※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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海の記憶と忍び寄る気配

懐かしい景色が広がっていた。緑の草原。遠くに山。澄んだ空。ジューランドの空だ。あの夏と変わらない。

 

だが柚葉が指差した方向は草原の先だった。

 

「あっちだよ。太郎」

 

柚葉が指差したのは東の方角だ。草原の向こう。丘を越えた先。

 

「あっちって何があるんだ」

 

「海」

 

「海?」

 

「海。ジューランドの海」

 

俺は眉をひそめた。海。あの夏、海には行かなかった。ジューランドの中央部で戦闘があったからだ。海まで足を伸ばす余裕はなかった。

 

「海にか。あの夏は行かなかったな」

 

「行かなかったね。でも柚葉は行ったことあるよ。何度も」

 

「お前一人でか」

 

「一人じゃないよ。他の狸ジューマンと一緒に。狸は海も好きなの。魚が豊富だから」

 

「狸が魚を取るのか」

 

「取るよ。狸は雑食なの。何でも食べるの」

 

「何でも食べるってお前」

 

「太郎も雑食でしょ。人間も雑食だもんね」

 

「雑食だけど人間と狸は違うだろ」

 

「違わないよ。雑食は雑食。同じでしょ」

 

「同じじゃない」

 

「同じ。視点を変えれば同じ」

 

「視点を変えれば何でも同じになるだろ」

 

「なれないよ。太郎と柚葉は違うもん。根本が」

 

「根本が違うなら同じと言うな」

 

「狸の皮肉だよ。深い意味はないの」

 

「皮肉に深い意味も浅い意味もないだろ」

 

「あるよ。柚葉の皮肉には全て意味があるの」

 

「なら深い意味があると言え」

 

「面倒くさいから言わないの」

 

「お前面倒くさがりすぎだろ」

 

「狸は省エネなの。無駄なことは言わないの」

 

「無駄なことたくさん言ってるだろ。さっきから」

 

「あれは無駄じゃないよ。太郎の反応を引くための必需品」

 

「必需品ってお前」

 

「必需品。太郎との会話に不可欠なの」

 

俺はため息をついた。柚葉との会話はいつもこうだ。心地いい疲れが来る。

 

*  *  *

 

丘を越えた。

 

視界が開けた。

 

海だ。

 

ジューランドの海が目の前に広がっていた。

 

「…広いでござる」

 

ユキカゼが息を呑んだ。狐耳がピンと立っている。尻尾が風に揺れている。

 

「太郎さん。あの夏には見えなかった景色でござる」

 

「ああ。俺たちずっと森と草原の中にいたからな。海までは来なかった」

 

「来なかったね。でも海がある。ジューランドにも海があるんだね」

 

絶花が刀の柄から手を離した。素手で風を感じている。海風だ。潮の匂いが鼻をくすぐる。

 

「塩の匂い。人間界の海と同じ匂いだね」

 

「変わらないでござるか。海はどこでも海でござるよ」

 

ユキカゼが海の方へ歩き出した。狐耳が風に靡かれている。尻尾がふさふさと揺れている。海を見るのが初めてではないが、ジューランドの海を見るのは初めてだ。

 

「柚葉。バングレイの情報。海の中なのか」

 

俺は柚葉に問うた。

 

柚葉は海を眺めていた。狸の尻尾がゆったりと揺れている。三つ編みのおさげが海風に靡いている。

 

「海の中だよ。正確には海の底」

 

「海の底」

 

「うん。バングレイの目撃情報。最も多いのがジューランドの沿岸部。そしてメダルの反応も海の中が一番強い」

 

「海の中にバングレイがいるってことか」

 

「いるとは限らないよ。でもメダルがある。バングレイがメダルを集めているなら、海の中に何かある」

 

「海の中に何があるんだ」

 

「分からない。でも何かあるの。柚葉の勘がそう言ってる」

 

「狸の勘か」

 

「狸の勘は当たるよ。人間の勘よりずっと当たるの」

 

「根拠は」

 

「狸の本能。本能は正しいの」

 

「また本能か」

 

「本能と勘。二つ揃えば最強」

 

「最強ってお前」

 

「最強。情報係として最強。戦闘はしないけど情報は最強」

 

「戦闘しない最強って何だよ」

 

「情報最強。戦闘免除。最強の家臣」

 

「家臣免除じゃなくて戦闘免除かよ」

 

「戦闘免除。柚葉流家臣道第五条。戦闘は免除。情報に徹する」

 

「五条目まで増えたのか」

 

