※この作品はR-18です。

深見さん家の ふたりごと   作:霧里

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恋と水着と、照れ隠し

 

 

長い長い滑り台の上。勢いよく滑走するゴムボート。

バーンっと、水しぶきが高く舞い上がると同時に、悲鳴のような歓声が響く。

 

「次の方、どうぞ」

 

そう、言われても。

 

美優は、ゴムボートの前で固まってしまっていた。

 

恐る恐る、覗き込んだ滑り台の出口。随分と小さくなった ひよりちゃんが、私に向かって手を振っている。目立つ赤い水着でもなければ、ちょっと誰だか分からなかったかも。

 

まるで、ジェットコースター。

 

それより怖いかも知れない。

 

不安定に揺れる水の上を、くるくる回りながら、あんな勢いで滑り落ちるなんて、どうしたって足がすくんでしまう。

 

「美優? やっぱりやめとくか?」

「ううん。平気……じゃないけど。奏汰も一緒……だよね?」

「うん」

 

最後の確認。一人で行けと言われたら、絶対にイヤ。

 

「奏汰と一緒に乗れば平気でしょ?」そんな、ひよりちゃん の口車に乗せられてしまった。水着を見せて、おしまいじゃ味気ない。せっかくプールまで来たのだから、奏汰と何かしたいとは思うけど。

 

定番。といえば自然と、こういうアトラクションになってしまった。

「一度乗ってみたかったんだよねっ」はしゃぐひよりちゃんに、半ば引きずられるように。何かで一番だとか、私もテレビのCMで見たことはある。

 

「じゃあ彼女さんの事、しっかり掴まえてて下さいね」

 

彼女……だって。係の人の言葉に、ちょっとだけ嬉しくなった。

 

ちゃんと、そう見えてるのかな? そうだと良いな。

 

もう、一緒にいるのが当たり前。彼氏とか彼女とか、恋人だとか。普段はあま

り意識もしないで、ふと思い出しては恥ずかしくなる。

「夫婦みたい」だと、からかわれていた頃とは違う。奏汰に気兼ねするような心苦しさはない。もっと胸が温かくなる感じ。幸せといえば大げさかもしれないけれど、多分そう。

 

ゴムボートが沈み込む。

 

肩越しに振り返ると、座り込んだ奏汰が、私に手を伸ばしてきた。

胸の下に彼の両手が回される。このまま、抱きしめられちゃうのかな? 

ドキッとした。やっぱり恥ずかしい……けど。奏汰が掴みやすい様に、少しだけ私は両手を持ち上げた。

 

「美優、もうちょっとこっちにこれる?」

「あ、うん」

 

一瞬、何か躊躇ったみたい。

 

奏汰の手は下へとズレて、お腹に両手が回された。

 

ドキドキした。だって、そこを隠すのは何もない。

胸の下からスカートまで、大きく開いた私のお腹。おヘソだって丸見えだ。

触れ合うっていうだけなら、手を繋いでいるのと何も違わないのに。

 

キスをしたときより、ドキドキしてるかもしれない。

 

人前だから? 水着姿のせい? それとも……。

 

ちょっとだけ、変な事も考えてしまう。

 

いつも、繋いでいる手の温もりがお腹を撫でた。

身を任せるように体を預けると、奏汰の両手に抱き寄せられる。

 

「ぁっ」と、小さく声が漏れてしまう。

 

お腹が押されて反射的に。恥ずかしかったのだって、きっとある。

奏汰に抱きしめられてる。こんな下着姿みたいな格好で、私。お腹だけじゃない、背中も。素肌と素肌が重なって、奏汰の体に包まれるみたい。

 

「ちゃんと掴まってて?」

「あ、うんっ」

 

耳元で、奏汰の声がする。

 

吐息に髪が揺れて、耳がくすぐったい。

 

促されるまま、彼の腕を掴み直す。

すっかりと、彼の胸元に収まった私は、子供みたいに縮こまった。

手、やっぱり大きいな。腕も、ちょっと太くって。重ねて見ると、良く分かる。

 

ドキドキしているのは、私の音?

 

少し乱れた胸の音は、緊張が混ざり込んだみたいだ。

 

奏汰は今、どんな顔してるんだろう?

 

振り返って、肩越しに。私が彼を盗み見るその前に。

 

「それじゃあ、行ってらっしゃーい♪」

「へ? あっ……」

 

まって。言う暇もない。

 

押し出されたゴムボートは、私と奏汰を乗せて水の上を滑り出す。

すぐに角度が付いて、体が下に引っ張られた。まるで、足首を掴まれたような恐怖に、悲鳴も出てこない。

 

「ひっ……」

 

怖い怖い怖い__。

 

縦に揺れて、横に揺れて、たまに跳ねて、グルグル回る。

急流に流される枯れ葉の気分。もう何処か正面なのかも分からないし、それを確かめる勇気もなかった。ただ、強く目をつぶって、ぎゅっと奏汰の体にしがみつくと、彼が抱き返してくれるのが分かる。

 

もしかしたら、奏汰も怖かったり?

 

奏汰の体温と、胸の音にだけ意識を向けていた。

怖いのが和らいでいく。温かくて、安心する。もう少しだけ、こうしてても良いかも?

 

ザッバーンっ!!

 

少し気が抜けたその瞬間に、私は頭から水を被っていた。

 

もう、ずぶ濡れだ。

 

ゴムボートがプールに落ちると、大量に巻き上げられた水が、頭から振ってきた。

 

やっと……終わった。

 

すっかり気の抜けてしまった私は、奏汰にしがみついたまま、起き上がることすら出来ない。

 

「あはははははっ♪」

 

同時に、聞こえてくる陽気な笑い声。

プールサイドで、赤い水着の女の子が、お腹を抱えて笑ってる。

 

ムッとした私は「もう、絶対乗らない」と、頬を膨らませた。

 

***

 

プールから上がった後。美優はひよりと一緒に、更衣室で着替えていた。

 

「いやぁっ、楽しかったねっ♪」

 

その間も、ひよりちゃんは上機嫌なまま。なんなら、もう一周回ってくるとか言い出しそう。

 

元気だなぁ。

 

奏汰と二人。ゴムボートに乗った私達が、流れるプールに流されている間中。

ひよりちゃん は、一人でアトラクションを回っていた。

「一緒に行く?」誘われたのは、私がずぶ濡れになった直後。彼女に大笑いされて、すっかり拗ねてしまっていた私は「いかない」と、誘いをふいにしてしまっていた。

 

流石に、怖いのはもうこりごりだ。私にはこれくらいが丁度良い。

 

ひよりちゃんを一人にさせてしまうのは、ちょっと申し訳ないけれど。

気を使ってくれたのかな? もしかしたら、私がそう言うのも見越していたのかも。

 

波に揺られながら、何をするでもない。

思いつきで、奏汰に水をかけてみたり、ちょっかいだしたりして。ボートの上でじゃれ合っていると、お互いに水着姿なのを思い出して赤くなる。

 

ほんと、楽しかったな。

 

波打ち際で追いかけっこ、ではないけれど。

いつもより、ちょっと恋人っぽかったかも。奏汰も、もちろん私も、はしゃいでしまって。日常から離れた高揚が、まだ胸に残っている。

 

ひよりちゃんの言う通り。

 

もう一周。とは言わないけれど、やっぱり名残惜しい。

プールから上がった後の倦怠感。水着から着替える手が重たいのは、きっとそれだけじゃない。

 

「疲れちゃった?」

「……そうじゃないけど。着替えるの、ちょっと勿体ないなって」

 

小さく吐いた溜息を聞かれたのか、ひよりちゃんは、着替えあぐねている私を覗き込んでくる。

 

「よかったね、みゅー。奏汰に可愛いって言って貰えて」

「……うん。ひよりちゃん、今日は……その、ごめんね? 一人にしちゃって。気を使ってくれたんだよね?」

「気なんか使ってないって。あたしはあたしで楽しかったもん。一人じゃ、こんなとこ中々こないし。むしろ付き合ってくれて、こっちがありがとうかな?」

 

にっこり。

 

微笑んだ彼女は、さっさと着替え終えると、荷物を纏めてロッカーを閉じた。

 

「それじゃ、あたしは先に帰るね? 奏汰には適当に言っておいて?」

「あ、でもっ。まって、ひよりちゃん。私もすぐに着替えるから……」

 

慌てて水着を脱ごうとするけど、慣れない着替えに、どうしても手間取ってしまう。

 

「気を使ってんの。ここはね?」

「う、うん……えと。ひよりちゃんっ、私も今日は楽しかったよっ。だからっ、ありがとう」

「どういたしまして♪」

 

肩越しに振り返った彼女は、手を振ってくれる。いたずらに笑ったその笑顔は輝いて、ちょっとカッコよかった。





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