「お嫁さん、か…」
呟いた言葉が、静かな浴室にぽつんと響いた。
水面に揺れる自分の顔をすくい上げ、私は まじまじとそれを覗き込んだ。
わかってるの? それってさ…。
指の隙間から、お湯がさらさら流れ落ちていく。空っぽになった手のひらを、握って、開いて、そっと胸元へと置いてみた。ドキドキ、ドキドキ、心臓の音は相変わらずだ。もしかしたら、さっきより少し早いくらい。
「奏汰…」
名前を口にすると、胸の鼓動が跳ねる。ちょっと痛い。でも、不思議とイヤじゃない。むしろ、心地いいだなんて思ってしまった。
私なんかで、良いのかな?
こんな面倒くさい女の子で。何をするにも遅くって、いまでも迷惑掛けてるのに。奏汰は良いの? 本当に、ちょっとも、邪魔とかって、思わないかな。
「お嫁さん…。私が、奏汰の…」
小さな呟きが、水音に紛れて消えていく。
それはつまり。いつかは彼とキスしたり、その後はきっと…。
今まで、考えた事もなかった。自分には関係ないことだと遠ざけるだけで、いざ自分の番になっても、実感なんて湧いてこない。私は奏汰が好きで、奏汰も私の事が好きだったとして。
何を、どうしたら良いんだろう?
指先が、自然と唇に触れる。
奏汰、イヤじゃなかったかな?
私が飲んだ後のペットボトルに口を付けて、ごくり、ごくり…。大きく動く喉仏を思い出して、また、胸がドキドキとしてきた。誰かを思って体が熱くなるなんて、初めての経験に少し戸惑う。
唇を撫でていた指先を、首筋へと滑らせた。下顎をくすぐりながら、その下へ。そこにはなにもない。なめらかな肌の感触が、すっと降りていくだけ。
男の子との体の違いを思い返して、また顔が熱くなる。
なんだか、体の奥がむず痒かった。
心臓が私を急かすように強く叩いてくる。
もじっと、太ももを寄せ合い、両手で自分を抱きしめた。なのに、落ち着かない。
少しだけ…怖くなる。
でも、それ以上の興味と好奇心の方がずっと強い。
だって、あの時と一緒。奏汰の体に興味を持ったみたいに、今は、体が落ち着かない理由を知りたかった。
「…ぁっ」
胸の膨らみに、指先がそっと触れる。
なんでもない、はずだった。いつも通り。着替えの時も、体を洗う時だって、当たり前に触れているのに。
なのに、なんだろう?
上手く言葉にできない。
息が漏れ、胸の奥がきゅっとなる。
もやもやする。ざわざわする。
奏汰の事を想いながら胸に触れていると、その感覚はどんどん強くなっていく。
まるで、彼に触ってもらっているような気がして、また体がもじっと動いてしまう。
変だな…。
のぼせたみたいに、頭が ふわふわ してきた。
湯船から上がろうとはするけど、名残惜しさに引き止められる。
両手は、自分を抱きしめたまま。胸に当てた指は、撫でるだけじゃ物足りなくなって、もっとはっきりを求めてくる。
やわらかく、沈んでいく指先。
その奥に硬い骨を感じながら、肌の張りに押し返される。
奏汰の胸板とは、まるで違う。彼の胸はもっと角ばっていて、ちゃんと筋肉の形があった。
「私は…」
ちゃんと、女の子らしくなれてるんだろうか?
見下ろした自分の身体に、自信なんてなかった。まだまだ成長途中。
そう言い訳はできても、やっぱり不安だ。お母さんくらいには なれるのかな?
大人になった自分の姿は、まだ湯気の中にあって、私はその背中を眺めるしかできない。
気にしないようにはしても、やっぱり気になる。
同い年の女の子の中には、もう見て分かるくらい女性らしくなってる子もいて、男の子たちの視線を集めていた。エッチだなって、そんな彼らを軽蔑することもあったけど。
「奏汰は…違う、よね?」
そう思いたいのに。
また、ヤキモチだ。
彼が誰かを見ていたわけじゃないのに。むしろ、私の事をいつも見ていてくれるのに。なんで、イヤだなんて思うんだろう。なんで、もっと見て欲しいなんて思ってしまうんだろう。
「ぁっ…」
また、声が漏れる。
胸の膨らみが、手のひらに包まれる。大きくなぁれ、大きくなぁれ。そんな、おまじないでもするみたいに、おもむろに手を動かしていく。
揉んだら、大きくなるって、あの噂。信じたわけじゃない。けど、他に、どうしようもなくて、付け焼き刃の知識にも縋りたかった。
「んっ、はぁ…っ、ぁ、はっ、ふぅ…んぅ…」
胸をもみ続けていると、変な声が出てしまう。いつのまにか吐息も熱くなり、鼻に掛かった自分の声に、ますます変な気分になった。
体がもじもじとして、落ち着かなくなる。つい、太ももを擦り合わせては、そこから力が抜けていく。
ダメ、これ以上は…。
無理矢理に止めた指先は、胸の上に置かれたまま。引き剥がそうともしているのに、興味が私を引き止める。これ以上は、ただの興味じゃ済まない気がしているのに、好奇心が私をそそのかす。
考えちゃダメ。もう、湯船から上がろう。
一人でいるから、こんなこと考えるんだ。そう、お夕飯。お母さんのお手伝いをしよう。そうしてる間に、こんな変な気持ちは忘れられるはず。いつも通りに過ごしていれば、きっと、それで良いはずだ。
「ぁっ…」
なのに。
泥沼に嵌まったみたい。
湯船から出ようとして、太ももの内側が擦れてしまう。
ぴくっと、体が震えて、ふわふわするの。息が詰まりそう。お腹の奥が、じんわりと熱を持ち始めると、そこから温かい何かが広がってくる。
「奏汰…。ごめん…ね。私、こんな…の。えっちで…」
悪いと思う。彼の顔が、頭の奥に浮かんで離れない。こんなエッチなこと考えてるって知られたら、嫌われちゃうかも知れないのに。もう、自分じゃどうにもできなかった。
名前を呼ぶ度、胸がきゅっとなる。ドキドキと、もやもやが、胸の中で混ざり合って、もう溢れ出しそうだった。もじっと、太ももを擦り合わせただけで、ふわふわして、頭の中がいっぱいになるの。胸を揉む手にも熱が入り、今、自分が何をしているのかなんて、分からなくなっていた。
「はぁっ、はぁっ…んっ。ぁっ、ゃ、だめなの、に…やめなきゃっ。あっ、なに? 今の…。あぅっ、な、あ、あ、なんか…これ、だめっ!」
ふわっと、きた。
頭も、体も、真っ白い綿に包まれたみたいだった。
寄せ合った太ももに力が入る。ぎゅっと、体が縮こまって、胸の膨らみに指先が食い込んだまま動けない。
なに? いま、私、どうなっちゃったの?
考えるのも億劫だった。全身が、甘く痺れて気が抜けていく。
一つ、二つ、三つと数えて、ようやく。ふっと、体の緊張が解けると、私は大きく息を吐きだせた。
「ふぅ…ふぅ…。すぅ…はぁぁ…」
なん、だったんだろう?
わかんない。
ようやく戻ってきた自分にほっとする。
あんなに苦しかった、ドキドキも、もやもやも、少しずつ静まっていって、今までのことがなかったみたい。
「…なにやってんだろ、私」
エッチなことしちゃってた。自己嫌悪と、罪悪感で、体が重たくなったみたい。
力の抜けた体が湯船に沈み、肩までお湯に浸かっていく。ぶくぶくと、拗ねたように息を吐きだす。水面に揺れる私の顔は、なんだか気だるげで…。でも、ほんの少しだけ夢見心地だった。
***
校庭の片隅。木陰の裏側。向こうにたくさんの人の気配を感じながらも、誰かの視線はここまで届かない。
濡れて張り付いた体操着の下に、柔らかな体のラインが浮かんで見える。
思わず目を逸らそうとして、逸らせない。奏汰の視線は、美優を見つめたまま、すっかりと見惚れていた。
何のつもりだったんだろうな…本当に。
あの後、着替えに戻った美優とはそれっきり。
俺は、彼女を待つこと無く、体操着のまま家に帰った。正直、どんな顔をしていいか分からなかったし。落ち着くだけの時間が欲しかった。
なんで、俺の身体に触ってみたいだなんて。
結局は聞けないまま。
解消されないモヤモヤは、とうとう夢にまで出てしまっていた。
木の幹に背中を預けた美優は、俯いていた。
頬を赤くして、息を整えるように胸が上下を繰り返す。
「奏汰も、触ってみる? 私の身体…興味ない?」
それを口にした本人が、一番恥ずかしそうだった。
そんなこと、美優は一言だって言わなかったのに。
でも、もし。あの時、俺が彼女を止めていなかったら。何かのはずみで、俺は美優の身体に触れてしまって、それでも彼女が拒まなかったら、どうなっていたんだろう?
体操着に透ける肌色にさえ、惹きつけられている自分には、首を振ることなんて出来なかった。一歩、踏みだせば、美優の身体に手が届く。
なにを、やって。こんな所、誰かに見られるかも知れないのに。俺の手が、美優の頬に触れた瞬間に、そんな不安はすっかりと忘れてしまっていた。
柔らかい。
もち肌って、聞き覚えのある言葉の意味を実感する。
ぴくっと、美優は肩を震わせるけれど、逃げ出す気配はない。それどころか、首を少し傾けて、首筋を晒して見せてくる。
触って欲しいってこと?
