※この作品はR-18です。

深見さん家の ふたりごと   作:霧里

18 / 23

【挿絵表示】


美優ちゃんの体操着イメージ。


好きになるほど、だめになる

 

 

憂鬱だ。

 

溜息が一つ。

 

頬杖をついていた腕は いよいよと崩れて、美優は机に寝そべった。

 

「どうしたの、美優?」

「んー……。次、体育だなぁって」

 

少し、だらけすぎちゃった。

 

心配そうに声を掛けてくれた奏汰に顔を向けた私は、曖昧にでも笑顔を作る。

 

体育は苦手。

 

ただ走ってればいい長距離走くらいなら、なんとでもなるけれど。

球技なんて、目まぐるしく状況が変わるスポーツは特に。それがチームプレイともなると、さらに気が重い。

 

「女子は、バレーだっけ?」

「男子はサッカー?」

「うん。まぁ、俺は……置物かな」

 

私の憂鬱が奏汰に移ったのか、彼も少し苦笑い。

運動が苦手どころか。元々の体力が低い彼には、サッカーなんて余計に辛いだろう。

 

せめて、奏汰と一緒のチームだったら良かったのに。

 

気持ちを入れ替えるように息を吐き切った私は「じゃあ、着替えてくるね?」

奏汰に、声を掛けて席をたった。

 

***

 

「あちゃーっ。とぅー! てぇりゃぁぁっ!!」

 

元気だなぁ。

 

狭いコートの中をぴょんぴょんと、ひよりちゃんは まるでウサギみたいに跳ね回っていた。決して上手いわけじゃない。体力に物を言わせている感じ。

運動部の子達と比べたら、その動きはあんまりに無駄が多かった。

 

でも、楽しそうだな。

 

額に汗を浮かべながらも、ニコニコと笑顔は崩さない。

俯いてばかりの私とは大違い。ちょっとやそっと失敗したって、ひよりちゃんの笑顔にはそれを流せるだけの魅力があった。

 

「みゅーっ! ボールっ。そっちいったよっ!」

 

見惚れてた訳じゃない。

 

彼女の笑顔が眩しくって、目を逸らしてしまっただけ。

せめてコートの端に居れば、邪魔にはならないだろうって。

 

ひよりちゃんの呼びかけに、はっとなった私は慌てて顔を上げる。

その瞬間、丸いボールの影が私の顔に重なった。両手を構える暇なんかなくて、顔を庇うのが精一杯。ドンっと私を蹴りつけたボールが、明後日の方へと跳ねていく。

 

「ちょっ!? 大丈夫っ、みゅー……」

 

心配してくれたのは、ひよりちゃんくらい。

後は「鈍臭いな」って、口にはしなくても、いつも私に向けられる視線が大半だ。

 

「ごめんね、ひよりちゃん。邪魔しちゃって……」

「邪魔なんかじゃないけどさぁ……」

 

でも今回は、ぼぅっとしていた私が悪い。

身構えていたからって、何が出来た訳でもないけれど。早く授業終わらないかなって、気がそれていた。もっと言えば、奏汰と離れている時間がイヤだっただけ。

 

なんか、ダメになっちゃってるな。

 

いつからだろう? 考えるまでもない。

奏汰を好きになってからだ。今までは迷惑かけないようにって、せめて気を張ってはいたのに。最近はずっとそう。奏汰が一緒にいてくれたらなって、つい考えて、甘えちゃって。

 

さっきだってさ。

 

あんな風に溜息なんかついたら、奏汰は絶対気にするのに。

気にして欲しかった。気に掛けて貰えて嬉しかった。そんなつもりがあった訳じゃないけれど。振り返ってみたら、自分の下心に気づいてしまう。

 

「怪我とかない?」

「うん、平気。ごめんね、心配かけて」

 

なんとか、笑顔は返せただろうか?

