※この作品はR-18です。

深見さん家の ふたりごと   作:霧里

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二人とひとりの昼休み

 

「明日。学校一緒にいかない?」

 

恥ずかしくって言える訳がないと、そう思っていた。けれど、口にしてみれば案外あっさりとしてもいる。肝が座ったと言うか、そんな感じ。

キス、したからかな? 奏汰との関係に、少しだけ自信がついた気がする。

奏汰も慌てるかなって思っていたけど、意外と落ちついていて、ちょっと照れながらも頷いてくれた。

 

ぴよぴよと、聞こえてくる小鳥のさえずり。

青に変わった信号を見上げた美優は、けれど、その場で足を止めた。

邪魔にならないように、端による。行き交う人波の中に、奏汰の顔を探して視線を泳がせた。

 

とくんっ、とくんっ……。

 

いつもより、ちょっとだけ大きい胸の音。

緊張とか、不安とかはもちろんあって、待ち遠しいとか、焦がれるような気持ちも確かにあった。

 

キス……。しちゃったんだ。

 

ふいに思い出して、胸の奥が熱くなる。唇に指を当てて、ほっと、息を吐いた。

そこにまだ、奏汰の温もりが残っているような気がした。

今までだって、奏汰を想うことはあったのに、キスの前と後じゃ、鼓動の音が違って聞こえてくる。

 

もっと、一緒にいたい。

 

もう一歩進んで、彼の隣を居場所にしたいとさえ思う。

 

学校まで手を繋いで歩いてみたい。放課後も、どこかに寄り道したり。休みの日にも、待ち合わせをして。また、奏汰の部屋で二人っきりになったら……。

 

美優のエッチ。私のエッチ。

 

浮かびかけた妄想を慌てて振り払った。そうだよ、別に、やましいことなんか何にもない。またキスしたいだなんて、そんなの全然考えてるわけがないもの。

 

「奏汰のバカ…」

 

つい、思わず、口に出る。変なことを考えてしまうのは、奏汰のことを好きになってしまったせいだ。理不尽な言い訳が、彼の耳に届いてるなんて、夢にも思わない。

 

「えと、美優? おはよう…。悪い、待たせたか?」

「ひゃっ!? え、あ、奏汰? いつから…」

「ついさっき。信号変わったから…。えっと「バカ」って、聞こえたけど。俺、約束の時間、間違えた?」

 

違う、間違えてなんかない。むしろ、私が早く来すぎなだけ。待ち合わせまでには、まだ少しの余裕があるくらい。

 

「何でも、ないから……」

 

こんな朝っぱらから、奏汰とキスしていた時の事を思い出してました。

なんて、言えるわけもない。あんまりにも会いた過ぎて、悪態までついてしまった。

 

「なんでもないのに、バカって言われたのか、俺」

「知らない。聞き間違いでしょ?」

 

納得はしてくれない。けれど、これ以上突いても何も出ないと思ったのか、奏汰は渋々と頷いてくれた。だって、そんなのはもう些細なことだ。悪態をついてる暇があるなら、もっと素直に、奏汰との時間を過ごしたかった。

 

「じゃあ、その……。行こっか?」

「ああ、うん」

 

さり気なく、彼の方へ指を近づけた。少しぶっきらぼうに、奏汰は私の手を握ってくれる。胸がドキッとして、口元がニヤけそう。でも、その気恥ずかしさが、今は心地良かった。

 

****

 

その日、教室は輝きに包まれた。

 

お昼休みが始まって、思い思いにグループを作る少年少女たち。

美優も、奏汰も、もちろんそんな例に漏れず、二人で机をくっつけて、お弁当を広げていた。

 

「はい、奏汰」

 

ざわりと、教室が波打つ気配にも、二人は気づかない。

 

美優が取り出したお弁当は二つ。大きいものと、小さいものが一つずつ。

愛妻弁当。誰がどう見たってそうだ。単におかずを分け合うような仲とは、親しさが全然違う。

 

開かれたお弁当は、まるで宝石箱の様だった。赤、緑、黄色。

遠目に見ても、綺麗に彩られたその中身。一番に目を引くのは、ケチャップで絵の描かれたオムライスだ。蓋の裏に潰されて、絵柄は崩れてしまっているが、その努力の跡がいじらしい。隣には、エビとブロッコリーのサラダが添えられていて、箸休めにも丁度良さそうだ。

