※この作品はR-18です。

深見さん家の ふたりごと   作:霧里

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遠慮と甘えのキャッチボール

 

 

体育館の片隅。

 

体操着に着替えた奏汰は、美優と向かい合ってバレーの練習を始めていた。

 

いや、バレーと言うかそれ以前。

バレーボールを使って、キャッチボールをしているという方が正しい。

高く上げたボールを両手で受け止める。一息ついた後、また高く投げ返す。

 

本格的な事は何もない。

 

俺だって詳しいわけじゃないし。根を詰めたって、美優が混乱してしまうだけ。

ボールを前に固まらなくなれば、怪我をしそうになることも減るだろう。

 

「ごめんね、奏汰。結局付き合わせちゃって……」

「いいって、このくらい。ていうか、一人で練習ってどうするつもりだったんだ?」

「どうって……。わかんないけど、なんとかしたよ」

 

「気にして上げて」教室で ひよりに言われた言葉を思い出す。

言われてみれば、様子はおかしい。体調不良という程でもないが、いつもの美優にしては遠慮がちで……。

 

悪いと思いながらも、先に教室を出ていった美優を追いかけた。

遠巻きに彼女の背中を眺めていると、体育館を覗き込んだ美優は、右往左往とし始める。

 

「何してんだ?」

「ひゃっ!? え、あ、奏汰……なんで?」

 

後ろから声を掛けると、驚いた美優はビクッと肩を跳ねさせた。

ぎこちなく振り返った視線が俺を見つけた途端、気まずそうに視線を落とす。

 

ああ、そうか。

 

いつもの美優といえば、こっちがそうだ。

まだ、二人で日直をするのにも慣れてなかった頃。友人と言うにも日が浅く、付き合うことになるなんて、そのときはまだ考えてすらいなかった。

 

あの頃の美優は、ちょうど今みたいに遠慮ばかりして。

可愛く言えば、小動物みたいだったな。でも今は、良く良く甘えてくる子犬みたいだ。どうしたら喜んでくれるかな。俺の顔色を伺っているのは変わらなくても、それは好意からくるものに変わっていた。

 

いつの間にか、俺の中でも それが当たり前になっていたんだ。

こんな風に遠慮する所なんて、随分久しぶりに思えてしまう。

 

「なにかあったの? イヤなこと言われただとか?」

「ちがうよ。そうじゃ、なくって……」

 

首を振った美優は、受け止めたボールを胸の前で抱きしめた。

おずおずと、ためらうように。ボールを抱きしめる手に力が入ったのが、見ていても分かる。急かすなんてしない。迷う彼女に「美優」と、優しく呼びかけるだけ。大丈夫だよと頷いて、彼女が話してくれるのを待った。

 

「迷惑じゃ、ない?」

「迷惑って……なにが?」

 

一瞬、言われたことが分からなかった。

言葉の意味よりも、迷惑の紐付く先に思い至らない。

 

「だから、私のこと」

 

言われて、更に分からなくなる。

 

美優を迷惑だと思ったことなんて……。まぁ、まったくなかったと言えば嘘か。

少なくとも最初の頃は、面倒くさい子、鈍臭い子だなって、少しも思わなかった訳がない。けれど、それ以上に助けられることのほうが多かった。

 

優しくされたから好きになったんだって、言われたらそうなんだけど。

俺だって、美優のことを助けてあげたいと思った気持ちは変わらない。

 

言い方が悪いんだよ。

 

穏やかで、慎ましい。そう言い換えればほら、どこかのお嬢様みたいにも聞こえるじゃないか。

 

ぽーんっと、美優の方から投げ返されたボールを受け止める。

 

不思議な空間だった。体育館の片隅とはいえ、バレーやバスケ、今も部活に励む生徒たちの声は止まない。地響きのように群がる足音、床に叩きつけられるボールの音。その熱気さえも伝わってきそうな距離なのに、俺達の周りだけは、時間の進みが遅くなったみたいに静かだった。

 

「思う時もあったよ、そりゃさ。美優だって俺のこと、好きばっかりじゃなかっただろ?」

「まぁ、うん。奏汰、意地っ張りなんだもん。私だって、つい……ね? それに、避けられてるのかなって……たまに」

 

嘘はつかない。言葉だけで誤魔化したって、きっと美優の気は晴れないだろう。

彼女が今、何に思い悩んでいるのかは分からない。けれど、俺はいつだって美優の味方だと、ボールに想いを乗せて送り返す。

 

「あははっ……意地っ張りかぁ。だって、カッコ悪いだろ? 好きな子に心配ばかり掛けてたら、嫌われたくないって思うじゃん?」

「嫌わないよ、そんな事で。誤魔化されて、後々辛かったんだって分かるほうが……イヤ。遠慮なんかしないで。奏汰に遠慮されると、ちょっと悲しい」

 

