サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
初めて人を殺した日の翌朝。
俺はトイレの床で吐瀉物と涙にまみれていた。
ザアアア——
流しっぱなしの水道水が便器を叩く。透明なはずの水流がなぜか赤く見える。昨日の男の内臓が今も胃の奥で蠢いている気がする。
「……クソッ……クソオォ……」
歯茎から血が滲むほど歯を食いしばった。喉仏が痙攣し、最後の吐き気を搾り出す。胃酸で焼けた舌先が鉄臭い。
そのときだった。
トイレの照明が突然、ちらついた。
パチンッ——
暗闇。真夏の太陽よりも眩しい暗闇が眼球を焼いた。
『お前の力は血だ』
遠雷のような声が脳天に突き刺さる。
目の前に巨大な黒い影がそびえ立つ。逆光で輪郭しか見えないが、確かに"誰か"がいる。
「お前はっ誰なんだっ」
俺に語りかける声に叫んでしまう。
『お前も既に分かっているはずだ、余はお前の中に流れる血。エンペラ星人だと言う事を、そしてお前の父だと言う事を』
「父だとっ」
『あぁ、本能と言うべきだがな』
それと共に、俺の中にいるというエンペラ星人が見せたのは。エンペラ星人のこれまでの人生だった。エンペラ星人のこれまでの凄惨な日々。人を苦しめる事が生き甲斐であるかのような行動を示す日々。その時に俺は気づく。このアーマードダークネスの力は本来のエンペラ星人に宿る闇そのものだと。
その証拠に、今の俺の心は怒りで満ち溢れている。あの敵に殺意を感じてしまう程に。俺は一体どうしてしまったんだ。人を殺した事がトリガーとなって俺は本当に悪になってしまったのか。
エンペラ星人の声は続く。
『お前の中に眠る力は闇。その力を使えば光を打ち消すことができよう』
「だがそんな力使っていいのか」
『光を打ち消す為には必要な力。躊躇はいらぬ。お前は自由だ』
エンペラ星人の言葉に背筋が凍る。しかし同時に甘美な高揚が押し寄せてくる。理性が警鐘を鳴らす一方で本能が疼くのだ。戦場に出ろと。奪えと。すべてを蹂躙せよと。
その夜もまた夢を見る。
闇の中から巨大な玉座が浮かび上がる。黄金の装飾が施されたそれは荘厳でありながら禍々しい。
『ふむ』
エンペラ星人は嗤った。瞳孔が縦長の異形の眼差しが俺を射抜く。
『どうやらまだ完全に馴染んでおらぬようだな』
「馴染むって何だよ!」
『貴様の血肉に我が因子が根付き始めている。それを拒もうとしているのだ。愚かな抵抗だな』
玉座から立ち上がったエンペラ星人が近づいてきた。その大きさは成人男性三人分はある。足音が大地ごと揺さぶる錯覚に陥るほどだ。
「来るなッ!」
両手で頭を抱えて後ずさるが逃げ場はない。壁にも背にも手をつく感触がない。ここは精神世界なのだろう。
『いい加減認めよ』
エンペラ星人の指先が俺の額に触れようとした瞬間、激しい光が辺りを包む。
目を開けるとベッドの上だった。汗で張り付いたTシャツ。荒い呼吸。心臓が肋骨を突き破りそうな勢いで脈打っている。
枕元のスマホ画面には時刻表示——午前四時十五分。
「夢か……」
安堵のため息とともに布団を剥ぎ取ると下半身に違和感を覚えた。
濡れている。
股間に手を伸ばすと粘ついた液体がまとわりつく。
「嘘だろ……」
昨夜殺した男の断末魔や血潮の温もりがフラッシュバックする度に興奮していたのだ。最悪すぎる自己嫌悪に唇を噛み締める。鉄錆味が広がった。
洗面台の鏡に映る自分は別人みたいだった。青白い肌。窪んだ目。頬骨が浮き彫りになっている。口元を覆う吐瀉物と鼻血の跡。首筋には赤紫の痣——アーマードダークネスの拘束痕だろうか。
ゴポッ。
胃袋からまた逆流する感覚。便器に顔を突っ込む。
ゲボッ……グゲボッ……!
