サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
地下は、研究室だった。
階段を降りきった先に広がっていたのは、一階の実験室とは比べ物にならない規模の空間だった。天井が高い。石造りの壁。中央に巨大な装置が鎮座している。周囲には本棚と書見台と、無数のガラス器具。
「広いでござる…」
ユキカゼが呟いた。尻尾が小さく縮こまっている。この空間の空気が、彼女の本能を警戒させているのだろう。
「ここが本命か」
俺は装置に近づいた。金属とガラスと管で構成された複合装置だ。中央に大きな円筒があり、その周囲に無数の細い管が接続されている。管の先にはそれぞれ小さな容器がついている。容器には茶色い痕。
「太郎、これ」
絶花が書見台を指差した。古い紙が何枚も置かれている。手書きの文字。だが読めない。
「冥界の文字か」
「違う。これは古代悪魔語。宮本家の蔵書で見たことがある」
絶花が紙を一枚手に取った。目を細めて読む。
「『被験体第一号 経過観察中 魔力回路の再構築に成功 ただし精神汚染が進行』」
「精神汚染」
「『被験体第二号 経過観察中 肉体強化は成功 ただし自我の崩壊が始まる』」
絶花の声が震えた。
「『被験体第三号 失敗 死亡』『被験体第四号 失敗 死亡』『被験体第五号 成功 ただし記憶の大部分を喪失』」
五つの記録。五つの手術台。五人。
「全員が人間だったのか」
「たぶん。『人間を超越者へ』って書いてある」
絶花が別の紙を取った。
「『目的 後天的な超越者を人工的に作り出すこと』『方法 魔力回路の強制再構築と魔獣因子の移植』『成果 五例中三例の生存を確認』」
「後天的な超越者」
俺はその言葉を繰り返した。
生まれつきの才能じゃない。後から、人工的に、超越者を作り出す。神や悪魔や堕天使が生まれながらに持つ力。それを人間に与える研究。
「狂ってる」
「狂ってるね」
絶花が紙を置いた。手が震えている。
「誰がこんなことを」
「それを今から説明するわ」
黒歌の声が背後から聞こえた。
* * *
黒歌は装置の前に立っていた。
青い炎の光を背に受けて、黒い着物が影のように揺れている。
「この屋敷の主は、とある上級悪魔だった」
「だった、ってことはもういないのか」
「正確には、堕ちたわ。悪魔の位階を失った」
「なぜ」
「本家の意向を無視したから」
黒歌は装置に手を触れた。金属の冷たさを確かめるように。
「冥界の上級悪魔には、それぞれ家系がある。家系ごとに決められた役割がある。研究もその一つ。でもこの屋敷の主は、家系が禁じた研究に手を出した」
「禁じられていたのか。この研究は」
「ええ。後天的な超越者の創出は、悪魔社会において最大の禁忌の一つよ。なぜだと思う?」
「分からない」
「悪魔の力は血統で決まる。家系で決まる。それが悪魔社会の根幹よ。後天的に力を与える方法が確立されたら、血統の意味がなくなる。家系の権威が崩れる。だから禁忌なの」
黒歌の黄色い目が、俺をじっと見ている。
「でもこの屋敷の主は、それをやった。家系の意向を無視して。自分の研究のために人間を集めて、実験を繰り返した」
「結果は」
「五例中三例が生存。でも成功とは言い難いわ。一人は精神汚染。一人は自我崩壊。一人は記憶喪失。まともな成功例はゼロよ」
「残った三人はどこへ」
「分からない。主が堕ちた後、屋敷は放置された。被験体もどこかへ消えた。私は後始末を依頼されただけだから」
黒歌は装置から手を離した。
「これが、この屋敷で行われていたことよ。後天的な超越者を作り出す研究。そしてその犠牲になった五人の人間」
* * *
「待て」
俺は黒歌を見た。
「お前、どうしてこんなに詳しいんだ」
「言ったでしょ。後始末を依頼されたって」
「後始末を依頼されただけなら、ここまで詳しく知らないはずだ。研究の内容も、禁忌の理由も被験体の数も、結果も」
黒歌は黙った。
「お前はこの研究に関わっていたんじゃないのか」
「関わってないわ」
「ならなぜ知ってる」
「なぜなら」
黒歌の声が途切れた。黄色い目が揺れている。
「依頼人が、私の元主だったからよ」
「元主」
「猫又は使い魔として悪魔に仕えることがある。私はかつて、この屋敷の主に仕えていた」
俺は息を呑んだ。
「お前が、この屋敷の主の使い魔だったのか」
「ええ。でも私は研究には関与していない。私は戦闘と諜報の使い魔だった。研究は主が一人でやっていた。私が知っているのは、後から聞いた話と依頼されて来た時の後始末で見た光景だけ」
「主は今どこにいる」
「分からない。堕ちた後、消息を絶った。私は解放されて自由になったけど、主の行方は知らない」
黒歌の声に、微かな翳りがあった。
「でもね」
「何だ」
「主が堕ちた後、この研究を引き継いだ誰かがいるかもしれない」
「なぜそう思う」
「地下の資料が、一部だけ新しいのよ。私が後始末した時にはなかった紙が増えている。誰かが最近ここに入って、資料を追加した」
俺は書見台を見た。確かに紙の山の中に、色の違う紙がある。古い紙と新しい紙。新しい紙の方が、インクが鮮明だ。
「誰が」
「分からない。でもその誰かは、この研究を続けている可能性がある」
黒歌の目が、俺を真っ直ぐに見た。
「だからあなたたちを呼んだの。この屋敷を見せるために。そして、この研究がまだ続いているかもしれないと伝えるために」
「なぜ俺たちなんだ」
「あなたたちがメダルを追っているからよ」
俺は眉をひそめた。
「メダルとこの研究に何の関係がある」
「デスガリアンのメダルは、生物を巨大化させる装置よ。でもそれだけじゃない。メダルは生物の能力を強制的に引き出す装置でもある。後天的な超越者を作り出す研究と、根っこの部分で繋がっている可能性がある」
黒歌は壁にもたれかかった。
「私は猫又よ。長く生きているから、色々なものを見てきた。デスガリアンのメダルも、この研究も同じ闇から生まれたものだと思う」
「同じ闇」
「ええ。誰かが、何かを、力で作り出そうとしている。その闇よ」
* * *
沈黙が流れた。
装置の周囲で青い炎が揺れている。俺たちはしばらく誰も口を開かなかった。
絶花が刀の柄を握ったまま、震える声で言った。
「太郎。これ、どうする」
「どうするって何がだ」
「この屋敷。この研究。この闇。私たちが関わっていい問題なのかなって」
「関わってるだろ。もう中に入ったんだから」
「そうだけど。でもこれ、悪魔同士の問題だよ。私たち人間が首を突っ込んでいい問題じゃない気がする」
絶花の言うことはもっともだ。悪魔社会の禁忌。家系の権威。上級悪魔の堕ちた研究。人間が触れるべき問題じゃない。
だが。
「メダルの件がある」
俺は言った。
「デスガリアンのメダルとこの研究が繋がっているなら、俺たちの問題でもある。バングレイが俺の記憶からコカビエルを実体化させた。あいつはまだ生きている。そしてメダルをばら撒いている」
「つまり」
「この屋敷で何があったかを知ることは、メダルを追うことと同じだ」
絶花は何も言わなかった。だが刀から手を離さない。
ユキカゼが俺の横に来た。
「太郎さん。私、この屋敷の匂いで一つ気づいたことがあるでござる」
「何だ」
「地下の匂いに、新しい匂いが混じってるでござる。誰か最近ここに来た匂いでござるよ」
「黒歌と同じことを言うな」
「黒歌さんと同じことを言ってるでござるか。それは正しい証拠でござるよ」
ユキカゼの尻尾がゆらりと揺れた。
「私の鼻は嘘をつかないでござる。だから太郎さんに伝えておくでござる。誰かが最近ここに来た。それも複数人でござる」
「複数人」
「はい。少なくとも三人分の匂いでござる」
俺は周囲を見回した。地下の研究室。無数の器具。書見台の資料。装置。
誰かが最近ここに来た。複数人で。そして何かをした。
「黒歌」
「何」
「お前、誰か来たことを知っていたか」
「知っていたわ。でも誰かまでは分からなかった。猫又の嗅覚は人間ほど鋭くないから」
「ユキカゼの鼻はお前より鋭いな」
「狐には敵わないわね」
黒歌は微かに笑った。
俺は最後にもう一度、書見台の資料を見た。
『目的 後天的な超越者を人工的に作り出すこと』
その一文が、頭から離れなかった。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア