前編
神浜市の災害復興による区画整理、その対象にみかづき荘が含まれていた。
地域住民に向けて企業と行政による合同説明会が行われるらしい。
(やっと鳥羽から解放されたと思っていたのに、こんな問題が起きてしまうなんて…)
『やちよさん…これ、どうするの?』
みたまが心配そうな様子で聞いてくる。
「…まずは、その説明会に行くしかないわね」
『俺、ここが無くなるなんて嫌だぞ』
抱きついたままのフェリシアが今にも泣きそうな声で言うが、穢れた身体で触れる事に躊躇いが出た。
『うむ、まずは情報を集める事が必要だろう。こちらでも協力出来る事があれば手を貸そう』
『ええ、ありがとう』
帰ってきたばかりで疲れているだろうと、2人は今日も止まっていってくれる事になった。私としても午前の疲れが出てきたので、とても有り難かった。
そして、日は過ぎて私は説明会の席にいた。
壇上には進行係の他に神浜市長、新西区長、工事会社の担当者がいる。
突然の立ち退きの話に憤りを感じている住民は多く怒号が飛び交っているようだが、その声は私の耳には入ってこなかった。
壇上には鳥羽がいたからだ。如何なる立場でそこにいるのかは分からないが、発言内容や振る舞い方から影響力が大きいようだった。
(どういう事?偶然?それとも…)
説明会は荒れたまま終わった。立ち退きの対象者の転居先を決めるまで十分な時間を設けないまま工事を進めるつもりだったからだ。
後日、2回目の説明会を行なうとの事だったがおそらく状況は悪くなる一方だろう。
『なあ、みかづき荘無くなったりしねぇよな?』
「大丈夫よ。そんな事はさせないわ」
不安な表情を浮かべるフェリシアやさなを宥めるもショックが大きいようで、特にフェリシアは連日不安定になり、私から離れようとしなくなってしまった。
説明会が行われてから1ヶ月の間に神浜学生会議による議論や、神浜市民による抗議活動、反対署名の提出が行われたが工事を中止させるのは容易な事ではなく、既に工事が始まった場所や家を引き払った人も現れていた。
日毎に暗くなるフェリシアや無理に明るく振る舞っているいろはたちを見て、私はみかづき荘を守るために鳥羽に再び接触する決断をした。
『また君の方から連絡が来るとは思わなかったよ』
今回は本当に想定していなかったという顔だった。
「私もするとは思っていなかったわ」
『それで、今度は何かな?』
「神浜市の区画整理。その事業に貴方も関わっているわよね」
『この前の説明会か…。君も来ていたのか』
「ええ、立ち退きの対象に私の家も含まれているのだもの」
『そうか、それは残念だったな』
書類仕事を中断し、私に目を合わせた。
「貴方の影響力なら対象から外す事も出来るのでは?」
『仲介役なら可能だ。だが大事な事を忘れていないか?』
「見返り…ですか?それなら、また私を…」
『君の身体は存分に堪能させてもらったからな。また一晩を共にすると言われても。それだけでは魅力を感じない』
「そんな…」
自分が差し出せるものはこの身体だけなのに、それを言われては手立てが無くなってしまう。
『仕方がないな。それは後で考えるとして、話はしてみよう』
「よろしくお願いします」
『だが良いのかね?私に借りを作ることになるんだぞ』
「構いません。あの家を守れるなら何だってします」
『いいだろう。1週間後までには連絡を入れるから、今日はもう帰りなさい』
「ありがとうございます。感謝いたします」
そして翌週、鳥羽からメールが届いた。
『11月4日(土)17時 ベイサイド神浜1608号室』
日時と場所だけのメールだが、それだけで意味が分かった。
ベイサイド神浜は南凪区にあるで高級ホテルで海を一望出来るように設計が為されている。
やちよは1608号室(最上階にあるスイートルームの一室)の前に立っていた。
室内に誰がいるのか、何人いるのかすら聞かされていなかったが、覚悟は既に出来ていた。身体を穢され、姉と慕っていた人や恋人とも別れた今、やちよにとってみかづき荘は最後に残された拠り所だった。それを守るためなら何だってするつもりでいた。
重厚な扉をノックすると硬質な音が廊下に響き渡る。
すぐに扉が開いた。
「失礼いたします」
一礼してスイートルームに足を踏み入れる。
室内は高価な調度品や家具が配置されていて、特に目立つのは天蓋のついたキングサイズのベッドだった。
『お会いするのは初めてかな。七海やちよさん』
『神浜学生会議には私たちも注目をしていてね。若い世代が東西の遺恨について考えているのは喜ばしい事だ』
室内にいたのは3人の男だった。
建設会社の人間で復興事業の担当者の岩倉、新西区長、そして神浜市長。
いずれも説明会に道断していた人間だった。
3人とも高価なスーツを身に纏っている。
『さて、鳥羽くんから区画整理について話があると聞いているのだが…』
「はい。私の住んでいる家がその対象となっておりまして、見直しをしていただきたく、お時間を頂戴いたしました」
『見直しか、それは難しいな。既に引越した住民も多いと聞く。今になって見直しと言っても不満が大きくなるだけだろう』
「それは理解しております。せめて、私の家だけでも対象から外していただけないでしょうか」
『君だけを特別扱いしろと?それこそ発覚したら大問題だ』
市長が硬い表情で言う。
『それに見直すとして、だ。説得力のある理由が必要だろう。それはどうするつもりかね?』
「その事については案がございます」
『ほう?聞かせてもらおうか』
「私たちの住むみかづき荘は東西と中央区に住む学生の交流の場でもあり、メディアでも取り上げられた事があります。神浜学生会議の活動を支持しているのであれば、そのような場所を失くしてしまうのは実に惜しい事だと思われませんか?」
『市長、どう思われますか?』
『確かに、次の世代の為という名目であれば異を唱える者はいないかもしれないな。良いだろう、君の要求を飲もうじゃないか』
「あ、ありがとうございます!」
『はあ…、一件、対象から外すだけでも試算のやり直しなんですがね』
岩倉はまだ納得言っていないようだった。
『まあ、そう言うな。七海さん。当然、我々への見返りはあるのだろうね?』
「はい。約束していただけるのであれば、この身体を好きに使っていただいて構いません」
『久々の上物だぞ、岩倉くん。現役のモデルな上に我々を相手に臆する事なく交渉を成し遂げた聡明な女性を好きに出来るんだ。悪くない話じゃないか?』
『…まあ、そうですね』
岩倉の視線がナメクジのように身体を這い上がってくる。
『それでは話はここまでにしよう。七海くんはこれに着替えてきてくれるかな?』
市長から手渡された物に着替える為、私は脱衣所に向かった。