「行ってきます」
朝。学校に行こうと母親に声を掛けた奏汰は、その途中で足を止めて振り返る。
「ねぇ、母さん?」
「どうしたの?」
朝食の片付けをしている母さんの背中を見つめたまま、次の言葉が出てこない。
分かってる。言えば絶対にからかわれる。でも、他に相談出来る相手もそう多くはなかった。一人で失敗するならそれでもいい。けれど、美優の事ともなると流石にできることはしておきたい。
「女の子ってさ、誕生日に何が欲しいのかな?」
「美優ちゃん?」
「あぁ……まぁ、うん。そうなんだけどさ」
案の定、かと思えばそうでもない。身構えていた分だけ拍子抜けだ。
片付けの手を止めた母さんは、振り返って話を聞いてくれた。「そうねぇ」顎に指を当て、少し考える素振りの後。
「何が良いかはともかく。スノードームだとか、オルゴールだとか、ぬいぐるみなんかは、やめときなさいね? そういうのは、男の子が女の子に持っていて欲しいものだから。あ、もちろん、美優ちゃんがそういうの好きなら良いんだけど。彼女の部屋に一つでもあった?」
「いや……なかったかな」
ぬいぐるみの一つくらいはあった気はするけど。
でもあれは、好きだから飾っているというよりも、幼い頃の思い出を部屋の片隅に残している感じだ。
「ふーん……♪」
「なんだよ?」
油断をしていた。
素直に答えた俺に、母さんはニヤリと頬を持ち上げる。
「ううん。部屋、行ったことあるんだなぁって」
「なっ……あっ。もういいっ! 茶化すんだったら、俺学校行くからっ」
「あはは、まぁ最後まで聞きなさいって。お揃いのアクセサリーとか考えたりしてない? 今の時期はそういうの欲しがりそうだしね」
「うっ……。そりゃ、少しは考えたけど」
図星を突かれて、足が止まってしまった。
俺が隣りにいなくても寂しくならないように。意外と良いアイディアなんじゃないかとさえ思っていた。
「ダメとまでは言わないけど。買うなら二人で買いに行きなさいよ。美優ちゃんの趣味に合わないと、最悪なんだから」
「あぁ……そっか、そりゃそうだよな」
男の俺が身につけるだけならともかく。女の子のアクセサリーともなると、適当にはできないか。せめて出かけた先で、さり気なく どういうのが好きかくらいは聞いておかないと。
「じゃあ、結局何が良いんだよ?」
「最悪これでしょ?」
意地悪く笑った母さんは、親指と人差指で輪っかを作って見せる。
金か。言われれば、まぁ……そうかもしれないが。
「いや、それは……」
「次のあんたの誕生日に、一万円あげるね?」
「嬉しいよっ、そりゃ。だけどさ、そうじゃないだろ? こういうのって……」
「それが分かってるなら十分でしょ。だいたい、美優ちゃんの事はあんたのが詳しいんだから、母さんにできるのはダメ出しくらいね。正直、あの子ならなんでも喜びそうな気はするけど……」
そんなのは分かってる。
俺が選んだって言えば、美優はなんでも喜びそうだ。
「だから困るんだよ……」
ぼやいた俺は母さんに礼を言った後、美優との待ち合わせ場所に足を急がせた。
***
屋上へと続く階段の途中。
廊下の喧騒からも少し離れたその場所で、奏汰はひよりと向かい合っていた。
「頼みたいことがある」ひよりに声を掛けた俺は、気づけば彼女と二人きり。
気まずい。
仲直りできたつもりでいたって、普段は美優を間に挟んでいる分、いざ向かい合ってみると緊張が隠せなかった。
「頼みごとの前にさ、ちょっと聞かせてほしいことがあるんだよね」
そんな前置きをしたひよりも、どこか表情は固いまま。まるで、俺の緊張が移ってしまっているようだ。
「今のあたしってさ。奏汰の……なに? あたしはまぁ、友達のつもりでいるんだけど、奏汰はどうなのかなって?」
「どうって……」
「いや、だってね。どんな顔して奏汰を手伝ってやりゃいいのかなってさ? あ、勘違いしないでね。脅したいんじゃないんだ。ただ、モチベのはなし? 距離感ってあるじゃん? また、間違えるのも怖いんだよね……正直」
