心臓も筋肉痛になったりするのかな。
胸がドキドキしすぎて痛い。顔に出さないようにするのも一苦労。
「おかえり、奏汰。なんて……えへへ」
照れ笑いを浮かべた美優は、奏汰の手を引いて自分の部屋へと引っ張り込んだ。
軽い冗談。半分は本気で。お母さんの前で言うのは恥ずかしい。だから、部屋の前なら良いかなって。「お邪魔します」なんて言わせない。それはお家に入る前も聞いたから。私がつまらなそうに表情を曇らせると、奏汰は照れくさそうにしながらも「ただいま」と言い直してくれた。
今日は私の誕生日。
には、ちょっと気が早い週末だ。学校が休みの分だけ、朝から奏汰と一緒に居られる日。プレゼントの事なんて頭にもなかった。お泊まりしていって、私のワガママを聞いてくれただけで十分。
でも、それを見つけると、ワクワクが止まらなくなった。
嬉しいし、ソワソワもする。
彼の手に大きめの紙袋を見つけた私は、その中身が気になってしょうがない。
奏汰と一緒に過ごせるならそれだけでいい。そう思っても、彼から貰う始めてのプレゼントを前に、はしゃぐ気持ちを抑えられなかった。
***
「みゅーはさ、奏汰と一緒にいるのが好きなんだよ」
それが、ひよりが俺にくれたアドバイスだった。
綺麗なアクセサリーだとか、可愛いぬいぐるみだとか。そういう飾り物なんかより、何か二人でできることのほうが良いんじゃない?
例えば、新作のゲームだとか。
最初に思いついたのはそうなんだけど、お小遣いの範囲を考えるとちょっと厳しい。次の自分の誕生日に貰えるかもしれない一万円に期待して、なんとか2人分用意できるかどうか。
例えば、一日美優のワガママを聞いてあげる日にするだとか。
安上がりかな。そうは思いながらも、ものの試し。聞いて損することは何も無い。
「何かしてほしい事ある?」問いかけた俺に、美優は「じゃあ……ね?」と、少し遠慮がちだった。
背負ってきたカバンの中には、お泊まりための道具が一式入っている。その重たさが くすぐったい。これから美優と朝まで一緒。俺は眠れるんだろうか? 今から不安になるくらいだ。
母親から母親への社交辞令。
持ってきた紙袋の中にはそれと、もう一つ。俺の本命__美優へのプレゼントが入っていた。
喜んでくれるかな?
派手さもなければ。見映えがするものでもない。
人によっては、退屈に思うかも。でも、その心配は杞憂だった。
包装紙を丁寧に開いた美優は、何ならそのまましまい込むんじゃないかってくらい綺麗に畳み込む。取り出したプレゼントを まじまじと見つめたかと思えば、ぐすっと、聞こえてきたのは すすり泣き。目元を拭って、涙を塗り拡げる。
潤んだ瞳と、ちょっと赤くなった頬。それでも美優は顔を上げると「ありがとう」と、笑顔の花を咲かせてくれた。
「一緒にやろっ♪」
待ち切れない。ワクワクと、そんな様子が全身から溢れてる。
俺が美優に選んだプレゼントは、ウサギの家族が描かれたジグソーパズル。
美優のペースで進められて、二人で一緒にできるもの。
幸い、時間ならいくらもあった。
今日一日。それで終わらなくても、明日も明後日だって。
少しずつ。でも確かに。見本の絵柄に近づいていくのが、目に見て分かるのも良かった。
ぱち、ぱち……。
パズルを作り始めた美優は、プレゼントを受け取ったときとは一転して真剣そのものだった。唇に指を当てて考え込む。首を傾げて目線を変えてみたり、なんなら総当たりでパズルのピースをはめ込むような、力技を試すことさえも。
その のめり込みようと言ったらない。
途中、顔を覗かせた美優のお母さんにも気づかないほどだ。
「奏くんは、お昼なにがいい?」
きっと、美優が教えたんだろうな。
自分の母親くらいしか呼ばないあだ名なのに。家では普通に聞き流せても、恋人の母親に呼ばれるのは、どうにもくすぐったい。いっそ、からかわれるくらいならよかったのに。あまりに自然と呼ばれたものだから、一瞬自分の家にいるのかと錯覚しそうにもなる。
「あ、ごめんなさいね? 美優がいつも貴方の話しをするから、つい。イヤだった?」
「恥ずかしいのは、まぁ。でも、美優っていつも俺のことそう呼んでるんですか?」
「あれ? 呼ばれてないの?」
「……」
黙り込んだ俺に、事情を察してくれたようだ。
話題を変えるように美優の方へ視線を移した お母さんは、苦笑を浮かべていた。
「しょうがない子ね」言葉にはしなくても、その笑顔の意味が分かってしまうのは、俺もそう思っていたからだと思う。
「退屈じゃない?」
「いえ、ずっと見てられます」
