※この作品はR-18です。

水滸伝艶義   作:ドン・ドナシアン

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10  白巾賊、官軍輸送隊の銀子を奪う

「放て──」

 

 晁公子(ちょうこうし)は吠えた。

 襲撃隊が構えていた半数の銃が、一斉に火を噴く。

 その銃は、東渓村の外れに造らせた密造工房で量産しているものだった。

 

 禁制の武器である。

 だが、劉唐姫(りゅうとうき)が探し出した鍛冶師、湯隆(とうりゅう)に数丁を与え、増産を命じた。

 湯隆は帝都に生きる独り身の職人だった。四十路を過ぎても独立できず、冷遇され続けていた。

 銃の製造技術にかけては、帝都でも並ぶ者がいない。

 その技術を、ただ燻らせていた。

 そこに目をつけたのが劉唐姫だった。

 

 湯隆は抱えられるようにして、東渓村に連れてこられた。

 晁公子は工房と材料を与えた。

 湯隆は応えた。怒りと誇りを鋼に変え、銃を作った。

 ──いま、それが火を吹いている。

 

 二十丁の銃火の先で、馬車の上にいた歩兵たちが崩れ落ちた。

 輸送隊は混乱に包まれている。

 まだ何が起きたのか、理解していない。

 

「続いて、放て──」

 

 晁公子は怒鳴った。

 次の二十丁が火を噴く。

 さらに兵が倒れた。

 

「敵襲──」

 

「敵襲──」

 

「襲撃だあ」

 

 ようやく混乱が叫びに変わる。

 二射目を終えた兵たちは銃を地面に置き、弓矢に持ち替えた。

 銃の利点は明白だった。

 力なき者でも戦える。

 訓練も武技も必要としない。

 だが、連射ができない。弾込めに時間を食う。

 

 その弱点を、晁公子は知っていた。

 だから、銃の組と弓の組に分けた。

 一射目の銃兵は再装填に入る。

 二射目の者たちは弓矢を構える。

 銃を撃った者の多くは、武芸に不慣れな女たち。

 弓矢に替えた組は男が多かった。

 

 矢が放たれた。

 今度は騎馬を狙う。

 騎馬の兵が、指揮官車の周りで矢に倒れる。

 荷駄馬車に分乗していた歩兵たちも、次々と地に崩れる。

 彼らは必死に下馬しようとするが、矢がそれを阻んだ。

 矢が、下りる間も与えずに降り注いでいた。

 

「襲撃──、襲撃──。戦闘配備につけ──。持ち場を離れるな──。歩兵は下車して荷駄を警護しろ。騎兵は後方へ」

 

 前方から、若い将校が駆けてくる。

 それが、指揮の中心だった。

 

 |晁公子は、自らの銃を構えた。

 放った──。

 

 将校は、声を残したまま崩れた。

 兵たちが逃げた。

 騎馬兵も馬首を返す。

 

「突撃──」

 

 晁公子が命じ、射撃を中止させた。

 剣を抜いた|劉唐姫が駆け出す。

 剣や槍を手にした襲撃隊が、それに続いた。

 

 丘を駆け下りたとき、官軍の姿はすでになかった。

 

 晁公子(ちょうこうし)は、追撃の命は出さなかった。

 そこまでする必要はない。奴らは、もう戻ってこない。

 目を向けたのは、銀貨を積んだ荷駄馬車だった。

 

「荷駄を確保しなさい。官軍の死体からは武器を集めて──。兵糧は、各人が持てるだけ持っていきなさい」

 

 命じながら、晁公子は歩を進めた。

 戦利品を持ち帰るのは最低限にする。

 東渓村までは、ばらばらに帰還させる。

 徒歩では運べぬ物も多い。残りはそのまま放っておけば、近隣の農民が勝手に持ち去るだろう。

 それでよい。

 

「劉唐姫(りゅうとうき)、五人つけるわ。奪った金子を美玉のところへ運んで。それから、あらかじめ命じていた者は、わたしと武器を湯隆の工房に運びなさい。他の者は解散。各自、東渓村に戻るように」

 

 声は静かだった。だが、全員に届いていた。

 銃だけは特別だった。

 官軍から奪ったものも合わせて、一括して湯隆のもとへ持ち帰る。

 これは、表に晒せぬ武器だ。荷として堂々と運ぶわけにはいかない。

 

「頭領──。馬車の中に人が」

 

 唐突な声が、場に響いた。

 |劉唐姫の叫びだった。他人の前では名を呼ばぬ。それが、襲撃隊の約定だった。

 

