※この作品はR-18です。

深見さん家の ふたりごと   作:霧里

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優しさに、罰を求めて

 

失敗した。

 

あたしはまた間違えた。

 

「ごめん」と言いたいだけを、今日までずっと引きずってきた。

いつかはって思いながらも、時間が経つほどに、言う機会は遠のいていくばかり。

今更、謝られても奏汰だって困るよね? もう、昔のことなんだから良いでしょ? 自分の中で、言い訳だけが育っていく。

 

それが良い。

 

私にとっては。

 

でも、奏汰にとってはそうじゃない。苦い記憶は思い出に変わらないまま。

何か、声を届けようにも、言葉をかけようにも、彼の顔色が分からない。

女の子を避けるようになった彼は、特にあたしのことは見てくれないから。

そんな彼に踏み込めないまま、学年が上がって、クラスも変わって、過ぎていく時間は、あたし達の接点を薄くしていった。

 

勘違いだってする。

 

時間が解決してくれたんだって、思い込んで、許された気にもなった。

笑顔で美優と話している。露骨に女の子を避ける事も少なくなって、今ならきっと大丈夫。そう、思った。

 

そうじゃないんだよ。

 

美優と一緒だから、奏汰は笑っていたんだって。あたしは邪魔をしただけだ。

我慢できなかった。今まで抱え込んできた後悔を、投げ出せるチャンスを見つけて焦ってしまった。また、同じクラスになれた今しかない。次に学年が変わってしまったら、今度こそ、彼と話す機会さえなくなるかもって。

 

随分勝手じゃないか。

 

謝られたら「うん」としか言えないのに。絶対に許さない、なんて言い返せる人が、一体どれだけいるんだろう? 謝って、許された気になって、あたしはスッキリ。そんなこと……。このまま一生罪悪感に苛まれているべきだった。奏汰に関わらない、それがせめての贖罪だったのに。

 

もう、堂々巡りだ。

 

謝って楽になりたい自分と、それを許さない自分がずっとケンカしてる。

一人で出来るのは頭を抱えるだけ。けれど、こんな事を相談出来る友達は誰もいない。

 

美優は、どう?

 

何も言わないんだ?

 

彼女の手を引いて、中庭にまで来たのは良い。隅っこの木陰に腰を下ろして、そこから先に行き詰まる。何から話せば良いんだろう? こんがらがった頭には、一つの言葉も浮かばなかった。

 

もぐもぐもぐ……ごっくん。

 

あたしの隣で、美優は食べかけだったサンドイッチを頬ばっていた。

何ていうか、もっとこう、せっついても良いはずなのに。奏汰の彼女だって言うなら、怒って見せても良いはずだ。なのに、美優は変わらないまま、良くも悪くもマイペース。もっと問い詰められるかと、引っ叩かれる覚悟もしていたのに。

あたしよりサンドイッチに夢中なのかよって、思わずツッコんでしまいそうだ。

 

ちらり……。

 

あたしが見ていることに気付いた美優は、少し首を傾げて「食べる?」と、残っていたサンドイッチを差し出してくれた。

 

「え、あ、ぁぁ……。うん、ありがと、ね?」

 

違う、そうじゃない。え、なに? 気にしてるのはあたしだけなの?

なんだか焦っていた自分が馬鹿みたい。ゆっくりと流れる美優の時間に、早鐘を打っていた鼓動も、次第に落ち着きを取り戻す。お腹がぐぅっとなり始め、受け取ったサンドイッチに視線を向けたあたしは、小さく口を開いた。

 

もぐもぐもぐ……ごっくん。

 

美優と一緒、彼女の真似をして、サンドイッチを飲み込んだ。

お腹、空いてたんだな。小腹が満たされた事で、ようやく空回りしていた自分にも気づけた。ふと、顔を上げれば、芝生の緑と空の青。木陰に腰を下ろしたあたし達の他にも、思い思いに昼休みを過ごす、皆の声が聞こえてくる。

 

随分と思い詰めていたみたい。

 

自分が一人ぼっちだと、錯覚してしまうくらいには、周りも見えなくなっていたようだ。

 

あたしが落ち着くまで、美優は待っていてくれたのかな?

 

どうだろう? たんにお腹が空いていただけ。あるいは、彼女なりのヤケ食いだった可能性もある。それは、それでも構わない。

穏やかなままの彼女の様子に、あたしは心底ほっとしていた。

 

「ごめん、美優。あたし、邪魔しちゃった」

「うん」

「あははっ♪ 頷くんだ?」

「そりゃ、そうでしょ? 奏汰、逃げちゃったもん」

 

やっぱりヤケ食いだったのかも知れない。あたしを見た美優の頬が、少し膨らんで見えた。

 

「大丈夫だよ」「ひよりちゃんは、悪くない」ありきたりな慰めを、言われるかと思っていたのに。臆面もなく頷いた美優の態度に、なんだか、気が抜けてしまった。美優ならきっと、あたしの味方をしないだろう。それは、とっても良い。

 

「月曜日にしなかったのは、気を使ってくれたから? なんか、こっち見てたよね?」

「まぁ、そんな感じ。近づきがたいってのもあったけどさ」

「そんなに?」

「当たり前じゃん。こっちはそのうち「あーん♥」とかやりださないかってさ、見てらんないっての」

「……」

「そのうちねって、顔するじゃん」

「してない……」

「いーや、したね、今してたねっ、絶対。恋する乙女の顔だった」

 

何気ない恋バナに、ますます気が解れてくる。

さっきまで、言葉選びにも窮していたのに、今は不思議と、いつも通りに美優と話せている。顔を赤くしてしまった美優を、一頻り突っついた後、あたしは大きく息を吐きだした。

 

「奏汰から、どこまで聞いてるの?」

 

首を振られる。女の子が苦手なくらいは分かるけど、それ以上は、と……。

 

「気になんない?」

「なるけど。最近は、そうでもないし。トラウマ? そんなの、忘れてくれるなら、それが一番かなって」

「うん、そだね……」

 

分かってるのかな。忘れさせたのは、美優なのに。

あたしは、トラウマを思い出させただけ。美優にそのつもりはないんだろうけど、責められたような気がして気持ちが沈む。

 

「ねぇ、ひよりちゃん? 奏汰の事、好き?」

「ひゃっ!? へ? あ、いや……それは、その」

 

好きは、好き。だけど、それはもう、そんな事はもう……良くて。

 

「あげないよ? それは絶対。私も譲らないから」

「いや、いらないっていうか。あたしの入り込む場所ないじゃん」

「うん」

「またうんっていうし……」

 

強いな、コイツ。

 

そういう、冗談も言えるんだ。いや、冗談ではないのだろうけど。

これが、愛されてる自覚ってやつか。引っ込み思案な印象が強かったけど、意外と良い性格をしている。図星をつかれて慌てるあたしを横目に、美優はくすくすと、いたずらっぽく笑っていた。

 

「まぁ、なに? 好きっていうか、好きだったっていうか……」

 

小学生の時の話だ。あたしがそれに気づいたのは、奏汰に嫌われた時。

あの頃の奏汰は、今より体が弱くて、学校も休みがちだった。男の子たちに混ざって走り回るのも出来なくて、少し浮いてしまっていた。

ちょっと元気づけてやろうかなって。今の二人みたいに、仲良く出来たらなって、良く彼に絡んでたんだ。

 

「美優はどう? 自分が体調悪いときに、隣ではしゃがれたらさ?」

「まぁ、ちょっと……。ては、思うかな」

「だよね? ウザかったと思うよ、自分でも」

 

景気よく話しかけて、彼の事引っ張り回して。あたしは、それで良いんだって思ってた。元気づけてるつもりになってた。

 

先生も、周りの皆も。ひよりちゃんは偉いねって、言ってくれてたし。

得意になってたのもあると思う。あたしが奏汰の面倒みなきゃ、みたいな使命感? 勝手に燃え上がってさ。失敗したって気づいた時にはもう、手遅れ。

 

その日も、いつもみたいに、朝から奏汰に声を掛けた。「おっはー♪」って、元気を押し付けるみたいに肩を叩いて。仲の良い友達同士なら、それも許されたんだろうけど。そう思ってたのはあたしだけ。

 

肩に置いた手を払われた時に見えた奏汰の顔が、頭から離れない。

 

泣きそうっていうか、悔しそうっていうか。なんだろうね。

あたしの手を払ったのにも驚いていて、気まずそうでもあった。

 