それは、俺だって同じなんだけどな。

 

頼られて、甘えられて、嬉しくない訳がない。

二人っきりになると特に。人目を気にしなくなった美優は、寄り添うように距離を詰めてくる。くすぐったそうに はにかんで。子供みたいにはしゃいでみたり。

 

最近は、学校でもだ。

 

教室に入るまで、手を繋いでいるのは当たり前。トイレに立ったり、少しでも俺が離れようとすると不安そうな顔をする。おちおち体調も崩せない。

保健室で休もうものなら、ひよりに引きずられるまで、教室に戻ろうとすらしなかった。

 

「美優……俺に、遠慮してる?」

 

そんな彼女が、先に帰っていてって言うんだ。

なにか余程のことでもあったんだろうか。最近じゃ、クラスの連中だってからかわなくなっているのに。一体、何に気兼ねをしているんだか。

 

「それは……だって」

 

バレーボールを受け止めた美優が、その手を止める。気持ちを押し込めるみたいにボールを胸に抱きしめた。

 

「私、最近ずっと奏汰に甘えちゃってて……。前はもっと、一人でもよかったのに。今は、奏汰がいないだけでなんか……寂しいとか思っちゃう」

「それで迷惑じゃないかって……」

「うん……。それにね? 奏汰に子供っぽいなって思われるのも、ちょっとイヤで……」

 

頷いた美優は、答えを求めるように俺へボールを投げ返した。

「でも困ったな」ボールを受け止めて、首をかしげる。

 

「美優が俺に甘えてくれないんじゃ。俺も美優に甘えられなくなる。体調悪い時とかさ、我慢するしかなくなるじゃないか」

 

「それはダメ」ちょっとした冗談のつもりだったのに、頬を膨らませた美優は不満を隠さない。

 

「ちゃんと言ってって、いつも。なんで隠そうとするの、奏汰はっ」

 

笑っちゃいけないんだろうな。

 

くすっと、緩みかけた頬を何とか抑え込む。

 

「それ。多分さ、いま美優が思ってる気持ちと、俺の気持ちは同じだと思う」

「そう……なの?」

「頼って欲しくない? 俺に。それとも、迷惑?」

 

高く放ったボールが、ゆっくりと美優の方へと落ちていく。

 

「そんなことっ……」

 

ボールを受け止めた美優は、それを大事に胸にしまい込むと、小さく首を振ってくれた

 

***

 

 

それから少しの間、奏汰とバレーの練習をする日が続いていた。

バレー部の人たちからコツを聞いたりしている内に、ただのキャッチボールも見栄えがするようになっていた。そして、本番とばかりに練習試合の日がやってくる。

 

「美優っ!」

 

体育館に響く大きな声に、皆の視線が向かっていた。

もちろん、私も。そこに奏汰の姿を見つけた途端に、憂鬱だった時間が吹き飛んでいく。

 

奏汰のバカ。

 

呟きながらも、緩んだ口元が戻らない。

授業、抜け出してきちゃったのかな。先生に怒られるよ、そんなの。

 

大げさなんだから。

 

ただの授業で、ただの練習試合。

勝って進む駒も無ければ、負けて悔しいとも思わない。

皆の足を引っ張らなければそれでいい。奏汰と一緒に練習をしたのは、決して勝つためじゃなかった。私にとっての試合なんて、もっと消極的なもののハズだったのに。

 

「がんばれ」って、奏汰の声が聞こえてくる。

 

彼を冷やかす女の子達の声なんか、耳にも届かない。

頭の中で何度も繰り返される彼の声に、私は自然と胸の前で拳を握る。

たったそれだけのことで、頑張ろうって思えてしまう自分は、あんまりに単純だった。

 

「よーしっ、それじゃ勝ちますか?」

 

コートに上がった ひよりちゃんが、わざとらしく声を上げる。

「頑張ろうね、深見さん」彼女の声に誘われて、チームの子達に肩も叩かれた。

面白半分だ。茶化されているのは分かる。

 

けど……。

 

試合が始まり、勢いよく飛んできたボールを受け止めた私は、それを高く弾き返せていた。「え……?」と、驚く周りの声が少し可笑しい。

でも、私にできることはそれだけ。サーブとか、スマッシュとか、カッコいいことは全然。ただ受け止めたボールを奏汰に返す。していたことはそれだけだったから、何も考えないでも体は動くようになっていた。

 

勝とうって思っても一人じゃダメ、だから。

 

「ひよりちゃんっ、お願いっ」

「まっかせて!」

 

ボールの真下へ走った彼女は飛び上がり、大きく腕を振り下ろす。

鳴り響くホイッスル。ボールは相手のコートに突き刺さり、私達は景気よく先制点を取っていた。

 

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