サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
柚葉が木の陰から出てきた。
狸の尻尾がゆらゆらと揺れている。三つ編みのおさげが揺れる。ピンクのカーディガンが夕日を受けて、どこか間の抜けた色に染まっている。
「久しぶり! 太郎」
「久しぶりじゃない。さっきまで冥界にいたぞ」
「知ってるよ。戻ってくるのは分かってたから。待ってたの」
「待ってたからって悪戯する必要があるか」
「あるよ。太郎の反応が見たかったから」
「反応って俺の反応か」
「そう。太郎の反応。面白いんだもん。冥界から戻ってきたばかりで疲れてるのに、いきなり靴紐結ばれて転ぶガーフィールとか、尻尾にリボン結ばれて怒るユキカゼとか。全部面白かった」
柚葉はけらけらと笑った。狸の笑いだ。いや狸じゃなくてもこういう奴はいる。要するに性格だ。
「お前な。俺たち冥界で戦ってきたんだぞ。戦いの直後に悪戯とか正気か」
「正気だよ。戦いの後こそ、笑いが必要でしょ。緊張解くために」
「緊張を解くために新たな緊張を作るな。ガーフィール転んだぞ。あいつ俺様キャラが転んだんだぞ。崩壊ものだろ」
「あはは! ガーフィール転んだの見た! やっぱり面白い。あの真面目そうな顔して転ぶの、最高」
「お前性格悪いな」
「悪くないよ。面白いと思ってるだけ」
「それを性格が悪いと言うんだ」
柚葉はにやりと笑った。この笑い方だ。この笑い方をされると、こいつは何か企んでいるのだと分かる。
* * *
柚葉との出会いはあの夏だった。
ジューマンワールドの森の中で、俺と絶花が迷っていた時だ。道に迷った俺たちの前に、突然木の上から花が降ってきた。造花だ。俺が空を見上げると、木の枝に柚葉が乗っていた。狸の尻尾を揺らしながら、けらけらと笑っていた。
『迷った? 迷子? 王様って迷子なの?』
あの時の第一声がこれだった。
俺は腹が立った。だが同時に、笑った。この狸は面白いと思った。
それから柚葉は、俺たちの旅についてきた。理由を聞くと、こう言った。
『太郎の反応が面白いから』
理由がそれだけだった。仲間を守りたいとか、王に仕えたいとか、そういうのじゃない。ただ面白いから。俺の反応が面白いから。
「お前それ本当に理由として成立するのか」
『成立するよ。だって太郎面白いもん。真面目な顔して王とか言うくせに、悪戯されたら普通に驚くし。そのギャップがいいの』
『ギャップってお前』
『王様の威厳と、悪戯への生真面目な反応。その差が面白いの。だからついていくの。やめないでね』
やめないでね、と言われて、俺は止めなかった。止める理由がなかった。
それに柚葉は有用だった。狸ジューマンの変装と幻術は、デスガリアンとの戦いで何度も役に立った。偵察。攪乱。罠の設置。柚葉の悪戯は、戦場では戦術になった。
そして何より、柚葉はユキカゼと相性が悪かった。
悪いと言えば語弊がある。柚葉が一方的にユキカゼに悪戯をする、という意味だ。忍者のユキカゼは気配を消すのが得意だ。だが柚葉の悪戯は気配を消さない。むしろわざと残す。忍者の得意技を無効化するような悪戯を仕掛ける。
「柚葉。ユキカZEの尻尾にリボン結んだのお前だろ」
「あはは! バレた? ユキカゼの尻尾ね、結び甲斐があるの。ふさふさだから結びやすいの」
「ユキカゼ激怒してたぞ」
「怒るのが面白いの。忍者が怒るの、珍しいでしょ。いつも冷静なのに尻尾のリボン見て即座に切れるの、あの顔が最高なの」
「お前ユキカゼに何回悪戯してるんだ」
「数えてない。毎日やってるから」
「毎日かよ」
「毎日。ユキカゼの忍び装束に全部蚊の絵を描いたこともあるの。黒い装束に黒い蚊の絵。気づくまで半日かかったの」
「気づいた時のユキカゼの反応は」
「お仕事事始でござる! って。一刀両断でござるって叫んでた」
「そりゃ切れるわ」
「でしょ? 面白いでしょ?」
「面白くない」
「嘘。太郎も笑ってるよ。さっきから口元緩んでるもん」
俺は口元を引き締めた。笑ってない。笑ってないつもりだ。
「笑ってない」
「笑ってる。柚葉の目は誤魔化せないよ。狸の目は節穴じゃないの」
「節穴じゃないなら悪戯見抜けよ自分の」
「自分の悪戯は自分でやってるから見抜く必要ないの」
「論理が破綻してるぞ」
「破綻してないよ。狸は論理的なの」
「狸が論理的って聞いたことない」
「じゃあ初めて聞いたね。狸は論理的。柚葉は特に論理的」
「どこがだ」
「悪戯には全て理由があるの。ただの悪戯じゃない。太郎の反応を引き出すための論理的な悪戯なの」
「論理的な悪戯って何だよ」
「太郎がどう反応するかを計算して悪戯を仕掛けるの。それが論理」
「それ計算じゃなくて性格が悪いだけだろ」
「性格がいい悪いじゃなくて、面白いか面白くないかでしょ」
「面白さで人間関係を測るな」
