「放て──」
襲撃隊が構えていた半数の銃が、一斉に火を噴く。
その銃は、東渓村の外れに造らせた密造工房で量産しているものだった。
禁制の武器である。
だが、
湯隆は帝都に生きる独り身の職人だった。四十路を過ぎても独立できず、冷遇され続けていた。
銃の製造技術にかけては、帝都でも並ぶ者がいない。
その技術を、ただ燻らせていた。
そこに目をつけたのが劉唐姫だった。
湯隆は抱えられるようにして、東渓村に連れてこられた。
晁公子は工房と材料を与えた。
湯隆は応えた。怒りと誇りを鋼に変え、銃を作った。
──いま、それが火を吹いている。
二十丁の銃火の先で、馬車の上にいた歩兵たちが崩れ落ちた。
輸送隊は混乱に包まれている。
まだ何が起きたのか、理解していない。
「続いて、放て──」
晁公子は怒鳴った。
次の二十丁が火を噴く。
さらに兵が倒れた。
「敵襲──」
「敵襲──」
「襲撃だあ」
ようやく混乱が叫びに変わる。
二射目を終えた兵たちは銃を地面に置き、弓矢に持ち替えた。
銃の利点は明白だった。
力なき者でも戦える。
訓練も武技も必要としない。
だが、連射ができない。弾込めに時間を食う。
その弱点を、晁公子は知っていた。
だから、銃の組と弓の組に分けた。
一射目の銃兵は再装填に入る。
二射目の者たちは弓矢を構える。
銃を撃った者の多くは、武芸に不慣れな女たち。
弓矢に替えた組は男が多かった。
矢が放たれた。
今度は騎馬を狙う。
騎馬の兵が、指揮官車の周りで矢に倒れる。
荷駄馬車に分乗していた歩兵たちも、次々と地に崩れる。
彼らは必死に下馬しようとするが、矢がそれを阻んだ。
矢が、下りる間も与えずに降り注いでいた。
「襲撃──、襲撃──。戦闘配備につけ──。持ち場を離れるな──。歩兵は下車して荷駄を警護しろ。騎兵は後方へ」
前方から、若い将校が駆けてくる。
それが、指揮の中心だった。
|晁公子は、自らの銃を構えた。
放った──。
将校は、声を残したまま崩れた。
兵たちが逃げた。
騎馬兵も馬首を返す。
「突撃──」
晁公子が命じ、射撃を中止させた。
剣を抜いた|劉唐姫が駆け出す。
剣や槍を手にした襲撃隊が、それに続いた。
丘を駆け下りたとき、官軍の姿はすでになかった。
そこまでする必要はない。奴らは、もう戻ってこない。
目を向けたのは、銀貨を積んだ荷駄馬車だった。
「荷駄を確保しなさい。官軍の死体からは武器を集めて──。兵糧は、各人が持てるだけ持っていきなさい」
命じながら、晁公子は歩を進めた。
戦利品を持ち帰るのは最低限にする。
東渓村までは、ばらばらに帰還させる。
徒歩では運べぬ物も多い。残りはそのまま放っておけば、近隣の農民が勝手に持ち去るだろう。
それでよい。
「
声は静かだった。だが、全員に届いていた。
銃だけは特別だった。
官軍から奪ったものも合わせて、一括して湯隆のもとへ持ち帰る。
これは、表に晒せぬ武器だ。荷として堂々と運ぶわけにはいかない。
「頭領──。馬車の中に人が」
唐突な声が、場に響いた。
|劉唐姫の叫びだった。他人の前では名を呼ばぬ。それが、襲撃隊の約定だった。
見ると、豪奢な馬車の中から、ひとりの将校が引きずり出されていた。
身なりからして、ただの兵ではない。
白文天。名を聞いたことがある。指揮官だった男だ。
晁公子は、近づいていった。
|劉唐姫に捕らえられているその男は、顔面を蒼白にし、ぶるぶると震えていた。
鼻につく臭いがあった。下を向くと、地面に染みが広がっていた。
──脱糞、か。
晁公子は呆れた。
ため息を吐いて、その前に立った。
隠していた布を、ひとつ、外した。
それを見た襲撃隊の面々も、自らの布を取っていく。
もう、隠す必要はない。
晁公子の無言の意思だった。
「た、助けてくれ──。身代金を払う。いくらでも払う」
白文天が叫んだ。
しかし、晁公子は応じなかった。
ゆっくりと剣を抜く。
剣は、音を立てなかった。
だが、白文天の心臓に達したとき、確かな手応えがあった。
口から血が吹き出し、白文天は崩れた。
地に、塵のように伏した。
「公子、しまった。もうひとり人がいたわ──」
馬車の中を調べていた劉唐姫が声を上げる。
その声の先から現れたのは──素裸の童女だった。
首には奴隷の首輪。
腰を見れば、焼き鏝で刻まれた印がある。
性奴隷──?
|晁公子は目を見開いた。
この白文天──行軍中の馬車で、童女を慰み者にしていたのか?
