ごちそうさまでした。
昼休み。
美優と奏汰。二人と一緒に声を揃えたひよりは、ほっと息を吐く。
なんだか変な感じだ。
言いたいことは全部言ってしまえ。そう、思ってた。
これで最後だからって、勢いで告白までして。明日からの あたし達は、ただのクラスメイト。トラウマを思い出に変えてしまえば、もう積極的に関わる理由もない。これ以上、あたしが二人の邪魔をしてはいけないと思えば尚更だった。
「ひよりちゃん、一緒に食べる?」
美優に誘われた時、少し驚いた。
まさか、彼女から誘ってくるなんて思わなかったし。なにより、誘われて嬉しい自分を見つけてしまう。「だって、ずっとこっち見てるんだもん」微笑む美優に、素直になれない。
そうだったかな? 自分ですら自覚がないんだ。
「奏汰もいいよね?」
美優に手を引かれるまま、奏汰の前に立たされる。
まぁ、そうだよね。ちょっと困った顔くらいはする。あたしだって、きっと同じ顔をしているはずだ。でも、それだけ。この間みたいに、彼は逃げ出すことはなくて、あたしの分の席まで用意してくれた。
親友っていうのかな。
美優に尋ねる勇気は出ない。
あたしの全部を知ってくれてる唯一人の女の子。
甘えたくもなるし、実際に甘えてしまった。もっと彼女と仲良くなりたい反面、距離の縮め方が分からない。適当な人付き合いならこなせるのに、面と向かうと、やっぱり。
食事が7で、会話が3。
小さく口を開けて、サンドイッチを齧る美優。あんまり早く食べ終わらないように、奏汰も自然と、彼女のペースに合わせて食べ進めている。たまの会話だって、誰かの悪口が飛び出すこともない。一緒に席を囲んでいる あたしにとっても、居心地の良い場所だった。
レースゲームの話を始めたのは、ちょっと意外だったけど。
「私、結構上手いんだよ?」普段、控えめな美優が、少しだけ得意げになる。
今度三人でやろうねって、遊ぶ約束までしてしまった。
ゆっくりとした昼食の時間を終えて、少し気が緩む。
「ね、二人はさ? デートとか何処行ってんの?」
単純な疑問。大人しい二人が、繁華街を練り歩いてるのを想像できなくて。
今の時期だと、プールとか良いんじゃないか。新しいアトラクションがオープンしたとかCMでもやっていたし、正直あたしも行ってみたい。
「デート……?」「デート……?」
けれど、口を揃えた二人は、一緒になって首を傾けてしまう。
あんまりイメージも出来てないようだ。この調子じゃ、二人でお出かけしているのかどうかも怪しく見える。
「いやいや……。奏汰? 少しくらい、どっか遊びに連れてってやりなよ?」
分かってる。ただのお節介だ。
二人がそれでいいなら、口を挟むことではないけれど、いつもの調子でつい。
「どこかって。美優、何処か行きたい所ある?」
「ううん。あ、でも……」
口ごもった美優は、少し はにかみながらも。
「お買い物、ちょっと付き合ってほしいかな? 今度の……その、さ? お弁当の……。奏汰の好きなの教えて?」
照れと照れ。向かい合った二人は、どこかくすぐったそうに頬を染める。
仲いいんだ。
こんなところでも、見せつけられてしまう。
きっと美優にとっては、奏汰が一緒ならどこでも満足なんだろうな。
ちょっとその辺のスーパーに立ち寄るのだって、二人にとってはデートなんだ。
嫉妬じゃないな。ヤキモチなものか。羨ましいとは思うけど、まあ、それだけ。
幸せのお裾分け。二人を見ていると、あたしの方まで穏やかな気持ちになる。
なるんだけれど。見ているこっちが恥ずかしくなって、見てられない。
でも、思いついてしまった。
「ねぇ? みゅー、奏汰」
甘くなった空気を払うように、ピンっと人差し指を立てる。
美優にお礼ができて、奏汰へのお詫びにもなる。二人と親交を深められるなら、あたしにとっても良い機会。
「今度、三人でプールにいかない?」
***
その日の夜。
母親と二人。夕食の後片付けも終えた後、美優は遠慮がちに話を切り出した。
「ねぇ、お母さん。お願いが……あるんだけど?」
この子にしては珍しい。でも、ないか。
ここ最近だと、お弁当を作ってあげたいとか言われたっけ?
「なぁに、美優ちゃん?」
今度はデート代でも せがまれるんだろうか?
内心のニヤつきを抑えながら、娘に振り返る。
「えっと……その、ね?」
言いづらそうに、もじもじと。指を組んだり、離してみたり。よっぽど気恥ずかしいのだろうか。美優の頬は、すっかりと真っ赤になってしまっていた。
「……水着」
なるほど、そうきたか。
ややあって、口を開いた美優は、ようやくそれだけを伝えてくれる。
「前のは、入らなくなっちゃったの?」
「ううん、そうじゃないけど。前のでも良いんだけど。でも、あのね? 今度、友達とプールに行こうって話になって。それで、その……。水着も一緒に買いに行こうよって、誘われてて……だから」
可愛い。
「友達と」と、前置きをしているところが特に。
甘やかしたくもなる。あまり学校の話をしなかった娘が、最近はお弁当を作っていくようにもなって。今度は、友達の話ときた。ダメとは言わない。
けれど、聞いておかなきゃいけないことはある。
「誰と行くの?」
「……ひよりちゃんって、女の子」
少し意外。
適当な言い訳かと思っていたのに、友達と水着を買いに行くと言う部分は本当の話らしかった。でも、違う。意図的に何かを隠しているような気配がある。
ちょうど、その小さな背中の後ろ側。後ろ手に回した手の中に、ぎゅっと隠していても、隠しきれない好意が透けて見えていた。
「美優ちゃん? 正直に話てくれたら、いいよ?」
「っ……。違うんだよ? 嘘ついたとかじゃなくって……」
「大丈夫。そういう心配はしてないから」
慌てる美優の頭を、優しく撫でると、少しほっとした顔で見上げてくる。
「うん。えっと、ね? ひよりちゃんって、女の子と……それは、ほんとだよ? 後は、その……」
言い淀んでしまった。
気持ちは分かる。二人切りではないとは言え、ほぼほぼデートに行くと言ってるようなものだ。引っ込み思案な美優が、それを口にするのは中々ハードルが高いだろう。
「奏汰くん?」
「……うん」
案の定というよりも、だろうなって納得の方が大きい。
むしろ、それ以外の名前が出てくる方が怖い。最近になって、美優の口からよく聞くようになった名前。同じ名字で、日直の当番も重なって。それだけじゃない仲の良さは、娘の様子を見てれば分かる。
弁当まで作り出した時にはもう、嬉しいやら、寂しいやらだ。
「水着も一緒に買いに行くの?」
「行かないよっ! 行くわけないっ!!」
だから、ちょっとだけ、からかいたくなった。
思った通り。慌てた美優は、恥ずかしがっているのか、怒っているのか。
今まで見たこともない顔をして、頬を膨らませてくれた。
「水着は……。ひよりちゃんと二人で行くから、ダメ?」
「いいよ」
頷いてみせると、美優は安心したように肩から力を抜いた。
「ありがとう、お母さん」小さく、口ずさむようなお礼の言葉。ぱっと駆け出した美優の足取りは軽く、今から浮かれているようだった。