 

食事の終わりに、小さなタッパーから、耳の短くなったリンゴのウサギが顔を覗かせる。その時にはもう、教室の空気が甘ったるくて仕方がなくなった。

 

「ちょっと、はりきっちゃった……」

 

はにかんで笑う美優の背中に、後光すら差して見える。

 

「ありがとう、美優。食べていい?」

「うん。召し上がれ。なんて、えへへ……」

 

いただきます。二人一緒に手を合わせる。けれど、美味しそうに食べ始めた奏汰を、美優は眺めるばかりで、箸がまるで進んでない。奏汰に促されて、ようやく自分のお弁当を食べ始めていた。

 

眩しい。あまりに眩しい。

 

彼女の手作りのお弁当。そこに憧れる男子は少なくない。

ステレオタイプな恋愛観。今どき古いという声もあるけれど、一度はやってみたいと思う女子もまた多い。

 

夫婦じゃん。そう、からかっていた自分たちが、まるで子どものようだ。

実際にそれを目の当たりにすると、何も言えない。羨ましくってしょうがない。

ちくしょう、ちくしょう。項垂れる男子連中を、苦笑いで慰める女の子たち。

その日、クラスがちょっとだけ仲良くなった。

 

****

 

項垂れる男の子たちと、お弁当のおかずを交換しながらも、ひよりの視線は二人を追っていた。仲いいんだ……。うちのパパやママ達よりも、ずっとそう見える。

照れくささはまだ少し。それでも、微笑み合う二人からは、自然とお互いを想い合えているのが伝わってきた。

 

よかったね、奏汰。

 

そう、思うべき。それで、終り。

 

どう考えても、あたしは二人の邪魔だ。

それでもさ? あんなに穏やかに笑っている奏汰を見ると、居ても立っても居られなくなった。胸が苦しい。なにも横から奪いたいわけじゃない。

 

ずっと、言えなかったことがある。

 

奏汰が女の子を避けるようになってから、ずっと、ずっと「ごめんなさい」が言えないまま。今日まで来てしまった。今なら奏汰と話が出来るんじゃないか。

勝手な思い込み、ただのワガママ。そういう自分の声も聞こえていたはずなのに、焦った私は、自分で耳を塞いでいるのにも気づかない。

 

週が明けての月曜日。決まって美優は、愛妻弁当を抱えていた。

手作りのお弁当を囲んで、イチャイチャする二人の邪魔をする勇気までは出ない。

そんなの、クラスの誰だってそう。その内に「あーん♥」とか、やりだしそうで、戦々恐々と盗み見るので精一杯だ。

 

だから、それ以外の日。それぞれのお弁当を広げた美優たちに、あたしは声を掛けた。

 

「やっほー、みゅー♪ たまには、あたしとも食べようぜ?」

 

飛び切り明るく、陽気な声で。内心の不安を押し隠す為には、最初の一歩は大きい方がいい。ただ、友達をお昼に誘うだけ、一見すればおかしな事はない。美優の日直を手伝ったのだって、こういう時の為でもある。

 

「あ、ひよりちゃん。私は良いけど、奏汰は?」

 

一度、頷いた美優は、声のトーンを落として、奏汰の方を気に掛ける。

あくまで、さり気なく。無理はしないでと、言葉にしなくても、きっと奏汰には伝わったはず。

 

「あ、えと……。ごめん、美優。俺、ちょっと気分悪くって。弁当は二人で食べてなよ。俺は、その、保健室で休んでくる。授業までには戻るから、心配しないで」

「え、あ、奏汰?」

 

席を立った奏汰は、美優が止める間もなく出て行ってしまった。

その間、こっちを見たのは一度きり。少し驚いた顔をして、視線を逸らしてしまった奏汰は、あたしが知っているいつもの彼に戻っていた。

体調不良なんて嘘。そんなの、あたし以上に美優の方が分かるだろう。

 

「ひよりちゃん?」

 

奏汰が教室から出ていった後、美優の視線が、あたしに向けられる。

「奏汰となにかあったの?」彼女には当然聞く権利があって、何も言わずに立ち去るなんて、あたしには出来なかった。

 

「場所、変えよっか?」

 

気づけば、クラスの視線が集まっていた。

その事に、怖くなったあたしは、美優の手を引いて、逃げるように教室を後にした。

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