」
「理由はあるわよ。でも理由の中身はあなたが見つけるものよ。私が教えるんじゃない」
「どういう意味だ」
「私が全部説明したら、あなたは信じないでしょ。自分の目で見たなら信じる。そういうものでしょ」
黒歌は門に手をかけた。鉄の門がギィと音を立てて開く。錆びた音だ。だが錆びていない。手入れされている音だ。
「入る? それとも帰る?」
「帰る選択肢はない」
「じゃあ入りなさい」
俺は門をくぐった。
* * *
屋敷の中は、暗かった。
窓が少ない。紫の外光が差し込む窓は二階の数箇所だけ。あとは壁か板で塞がれている。廊下は薄暗く、壁の燭台に灯った青い炎が唯一の光源だ。
「青い火でござる」
ユキカゼが燭台に近づいた。狐耳がピクリと動く。
「冥界の灯火でござるか。人間界の火とは色が違うでござる」
「冥界の魔力が燃えてるのよ。青い炎が冥界の特徴」
黒歌が简潔に答えた。ふざけた調子はまだ戻らない。
「太郎、どうする」
絶花が刀の柄に手をかけたまま聞いてきた。声が低い。警戒がMAXだ。
「調べる。全員で。この屋敷が何なのか、何があるのか。分かるまで出ない」
「了解でござる」
「分かった」
「別に」
「おォ」
「ボスの命令だ」
「はいはい」
「…はい」
全員の返事が揃った。
「分担して調べる。ユキカゼ、お前は嗅覚でこの屋敷の構造を探れ。どこに何があるか、匂いで把握しろ」
「任せるでござる!」
ユキカゼの鼻が動き出す。くんくんと。狐ジューマンの嗅覚は、建物の中の匂いの分布から部屋の構造を読み取れる。
「エレン、お前は水回りだ。水脈の流れを探れ。鮫の感覚で地下水と配管の位置が分かるだろ」
「分かった」
エレンが目を閉じた。鮫ジューマンは水の流れを感じ取れる。建物の中の配管や水源を探るのに適任だ。
「マンモスマン、お前は一階の構造を調べろ。床の強度と壁の厚みを確認しろ。隠し部屋があるならお前の重量で分かる」
「分かった。オレの体重で床が抜ければ、そこは隠し部屋ではない。隠し部屋なら補強されているはずだ」
「その通りだ」
マンモスマンが一階を歩き始めた。ズシン。ズシン。一歩ごとに屋敷が微かに振動する。
「ガーフィール、お前は二階だ。虎の爪で壁を叩け。空洞があれば音で分かる」
「任せたぜェ大将! 『壁に耳あり』ってなァ! 叩けば全部分かるァ!」
「お前の慣用句はいつ聞いても意味不明だ」
「傷つくぜェ!」
ガーフィールが二階へ駆けていった。
「レイス、お前は屋根裏だ。飛んで上から調べろ」
「了解。ダチョウは走高だけど、低空飛行ならいけるよ」
レイスが翼を広げて階段を駆け上がっていく。
「絶花、お前は俺と一緒だ。一階の奥を調べる」
「分かった」
「シンジ、お前は黒歌と残れ」
「…え」
シンジが一瞬固まった。
「僕が、黒歌さんと」
「お前の目が一番冷静だ。黒歌の動きを監視しろ。あいつが何かしたら教えろ」
「でも僕一人で」
「一人じゃない。黒歌がいるだろ」
「いるから怖いんですが」
「大丈夫だ。お前はジュウオウザワールドだ。何かあったら変身しろ」
シンジは一拍遅れて頷いた。不安そうだ。だがついてくる。あの夏から、そういうやつだ。
「黒歌。お前はここで待機だ。シンジが監視する」
「私を監視? 面白い子ね」
黒歌がシンジを見た。黄色い目が細められる。
「安心して。この子に手は出さないわ。約束したでしょ」
「…はい」
シンジが小さく頷いた。黒歌の隣に立っている。小さい。だが立っている。
(あいつ、また一歩下がってるな。だが帰らない。それでいい)