ただのクラスメイト? 美優の友達として? もちろん、昔の借りを返せってんなら いくらでも返すけど。そう言って、少し思い詰めたように ひよりは顔を曇らせた。
やっぱり、図々しかっただろうか。
ひよりの顔から、普段の笑顔が消えてしまったことに心苦しくなる。
それですら勝手かもしれない。俺の頼みなんて些細なものだ。
女の子の視点がほしい。美優と一番仲良くしているであろう彼女に、話を聞いてみたかっただけ。あわよくば、一緒に下見に行ってはくれないだろうかと、期待もしたくらいだ。
それが ひよりの負担になるなら……。
「感謝は……してるよ」
回れ右。今までの俺なら、きっとそうしていた。
いや、そもそも。美優のためとはいえ、話しかけもしなかっただろう。
ただのクラスメイト。美優の友達。あるいは幼馴染だとも いえるのかもしれない。
「感謝って。あたし……奏汰になにかした?」
「前に……。その、告白してくれただろ?」
「あぁぁ……それ、それねぇ。あははっ、びびったよね、いきなりあんなの」
顔を赤くしたひよりは、指で頬をかきながら明後日の方を向いてしまった。
「今その話するの?」口にはしなくても、そんな雰囲気が伝わってくる。
「あれで俺も、踏ん切りがついたっていうか。勇気、貰えた気がするから。そうじゃなかったら、まだ美優に告白すら できてなかったと思う」
「は? え? なに? ちょっとごめん。たんま、たんま……」
きょとーん。
目を丸くした ひよりは、頭を抱えて俺の方へと手のひらを差し向けた。
「あんた達、まだ付き合ってなかったっていうの? 私にもまだワンチャンあったみたいな?」
「いや、それはないけど」
「あははっ♪ 即答かよ。2回も振られたっ! 同じ人にっ!」
失恋の言葉は、だけど明るい。俺を責めるような声音でもなければ、涙の流れる気配もない。夕日はとっくに沈んでいて、ひよりは朝日が昇ったみたいに笑っていた。
「付き合ってるつもりではあったよ。多分、美優だって疑ってなかったと思う。ただ「好きだ」って言うの、後回しにしてて。自分の番になって分かったんだ。誰かに「好き」っていうの、すごく力いるんだなって。だから、感謝してるし、ひよりのこと凄いなって思ってる」
わだかまりはある。
昔の話も無かったことにはできない。
そういうのも引っくるめて、ひよりとの関係だと思う。
「それで? 結局あたしは奏汰のなんなのさ?」
「俺も、ひよりのこと友達だと思ってるよ」
「よしきたっ!」
そう言って快活に笑った ひよりは、俺が差し出した手を威勢よく握り返してくれた。
***
「奏汰と何話してたの?」
聞いちゃった。
ひよりちゃんを探るみたいな事したくなかったけれど、二人でいなくなられたら やっぱり気にはなる。信じてるし、疑ってもない。でも、聞くくらいなら許されるんじゃないかって、恋人の特権を使うことにした。
「お? みゅーがついにヤキモチを覚えた」
分かっていても、もやっとする。最近まで縁のなかった感情だ。
でも、それくらい奏汰の事が好きなんだって思うと、どこか誇らしい。
「なにそれ? 私だってそれくらいは……」
むくれた私に、ひよりちゃんが後ろから ふわっと抱きついてきた。
首に回された腕が、マフラーみたいに優しく絡まって、ちょっとくすぐったい。
その腕を取って、はむっと甘えるみたいに歯を立てた。
「噛まないの。モグモグもしない」
腕を甘噛みされて怒る様子もない。私だってそう。
お返しに、頭をわしゃわしゃとかき混ぜられながら、ただ二人で戯れ付いていただけ。
「美優が気になるなら、あんまり二人にはならないようにするけど?」
「そこまでは……。でも、気になっちゃうのは許してほしい。ごめんね? 自分でも、よく分からなくなるときがあって。疑ってるわけじゃないんだけど、でも……もやってなるの、ちょっとだけ」
「いいよ。あたしにだって、分かるつもり。まぁでも、今回は言えないかな。奏汰のメンツが掛かってるんで」
「メンツ?」
なんだろう? 重ねてたずねても答えはない。
悪いことにはならないとは言うけれど、隠されると余計気になってしまった。