サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
懐かしい景色が広がっていた。緑の草原。遠くに山。澄んだ空。ジューランドの空だ。あの夏と変わらない。
だが柚葉が指差した方向は草原の先だった。
「あっちだよ。太郎」
柚葉が指差したのは東の方角だ。草原の向こう。丘を越えた先。
「あっちって何があるんだ」
「海」
「海?」
「海。ジューランドの海」
俺は眉をひそめた。海。あの夏、海には行かなかった。ジューランドの中央部で戦闘があったからだ。海まで足を伸ばす余裕はなかった。
「海にか。あの夏は行かなかったな」
「行かなかったね。でも柚葉は行ったことあるよ。何度も」
「お前一人でか」
「一人じゃないよ。他の狸ジューマンと一緒に。狸は海も好きなの。魚が豊富だから」
「狸が魚を取るのか」
「取るよ。狸は雑食なの。何でも食べるの」
「何でも食べるってお前」
「太郎も雑食でしょ。人間も雑食だもんね」
「雑食だけど人間と狸は違うだろ」
「違わないよ。雑食は雑食。同じでしょ」
「同じじゃない」
「同じ。視点を変えれば同じ」
「視点を変えれば何でも同じになるだろ」
「なれないよ。太郎と柚葉は違うもん。根本が」
「根本が違うなら同じと言うな」
「狸の皮肉だよ。深い意味はないの」
「皮肉に深い意味も浅い意味もないだろ」
「あるよ。柚葉の皮肉には全て意味があるの」
「なら深い意味があると言え」
「面倒くさいから言わないの」
「お前面倒くさがりすぎだろ」
「狸は省エネなの。無駄なことは言わないの」
「無駄なことたくさん言ってるだろ。さっきから」
「あれは無駄じゃないよ。太郎の反応を引くための必需品」
「必需品ってお前」
「必需品。太郎との会話に不可欠なの」
俺はため息をついた。柚葉との会話はいつもこうだ。心地いい疲れが来る。
* * *
丘を越えた。
視界が開けた。
海だ。
ジューランドの海が目の前に広がっていた。
「…広いでござる」
ユキカゼが息を呑んだ。狐耳がピンと立っている。尻尾が風に揺れている。
「太郎さん。あの夏には見えなかった景色でござる」
「ああ。俺たちずっと森と草原の中にいたからな。海までは来なかった」
「来なかったね。でも海がある。ジューランドにも海があるんだね」
絶花が刀の柄から手を離した。素手で風を感じている。海風だ。潮の匂いが鼻をくすぐる。
「塩の匂い。人間界の海と同じ匂いだね」
「変わらないでござるか。海はどこでも海でござるよ」
ユキカゼが海の方へ歩き出した。狐耳が風に靡かれている。尻尾がふさふさと揺れている。海を見るのが初めてではないが、ジューランドの海を見るのは初めてだ。
「柚葉。バングレイの情報。海の中なのか」
俺は柚葉に問うた。
柚葉は海を眺めていた。狸の尻尾がゆったりと揺れている。三つ編みのおさげが海風に靡いている。
「海の中だよ。正確には海の底」
「海の底」
「うん。バングレイの目撃情報。最も多いのがジューランドの沿岸部。そしてメダルの反応も海の中が一番強い」
「海の中にバングレイがいるってことか」
「いるとは限らないよ。でもメダルがある。バングレイがメダルを集めているなら、海の中に何かある」
「海の中に何があるんだ」
「分からない。でも何かあるの。柚葉の勘がそう言ってる」
「狸の勘か」
「狸の勘は当たるよ。人間の勘よりずっと当たるの」
「根拠は」
「狸の本能。本能は正しいの」
「また本能か」
「本能と勘。二つ揃えば最強」
「最強ってお前」
「最強。情報係として最強。戦闘はしないけど情報は最強」
「戦闘しない最強って何だよ」
「情報最強。戦闘免除。最強の家臣」
「家臣免除じゃなくて戦闘免除かよ」
「戦闘免除。柚葉流家臣道第五条。戦闘は免除。情報に徹する」
「五条目まで増えたのか」