* * *
俺と絶花は、一階の奥へ向かった。
廊下は長い。左右に扉が並んでいる。どれも閉まっている。木の扉だ。古い。だが丈夫だ。
「太郎、この匂い」
絶花が鼻を動かした。
「何だ」
「薬品みたいな匂い。何か化学的な」
「薬品か」
俺も嗅いだ。確かに。鼻の奥を刺すような、消毒液に似た匂い。だが消毒液じゃない。もっと刺激が強い。もっと生々しい。
「この奥からでござるか」
ユキカゼが廊向こうから駆けてきた。尻尾が膨らんでいる。
「太郎さん、奥の部屋から強い匂いがするでござる。薬品の匂いと、それから…」
ユキカゼが言葉を止めた。尻尾が止まる。
「何だ」
「血の匂いでござる」
「血」
「古い血でござる。新しい血じゃない。でも確かに血でござる。奥の部屋から」
俺と絶花は顔を見合わせた。絶花の顔が硬くなっている。だが刀から手は離さない。
「行くぞ」
「うん」
廊下の奥。最後の扉。他の扉より大きい。鉄の補強が入っている。
俺は扉に手をかけた。重い。だが開く。
開いた瞬間、匂いが押し寄せた。
薬品と、古い血と、それから何かが腐ったような、甘い腐臭。
「…うっ」
絶花が口元を覆った。俺も眉をひそめた。だが入る。
部屋は広かった。
だが普通の部屋じゃなかった。
* * *
最初に目に入ったのは、台だ。
金属の台。五つ。等間隔に並んでいる。手術台だ。だが病院のそれとは違う。拘束具がついている。腕を固定するベルト。脚を固定するベルト。頭を固定するベルト。
五つの台の全てに、拘束具がついている。
「これは」
俺は台の一つに近づいた。手で触れた。冷たい。金属の冷たさだ。だが表面に何かがこびりついている。
茶色い、乾いた痕。血だ。乾いた血が台の表面にこびりついている。何度も拭われた跡がある。だが完全には落ちていない。溝に残っている。
「太郎、これ」
絶花が台の横を指差した。
管だ。ビニールの管が台から床へ伸びている。管の先には空の瓶がつながっている。瓶は空だ。だが瓶の内側に茶色い痕がある。何かが瓶の中に入っていた。
「抽出だろうか」
「抽出? 何を」
「分からない。でもこの管と瓶の構造は、何かを体から抜き出す装置に見える」
絶花の声が震えていた。剣士の勘が、この部屋の正体を感じ取っているのだろう。
「太郎さん!」
ユキカゼが部屋に飛び込んできた。
「一階の別の部屋からも同じ匂いがするでござる! それに、地下への階段があるでござる!」
「地下か」
「はい。廊下の途中に隠し扉があったでござる。ガーフィールさんが壁を叩いて見つけたでござるよ」
「地下への階段。当然あるだろうな。こんな部屋が地上にあるなら、地下にも何かある」
「マンモスマンさんが地下の床を確認したでござる。補強されているでござるよ。普通の地下じゃないでござる」
俺は台を見た。拘束具。管。瓶。血の痕。
人体実験。
その言葉が、頭の中に浮かんだ。
「絶花」
「何」
「これは人体実験の跡だ」
絶花が息を呑んだ。
「人体実験。誰が誰に」
「分からない。だがこの台の数。五つ。五人同時に何かをされていた」
「管で何かを抜き出して。瓶に集めて」
「血か。あるいは他の何かか」
俺は部屋を見回した。壁に棚がある。棚に瓶が並んでいる。空の瓶。だがラベルが貼ってある。文字が書かれている。だが読めない。冥界の文字か。あるいは暗号か。
「エレン」
俺は念話を飛ばした。
「一階で水回りの調査中だな。何か分かったか」
『配管が変。普通の配水管じゃない。太い管が地下へ伸びてる。水じゃなくて何か別の液体を流してた跡がある』
