①
仕事のスケジュールが空いた状態が続いたある日の事、マネージャー(付き合いは長く、私は秋穂さんと呼んでいて親しくさせてもらっている)が一つ仕事を見つけてきてくれた。
しかし、秋穂さんはその話をするのを躊躇っているように見えた。
『その仕事なんだけどね。今までのティーンズ向けじゃなくて、グラビアアイドルが出るような雑誌で、水着姿の撮影がメインだって言われたんだけど、どうする?』
「水着…ですか」
私は今までそういった仕事はオファーがあっても断っていたし、両親から禁止されていた訳ではないが避けるようにしていた。
「少し考えさせてもらってもいいですか?」
『もちろんよ。ゆっくり考えて』
みかづき荘に帰り、いろはたちにこんな事は相談する訳にいかないので彼にメッセージを送ろうとするが何と切り出せば良いものか、文章を入力しては消すことを繰り返している。
『やちよー、さっきから何やってんだー?』
話しかけてきたのはフェリシアだ。
「仕事の事でちょっとね。やろうかどうか悩んでるのよ」
『んー、よく分かんねえけどやりたくないならやらなくていいんじゃね?』
「それもそうね。ありがとう、フェリシア。冷凍庫にあるアイス、食べて良いわよ」
『マジか!ラッキー!』
(あの子たちの為にもこういう仕事はやっぱり断ったほうが良いわね)
「秋穂さん、この前の仕事の事なんですけどお断りさせていただこうと思います」
『あー、その事なんだけどね。企画の担当者がどうしてもやちよにやってほしいから話をする機会を設けてほしいと言われているのよ』
「どうして私にそこまで?」
『分からないわ。ただ、話を聞いたうえで断るのもありだとは思う。私も同席を許されているし』
「分かりました。聞くだけ聞いた上で断ることにします」
『それじゃあ来週の土曜日、時間空けておいてね』
「はい」
そして当日。打ち合わせ場所として指定されたのは大手出版社だった。もっとも、依頼のあった雑誌は高校生アイドルの水着姿やAV女優のヌードを多く載せている事を売りをしているものだったので関わらないようにしていたのだった。
『やあ、よく来てくれたね。七海さん、それにマネージャーさんも』
出迎えてくれたのは鳩村という30代ほどの男性だった。
「お招き頂きありがとうございます。本日は企画についての説明と伺っているのですが…」
『まあまあ、まあまあ。堅苦しい事は良いから座って座って』
会議室に通され、革張りの椅子を勧められる。
「失礼します」
『今回の企画は水着姿での撮影だと聞いております。しかし、七海はそう言った撮影はNGにしているのですが…』
秋穂が話の主導権を握ろうとして本題から切り込んでいく。
『それは知ってますよ。小学生の頃から活動していてファッション誌での活動をメインにしている事も。でもですよ?この先もモデル業を行っていくのであれば、こういう撮影に挑んでみても良いのではないですか?』
「仰る事は分かるのですが…」
『まあまあ。そう結論を急がずとも良いでしょう。まずは撮影場所や日程を聞いてくださいよ』
企画の内容を聞くに宿泊施設のある無人島を借り切って行うらしい。
撮影のシチュエーションには興味があるが、やはりここは断る意思を示しておきたい。
「申し訳ありませんが私には小中学生の同居人がおりまして、保護者の代理としてそのような仕事をする訳にはいかないのです」
『本人の意思を尊重して今回は辞退させていただけないでしょうか?』
頭を下げて辞意を示すと鳩村は大きく溜息を吐く。
『はぁ〜、やっぱり正攻法では駄目ですか。この手は使いたくなかったんですけどね』
そう言って鳩村が机の上に広げたのはやちよがホテルに入っていく姿を収めた写真だった。
『これ、七海さんですよね?日中に入るとは中々お盛んなようで』
『やちよ、これはどういう事?』
秋穂も想定していなかった事態に混乱している。
「…同級生でお付き合いをしています」
『恋愛を禁止にしてはいないけど気を付けてと言ったわよね?』
『学生会議でしたかな?それの後押しをしている人気モデルが白昼堂々とホテルに行っていたと記事が出たら、世間の目はどうなるでしょうね?その活動自体も上手くいかなくなるかもしれませんよ』
鳩村は言葉には出さないがこう言っているのだ。『この事を取り上げられたくなければ水着の撮影に応じろ』と。
『さあ、如何されますか?持ち帰って検討するなんてのは無しですよ?』
『その撮影に応じたとして、公開しない保証がどこにあるのですか?』
秋穂は毅然とした態度で反論をする。
『確かにその通りですね。でも水着の撮影程度でこの写真やデータを全てお渡しするのは釣り合わないとは思いませんか?』
「釣り合うも何も肖像権は私にあるはずです。それは脅迫に当たるのではないですか?」
『さすがは神浜市立大学に通ってらっしゃるだけの事はある。でもこの業界では通用しない事がある事ぐらいご存じでしょう?』
対立する2人の話に秋穂が割って入る。
『この件は当事務所の弁護士に相談させていただきます。やちよ、帰るわよ』
椅子から腰を浮かせると鳩村の口から想像もしていない言葉が出てきて動きが止まる。
『環いろはに環うい、深月フェリシア、由比鶴乃。どれも美少女揃いだ。うちは懇意にしている芸能事務所もあるのでそっちに情報を回してスカウトさせるという手もある。なんなら水着の撮影に応じるように七海さんが説得してくれるとこちらとしても楽ですけどね』
「あの子たちに近付いたら容赦しないわよ」
『怖い怖い。それで?どうするんですか?』
『写真のデータを今この場で渡す事が第一の条件です』
『だからそれは水着の撮影ぐらいじゃ釣り合わないと言いましたよね?それに私は写真を預かっただけで、データは別の方が管理しています』
『ではどのような撮影なら釣り合うとお考えなのですか?』
『その方の意向としてはイメージビデオですね』
「イメージビデオと言うと水着姿での動画などですよね?」
『よくご存じで。ただし、データとの交換条件として指定されているのはフルヌードでの撮影ですよ』
『お待ちください!いくら何でも裸の撮影なんて許可出来ません!それに彼女はまだ19歳ですよ!?』
『19歳でAV女優になるのも珍しくない時代ですよ。それに雑誌で水着姿になるよりもイメージビデオの方が人が目にする機会は少ないんじゃないですかねぇ』
終始余裕だったのも相手は最初からこのつもりだったのだろう。
『水着姿が載った雑誌と販路が限定されているイメージビデオ。どちらが彼氏さんの目に入る可能性が低いと思いますか?まさかとは思うけどホテルに入るところを撮られたと彼氏さんに相談したりしませんよね?」
「…分かりました。ヌードでも何でも撮ればいいわ。その代わり、データを今すぐに全て渡してもらうのと、あの子たちに決して近付かないと約束して』
『やちよ。本当にそれでいいの?」
「ええ、私の裸ぐらいであの子たちを守れるなら何て事は無いわ」
『…分かったわ。ただし私からも一つ条件を付けさせてください』
『何でしょう?』
『撮影には私も立ち合わせていただきます。新たに盗撮される可能性もあるので』
『良いでしょう。では今から車を用意するので一緒に行きましょうか』
今は鳩村に着いていくしかない。覚悟を決めて会議室を後にした。
鳩村が運転する車内では終始無言だった。とても話す気になどなれない。
カーラジオから流れてくる流行りの歌も今は雑音にしか思えなかった。
30分ほどは走っただろうか。車は高級マンションの前で停車した。
『鳩村です。今マンション前に着きましたので向かわせます。はい、はい、よろしくお願いいたします』
電話を済ませた鳩村が振り返ってきた。
『部屋は15階の1号室です。くれぐれも失礼のないように』
「分かってるわ」
エントランスに入り部屋番号を押すと『どうぞ、お入りください』と若い女性の声がしてドアが開いた。
(今の声、聞いた事があるような…)
そんな事を考えながら秋穂と一緒にロビーに足を踏み入れる。
商談でも行うのだろうか、まるでホテルのラウンジのように高価な調度品や家具が置かれている。
エレベーターに乗り目的の階のボタンを押した。こちらとしてはなるべく遅く登ってほしいのに意思に反して高速で登っていき、あっという間に着いてしまった。
不安と緊張から足が震えているのを自覚しながら一歩踏み出す。
『やちよ、今ならまだ間に合うわ。引き返して社長に相談しましょう』
「駄目。私の同居人の事も知っていたし、まずは写真を取り返さないと安心出来ない」
『何か考えでもあるの?』
「最悪、実力行使ね」
指示された部屋の前に着いた。インターホンは取り付けられていないので玄関扉を三度ノックすると扉が開いた。
『いらっしゃい。七海やちよさん』
「あなた、阿見さん!?」
聞き覚えのある声だとは思ったがまさか同じ魔法少女がいるとは思ってもみなかった。
『そちらの方はマネージャーさんね?何度かお見かけした事があるわ』
『七海のマネージャーをしております、木原と申します』
『お二人とも中へどうぞ。中でお待ちしていますよ』
廊下の先にある扉を抜けるとそこは色合いが揃えられた家具が置かれており、洗練された印象を受ける。
そして革張りのソファに高価なスーツを纏った男が1人座っており、背後には1人の女性が控えていた。
『鳥羽さん、お連れしました』
『ああ、ありがとう。君も楽にしていいぞ。2人も座りたまえ』
『ありがとうございます』
そういって阿見莉愛は鳥羽の隣に腰掛けたがその距離感から親密さが伺える』
「失礼します」
『ふむ、雑誌やテレビで観ていたがやはり中々の美人だな』
品定めするような視線に虫唾が走った。
「お世辞は結構です。それよりも早く写真のデータを渡してください」
『それは構わない。だが鳩村から条件は聞いているだろう?反故にしないという保証がどこにある?』
『それは代わりになるものを差し出せ、という事ですか?』
『話が早いな。商談には迅速な判断が求められる事もある。君も中々に優秀のようだし、外見も良いじゃないか』
「撮影には応じます。しかし、それ以上に何をお求めなのですか?」
『ふむ、念書に一筆添えてもらうとして、そうだな。2人とも今ここで脱ぎたまえ。それを撮影させてもらう』
「は?」
思わぬ指示に思考が一瞬停止する。
「それでは弱みを握られていることに変わりがないじゃないですか」
『そうだな。私としてはどちらでも良いのだが、少なくともここで脱いだ映像は誰にも公開しないと誓おう。もちろんイメージビデオの撮影が終わればそのデータもお渡ししよう』
しばし考え、どちらがマシであるかを天秤にかける。
「分かりました。でもマネージャーは関係ありませんよね?あくまで商品価値があるのは私な筈です」
『やちよ、貴女1人にさせる訳には…』
『最初はそのつもりだったのだがね。鳩村から君のマネージャーも中々の美女だと連絡があってね、一目見て君の裸も見たくなったという訳だよ』
『社長、撮影の準備が終わりました』
鷹野がセッティングを終えてカメラをこちらに向けてくる。
『おお、ありがとう。さあ、マネージャーもやると言っているんだ、早く脱ぎたまえ』
『鳥羽さんの気持ちが変わる前に早く従った方が良いわよ』
阿見莉愛は鳥羽の肩に頭を預け、左腕に胸を当てがっている。
『やちよ、本当に良いのね?』
「こんな事になってしまってごめんなさい。でも、今はこうするしかなさそうです」
2人は公開脱衣を行う覚悟を決めてカメラに向き合った。
この日のやちよの服装は白いレースのブラウスにデニム生地のマーメイドスカートを合わせていて身体のラインが目立たないゆったりとしたものだった。
それとは対照的に秋穂はパンツスタイルのスーツを着こなしていて、腰回りや脚の細さが分かる。
やちよがブラウスを脱ぐと水色のカップ付きキャミソールが露わとなる。次いでマーメイドスカートを下ろすとキャミソールと同色の下着が見えた。
ファッションショーでの衣装替えで慌ただしさから下着姿を見られても気にしている場合ではなかった経験もあるが今回は違う。下着すらも脱ぎ肌を晒さなければならないのだ。
だが躊躇している間に気を悪くされては困る。キャミソールを勢いよく捲り上げて乳房を曝け出し、そのまま下着も脱いで性器もカメラに収めさせる。
『ほう。水着の仕事は受けていないのにアンダーヘアは全て処理しているのか』
『本当はそっちの仕事もしたかったんじゃないんですか?』
鳥羽と阿見莉愛は好き勝手に感想を語っている。
秋穂はジャケットと白いワイシャツを先に脱ぎ、黒いブラジャーを露出した。胸の大きさはやちよよりも大きいようだ。
ベルトを緩めてパンツスーツを脱ぐとお揃いの黒い下着が披露された。
『君も中々に良い身体をしているじゃないか。下着も早く脱ぎたまえ』
鳥羽を睨みつけながらストラップから腕を抜いていく。大ぶりな乳房に対して乳輪は小さく可憐な感じがある。次いで最後の一枚も脱ぎ去った。
『あら、マネージャーさんもちゃんと整えているのね』
同性にまじまじと見られる方が屈辱的だと2人は感じた。
「さあ、言うとおり裸になったわ。写真のデータを渡しなさい」
『良いだろう。では念書も書いてもらうから座りたまえ』
裸のままソファに座るが臀部で直接感じる革の感触は不快だった。
鷹野が書類と一緒に写真のデータが入っているであろう、USBメモリを持ってきた。
「本当にデータが入っているのか確認させてください」
『疑り深いな。だがその慎重さはこの業界で生きていくには必要だな』
鷹野に目配せをしてパソコンを持ってこさせる。
確かにUSBの中には件の画像が保存されていた。
「確認しました。コピーをとったり、他に持っている人はいないですよね?」
『ああ。鳩村には写真を渡したが処分するよう伝えておく。それと撮影したのは阿見君だ。他に持っている者はいない』
「…貴女が撮ったの?そんな事をする人だとは思っていなかったわ」
『それはそれ、これはこれよ。長いものには巻かれろというでしょう?』
『さて、それでは念書にサインしてもらおうか。それが済んだら今日は帰って構わない』
『やちよ、内容は私も確認するわ。どこに落とし穴があるか分からない』
内容証明
・私、七海やちよ(以下乙)は企画担当者(以下甲)の求めに応じて撮影に自らの意思で臨んだ事を証明する。
・販売期間については5年間を有効期限とする。
・売り上げの50%を乙に配分する。
『問題はないかな?』
『販売期間については気になるけど飲むしかないわね』
「分かりました、この条件に従います。ただし同居人には近付かないとそちらも一筆書いてください」
『良いだろう。すぐに用意しよう』
鳥羽がその書面にサインした事を確認し、やちよも念書にサインをした。
『それでは契約は成立だ。撮影については追って連絡する。今日は帰ってゆっくり休みたまえ』
この場から早く去りたい一心で2人は服を身に纏いマンションを後にした。
『お疲れ様。思っていたよりも早かったね』
エントランス前では既に鳩村が待機していた。本当は乗りたくなどないのだが写真を回収しなければならない。
「写真を返してください」
『ふうん、その様子じゃ鳥羽さんに食べられた訳じゃなさそうだ』
鞄から写真を取り出しながら話をしてくる。
「何の話ですか?」
『部屋に女の子か秘書さんがいなかったかい?鳥羽さんは性豪だからね。毎日のように女の子とやってるよ』
「そんな…それじゃあ阿見さんも?」
『ああ、阿見莉愛さんか。彼女とは何度かした事あるけど口でするのが上手いんだ』
「そんな話聞きたくありません!」
マギウスの翼や浄化システムをめぐる戦いでも協力してもらったことがあるだけに、そのような道に進んでいる事が信じられなかった。
自分たちの事務所の近くで降ろされ、社長に事の顛末を伝える事となった。
社長は憤っていたが鳥羽の名を出すと諦めたように椅子に身を深く沈めた。
『今回の事は悪い夢でも見たと思って忘れたほうがいい』
「あの人の事、ご存じだったんですか?」
『あいつは目をつけた子への仕事を減らさせて自分のところへ来るように仕向けるんだ。そして身体を差し出させる事で仕事を回して支配していくんだ。それを苦に引退した子もいれば、誰にでも喜んで抱かれるようになった子もいるという話だ』
「そんな…」
『今日はもう帰りなさい。撮影の日に向けて体調を崩さないようにするしかない』
「そんな…」
みかづき荘に帰ってからも不安に駆られていた。本当に裸の写真を他者に渡したりしていないだろうか?
『やちよさん、疲れているようだけど大丈夫ですか?』
「え、ええ。大丈夫よ。今後の仕事の話し合いが長引いただけだから」
いろはたちを守る為に肌を晒した事や阿見莉愛と敵対するような関係になった事は言える筈もなかった。
「でも今日は疲れたからもう寝るわね。おやすみ、いろは」
『はい。お休みなさい、やちよさん』
そして次の日の午後、1週間後に撮影の為に海外に行く事が決まったと秋穂から連絡が入った。