「測ってないよ。面白さで行動を決めてるだけ」
「それを測るって言うんだ」
「違うの。測るんじゃなくて、感じるの」
「哲学かよ」
「狸の哲学」
柚葉はにやりと笑った。
この笑い方。この笑い方をされたら、俺はもう何も言えない。言っても無駄だ。この狸は、俺の反応を楽しむために言葉を選んでいる。反論すればするほど面白がられる。だから俺は黙るしかない。
「太郎さん! 柚葉さんを叱ってくださいでござる!」
ユキカゼが走ってきた。尻尾がまだ膨らんでいる。
「尻尾にリボンを結ぶなんて! 忍者に対する冒涜でござる!」
「冒涜じゃないよ。可愛くしてあげただけ」
「可愛くするなでござる!」
「ユキカゼ可愛いのに。リボンつけてもっと可愛くなったよ」
「余計可愛くするなでござる!」
俺はため息をついた。
(こいつらは永遠に仲良くなれないのか)
いや。仲良しだ。これは仲良しだ。悪戯をするほど仲がいい。柚葉はユキカZEに悪戯をする。ユキカゼは怒る。怒るから柚葉は楽しい。この循環は、ある意味で信頼関係だ。
「柚葉」
「何? 太郎」
「一つ聞く。お前が俺の家臣になった理由は何だ」
「言ったでしょ。太郎の反応が面白いから」
「それだけか」
「それだけ。太郎が王だから仕えてるんじゃないよ。太郎が面白いからついてくるの。王だからとか、強いからじゃなくて」
「じゃあ俺が弱かったらついてこなかったか」
「ついてきたよ。弱くても面白ければ」
「面白さが基準か」
「基準。柚葉の基準。狸の基準」
柚葉は笑った。にやりと。いつもの笑みだ。
「太郎は弱くないけどね。弱くないのに悪戯に素直に反応するの。それが面白いの。強いのに隙がある。王なのに人間。そのところが好き」
「好きって」
「好き。普通に。家臣としてじゃなくて、太郎という人間が好き。だから家臣になったの」
俺は黙った。
言い返せなかった。柚葉の言葉は、いつも核心を突く。悪戯で人をからかっているようで、要所要所で真っ直ぐなことを言う。それが柚葉だ。
「柚葉」
「何」
「次悪戯する前に言え。事前通告しろ」
「事前通告したら悪戯じゃないでしょ」
「だから悪戯やめろって言ってるんじゃない。やるなら教えろ」
「教えたら面白くないよ」
「面白さを犠牲にしてでも教えろ」
「無理。面白さは犠牲にできない」
「なら俺の精神を犠牲にするな」
「太郎の精神は頑丈でしょ。王の精神だし」
「王の精神も疲労する」
「じゃあユキカZEのマッサージ受ければ? 精神的に回復するよ」
「ユキカゼのマッサージは別の意味で精神に来る」
「別の意味? 何それ」
「聞くな。答えられん」
柚葉はにやりと笑った。この笑いだ。この笑いをされると、こいつは全部分かっているのだと思う。
狸は賢い。狸は論理的だ。そして柚葉は、俺のことを何もかも分かった上で、からかっているのだ。
「柚葉」
「何」
「とりあえず。次は悪戯を仕掛ける前に言え。それが命令だ」
「命令聞かないよ」
「王の命令だぞ」
「王の命令でも聞かないよ」
「なぜだ」
「柚葉の基準では、太郎の反応が面白いものは全て優先されるから。命令より面白さが上」
「俺の威厳が全否定されてるんだが」
「威厳なんてあるの? 太郎に」
「あるに決まってんだろ。俺は王になる男だ」
「王になる男。なる男。まだなってないの」
「うるさい」
「あはは! やっぱり太郎面白い。やっぱり好き。やっぱり家臣でよかった」
柚葉は笑った。けらけらと。狸の尻尾がゆらゆらと揺れている。
俺はため息をついた。
こいつに勝てる日は来ないだろう。だが、来ないでいいのかもしれない。柚葉が俺の家臣である理由は、忠義でも畏怖でもない。ただ、面白いから。それだけでついてくる。
それが逆に、俺の国の強さなのかもしれない。
「柚葉」
「何?」
「飯は食ったか」
「食べてない。待ってたから」
「待ってたから悪戯したのか」
「そう。暇だったから」
「なら戻ろう。ユキカゼが飯を作ってくれる」
「ユキカゼの飯美味しいよね」
「ああ。美味いぞ」
「じゃあ戻る。太郎」
「なんだ」
「歓迎してくれてありがとう。冥界から戻ってきてくれてありがとう」
柚葉は少しだけ真面目な顔をした。一瞬だけ。それからすぐにいつもの笑みに戻った。
「じゃあ行こ。太郎」
「ああ。行こう」
俺は歩き出した。柚葉が隣についてくる。後ろでユキカZEが「柚葉さん許さないでござる!」と叫んでいる。エレンが「うるさい。寝てるのに」と呟いている。ガーフィールが「次に靴紐結んだら噛み殺すぜェ!」と怒鳴っている。
騒がしい。だが、この騒がしさが俺の国だ。
俺は歩きながら、空を見上げた。
日本の空。青い空。冥界の紫の空とは違う。だが、どちらの空の下でも、俺の家臣はいる。
それでいい。
女王は誰にする?
-
アルファ
-
ララ·サタリン·デビルーク
-
エミリア