 

ひよりちゃんにまで、迷惑をかけたくはない。

 

先生に休んでなさいと言われて、コートから出されたのは正直助かった。

体育館の窓辺に座った私は、運動場の方へと視線を移す。

お日様の下で、元気に走り回る男の子たち。その中に、彼の背中を見つけられはしないかと、つい視線が泳いでしまう。

 

嫌な子だな、私。

 

心配してくれる ひよりちゃんの顔すら、まともに見ていない。

 

「……早く、終わらないかな」

 

それよりも、見上げた時計の針が恨めしかった。

奏汰と一緒ならすぐに過ぎる時間も、一人で待つには長すぎた。

 

 

***

 

 

このままじゃ、ダメだと思う。

 

しっかりしないと。私があんまり頼りないと、奏汰にも無理をさせてしまう。

また、体調悪いのに誤魔化されたらたまらない。私の知らない所で、倒れたりなんかしたら……。大げさな想像かもしれないけれど、不安は拭いきれなかった。

 

「あのね、奏汰……」

 

放課後。ホームルームも終わって、クラスが帰り支度を始める中、私は彼に声を掛ける。「今日は先に帰って」そう言おうとしただけで、胸が苦しい。

一人で居残りなんて、いつもやっていたことなのに、こんなに心細かったかったんだ。

 

もう、昔の自分に戻れない。一人は嫌だ。

奏汰を好きになればなるほど、一緒に過ごす時間が増えるほど、もしもの想像が怖くなって仕方がない。

 

だから、ダメ。

 

いつもの自分にもどろ? 美優……。

 

まずはバレーの練習でもしてさ。せめて、ひよりちゃんの邪魔にはならない程度にはしておきたかった。

 

***

 

「ちょっと、やることがあって」

 

そう言った美優の姿には覚えがあった。

 

遠慮がちに一歩引いて、曖昧に笑顔を浮かべる。

納得なんかしていない。自分を誤魔化すために飲み込んだ何かが、胸の内から溢れて吐息に混ざっていた。

 

「手伝おうか?」

 

いつものように差し伸べた俺の手を、けれど彼女は取らなかった。

小さく首を振って「一人で大丈夫だから」と、そればかり。

 

たまには、そんな日もあるだろう。

 

美優だって、俺に言えないことの一つや二つはあるはずだ。

頷いても良かった。あんまりしつこくされても、心苦しくなる気持ちも分かる。

けれど、そうするにはやっぱり美優の様子が気がかりだ。

 

ちょうど、体育の授業の後からか。

 

戻ってきた美優は、明らかに落ち込んでみえる。

なんて声を掛けよう。どうやって励ましたら良いんだろう。悩んでいる俺に、声を掛けてきたのは ひよりだった。

 

「奏汰、ちょっといい?」肩をちょいっと突かれ、手招きされる。

内緒話だと言わんばかりの声音だ。俺は首を傾げながらも、彼女と一緒に教室の隅へと場所を変えていた。

 

「どうしたんだ?」

「うん、ちょっとね。さっき、みゅーにボールが当たっちゃって」

「怪我でもしたの?」

「ううん、尻もちついてたくらい。あ、お尻にアザくらいは出来てるかもだけど?」

 

こっそりと、耳打ちをされた。一瞬、想像しそうになった美優の後ろ姿を振り払う。悪戯に笑うひよりを、あえて指摘はしない。からかいたいだけだったか。

ニヤニヤと笑うひよりに「ありがとう」と、出かかった感謝の言葉も引っ込んでしまって、そのまま彼女に背中を向けた。

 

「あぁっ、まってまってっ! ごめん、ごめんて。からかいたかっただけじゃないんだよ」

 

やっぱり、からかいたくはあったんだ。

 

呆れて離れようとした俺を、ひよりは慌てて引き止める。

 

「みゅーね、授業中ずっと心ここにあらずって感じでさ。ボールに当たってからは特に。奏汰の事考えてるだけだったら良いんだけど。少し、気にしてあげて?」

 

「頼んだよ」バトンでも渡すように、俺の肩を叩いたひよりは、そんな内緒話なんか無かったかのようだ。落ち込む美優に後ろから抱きつくと、きゃっきゃっと戯れ始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。