便宜的な友。以前、二人で読んだ異国の古い戯曲にあった言葉。恋人同士より遥かに気楽で軽い関係。王の提案を受け入れれば、ベネディクトはずっと想い続けてきたラインハルトに触れることができる。そう考えただけで聖騎士は、身体の深奥から突き上げて来る愛欲に眩暈にも似た陶酔を感じた。本来気持ちを伝えるだけのつもりだったことを思えば、彼の提案は十分すぎるほどだった。
「それは……良いお考えだと思います」
ベネディクトは提案内容の衝撃から冷静になると、微笑んで答えた。ラインハルトも聖騎士の答えに安堵して微笑み返す。
「私の提案を受け入れてくれてよかった。……まあ、考えても見てくれ。元々私は君の友達――“フレンド・オブ・ベネディクト”だ。それが便宜的な友、戯曲にあったようなフレンズ・ウィズ・ベネフィッツになったとしても大した違いはない――そうは思わないか?」
両掌を上に向けて肩を竦め、悪戯っぽく片目を瞑ってみせた皇帝にベネディクトが目を丸くし……次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「あっははは! まさか貴方が駄洒落を言うとは!」
一頻り笑い、可笑しさが漸く去ると、まだ顔に笑みを残したままベネディクトはラインハルトに向き直った。
「……それで、陛下。今は夜で、貴方の私室に二人きりです。私たちはこの後……? 無論、亡霊と戦ってお疲れでなければ、ですが」
ベネディクトが熱の籠った眼差しを向け、ラインハルトは初めて見る彼の捕食者のような双眸に鼓動が早くなる。……が、それを待ち望んでいたことを悟られぬように片手を軽く腰に当て、余裕のある表情を浮かべて見せた。
「もちろんあれしきの戦闘で疲れてなどいない。君の言う通り『今は夜で私の私室に二人きり』だ。早速”友達以上のこと”をしようじゃないか」
ラインハルトがそう言って半歩近づき、片手を伸ばしてベネディクトの首の後ろを引き寄せる。
――夢にまで見た、ベンとのキス。
高鳴る鼓動にどうにかなりそうになりながらも、ラインハルトは僅かに背伸びして聖騎士にゆっくりと唇を近づけた――が。
「お待ち下さい」
突如両肩をガシッと掴まれて引き離される。
「ベ、ベン?」
ラインハルトが当惑して聖騎士を見るが、ベネディクトは些か困ったような顔をしていた。
「陛下。便宜的な関係にそのような愛情表現など必要ありません。寧ろ口づけなどされたら貴方に恋している身の私としては……その、夢中で求めてしまいそうで……」
――夢中で……え?
いつもストイックな彼が目を泳がせて宣う言葉にラインハルトがドキリとする。聖騎士が続けた。
「恋人同士ではないのですから……何と言うか、淡々と性欲処理だけに終始する方が私も割り切ることができるし、貴方の望む関係を築けると思います」
「……」
ベネディクトの言いようにラインハルトは少しの間、沈黙する。
――ああ、そうか。ベンは私がそういう割り切った関係を望んでいると思っているのだな。本心は違うとしても……それを言えぬ以上、彼の言う通りにするしかないのか……?
頭ではわかっていてもやはりラインハルトは無事に戻れるかわからない最終決戦に赴く前に彼とキスしたかった。思い出を、作りたかった。
――何か、彼とキスをするための適当な理由がないだろうか?
と考えを巡らせたところで、ふと思い出したことがあった。
「ベン、憶えているか? 旅の途中で“親友”が交際相手、“大親友”が伴侶を意味する珍しい街があっただろう? 親友である君と私がもし仮にその街に住んでいたとしたら、とっくに交際している関係だ。今、友達以上の関係になったことだし、この際キスしてみないか? もちろん君が『夢中で求め』たければ、そうしてくれて構わない」
自分でもかなり大胆なことを言っている自覚はあった。だがラインハルトはどうしても彼とキスしたかったのだ。そのとき、平静を装っていた彼の耳は少しだけ赤く染まっていたが――幸いなことに、その変化にベネディクトは気づかなかった。
王の言葉に目を見張った聖騎士は、ふいに可笑しさが込み上げてきて苦笑した。
「陛下……ライ。そんなことを言って大丈夫か? 本気でそうするぞ?」
「ああ」
首肯した瞬間、ベネディクトの双眸が危険な光を帯び、ラインハルトは期待で震えそうになりながらも勝気な笑みを浮かべた。そして――力強い腕で腰を引き寄せられて勢いよく唇を塞がれる。
ラインハルトは唇が触れた時、一瞬身体を硬直させたがすぐに両腕を彼の首に回し自ら口を開いて彼を招き入れた。互いの舌を絡ませ、咥内を探り合う。頭の芯が甘く痺れるようなキスに夢中になる中、上衣の裾から滑り込んだ手に素肌を撫でられてラインハルトは驚き、思わず口づけを解いた。
「あ……わ、っぷ!」
続けて素早くベルトを解かれて際どいところまで下衣を下ろされたかと思うと、寝間着の上衣を勢いよく脱がされる。そして反応できずにいる間に肩を押されてベッドに腰を落とし、跪いたベネディクトに脛当てを外され、ブーツ、それから下着ごと一緒くたに黒の下履きを脱がされてあっという間に裸にされてしまった。既に芯を持ち始めたモノが露わになり、ラインハルトは慌ててベッドの上に座り直すと片膝を立ててそれをベネディクトの視線から遮った。
「ベ、ベン! 君、そんな重そうな鎧を着ているというのに、手際が良すぎだ!」
「ウェイトパージをつけているからな」
ラインハルトが思わず抗議するとベネディクトはしたり顔で答えた。
「君も脱げよ。私だけ裸じゃ恥ずかしいだろ」
皇帝に憮然とした態度で言われ、聖騎士はもっともだというように頷き、マントや鎧を外した後、上衣を脱いで床に投げ捨てた。そのまま下穿きに手をかけ脱ぎかけて、自分のモノが先ほどの情熱的なキスで既にしとどに濡れていたことに気付く。思わず苦笑して躊躇なく脱ぎ捨てた。
そして……同じく裸になったベネディクトがベッドに乗り上げたが、先ほどまでの性急さとは打って変わってラインハルトを優しく押し倒す。
聖騎士が皇帝の貌の両脇に手をついて見下ろすと、枕に銀色の流れを成す髪は燭台の灯りに照らされてキラキラと輝きを放ち、まるで神話に出てくる誇り高い幻獣・銀狼を思わせた。そして自身の下にある、彫像のような美貌。その澄んだ蒼瞳に見つめられ、吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。
「……貴方は美しい」
「君も美しいよ、ベン」
僅かに目を細め、自身を賞賛したベネディクトを真っすぐに見返して、ラインハルトが宣う。ベネディクトの鍛えられた褐色の肉体も夜空の色の髪も暗緑色の双眸も、微笑む時に見える皓い歯も、ラインハルトはいつも美しいと思っていた。
皇帝の賛辞に聖騎士は笑い、再びラインハルトに口づけた。唇が重なり合うだけでラインハルトの下腹は熱を増していく。
「!!」
最中、熱の昂りを直接握られてビクリと身体が撥ねる。
――あ、あ。ベンの大きな手、が。
聖騎士の剣を扱う武骨な手が、掌全体で包み込むようにしてラインハルトのモノに刺激を与え始めた。緩急をつけながら何度も扱かれればたちまち反応してしまう。
「ふっ……う、……」
上下に扱かれながら先端を親指で擦られるとラインハルトは相手の唇で塞がれている口から小さく息を漏らして切なげに眉根を寄せた。彼のモノが少しずつ固くなっていくのがベネディクトにも分かり、ラインハルトへの愛しさで堪らない気持ちになる。
――もっと気持ちよくなってほしい。
そんな思いに衝き動かされてベネディクトは口づけを解いて彼の白い首や胸、腹にキスを落としながら下へと降りて行き、下腹の昂りを口に含んだ。
「なっ……あ、ベン……!」
驚き、逃げを打つように揺らした腰を捕らえ、しなやかな腿をガッチリと抱え込み、唾液を塗りつけるようにして吸い上げるとラインハルトの身体がビクビクと震えた。もっとして欲しいというように髪を掻き回されれば、より激しく舌を動かす。
やがて絶頂が近いことを知らせる腹部の痙攣に気付き、ベネディクトは慌てて口を離した。限界が訪れたことで放たれた熱い飛沫が聖騎士の顔にかかる。
息を乱して少しの間、放心していたラインハルトはふとベネディクトの方を見て、彼の顔が自身の白濁で汚れているのに気づき頬を染めた。
「ベン、ああ、もう! 目に入ったら大変だぞ。ほら、使え」
と身体を捻ってベッドサイドテーブルからタオルを取り出すとベネディクトに投げる。
「ありがとう」
タオルを上手くキャッチしたベネディクトは礼を言って顔を拭い、拭い終わると彼は改めて目の前に横たわったラインハルトをじっと見つめた。ラインハルトが居心地悪そうに目を逸らす。
「そんなにまじまじと……見るな……」
「何故? 貴方は綺麗じゃないか」
「恥ずかしいだろ……」
「フフ……」
まるで十代の若者のような物言いに思わず笑いが込み上げて来てベネディクトは肩を震わせて笑った。
「私も君をイかせる」
「え? ライ…!!」
そんな聖騎士の様子にムッとして、機敏に起き上がり掴みかかってきたラインハルトに聞き返す間もなく、ベネディクトはあっという間にベッドに組み伏せられてしまった。銀色の滝が顔の横に落ち、獲物を前にした銀狼のように研ぎ澄まされた光を宿した皇帝の双眸に聖騎士は息を呑む。ラインハルトは余裕のある笑みを浮かべてベネディクトの頬に触れるとその手を下に滑らせ首筋を撫でて鎖骨をなぞった。掌でベネディクトの逞しい胸から腹筋を恭しく伝い、身を起こして彼の脚の間に陣取ると彼の身体の中心ですっかり硬くなった、雄大なそれを楽しげに見つめ、幹に指を絡ませる。更にきゅ、と圧迫されてベネディクトが低く呻き、主君の視線を感じながらも羞恥心など感じる余裕もなく腰を蠢かせた。
「ライ……」
ベネディクトが哀願するような目で見つめ、それに微笑み返すとラインハルトはゆっくりと顔を近づけていき……その赤黒い屹立に舌を這わせる。生暖かい感触に襲われてベネディクトは全身が震えた。そのまま亀頭部分を舐め回され裏筋をなぞられると頭が真っ白になるような快感に襲われる。
「あっ! 待……っ」
思わず制止の言葉を口にしてしまうところだったが、快楽の奔流を待ち望む本能がそれを途切らせた。
ラインハルトの手と口に依る愛撫は徐々に激しさを増していき、溢れ出る蜜を舐め取るように先端を何度も刺激されて頭がおかしくなりそうだった。そして……
「ライ……っ!出る……っ、く……!」
切羽詰まった声と共にベネディクトはついに絶頂を迎えた。
「はぁっ……はぁっ……」
欲を出し切った後、荒い息を吐きながら目を閉じ余韻に浸っていたが。
「不味い……」
足元から聞こえた深みのある低音にはっとしてそちらを見た。上体を起こしたラインハルトが眉を顰めながら手の甲で口元を拭っているところだった。
「ラ、ライ、まさか口で受け止めたのか!?」
「ああ」
慌てて起き上がり信じられない思いで聞くと、平然とした答えが返った。
「口の中を拭いてくれ、早く!」
つい先ほどラインハルトがしたようにベネディクトはベッドサイドテーブルからタオルを取り出すために手を伸ばそうとした。
「いや、飲んだから必要ない」
だがそう言って遮り、満足そうに笑うラインハルトを見た途端、ベネディクトの心臓が大きく跳ねた。カーッと顔が熱くなり、心臓が早鐘のように打つ。
ベネディクトの恋愛経験が豊富ならば、自分が出したものを飲み干して満足げに笑う想い人に胸が高鳴った瞬間が”ときめき”だとわかっただろう。だがその感情が今の彼には理解できずに、何か言おうとして言葉にならず、口をパクパクさせる。
「ん? どうした、ベン。面白い顔をして」
と言いながら気怠げに髪を掻き揚げる皇帝の、男の色香に当てられ、暫し放心して見つめていたベネディクトだったが、漸く我に返ると眉を顰めて俯き、目を逸らした。
「ライ……」
「うん?」
「そういうの、やめてもらえないか?」
「そういうの、とは?」
ラインハルトはベネディクトが言わんとしていることがわからず、真顔で聞き返す。
「私の射精したものを飲んで微笑んだり、さっきの情熱的なキスも……私が貴方に対する好意を告げた後でそんな思わせぶりなことをされては、貴方も私を好ましく思っていると信じたくなってしまう。実際は友情の延長線上の性欲処理にしか過ぎぬというのに」
「……」
そう。結局のところ、今の二人の行為は単なる性欲処理ということになっている。このような関係を言い出したのは他ならぬ皇帝自身だ。相手に愛情を感じさせることをするべきではなかった。
「……すまない。これから気を付ける」
だからラインハルトは胸の痛みに苛まれながらも、ただ素直に詫びた。
――ああ。素直に好意を伝えられないことが、こんなにも辛いとは……それでも今は、彼に好意を告げることはできない。最終決戦を終えるまでは。
皇帝は今一度、自分自身に言い聞かせた。