促されている。あるいは、助け舟のつもりだったのかも。
頬に触れて、少し撫でて、もうおしまい。俺が尻込みしていることなんて、すっかり見透かされているようだ。
首筋、思ったより細いんだな…。
白い素肌が、項からすぅっと伸びていく。喉仏なんて当然無い。指先に吸い付いてくる肌の感触が、くすぐったいくらいだった。そのまま滑らせた指先が、鎖骨の窪みに引っかかる。
流石に、それ以上は…。
目のやり場にも困ってしまう。そこから下はもう、美優の胸元だと言って良い。人によっては膨らみだって感じられる場所だ。つまりは、目立っていないだけ。すぐそこに、美優のおっぱいがあるって、思うと、体がムズムズし始める。
視線を感じた。
首筋は晒したまま、時折、美優のこちらを伺うようにして、視線で促してくる。本当に、わかってて言ってるんだろうか? 触って良いって、こんな距離で、そんな事。冗談だったと言われた方が、よっぽど気が楽なのに。
「美優…」
やっぱりやめよう、そう言うつもりだった。
なのに、何を勘違いしたのか、美優はただ小さく頷きを返す。
ぱきって、音するんだな。
何かが折れた気がした。
鎖骨に留まっていた指先が、窪みを出ると、体操着の襟首に指がかかる。
濡れた体操着が、少しズレる。覗いた肌は光を反射して、透き通るように輝いて見えた。
「あのっ…奏汰? 体操着、伸びちゃうから…ね?」
「あ、あぁっ!? ご、ごめん…おれ、つい」
「…ううん。いいよ、だいじょうぶ。服の、上からだったら、いいから、ね?」
ようやくの抗議に、俺は慌てて指を離す。
美優はますます頬を赤くして、少し困った顔をしていた。抵抗とも言えない。羞恥心が少し、言葉になっただけ。「見たい」って、ちょっと強引に迫れば、本当に見せてくれそうな気配すらある。
いや、でも…。
夢の中とは言え、そんな勇気は出なかった。万一にでも泣かれたら、真っ逆さまに悪夢に変わってしまう。ごくり…。息を呑んで、気持ちを切り替えた俺は、美優に促されるまま、淡く膨らむ彼女の胸に指を伸ばす。
さわり…。
濡れた体操着が、今度は俺の指先に張り付くようだ。
淡い膨らみ、その柔らかさに指が包まれる。あのとき俺に触れた、彼女の指先のように。ひやりと、冷たい感触があるのかと、一瞬思った。けれど、胸の膨らみは、温かく俺を迎え入れてくる。
「あっ…んっ」
美優の熱っぽい吐息に、俺の心臓が跳ねた。
我慢なんてとっくにもう。むしろ、どこまでなら美優が許してくれるのか、それが知りたくてたまらない。
「美優、もっと、良いか? その、お腹…とかさ?」
「え、お腹…? うん、良いけど…」
体操着の裾に手を掛けた美優は、ゆっくりとそれを胸元までたくし上げていく。揺れる肌着と、赤いハーフパンツ。その隙間から覗く、小さなおヘソがいやに魅力的だった。
呼吸に合わせて、ふわり、ふわりと、揺れる小さなおヘソ。
誘われるように手を伸ばした俺は、ぺたり、ぺたぺた。美優がそうしたように、彼女のお腹に触れていく。
「んっ、はっ、奏汰。あはっ、んっ、ちょっと…くすぐったいって」
少しだけ、逃げるように美優が身を捩った。くすぐったそうに笑う声の中に、熱っぽい吐息が混ざる。止まらない、止められない。色っぽい美優の声を聞いた俺は、確かに興奮していた。彼女のお腹に手を置いて、上へ、上へと、柔らかい肌に手を滑らせる。
ゆっくりと、白い素肌が目の前に広がっていく。
おヘソどころか、もう胸の下の方まで見え始めていた。もっとだ。さらに肌着の奥へ、手を潜り込ませていく。
どうしよう?
戸惑うように、美優の視線が揺れていた。たくし上げていた体操着の裾が、少し緩む。止めようにも、止めどきを見失っている彼女の様子に気づきながらも、俺は何も言わないまま、胸へと直接触れようとして…。
「うわぁぁっ!! はっ、はっ…はぁ、はぁっ」
指先が、美優に触れたその瞬間、飛び起きた。
夢精してて欲しい。これが精通だったら、悶えるくらい可愛いと思う。