「太郎?」
絶花の顔を見た瞬間、背筋に氷柱が突き立てられた。澄んだ瞳。柔らかな笑顔。全てが鋭利な刃になって太郎を切り刻む。
「なんか、変だけど、大丈夫?」
心配そうに眉を寄せた幼馴染が近づいてくる。距離が縮まるごとに心拍が跳ね上がり、血管が灼熱する錯覚を覚えた。
ダメだ。彼女を汚すわけにはいかない。
「来ないでくれ!」
反射的に叫ぶ。喉が裂けるような絶叫。絶花の足がぴたりと止まった。ショックに見開かれた瞳が俺を捉える。
それでも。エンペラの因子が牙を剥く。
「太郎ッ!どうしちゃったのさ!」
困惑と不安を湛えた絶花の声が鼓膜を震わせる。
それに呼応するように体内の闇が沸騰し始めた。骨が軋む音。血管が膨張し破裂しそうだ。視界の端が黒ずんでいく。
「ぐあああッ!」
額に奔る灼熱。髪が逆立つ。皮膚の下で無数の虫が這いずり回る感覚。
アーマードダークネスの黒鋼が表皮を侵食し始めるのがわかる。まず耳介と眉間の一点。硬質な突起が皮膚を突き破ろうとしていた。
「離せぇッ!俺に近づくなッ!」
右手を振り払う仕草をするが既に動きが鈍重だ。関節が石像のように固まりかけている。
その時だった。
ふわり——と温もりが俺を包んだ。
絶花だ。迷いなく飛び込んできた。華奢な体躯で真正面から抱きしめられる。女性特有の甘い匂い。柔らかな乳房の圧力。全てが凶器となって太郎の理性を揺さぶる。
「太郎落ち着いて!私がちゃんと受け止めるから!」
震える声。制服越しに伝わる心音。その鼓動が俺の狂気に僅かな隙を与えた。
ゴボリ。
胃の奥で煮えたぎっていた激情が喉元まで込み上げてくる。苦い。鉄錆の味。これは吐しゃ物ではなく――己の中の獣性だ。
「うがあッ!絶花だけはッ!」
歯を食いしばる。上下の歯列から鮮血が滴る。
アーマードダークネスの漆黒装甲は肩と鎖骨付近にまで拡がっていた。鏡面加工された表面が室内灯を反射する。そこには獣じみた蒼い双眸と尖った犬歯が映っていた。人ではない。怪物だ。
絶花の掌が背中を撫でる。母親が子供を寝かしつけるように穏やかに。
「太郎はいつも私を助けてくれたよね……だから今度は私の番だよ」
涙混じりの囁き。その言葉は奇跡のように太郎を縛る鎖を緩ませていく。
「離れろと言っているだろうがぁッ!」
理性の最後の砦が吼える。腕に力を込めると絶花を突き飛ばすつもりだった。だが次の瞬間には自分が彼女の細腰を掻き抱いていた。本能が求めたのだ。この温もりを求めて。
「太郎……よかった……」
絶花が泣き笑う。安心したのか膝から力が抜けそうになっている。
俺は無言で彼女を抱き留め直す。顎の下に滑り込ませた手のひらに柔らかい感触が伝わる。首筋は驚くほど細く儚い。
このまま頸椎を握り潰せば簡単に折れてしまうだろう。
あるいは唇を貪れば甘美な血の味が堪能できるかもしれない。
(違うッ!俺は何を考えているんだ!)
頭蓋骨が割れそうなほど叫んだ。アーマードダークネスの部位が不気味に蠢動する。金属繊維が皮膚の毛穴から滲み出してはまた沈む。まるで皮膚組織が変容している最中かのようだった。
だが今ばかりはその激痛も苦悶も気にならない。
腕の中に在る温もり。絶花の存在そのものが俺を人間に繋ぎ止めていた。
「少し落ち着いたみたいだね……」
暫くすると絶花が小さく呟いた。胸板に預けたままの額を擦り付ける仕草には信頼と愛しさが滲んでいる。
太郎は荒い呼吸を整えつつ頷いた。本当はまだ喉元まで獣性が蟠っている。いつ暴発してもおかしくない。
それでも今は少しだけ平静を取り戻せた。絶花の肌触りが魔法のように心を鎮めたからだ。触覚を通して彼女の生命力が流れ込んでくるようだった。
だがそれも一過性に過ぎないことを太郎は悟る。
エンペラ星人の血統。アーマードダークネスの枷。どちらも簡単には消えないだろう。
寧ろ時間が経てば経つほど強くなっていく予感さえあった。
俺はゆっくりと絶花から身を離す。
「ありがとう……でももう行け」
できる限り平静を装って言った。本当はもっと強く抱きしめたかった。肌と肌を合わせたまま永遠に浸っていたい。
けれどこれ以上一緒にいれば必ず彼女を傷つける。そう確信していた。
「私はどこにも行かないよ」
しかし絶花は毅然とした表情で否定した。
その凛々しさがかえって胸を締め付ける。
「頼むから帰ってくれ!」
思わず声が裏返る。情けない。こんな風にしか守れない自分が悔しい。
けれど絶花は動かない。
「絶花……お願いだ……行ってくれ……」
声帯が鉛のように重い。喉の奥で鉄錆の味が再燃する。皮膚の下で蠢く漆黒の金属繊維はまるで無数の蛇が血管を喰い破ろうとするかのようだ。肩から二の腕にかけて、装甲がさらに拡がるのを感じる。硬質な金属が肌を突き破る度に神経を焼かれる激痛が走る。