でも、そういう所が可愛いんだ。お母さんの問いかけに笑顔を返すと、それで納得してくれたようだ。苦笑がふわりと緩む。その柔らかい笑顔は、美優ととても良く似ていた。
「あれ、お母さんどうしたの?」
「ううん。お昼、何が良いかなって。ね、奏くん?」
「え、なに? なんで二人して仲良くなってるの? 奏くんって、私にはだめってっ、ねぇ奏汰っ!」
「いや、アレはからかってるだけで。ていうか、恥ずかしいからダメだっていっただろ。なんで美優のお母さんが知ってるんだよっ」
「それはっ……つい。良いでしょ別にっ! え、あっ!? きゃっ……」
前に身を乗り出すように、美優は床に手をついた。
でも、そこにあったのは組みかけのパズル。散らばったピースの山と、形にならない図形が崩れると同時に、倒れ込んできた美優に押し倒されてしまった。
目の前に、美優の顔がある。
ともすれば、キスさえ出来るその距離で俺達は固まってしまった。
あるいは、二人っきりだったなら顔を寄せ合ったかもしれないけれど。母親の目の前でそれをする勇気までは出ない。
「それじゃあ、サンドイッチでも作ってくるから。二人で仲良く食べなさいね」
「あ、まってっ!? お母さんっ、違うのこれはっ。お昼なら私も手伝うから、まってっ、待ってってばっ!」
この状況で、母親の言うセリフなんだろうか。
穏やかなまま飄々と、部屋を出ていく お母さん。慌てた美優は、何か言い訳しながら追いかけていってしまう。残された俺は、ひっくり返った視界のまま、部屋の扉が閉まるのを見ているしか出来なかった。
***
ぱち……ぱち……。
意外と面白いな。
気づけば俺も、ついつい考え込みながらパズルに向き合っていた。
気分としては神経衰弱なんかが近いのかも。最初は点でバラバラでも、一つのピースが嵌まれば、その次が決まっていくような。
というか、意外と美優の手が早い。
俺が一つ埋める間に、3つか4つは進めていっている。
意地になって追いつこうとすると、今度の競技はカルタに変わっていた。
パズルのピースが少なくなるほど取り合いが始まって、最後の一つにお互いの指が重なってしまう。
「あ……」
パズルに夢中になっていた美優が、そこでようやく顔を上げた。
少し照れ笑いを浮かべた後、摘みかけたピースから指を引いてしまう。
「ごめんね、私ばっかり。最後は奏汰が……」
「なんでさ。一番楽しいところじゃん。美優がやりなよ」
「じゃあ……二人で、しよ?」
小さなピースを二人で摘んだ俺達は、最後に残った絵柄の欠片をはめ込んだ。
ちょうどイラストの真ん中、ウサギの鼻の頭が埋まって完成だ。
ようやく終わった。
開放感と同時に、静かな達成感に包まれる。
完成後のイラストも始めから分かっているのに、自分たちで成し遂げた実感というのは ひとしおだ。レースゲームで一位を取った時のような高揚こそないものの、胸の奥がじわじわと満たされていく感覚は、意外と心地が良い。
それは、もちろん美優も同じみたいだ。
出来上がったパズルを付属の額縁に入れて、気が済むまで眺めている。
持ち上げてみたり、抱きしめて転がってみたり。「お母さんに見せてくるねっ♪」そう言って、部屋の外へと出ていく足音ですら上機嫌だった。
「んー……っ。やったぁぁ、あははっ♪」
一人、美優の部屋に残された俺は、両手を上げて床に倒れ込んだ。
気に入って貰えなかったどうしよう。そればかりが気がかかりだったから。
パズルを組み始めてから、時計の針はもう何周回っただろうか。時間を忘れるほどに楽しんでいたらしい。
階下から聞こえてくる美優の声は弾むようだ。
何を話してるのかまでは分からないけれど、出来上がったパズルを お母さんに自慢しているのは分かる。開けっ放しの扉から、漂ってくるのは肉の焼ける香ばしい匂い。お腹がぐぅっと鳴り出すのと同時に「奏くん」と、俺を夕食へと呼ぶ声がした。
***
休み明け。教室に響く美優の声に、ぴしっと空気が凍った気がした。
「奏くんっ♪」
「なに、美優?」
美優が奏汰に甘えている。それ自体は、もう珍しくも何ともない。
あんまりにも仲が良すぎて、誰もからかう気が起きなくなるレベルの日常だ。
ただ、それでも聞き捨てならなかった。
奏くんって言った……。いま奏くんって言ったよな?
ざわざわと波打つ教室。聞き間違いかと誰もが耳を疑って顔を見合わせる。
まだ、仲良くなることってあるんだ。
嬉しそうに奏汰のあだ名を呼ぶ美優に、照れくささは見られない。
奏汰も自然とそれを受け入れていて、休み間に何があったのかを邪推させるには十分だった。