「液体か」
『薬品の匂いがする。消毒液じゃない。もっと濃い。腐食性のある液体の跡だと思う』
「分かった。ありがとう」
俺は念話を切った。
レイスからも報告が来た。
『屋根裏に資料らしいものがある。紙が散乱してる。文字が書いてあるけど読めない。冥界の文字だと思う』
「持ってきてくれ。後で調べる」
『了解』
ガーフィールが二階から降りてきた。
「大将! 二階に部屋があるぜェ! 壁の中に隠し部屋が三つあったァ! 中にベッドと鎖があったぜェ!」
「ベッドと鎖」
「鎖でベッドに拘束できる作りだァ。一階の手術台と同じでござるよォ」
「お前の慣用句は置いといて。鎖で拘束するベッドか。監禁部屋か」
「かもしれねェぜェ」
全員の報告が揃った。
この屋敷は、一階に手術台のある実験室。二階に拘束用の隠し部屋。地下への隠し通路。配管は腐食性液体を地下へ運ぶ構造。屋根裏には資料。
「太郎」
絶花が俺の横で言った。声が震えている。だが目は前を向いている。
「これは、誰が何のために」
「分からない。だが一つ言えることは」
俺は台の上の血の痕を見た。乾いた茶色の痕。かつて誰かの体の中を流れていた血の痕。
「ここで、誰かが何かをされていた。それは事実だ」
「人体実験。冥界で」
「冥界だからこそかもしれない。人間界では隠せないことが、冥界では隠せる」
「黒歌さんはこれを知ってるのかな」
「知ってるだろう。だから俺たちを呼んだんだ」
俺は部屋を出た。廊下を戻る。玄関ホールに戻ると、黒歌がそこにいた。シンジが少し離れた場所に立っている。
黒歌の表情が、変わっていた。
ふざけた笑みが消えている。黄色い目が静かだ。何も言わない。
「黒歌」
「見た?」
短い声だ。
「見た。人体実験の跡だ。五つの手術台。拘束具。管と瓶。二階の監禁部屋。地下への通路。何があった」
黒歌は黙った。
沈黙が流れた。
「…ここはね」
黒歌が口を開いた。低い声。猫の声じゃない。もっと人間の声だ。
「かつて、実験に使われていた場所よ」
「実験。誰が誰に」
「それは、まだ言えない」
「なぜ言えない」
「あなたが自分で辿り着かないと意味がないから」
「またそれか」
「またそれよ。ごめんね。でもこれだけは言っておくわ」
黒歌が俺の目を真っ直ぐに見た。黄色い瞳が揺れている。初めて見る表情だ。笑みでもなく、挑発でもなく。ただ、静かな怖さのようなもの。
「ここにあったのは、悪魔の闇よ」
「悪魔の闇」
「冥界の奥底にある闇。表に出してはいけないもの。でもあなたたちはもう触れてしまった。ここにあるものに」
黒歌の視線が俺の背後を通り過ぎた。ユキカゼ、エレン、絶花、シンジ。全員を見てから、また俺に戻った。
「だから案内したの。あなたたちの目で見る必要があった。ここにあるものを」
「俺たちに見せて何になる」
「それは、これからのあなたたちが決めることよ。私が決めるんじゃない」
「曖昧すぎる」
「曖昧でいいの。まだ。全部が分かったら選べなくなるでしょ。曖昧なまま選ぶから本物なのよ」
黒歌はそう言って、また微かに笑んだ。だがその笑みは、以前の妖艶なものじゃなかった。寂しさが混じっていた。
俺は何も言えなかった。
屋敷の中に、かつての人体実験の跡。五つの手術台。拘束具。抽出装置。監禁部屋。地下への通路。そして悪魔の闇。
夏の冒険は、まだ終わらない。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア