※この作品はR-18です。

瀬名姫、首をもって尾張を訪う   作:キューブケーキ

2 / 5
1 瀬名姫の衝動

 弘治三年の冬。

 雨音が障子を淡く濡らしていた。

 灯は落とされ、部屋には燭台に揺れるひとつの火だけ。

 籠の中の鳥のように、わたくしはこの部屋で今日も誰を待つわけでもなく、眠るべく布団の上に身を預けていた。

  けれど、その夜は違っていた。

 遠くから鶴丸の足音がしていた。

 夜伽ではない。彼はただ、お湯を運ぶためだけに来たのだろう。けれどそれだけで、胸がきゅうと締め付けられた。

 

「姫さま、お湯を……」

 

 わたくしは寝たふりをしていたのに、障子の向こうからその声が届いた瞬間、起き上がってしまった。

 裾を整えるふりをして、胸元を軽く押さえ、火の近くへと身を寄せる。

 

「鶴丸……少しだけ……傍にいてくれませんか」

 

 彼の瞳が、瞬きの間に揺れた。

 彼は、わたくしの命じるままに、座敷の隅へとにじり寄る。

 その距離はたった一尺。けれど、その一尺がふたりの心を焚きつける。

 わたくしは、そっと彼の指に触れた。

 それはほんのかすかな、火花のような感触だった。

 それだけで、呼吸が乱れるのを感じる。

 

「……鶴丸、わたくしのことを、嫌いですか?」

「そんな……滅相もない。姫さまを――」

「では……」

 

 言葉の続きを告げぬまま、わたくしは自らの手を彼の手に重ね、震えるように裾の縁へと導いた。

 白鷺の羽を撫でるように、彼の指先がわたくしの太腿に触れた。

 冷たい。けれどそれは心が欲していた熱を吸い取るようで――たまらなく愛おしい。

 

「触れて……少しだけで、いいのです」

 

 それは命令ではなく、祈りだった。

 彼は迷いながらも指を滑らせ、わたくしの膝裏へとふれてきた。

 甘く疼くような感覚が、腹の底で泡立つ。

 この手を自分から裾に導いたこと――それがどれほど許されぬことか、誰よりわたくしが知っていた。

 けれど今は、理(ことわり)などいらなかった。

 女としてのわたくしが、誰かの手にあるということだけが、すべてだった。

 その手を離さぬように、わたくしはもう一度、そっと自分の裾を持ち上げた。

 彼の瞳が見開かれる。

 だが拒まなかった。

 わたくしの裾を押し上げると、夜の空気が腿に触れ、ひやりとした感覚が走った。

 その冷たさがかえって火照りを際立たせ、身体の芯がずきずきと疼いた。

 鶴丸は声も出さず、ただ震える手でわたくしの意図を探ろうとしていた。

 拒む気配も怒る様子もない。あるのは、ただ――戸惑いと、焦がれるような静かな熱。

 わたくしは彼の手をそっと包み込み、その指を秘めたる場所へと導いた。

 指先がそこに触れた瞬間、息が喉の奥で止まった。

 濡れていた――いつのまにか、自分のものではないような熱と潤みがそこに宿っていた。

 わたくしの心が求めていたのは、理屈ではなく、ただ触れてほしいという感覚だったのだと知る。

 鶴丸の指が、ためらいながらもそっと沈む。

 

「あ……」

 

 漏れた声に自分でも驚いた。

 声など出してはならぬのに。

 でも、どうしても抑えられなかった。

 その指が、ゆるやかにわたくしの秘裂の奥へ沈みゆくとき、全身の力が抜けていく。

 その場所は、熱く、柔らかく、けれどまだ開ききらぬ蕾のように繊細だった。

 

「姫……さま……」

 

 震える彼の声。

 だが、わたくしは首を横に振った。今は言葉などいらない。

 ゆっくりと、ゆっくりと――鶴丸の指が、ひとすじの水をたどるように沈んでいく。

 わたくしはその感触に溺れ、目を閉じた。

 そこは誰にも知られてはならぬ場所。

 けれど今だけは、彼の指がわたくしの「女」を知ってくれることが、なによりも嬉しかった。

 心の奥で誰かが泣いていた。

 それは幼さを脱ぎ捨てたばかりの、女としてのわたくしの声だった。

 わたくしの手が、ゆっくりと鶴丸の腰に伸びた。

 彼の動きが止まる。驚き、震えていた。

 でも逃げはしなかった。それが嬉しかった。

 紐を解いたのは、わたくしだった。

 ほどけた布の奥から、熱を帯びた大きな根っこがこぼれ落ちる。

 初めて見る男の象徴――けれど、怖くはなかった。

 むしろ、その存在が、この世でたった一つの贈り物のように思えた。

 

「……熱い」

 

 小さく呟いて、そっと唇を寄せた。

 指先で撫でると、彼が短く息を呑んだ。

 身体が反応していくのが掌ごしに伝わってくる。

 そのすべてを確かめるようにわたくしは口を開いた。

 柔らかくも、張りつめた大きな根っこが舌先に触れた。

 驚くほどの温かさに、喉の奥が震える。

 けれど、わたくしは躊躇わなかった。

 初めて味わう感触に、心がどこか遠くへ飛んでいく。

 音を立てぬよう、慎ましく――けれど確かに、わたくしは鶴丸のものを包み込んだ。

 

「姫さま……っ、それは……いけません……」

 

 彼の声は哀願のようだった。でも、わたくしは唇を離さない。

 これは咎でも奉仕でもない。

 ただ心が触れたいと願った、ひとつの祈りのかたち。

 頬を染めながら、唇を滑らせる。

 甘さも、苦さも、そのすべてを覚えたかった。

 そしてその瞬間、わたくしは確かに知った。

 女であるということは、奪われることではない。

 与えること――差し出し、包み、許すことなのだと。

 わたくしの唇の奥で、大きな根っこが震えた。

 彼の両手は畳を掴み、声を抑えようと唇を噛んでいる。

 熱は、もう限界まで高まりきっていた。

 彼の息づかいが荒くなり、わたくしの頭を逃がそうと手が動いた。けれど、わたくしは首を振った。

 自らの意志で唇を深く押し当てる。

 苦しくても構わなかった。

 

「……あっ……」

 

 かすれた吐息とともに、温かいものが迸る。

 瞬間、喉の奥まで満たされる熱。

 甘くも苦く、生々しい命のしるし。

 けれど、わたくしは眉ひとつ動かさず、それをすべて――飲み干した。

 逃がすことなく、零すこともなく。

 彼のすべてを受けとめたという誇らしさと、身体の奥に染みこむような余韻に包まれていた。

 喉をひくつかせながら、わたくしは唇をそっと離した。

 唇の端にかすかに残った雫を、舌で拭い取る。

 鶴丸の目が、大きく見開かれたまま震えていた。

 

「……どうして……そこまで」

 

 彼の問いに、わたくしはそっと微笑む。

 

「だって、これは……わたくしが望んだことですから」

 

 火の揺れる音だけが、部屋を満たしていた。

 夜は深く、長い沈黙がふたりを包んでいた。

 でも、あの瞬間――確かにわたくしは、ひとつの幼さを手放したのだと知っていた。

 わたくしは彼の首に腕をまわし、耳元で囁いた。

 

「鶴丸……わたくしを……あなたのものにして」

 

 彼は大きく目を見開き、言葉を失っていた。

 けれど、その瞳に浮かぶのは拒絶ではない。

 怒りでもない。

 それは――哀しみと、深い愛情に似た、炎のような願い。

 

「姫さま……っ、それは……戻れなくなります」

「もう戻らなくていいのです」

 

 わたくしは微笑んだ。

 誰に奪われるよりも、誰に抱かれるよりも、この人の腕の中で、女になりたかった。

 わたくしは裾を持ち上げ、自らの身体を露わにした。

 そして震える鶴丸の手を取り、腰を引き寄せた。

 熱がふたりの間に満ちていく。

 鶴丸の大きな根っこが、そっとあてがわれる。

 その形が触れた瞬間、喉奥からかすかな声が漏れた。

 わたくしは恐れを押し殺しながら、そっと腰を落とした。

 張り裂けるような痛みが走った。

 目の端に熱いものが浮かぶ。

 けれど、逃げなかった。

 鶴丸の瞳が、涙に濡れるわたくしを見つめ、何も言わずに、額にそっと口づけてくれる。

 

 そして――

 

 ゆっくりと彼のものが、わたくしの奥へと沈んでいった。

 身体が裂かれるような感覚とともに、自分の中に違う命の形が入り込む、その圧倒的な実感に息が詰まる。

 でもそのすべてが胸の奥に甘く疼く。

 わたくしは、声にならない声で彼の名を呼んだ。

 そして――その夜、確かに、ふたりは結ばれた。

 

 

 

 

 朝の光が障子越しに淡く差し込んでいた。

 夜が明けたことを、世界がそっと告げていた。

 けれど、ふたりの時間はまだ夜のままだった。

 わたくしの下腹には火照りと痺れが残り、襖の内側は甘い匂いと熱に満たされていた。

 鶴丸は――また、わたくしの中にいた。

 夜が終わっても彼の想いは終わらなかった。

 痛みを抱きながらも、わたくしはそのたびに彼を受け入れた。

 何度目かもうわからなかった。

 彼は、わたくしの身体を貪るように求め、けれどその唇は、繰り返しわたくしの頬に、額に、首筋に――まるで許しを請うようにそっと触れた。

 

「……ごめんなさい、やめられない」

 

 彼がそう囁いたとき、わたくしはただ細く笑った。

 

「鶴丸、もうあなたは……わたくしを何度も壊したのに」

 

 そう言いながらも、腕を伸ばして彼の背中を抱きしめる。

 心が疼いた。けれどその痛みが、愛おしかった。

 朝の光のなかで、ふたりの影は絡まりあっていた。

 許されないことを繰り返しているのだと、頭では理解していた。

 けれど身体は、心は、もう戻れなかった。

 彼のものがまた、奥へと沈んでゆく――

 そのたびにわたくしの中で、何かが深く、溶けていった。

 朝の気配が、部屋の外から容赦なく忍び寄っていた。

 障子の向こうでは、女中たちの足音や、井戸の水音が始まりつつあった。

 けれど、ふたりの時はまだ終わっていなかった。

 瀬名の唇に縋るように、鶴丸は腰を揺らしていた。

 夜を越えてなお収まりきらない想いが、彼の身体を突き動かしていた。

 姫の唇は静かに、しかし逃げもせず、それを包み込んでいた。

 

 けれど――

 

 もう引き返せないと悟ったように、鶴丸は眉を寄せ、呻くような声を漏らした。

 

「……瀬名さま、も……もう……」

 

 その言葉の余韻すら残さぬまま、彼は慌てて身体を引いた。

 

 そして――

 

 白い飛沫が、姫の頬へ、額へと散った。

 熱いものが、肌を打ち、滴る。

 鶴丸の肩が大きく波打ち、彼の表情が苦悶と絶頂の入り混じる影に変わった。

 

「っ……申し訳……っ!」

 

 瞬間、彼は身を翻した。

 乱れた衣をかき集めるようにして、後も見ずに、襖を開けて駆け出していった。

 部屋には、わたくしだけが取り残された。

 顔に残されたその痕が、まだ温かい。

 わたくしはそっとそれに指を触れ、何かを確かめるように口元に持っていった。

 甘く、苦く――

 そして、わたくしの選んだ「今朝」が、確かにそこにあった。

 

 

 

 

 障子の外から、誰かの足音が近づいていた。

 けれどわたくしは、すぐには動けなかった。

 唇を閉ざし、ただ目を伏せたまま。

 襖が静かに開かれたのは、朝餉の支度と着付けを担う女房たちが控える刻限だった。

 

「おはようにございます――ひっ……!」

 

 先頭の若い女房が声を上げ、そのまま膝をついた。

 続いて入ってきたふたりも、顔をこわばらせて立ち尽くす。

 わたくしは床に座り、まだ衣の襟を整えぬまま、ぼんやりと鏡台の方を向いていた。

 朝の光の中、白い痕が頬に、喉元に、さらには胸元の襦袢にまでかかっていた。

 言い訳のしようもないほど――露わで、生々しい痕跡。

 それを見た彼女たちのうちのひとりが、泣きそうな声で震えながら言った。

 

「姫さま……その、お顔に……まさか、賊が――っ」

 

 わたくしは唇の端にだけ笑みを浮かべ、ゆっくりと首を傾けた。

 

「ええ……なんだか、松平竹千代さまの夢を見たような……気がしますの」

 

 女房たちは一様に凍りついた。

 誰もが、それ以上を口にすることを恐れている。

 沈黙の中で、わたくしは袖を持ち上げ、頬の白濁をゆっくりと拭った。

 その仕草が、かえってすべてを確かにした。

 誰も言葉を継げぬまま、女房たちは視線を伏せて静かに動き出す。

 着替えを運び、湯を沸かし、けれど誰ひとりとして目を合わせようとはしなかった。

 朝の支度は、やけに静かだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。