初めてだった。彼のあんな顔。そもそも、そんなになるまで、ちゃんと見ていなかった事に、今更気づかされる。奏汰はいつも、曖昧に笑ってたから。遠慮してるだけだなって、勝手に思い込んで。

 

違うよね。ずっと困ってたんだ。

 

あたしに悪気がないから、あんまり強くも断れなかっただけ。

本当に体調が悪かった日もあったかもしれない。そのせいで悪化したことだって、きっと。そういう小さなイライラが、積み重なっていく内に、つい態度に出てしまった。

 

「あたしの手を払ったときに、奏汰の指先が、目元、掠っちゃったの」

 

ほんとうにそれだけ。ただの事故。いっつもケンカしてる男の子たちに比べたら、全然可愛いもんだった。けれど、タイミングが悪かった。それを他の女の子に見られてた。

 

「その子いきなり、深見くんひどーいっ! て、言い出すんだもん」

「それは……」

「何も知らないでって思うよね? ていうかお前誰だよって、感じでさ」

 

その後はもう、大惨事。一人が声を上げたら、皆集まってきて収集がつかなくなった。なんで関係ない子たちがこんなに騒いでるの。意味がわからない。

驚いたあたしは、声も出せなくて、何より奏汰に嫌われちゃったって、それが、悲しかった。

 

泣けてきたよ。

 

あたしは、今まで何やってたんだろうって。

 

ごめんなさい。違うんだって。真っ先に言うべきだった。あの場で奏汰をかばえるのは、あたしだけだったのに。泣けば泣くほど、あたしが庇われて。奏汰は責められた。それでも、何も言えなかった。奏汰のことを取り囲む子達の剣幕が、あんまりに怖くて。今度は、自分にそれが向くんじゃないかって思うと、何も言い出せなかった。

 

「ずるい女なんだよ、あたしは。今だって、美優に引っ叩かれたら楽になるかもって思って、こんなこと話してんの」

 

いつも元気で、明るい女の子。奏汰が女の子を避けるようになったのと同時に、あたしはそれを強く演じるようになった。相手の顔色を伺うのにもなれて、穏便に事を済ませるのが上手くなる。

 

誰かと深く関わるのが怖くなっていた。

 

また、知らない内に傷つけたりしてないか、それが怖い。

 

最初は失敗することも多かったけど、今じゃクラスの人気者。友達こそは増えたけど、そんなあたしの内心を知ってる人は、多分いない。人を遠ざけるようになったって意味では、あたしも奏汰と同じだった。

 

「ん……えっと」

 

一通り、話し終えた後、あたしの隣で美優は神妙な顔をしていた。

困らせちゃったか。そりゃそうだ。勝手な独白に付き合わせたようなものだし。

あまつさえ、引っ叩いてくれだなんて。それで気が楽になるのは、あたしだけだっていうのに、つい。小さく頷きながら、最後まで話しを聞いてくれた美優に、甘えたくなってしまった。

 

「私、叩いた方が、いいの?」

「え? あぁ、うん。よし、こいっ!」

 

覚悟は出来てる。それも本望だ。ぎゅっと目をつぶったあたしは__。

だけど、いつまで経っても、頬を打つ感触は訪れない。

その代わり、固く握った拳が、美優の手のひらに温かく包みこまれる。

 

「ひよりちゃん。奏汰とお話、したい?」

「あっ…」

 

胸が、詰まる。

 

何だよ、こいつ、天使じゃん。冗談でもない本音だ。

「ひよりちゃんは悪くない」あたしの味方をするでもなければ「奏汰が悪いよね」って、彼を悪者にもしない。

 

言いたくて、言い出せなかったこと。

 

美優が、手を差し伸べてくれた。

 

「美優……。ありがと」

「うん」

 

ぎゅっと、抱きついていた。ぶわぁっと、涙が溢れてくる。

胸の支えが取れた気がした。今まで誰にも言えなかった胸の内を全部吐き出して、受け止めて貰えた。否定するでも、肯定するでもない。ただ「うん」て、頷いて抱きしめてもらえる。

 

これは、うん、分かる。奏汰が好きになるのも分かってしまう。

あたしが男の子だったら、絶対に放っておかないもん。誰よりも不器用だから、誰よりも優しいんだ、美優は。

 

その優しさに甘えて、一頻り泣き腫らしたあたしは「お願い」と、今度は間違わないように、涙を言葉に変えた。

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