思わず、殺した男への怒りが再燃する。
「もう、大丈夫よ、あんた……。とにかく、あたしたちは、あんたに乱暴はしないわ。安心してよ。この下衆に酷い目に遭わされたんでしょう? 安心して」
|劉唐姫が、優しく声をかけた。
だが、晁公子は言葉を探していた。
首輪を見て、口が閉じた。
──この童女は、連れていけない。
奴隷の首輪には、道術が施されている。
逃亡防止の術だ。
術を解除できるのは、熟達した道士のみ。
そのまま連れて歩けば、奴隷の居場所は術によって探知される。
場合によっては、遠隔から殺すことさえできる。
──つまり、連れて帰れば、東渓村の隠し里が露見する。
白文天は死んだ。
だが、もしこの童女が正式に購入された奴隷ならば、その契約記録が役所に残っている。
術は、白文天の死とともに効力を失うとは限らない。
場合によっては、持ち主の死を感知した術が自動で首を絞める。
仮にそれがないとしても、軍部は道士を使って奴隷の行方を探らせるだろう。
晁公子は目を伏せた。
連れていけない。
だが、放っておくこともできない。
この童女は、すでに自分たちの顔を見てしまっている。
──殺すしかないか。
冷たい汗が背を伝った。
首輪を外す手段は、いまの自分たちにはない。
東渓村には、術士はいない。
背後にいる|劉唐姫も、言葉を失っているようだった。
そのときだった。
童女が、口を開いた。
「なにが大丈夫なんだ、赤毛? この奴隷の首輪が見えんのか? わしを連れていけば、お前たちの巣がわかるのだぞ。どうやって、わしを助けるつもりだ? 襲った官軍が置き棄てていった奴隷など、首輪が外せん限り殺すしかないであろう? それとも、お前たちの中には、首輪を外せる道士がおるのか?」
口調は幼子のそれではなかった。
背後の劉唐姫が、狼狽していた。
「あ、赤毛? それ、あたしのこと?」
声を震わせたのは、童女の言葉の意味ではない。
その語り口、その風格に、圧されたのだ。
晁公子も、言葉を失った。
この童女は──いったい何者だ?
童女という外見に、まったく見合わぬ老練さがあった。
「それにしても、まったく余計なことをしてくれたな、お前たち──。夜になれば、兵たちの飲み水に眠り薬を仕込んで、馬車ごと金子を奪って、東渓村への土産にするつもりだったのに」
そう言い放つと、童女は自らの首輪に手をかけ──無造作に外した。
鈍い音がした。
鉄の輪が地面に落ちた。
晁公子は目を疑った。
奴隷の首輪を──童女が自ら外した。
術が施されていたはずの首輪を。
それは不可能なはずだった。
だが、目の前でそれは、あまりにも自然に、簡単に外されたのだ。
無言のまま、童女は手首を動かして、落ちた首輪を地面に蹴り飛ばす。
その仕草に、幼さはなかった。
大人の──いや、それ以上の気迫が、そこにあった。
「……あんたは、何者?」
晁公子は低く訊ねた。
■
白巾賊に加わる前は、帝都で埋もれていた孤高の鍛冶師。四十歳の独り身。
腕は超一流ながら、権力に恵まれず、鋼と灰にまみれた歳月を送っていた。
劉唐姫に見出され、東渓村の密工房にて禁制武器の製造を担う。
鋼を打つ音にのみ、己の価値を刻む、不器用な誇りの職人
※原典:湯隆。梁山泊序列第八十八位。「金銭豹子」。無口な武器職人で李応の旧友
■
年齢も素性も謎に包まれた、刻印持ちの童女。
首に残る奴隷の痕を意に介さず、法術と知略で戦場を渡る影の軍師
その口は静かに語り、その手は風を裂く。
童の姿に宿るは老練な策略と、神をも斬る意志
※原典:公孫勝。梁山泊序列第四位。「入雲龍」。道術を極めた天才軍師