「増えるよ。狸の道は常に更新されるの」
俺はため息をついた。だが柚葉の情報は確かだ。あの夏も柚葉の情報は何度も役に立った。狸の勘は当たる。信じるしかない。
* * *
海沿いの岩場に降り立った。
波が打ち寄せる音。潮の匂い。風の音。人間界の海とは違う。波の色が少しだけ緑がかっている。海の色が人間界のものとは微妙に違う。
「緑色の海でござる」
ユキカゼが水面に手を触れた。狐ジューマンの感覚が水の質性を読み取る。
「人間界の海とは成分が違うでござるよ。でも生命の気配は強い。魚がたくさんいるでござる」
「魚。なら鮫ジューマンもいそうだな」
「いるでござるよ。鮫ジューマンは海の守り手でござる。この海にもいるはずでござる」
「エレンがいれば安心だが。エレンは今冥界か」
「エレンさんがいなくても大丈夫でござる。ユキカゼがいるでござるよ」
「お前は狐だろ。海は鮫の得意分野だろ」
「狐でも海くらい泳げるでござるよ」
「泳げるのか」
「泳げるでござる。ただ鮫ほど速くないでござる」
「速くないなら安心できないな」
「太郎さん! ユキカゼを信じてでござる!」
「信じてる。でも海は海だ。用心する」
絶花が岩場の端に立っていた。刀を腰に帯びたまま海を見つめている。風が黒髪を揺らしている。
「太郎。海の中に何があるの」
「分からない。だが柚葉の情報ではメダルの反応が一番強いのがこの海域だ」
「メダルが海の中に」
「ああ。バングレイがメダルを海に集めている可能性がある」
「海に。なぜ海に」
「分からない。海なら人間にもジューマンにも見つかりにくいからかもしれん」
「海の底なら誰も探さないもんね」
絶花が小さく頷いた。
柚葉が岩場の一番高い場所に立っていた。狸の尻尾をゆらゆら揺らしながら海を眺めている。三つ編みのおさげが風に揺れる。
「太郎。海を見て」
「見てる」
「もっとよく。水面の下」
俺は海面を覗き込んだ。
波が打ち寄せるたびに水面が揺れる。緑がかった海水の奥。何かが見えるわけじゃない。深い。暗い。底が見えない。
「何も見えないが」
「見えるでしょ。波の裏。何か動いてる」
波の裏。俺は目を凝らした。
波が引く瞬間。海水が引く一瞬の隙間。
動いた。
影だ。大きな影。海底付近を何かが動いている。
「あれは」
「見えたでしょ」
「見えた。影だ。大きい」
「あれがメダルの反応源。柚葉の情報の正体」
「正体は分かるか」
「分からない。でも大きい。かなり大きい。魚じゃないでしょ。あのサイズだと」
柚葉の言葉が途切れた。
俺は海面を見た。影が動いた。近づいてきている。
「近づいてるでござる」
ユキカゼが狐耳を立てた。尻尾が膨らみ始めている。
「気配が近づいてるでござる。太郎さん。何か来る」
「分かってる。全員警戒しろ」
俺はチェンジャーに手を伸ばした。
「絶花。刀に手をかけろ」
「もうかけてる」
絶花の声が低い。剣士の声だ。
「柚葉。後ろに下がれ」
「下がらないよ。情報係は前線にいるの」
「前線にいたら戦闘に巻き込まれるだろ」
「巻き込まれてもいいの。情報は前線で集めるのが一番」
「お前という奴は」
「あはは。太郎心配性だね」
「心配性じゃない。王として当然の判断だ」
「心配性の王。面白いの」
「面白くない」
「面白い。柚葉の基準では面白い」
「お前の基準はどうでもいい」
「どうでもよくないよ。太郎の基準より柚葉の基準の方が正しいの」
「正しくない」
「正しい。狸は正しいの」
海面が揺れた。
影が動いた。大きく。近く。
波が不自然に膨らんだ。海水が盛り上がる。まるで海そのものが呼吸しているように。
「来るでござる」
ユキカゼが叫んだ。狐耳が完全に伏せている。尻尾が逆立っている。
俺は海面を睨んだ。
海が割れる。
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