※この作品はR-18です。

深見さん家の ふたりごと   作:霧里

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【挿絵表示】


椎名ひより。イメージ。


あの子が好きな人

 

その日、美優は いつもより少し早く家を出た。日直があるからって、こんなに早く出ることもなかったんだけど、どうしても足が自然と動いてしまった。

 

静かな通学路。道行く人達もまばらで、道路に並ぶ車の列もない。

 

変なの…。

 

もう数十分と経てば、朝の喧騒がやってくるっていうのに。

目覚めたばかりの町は、ゆっくりとした時間が流れていた。

 

楽しみだったのもある。

 

奏汰とは、いつも顔を合わせてはいるけれど…。日直の日は、ちょっとだけ特別だった。朝早くから放課後まで、二人きりになる時間さえある。

早く会いたいな。鼓動の音が私を急かす。軽くなった足取りのまま、美優は教室の扉をガラリと開けた。

 

まだ夜の余韻が残る教室は、静まり返っていた。

 

遠くから聞こえてくるのは、熱心な運動部の子達の声と、まばらに響く楽器の音。

こんなに早くから練習してるんだ。その情熱が、ちょっとだけ羨ましい。

窓を開けると、涼し気な朝の空気が、夜の残り香と入れ替わる。そのまま自分の席についた美優は、誰もいない教室を見回した。

 

普段、煩いくらいに賑やかなのに。

 

一人きりの教室は、少し寂しい。

 

それはきっと、隣に奏汰がいないせいもあるんだろう。

 

いつもの時間。彼が来るまでもう少し掛かる。

どんな顔をしていよう? 昨日のことを思い返しては、頬が火照りだす。

やっぱり、早く来てよかった。一番に顔を見たいのもあったけど、それよりも、浮かれる自分を落ち着かせる時間が欲しかった。

 

****

 

「深見さん。ちょっと良いかしら?」

「はい。なんですか、先生?」

 

朝のHRの後、美優は担任に声を掛けられる。

その内容には予想がついていた。あの後、いつもの時間になっても奏汰が来ない。

少し待ってみてもダメ。体調でも崩しちゃったかな。心配で胸がざわつく。

手を抜いたつもりもないけれど、何処か上の空。朝の仕事に身が入らず、ちょっと、いい加減になってしまった部分はあったかもしれない。

 

「奏汰くん。今日はお休みなので、日直は他の子に手伝ってもらって下さい」

「あ、はい…。わかりました」

 

先生の手前、頷きはしたけれど、奏汰以外に頼る当てなんてない。

うん。大丈夫だよね、美優? 自分で自分に問いかける。いつもやってることだもん。多少時間は掛かるかもしれないけれど、変に手間取ることも無いはずだ。

 

「はーい♪ それじゃ、あたしが手伝いまーす」

 

元気な声だった。

 

大げさすぎるほどに明るくて、突き抜けるような賑やかさ。まるで、夏の太陽をそのままにした女の子。唐突に響いた声に、美優はビクッと驚いて、肩を跳ねさせる。

 

「それじゃ、今日一日よろしくね♪ みーう?」

「えと、うん。ありがとう、椎名…」

「ひより」

「え?」

「まいねーむいず。ひ・よ・り」

 

自己主張の激しい子だった。

自分のことを指さしながら、笑顔で圧を掛けてくる。

暗に、名前で呼べと言われてた。この状況ならきっと、大半の人がそう思う。

 

「じゃあ…ひより、ちゃん?」

「ぐっど♪」

 

私が彼女を名前で呼ぶと、ひよりは満足したかのように微笑んで、親指を立てて見せる。やっぱり、正解だったみたい。本当は、もう少し遠慮したい。せめて「さん」あたりの距離感を保ちたかったのに…。

 

予感がしたんだ。

 

「ひよりさん」って呼んでもきっと、彼女は満足しないんだろうなって。

正直、苦手なタイプだ。自分のペースで話を進める人。良くも悪くも、遠慮を感じさせない子だ。

 

そんな性格だからか、彼女には友達が多かった。

 

「はーい。それじゃ、みんなー。プリント集めるよー。みゅーの近くにいる人は、みゅーに渡してねー♪」

 

こういう、皆に声を掛けなきゃいけない仕事をさせると、もうあっという間。

私の手元には次々と、プリントが回されてきて、ものの数分と掛からずに終わってしまった。

 

いつもクラスの真ん中にいる女の子。

 

傍から見ていると良く分かる。誰とでも仲良くしていて、まるで、クラスの皆が友達なんだと思っているみたい。

 

ちょっと眩しい。

 

私には、そういう大らかさは無いから。どうしたって、人の視線が気になって、遠慮が先に立ってしまう。

 

「じゃねー♪ みんなー、またあしたー♪」

 

ぶんぶんと、犬の尻尾みたいに手を振って、彼女は思い思いに教室を出ていくクラスメイトたちを見送った。途中、遊びに誘われているのも見た。けれど「きょう日直だから」と、きちんと断って、意外と真面目な一面も見つけてしまう。

 

「えと、ひよりちゃん? 約束あるなら…後は私が、今日はありがとう」

「は? なにそれ? 私が邪魔ってこと?」

「え、ちがっ。そうじゃなくって…」

 

「むっ」とした声だった。さっきまで笑顔だった ひより は眉をひそめる。

睨むほどではない。けれど、急に変わってしまった態度に、私は慌てて首を振った。

 

「なーんてね♪ みゅーは遠慮しすぎなんだって。もっとぶつかってこうぜ? 

今日は二人で日直なんだからさ、もっと頼ってよ?」

「あ、うん。ごめんね、変なこと言って…」

「気、使ってくれたんでしょ? ありがとうは、私のセリフだって」

 

やっぱり苦手。怒ってみせたかと思えば、また華やいで。

ころころと変わる表情に、振り回されてしまう。それに、奏汰と同じこと言うんだもん。二人で日直なんだからって、ちょっと、ドキっとしてしまう。

 

あの時のやりとりが、見られていたのかも。

 

気になる。でも「見てたの?」なんて聞けなかった。

 

身構える美優をよそに、ひよりは鼻歌まじりに掃除を始め出す。

適当に、なんか良い感じで。良く言えば、要領よくやってしまうのかと思っていたけれど、その仕事ぶりは丁寧だった。

 

「みゅー達は偉いよね。いっつも教室綺麗にしててさー。あたしも気合はいるってもんだよ」

「え、でも。やりすぎだって、思わない? あんなにされても、その…困るとか?」

「思わない。そんな事言う奴がいたら、あたしがパンチしてやるっ」

 

しゅっと、拳を突き出して、ひよりは可愛らしくボクシングスタイルを取った。

 

「みゅーはさ? その真面目な所、短所だって思ってるのかも知んないけど。あたしは好きだよ? みゅーのそう言うところ。ちょっと、羨ましいと思う。あたしはほら? 結構適当にやっちゃう方だから、あはは…」

 

突き出した拳で頭を掻いて、今度は苦笑い。

臆面もなく褒められる。偉いねって、そんな含みさえ感じる声に、なんだかくすぐったくなってしまった。

 

「鍵閉めヨシっ。じゃ、みゅーはもう帰りなよ? 日誌はあたしが片しとくから」

「いいよ。それこそ私がやるから、ひよりちゃんは先に…」

「はぁっ…」

 

一つ。美優の言葉を遮るように、ひよりは大きく息を吐く。そして、持っていた日誌の角を、ぴしっと美優の前に突きつけた。

 

「さっさと旦那の ところに行けって言ってんの。わっかんないかなー、この気遣い? あたし優しくない?」

「旦那って…。ひよりちゃんもそれ言うの?」

「イヤでもないくせに」

「ぅっ…。それは、うん、まぁ…」

 

こつんと、日誌の角でおでこを突かれた。

 

皮肉に聞こえる彼女の言葉に、けれど、嫌味は感じない。

 

誤魔化す意味はあんまりなかった。手探りだったのは、きっとお互い様。

私が、ひよりへの対応に困っている間も、彼女は彼女で私の様子を伺っていたんだろう。

 

誰もいない隣の席に、つい視線を向けてしまう。休み時間の合間に覗いたスマホには「ごめん…」と申し訳無さそうに続く、奏汰からのメッセージが入っていた。

そんなこと、気にしなくたっていいのに。それでも、連絡を貰えたことが嬉しくて、ほっとする。

 

一日中落ち着かない。体調を崩した奏汰の事が気がかりで。そんな私の様子は、バッチリと見られてしまっていた。

 

それはお互い様。私だって、今日一日彼女を見ていた。

 

仲良しの輪。その中心には ひよりがいて、彼女はいつも誰かと笑っている。

一度だけ、剣呑な雰囲気を感じた事もあったけど、怖いくらい器用に、ひよりは話題をすり替える。

 

一見、おちゃらけては見えるけど、人のことをちゃんと見れる子なんだ。

 

「行ってあげなよ? 深見くん、絶対喜ぶって」

「そう、かな?」

「そうっしょ? みゅーの顔見たら風邪くらい一発だって」

 

当たり前に頷く ひよりに、これ以上、遠慮の言葉は思いつかなかった。

 

「うん、じゃあ…ごめん。えと、ありがとう。私、先行くね?」

「はーい。また明日ねー、みゅー♪」

 

****

 

美優の背中が廊下の向こうに消え後、ひよりはようやく、今朝から続いていた緊張が解れるのを感じていた。はしゃぎ過ぎたかな。緊張すると、いつもそう。その場の勢いで乗り切ろうとする悪い癖。一見誰とでも仲良くしているようには見えるけど、その内心は、人見知りの裏返しでしか無い。

 

美優の背中が曲がり角で見えなくなって、たんっ、たんっ、たんっと、階段を降りる音が響いてくる。少し小走りに、よっぽど心配だったんだろうね。

その音すら聞こえなくなって、静かになった廊下で一人きり、ひよりは知らずごちていた。

 

「なんだよ。むっちゃ良い子じゃん…」

 

それはもう、自然と背中を押せてしまうくらいには。

 

いつも奏汰といる子は、一体どんな子なんだろうと思ってた。

クラスの真ん中にいるあたしと、隅っこにいる彼女。あんまり接点は無い。

大人しくて、引っ込み思案な所は、概ね印象通り。真面目すぎるのは玉に瑕か。

それでつまずく事もあるみたいだけど、そのくらいは愛嬌だと思う。

 

だって美優は、ちゃんと誰かに寄り添える子だ。

 

それは、あたしには出来なかったこと。

 

「私のほうが先に好きだったのに…なんて」

 

気づけば横恋慕、か。

 

すぅっと息を吸って、はぁっと大きく吐き出した。

そうでもしなければ、嫌な言葉を口にしてしまいそう。それは、だめ。嫌な気分になるから。

 

くるり。美優に背中を向けた ひよりは、廊下の反対に向かって歩き出した。

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