「増えるよ。狸の道は常に更新されるの」

 

俺はため息をついた。だが柚葉の情報は確かだ。あの夏も柚葉の情報は何度も役に立った。狸の勘は当たる。信じるしかない。

 

*  *  *

 

海沿いの岩場に降り立った。

 

波が打ち寄せる音。潮の匂い。風の音。人間界の海とは違う。波の色が少しだけ緑がかっている。海の色が人間界のものとは微妙に違う。

 

「緑色の海でござる」

 

ユキカゼが水面に手を触れた。狐ジューマンの感覚が水の質性を読み取る。

 

「人間界の海とは成分が違うでござるよ。でも生命の気配は強い。魚がたくさんいるでござる」

 

「魚。なら鮫ジューマンもいそうだな」

 

「いるでござるよ。鮫ジューマンは海の守り手でござる。この海にもいるはずでござる」

 

「エレンがいれば安心だが。エレンは今冥界か」

 

「エレンさんがいなくても大丈夫でござる。ユキカゼがいるでござるよ」

 

「お前は狐だろ。海は鮫の得意分野だろ」

 

「狐でも海くらい泳げるでござるよ」

 

「泳げるのか」

 

「泳げるでござる。ただ鮫ほど速くないでござる」

 

「速くないなら安心できないな」

 

「太郎さん! ユキカゼを信じてでござる!」

 

「信じてる。でも海は海だ。用心する」

 

絶花が岩場の端に立っていた。刀を腰に帯びたまま海を見つめている。風が黒髪を揺らしている。

 

「太郎。海の中に何があるの」

 

「分からない。だが柚葉の情報ではメダルの反応が一番強いのがこの海域だ」

 

「メダルが海の中に」

 

「ああ。バングレイがメダルを海に集めている可能性がある」

 

「海に。なぜ海に」

 

「分からない。海なら人間にもジューマンにも見つかりにくいからかもしれん」

 

「海の底なら誰も探さないもんね」

 

絶花が小さく頷いた。

 

柚葉が岩場の一番高い場所に立っていた。狸の尻尾をゆらゆら揺らしながら海を眺めている。三つ編みのおさげが風に揺れる。

 

「太郎。海を見て」

 

「見てる」

 

「もっとよく。水面の下」

 

俺は海面を覗き込んだ。

 

波が打ち寄せるたびに水面が揺れる。緑がかった海水の奥。何かが見えるわけじゃない。深い。暗い。底が見えない。

 

「何も見えないが」

 

「見えるでしょ。波の裏。何か動いてる」

 

波の裏。俺は目を凝らした。

 

波が引く瞬間。海水が引く一瞬の隙間。

 

動いた。

 

影だ。大きな影。海底付近を何かが動いている。

 

「あれは」

 

「見えたでしょ」

 

「見えた。影だ。大きい」

 

「あれがメダルの反応源。柚葉の情報の正体」

 

「正体は分かるか」

 

「分からない。でも大きい。かなり大きい。魚じゃないでしょ。あのサイズだと」

 

柚葉の言葉が途切れた。

 

俺は海面を見た。影が動いた。近づいてきている。

 

「近づいてるでござる」

 

ユキカゼが狐耳を立てた。尻尾が膨らみ始めている。

 

「気配が近づいてるでござる。太郎さん。何か来る」

 

「分かってる。全員警戒しろ」

 

俺はチェンジャーに手を伸ばした。

 

「絶花。刀に手をかけろ」

 

「もうかけてる」

 

絶花の声が低い。剣士の声だ。

 

「柚葉。後ろに下がれ」

 

「下がらないよ。情報係は前線にいるの」

 

「前線にいたら戦闘に巻き込まれるだろ」

 

「巻き込まれてもいいの。情報は前線で集めるのが一番」

 

「お前という奴は」

 

「あはは。太郎心配性だね」

 

「心配性じゃない。王として当然の判断だ」

 

「心配性の王。面白いの」

 

「面白くない」

 

「面白い。柚葉の基準では面白い」

 

「お前の基準はどうでもいい」

 

「どうでもよくないよ。太郎の基準より柚葉の基準の方が正しいの」

 

「正しくない」

 

「正しい。狸は正しいの」

 

海面が揺れた。

 

影が動いた。大きく。近く。

 

波が不自然に膨らんだ。海水が盛り上がる。まるで海そのものが呼吸しているように。

 

「来るでござる」

 

ユキカゼが叫んだ。狐耳が完全に伏せている。尻尾が逆立っている。

 

俺は海面を睨んだ。

 

海が割れる。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
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