視界の隅が闇に蝕まれていく。色彩が褪せていき、モノクロームの世界で絶花だけがぼんやりと燐光を放って見えた。彼女の姿は歪んでいる。瞼は腫れぼったく、瞳は涙で濁りながらも必死に俺を見据えている。
その潤んだ瞳の中に映る俺は――最早人間の形をしていなかった。
「ダメだよ太郎……」
絶花の声は震えている。だが怯えではない。深い哀しみと揺るがぬ決意が混ざり合ったものだ。彼女は一歩踏み出す。制服のスカートがひらりと揺れた。
「太郎はいつも私を助けてくれたよね……!どんな時も私の手を離さなかった……!」
過去の記憶がフラッシュバックする。どれも些細なことだが、確かに俺は傍にいた。絶花の手を握り、支えていた。
その記憶がエンペラ星人の因子の暴走にほんの一瞬ブレーキをかける。
『愚かな……』
脳内で嘲笑う声。エンペラ星人の意識だ。
『この程度の脆弱な絆が何の役に立つ。余の闇は星々を塗り潰してきたのだぞ』
だが、絶花が俺の頬に触れた瞬間。信じられないことが起きた。
触れた皮膚の一点。そこに拡がりつつあった黒い鋼の侵蝕が――止まったのだ。
いや、それどころか。
ジュワッと音を立てて蒸発していくではないか。
「離せ……!」
俺の咆哮は虚しい空洞に吸い込まれた。絶花は微動だにせず、より強く胸に顔を埋めている。華奢な背中に回した彼女の両腕には痛いほどの力が籠っていた。制服のブラウス越しに伝わる柔らかい肌の感触。少女特有の甘い体臭。これらが全て太郎の獣性を呼び覚ます燃料となる。
「いやだ!」
絶花が叫び返す。その声音は泣き声にも似ているのに不思議と強い芯がある。彼女の頭頂部から香るシャンプーの柑橘系の香りが太郎の鼻腔をくすぐる。
その瞬間。
ジュワアアッ!
絶花が触れている箇所――太郎の胸骨辺りに突如として灼熱感が湧き上がった。だがそれは痛いというより……痒みを伴う妙な感覚だ。視線を落とすと、黒曜石のごとく硬化していた胸部装甲が泡立つように蒸発し始めているではないか!
『何だこれは!どういうことだッ!』
エンペラ星人の苛立った声が脳内に響く。
『貴様の力など幻に過ぎぬはず!余の血は宇宙の混沌そのものぞ!』
しかし事実は残酷だ。絶花の体温が高いのか、触れている部分からアーマードダークネスの侵蝕がじわじわと後退していく。まるで氷が温泉水に触れて溶けていくような光景である。
「絶花……お前……何でこんなこと……」
声が掠れる。自分の声帯が他人のもののように遠く感じる。皮膚に残る漆黒の痕跡が疼きながらも確実に薄まっていく。この現象の原因は間違いなく彼女だ。
「だって……太郎が好きだから!」
絶花は顔を上げずに告白した。耳まで真っ赤に染まっている。
「小さい頃からずっと見てたもん!太郎が困ってる時は私が助けるって決めたんだから!」
その言葉と同時だった。
ピィン───!
超高音のクリスタルベルが鳴ったかのような澄んだ音色が室内に充満する。光源は太郎の左腕から発生した。正確には上腕中央付近。そこから光の粒子が噴き出し始めるのだ。
粒子は螺旋を描きながら凝縮し、最終的に直径10センチほどの円盤状の物体となる。
「これは……」
まるで見た事のない腕輪。
その形に驚きながら。
『その腕輪はっまさか!あの時の光がっ』
エンペラ星人が吠える。忌々しそうに歪んだ声だ。
『許さんぞ!余の力がこんな形で抑え込まれるなど認められぬッ!』
怒号と共に太郎の身体を激しい痙攣が襲う。内側から爆発しそうな圧力を感じる。歯を食いしばる太郎の横顔を見上げた絶花の瞳に涙が溜まる。
「太郎!」
再び飛びつこうとする彼女を左手で制する。辛うじて残る人間の意思がそうさせたのだ。
「来るな……危ない……」
言う間にも左腕のブレスが眩い緑光を放つ。それはまるで黒いリングそのものが抵抗する悪霊を清める儀式を行う聖者のようだった。
『くそぉおッ!何故だ!何故貴様ごときに!』
エンペラ星人の断末魔じみた叫びが木霊する。だがそれも次第に弱まり、ついには消える。
いや、俺の中に、より奥に封じられる。
そんな感じだ。アーマードダークネスは完全にブレスレットへと変わった。
そして。
『君の中にある力。君がもしも皇帝になるのならば、その繋がりを』
エンペラ星人とは異なる声が響き渡った。
それは慈愛に満ちた男性の声であり、確かな意志も含んでいる。
俺の全身を貫いていた痛みが嘘のように引いた。代わりに疲労感だけがどっと押し寄せる。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア