弘治三年の冬。
雨音が障子を淡く濡らしていた。
灯は落とされ、部屋には燭台に揺れるひとつの火だけ。
籠の中の鳥のように、わたくしはこの部屋で今日も誰を待つわけでもなく、眠るべく布団の上に身を預けていた。
けれど、その夜は違っていた。
遠くから鶴丸の足音がしていた。
夜伽ではない。彼はただ、お湯を運ぶためだけに来たのだろう。けれどそれだけで、胸がきゅうと締め付けられた。
「姫さま、お湯を……」
わたくしは寝たふりをしていたのに、障子の向こうからその声が届いた瞬間、起き上がってしまった。
裾を整えるふりをして、胸元を軽く押さえ、火の近くへと身を寄せる。
「鶴丸……少しだけ……傍にいてくれませんか」
彼の瞳が、瞬きの間に揺れた。
彼は、わたくしの命じるままに、座敷の隅へとにじり寄る。
その距離はたった一尺。けれど、その一尺がふたりの心を焚きつける。
わたくしは、そっと彼の指に触れた。
それはほんのかすかな、火花のような感触だった。
それだけで、呼吸が乱れるのを感じる。
「……鶴丸、わたくしのことを、嫌いですか?」
「そんな……滅相もない。姫さまを――」
「では……」
言葉の続きを告げぬまま、わたくしは自らの手を彼の手に重ね、震えるように裾の縁へと導いた。
白鷺の羽を撫でるように、彼の指先がわたくしの太腿に触れた。
冷たい。けれどそれは心が欲していた熱を吸い取るようで――たまらなく愛おしい。
「触れて……少しだけで、いいのです」
それは命令ではなく、祈りだった。
彼は迷いながらも指を滑らせ、わたくしの膝裏へとふれてきた。
甘く疼くような感覚が、腹の底で泡立つ。
この手を自分から裾に導いたこと――それがどれほど許されぬことか、誰よりわたくしが知っていた。
けれど今は、
女としてのわたくしが、誰かの手にあるということだけが、すべてだった。
その手を離さぬように、わたくしはもう一度、そっと自分の裾を持ち上げた。
彼の瞳が見開かれる。
だが拒まなかった。
わたくしの裾を押し上げると、夜の空気が腿に触れ、ひやりとした感覚が走った。
その冷たさがかえって火照りを際立たせ、身体の芯がずきずきと疼いた。
鶴丸は声も出さず、ただ震える手でわたくしの意図を探ろうとしていた。
拒む気配も怒る様子もない。あるのは、ただ――戸惑いと、焦がれるような静かな熱。
わたくしは彼の手をそっと包み込み、その指を秘めたる場所へと導いた。
指先がそこに触れた瞬間、息が喉の奥で止まった。
濡れていた――いつのまにか、自分のものではないような熱と潤みがそこに宿っていた。
わたくしの心が求めていたのは、理屈ではなく、ただ触れてほしいという感覚だったのだと知る。
鶴丸の指が、ためらいながらもそっと沈む。
「あ……」
漏れた声に自分でも驚いた。
声など出してはならぬのに。
でも、どうしても抑えられなかった。
その指が、ゆるやかにわたくしの秘裂の奥へ沈みゆくとき、全身の力が抜けていく。
その場所は、熱く、柔らかく、けれどまだ開ききらぬ蕾のように繊細だった。
「姫……さま……」
震える彼の声。
だが、わたくしは首を横に振った。今は言葉などいらない。
ゆっくりと、ゆっくりと――鶴丸の指が、ひとすじの水をたどるように沈んでいく。
わたくしはその感触に溺れ、目を閉じた。
そこは誰にも知られてはならぬ場所。
けれど今だけは、彼の指がわたくしの「女」を知ってくれることが、なによりも嬉しかった。
心の奥で誰かが泣いていた。
それは幼さを脱ぎ捨てたばかりの、女としてのわたくしの声だった。
わたくしの手が、ゆっくりと鶴丸の腰に伸びた。
彼の動きが止まる。驚き、震えていた。
でも逃げはしなかった。それが嬉しかった。
紐を解いたのは、わたくしだった。
ほどけた布の奥から、熱を帯びた大きな根っこがこぼれ落ちる。
初めて見る男の象徴――けれど、怖くはなかった。
むしろ、その存在が、この世でたった一つの贈り物のように思えた。
「……熱い」
小さく呟いて、そっと唇を寄せた。
指先で撫でると、彼が短く息を呑んだ。
身体が反応していくのが掌ごしに伝わってくる。
そのすべてを確かめるようにわたくしは口を開いた。
柔らかくも、張りつめた大きな根っこが舌先に触れた。
驚くほどの温かさに、喉の奥が震える。
けれど、わたくしは躊躇わなかった。
初めて味わう感触に、心がどこか遠くへ飛んでいく。
音を立てぬよう、慎ましく――けれど確かに、わたくしは鶴丸のものを包み込んだ。
「姫さま……っ、それは……いけません……」
彼の声は哀願のようだった。でも、わたくしは唇を離さない。
これは咎でも奉仕でもない。
ただ心が触れたいと願った、ひとつの祈りのかたち。
頬を染めながら、唇を滑らせる。
甘さも、苦さも、そのすべてを覚えたかった。
そしてその瞬間、わたくしは確かに知った。
女であるということは、奪われることではない。
与えること――差し出し、包み、許すことなのだと。
わたくしの唇の奥で、大きな根っこが震えた。
彼の両手は畳を掴み、声を抑えようと唇を噛んでいる。
熱は、もう限界まで高まりきっていた。
彼の息づかいが荒くなり、わたくしの頭を逃がそうと手が動いた。けれど、わたくしは首を振った。
自らの意志で唇を深く押し当てる。
苦しくても構わなかった。
「……あっ……」
かすれた吐息とともに、温かいものが迸る。
瞬間、喉の奥まで満たされる熱。
甘くも苦く、生々しい命のしるし。
けれど、わたくしは眉ひとつ動かさず、それをすべて――飲み干した。
逃がすことなく、零すこともなく。
彼のすべてを受けとめたという誇らしさと、身体の奥に染みこむような余韻に包まれていた。
喉をひくつかせながら、わたくしは唇をそっと離した。
唇の端にかすかに残った雫を、舌で拭い取る。
鶴丸の目が、大きく見開かれたまま震えていた。
「……どうして……そこまで」
彼の問いに、わたくしはそっと微笑む。
「だって、これは……わたくしが望んだことですから」
火の揺れる音だけが、部屋を満たしていた。
夜は深く、長い沈黙がふたりを包んでいた。
でも、あの瞬間――確かにわたくしは、ひとつの幼さを手放したのだと知っていた。
わたくしは彼の首に腕をまわし、耳元で囁いた。
「鶴丸……わたくしを……あなたのものにして」
彼は大きく目を見開き、言葉を失っていた。
けれど、その瞳に浮かぶのは拒絶ではない。
怒りでもない。
それは――哀しみと、深い愛情に似た、炎のような願い。
「姫さま……っ、それは……戻れなくなります」
「もう戻らなくていいのです」
わたくしは微笑んだ。
誰に奪われるよりも、誰に抱かれるよりも、この人の腕の中で、女になりたかった。
わたくしは裾を持ち上げ、自らの身体を露わにした。
そして震える鶴丸の手を取り、腰を引き寄せた。
熱がふたりの間に満ちていく。
鶴丸の大きな根っこが、そっとあてがわれる。
その形が触れた瞬間、喉奥からかすかな声が漏れた。
わたくしは恐れを押し殺しながら、そっと腰を落とした。
張り裂けるような痛みが走った。
目の端に熱いものが浮かぶ。
けれど、逃げなかった。
鶴丸の瞳が、涙に濡れるわたくしを見つめ、何も言わずに、額にそっと口づけてくれる。
そして――
ゆっくりと彼のものが、わたくしの奥へと沈んでいった。
身体が裂かれるような感覚とともに、自分の中に違う命の形が入り込む、その圧倒的な実感に息が詰まる。
でもそのすべてが胸の奥に甘く疼く。
わたくしは、声にならない声で彼の名を呼んだ。
そして――その夜、確かに、ふたりは結ばれた。
朝の光が障子越しに淡く差し込んでいた。
夜が明けたことを、世界がそっと告げていた。
けれど、ふたりの時間はまだ夜のままだった。
わたくしの下腹には火照りと痺れが残り、襖の内側は甘い匂いと熱に満たされていた。
鶴丸は――また、わたくしの中にいた。
夜が終わっても彼の想いは終わらなかった。
痛みを抱きながらも、わたくしはそのたびに彼を受け入れた。
何度目かもうわからなかった。
彼は、わたくしの身体を貪るように求め、けれどその唇は、繰り返しわたくしの頬に、額に、首筋に――まるで許しを請うようにそっと触れた。
「……ごめんなさい、やめられない」
彼がそう囁いたとき、わたくしはただ細く笑った。
「鶴丸、もうあなたは……わたくしを何度も壊したのに」
そう言いながらも、腕を伸ばして彼の背中を抱きしめる。
心が疼いた。けれどその痛みが、愛おしかった。
朝の光のなかで、ふたりの影は絡まりあっていた。
許されないことを繰り返しているのだと、頭では理解していた。
けれど身体は、心は、もう戻れなかった。
彼のものがまた、奥へと沈んでゆく――
そのたびにわたくしの中で、何かが深く、溶けていった。
朝の気配が、部屋の外から容赦なく忍び寄っていた。
障子の向こうでは、女中たちの足音や、井戸の水音が始まりつつあった。
けれど、ふたりの時はまだ終わっていなかった。
瀬名の唇に縋るように、鶴丸は腰を揺らしていた。
夜を越えてなお収まりきらない想いが、彼の身体を突き動かしていた。
姫の唇は静かに、しかし逃げもせず、それを包み込んでいた。
けれど――
もう引き返せないと悟ったように、鶴丸は眉を寄せ、呻くような声を漏らした。
「……瀬名さま、も……もう……」
その言葉の余韻すら残さぬまま、彼は慌てて身体を引いた。
そして――
白い飛沫が、姫の頬へ、額へと散った。
熱いものが、肌を打ち、滴る。
鶴丸の肩が大きく波打ち、彼の表情が苦悶と絶頂の入り混じる影に変わった。
「っ……申し訳……っ!」
瞬間、彼は身を翻した。
乱れた衣をかき集めるようにして、後も見ずに、襖を開けて駆け出していった。
部屋には、わたくしだけが取り残された。
顔に残されたその痕が、まだ温かい。
わたくしはそっとそれに指を触れ、何かを確かめるように口元に持っていった。
甘く、苦く――
そして、わたくしの選んだ「今朝」が、確かにそこにあった。
障子の外から、誰かの足音が近づいていた。
けれどわたくしは、すぐには動けなかった。
唇を閉ざし、ただ目を伏せたまま。
襖が静かに開かれたのは、朝餉の支度と着付けを担う女房たちが控える刻限だった。
「おはようにございます――ひっ……!」
先頭の若い女房が声を上げ、そのまま膝をついた。
続いて入ってきたふたりも、顔をこわばらせて立ち尽くす。
わたくしは床に座り、まだ衣の襟を整えぬまま、ぼんやりと鏡台の方を向いていた。
朝の光の中、白い痕が頬に、喉元に、さらには胸元の襦袢にまでかかっていた。
言い訳のしようもないほど――露わで、生々しい痕跡。
それを見た彼女たちのうちのひとりが、泣きそうな声で震えながら言った。
「姫さま……その、お顔に……まさか、賊が――っ」
わたくしは唇の端にだけ笑みを浮かべ、ゆっくりと首を傾けた。
「ええ……なんだか、松平竹千代さまの夢を見たような……気がしますの」
女房たちは一様に凍りついた。
誰もが、それ以上を口にすることを恐れている。
沈黙の中で、わたくしは袖を持ち上げ、頬の白濁をゆっくりと拭った。
その仕草が、かえってすべてを確かにした。
誰も言葉を継げぬまま、女房たちは視線を伏せて静かに動き出す。
着替えを運び、湯を沸かし、けれど誰ひとりとして目を合わせようとはしなかった。
朝の支度は、やけに静かだった。