 見ると、豪奢な馬車の中から、ひとりの将校が引きずり出されていた。

 身なりからして、ただの兵ではない。

 白文天。名を聞いたことがある。指揮官だった男だ。

 

 晁公子は、近づいていった。

 |劉唐姫に捕らえられているその男は、顔面を蒼白にし、ぶるぶると震えていた。

 鼻につく臭いがあった。下を向くと、地面に染みが広がっていた。

 

 ──脱糞、か。

 

 晁公子は呆れた。

 ため息を吐いて、その前に立った。

 隠していた布を、ひとつ、外した。

 それを見た襲撃隊の面々も、自らの布を取っていく。

 

 もう、隠す必要はない。

 晁公子の無言の意思だった。

 

「た、助けてくれ──。身代金を払う。いくらでも払う」

 

 白文天が叫んだ。

 しかし、晁公子は応じなかった。

 ゆっくりと剣を抜く。

 

 剣は、音を立てなかった。

 だが、白文天の心臓に達したとき、確かな手応えがあった。

 

 口から血が吹き出し、白文天は崩れた。

 地に、塵のように伏した。

 

「公子、しまった。もうひとり人がいたわ──」

 

 馬車の中を調べていた劉唐姫が声を上げる。

 その声の先から現れたのは──素裸の童女だった。

 首には奴隷の首輪。

 腰を見れば、焼き鏝で刻まれた印がある。

 

 性奴隷──?

 

 |晁公子は目を見開いた。

 この白文天──行軍中の馬車で、童女を慰み者にしていたのか?

 思わず、殺した男への怒りが再燃する。

 

「もう、大丈夫よ、あんた……。とにかく、あたしたちは、あんたに乱暴はしないわ。安心してよ。この下衆に酷い目に遭わされたんでしょう? 安心して」

 

 |劉唐姫が、優しく声をかけた。

 だが、晁公子は言葉を探していた。

 首輪を見て、口が閉じた。

 

 ──この童女は、連れていけない。

 

 奴隷の首輪には、道術が施されている。

 逃亡防止の術だ。

 術を解除できるのは、熟達した道士のみ。

 そのまま連れて歩けば、奴隷の居場所は術によって探知される。

 場合によっては、遠隔から殺すことさえできる。

 ──つまり、連れて帰れば、東渓村の隠し里が露見する。

 

 白文天は死んだ。

 だが、もしこの童女が正式に購入された奴隷ならば、その契約記録が役所に残っている。

 術は、白文天の死とともに効力を失うとは限らない。

 場合によっては、持ち主の死を感知した術が自動で首を絞める。

 仮にそれがないとしても、軍部は道士を使って奴隷の行方を探らせるだろう。

 

 晁公子は目を伏せた。

 連れていけない。

 だが、放っておくこともできない。

 この童女は、すでに自分たちの顔を見てしまっている。

 

 ──殺すしかないか。

 

 冷たい汗が背を伝った。

 首輪を外す手段は、いまの自分たちにはない。

 東渓村には、術士はいない。

 背後にいる|劉唐姫も、言葉を失っているようだった。

 

 そのときだった。

 童女が、口を開いた。

 

「なにが大丈夫なんだ、赤毛? この奴隷の首輪が見えんのか? わしを連れていけば、お前たちの巣がわかるのだぞ。どうやって、わしを助けるつもりだ? 襲った官軍が置き棄てていった奴隷など、首輪が外せん限り殺すしかないであろう? それとも、お前たちの中には、首輪を外せる道士がおるのか?」

 

 口調は幼子のそれではなかった。

 背後の劉唐姫が、狼狽していた。

 

「あ、赤毛? それ、あたしのこと?」

 

 声を震わせたのは、童女の言葉の意味ではない。

 その語り口、その風格に、圧されたのだ。

 

 晁公子も、言葉を失った。

 この童女は──いったい何者だ?

 童女という外見に、まったく見合わぬ老練さがあった。

 

「それにしても、まったく余計なことをしてくれたな、お前たち──。夜になれば、兵たちの飲み水に眠り薬を仕込んで、馬車ごと金子を奪って、東渓村への土産にするつもりだったのに」

 

 そう言い放つと、童女は自らの首輪に手をかけ──無造作に外した。

 鈍い音がした。

 鉄の輪が地面に落ちた。

 晁公子は目を疑った。

 

 奴隷の首輪を──童女が自ら外した。

 術が施されていたはずの首輪を。

 それは不可能なはずだった。

 だが、目の前でそれは、あまりにも自然に、簡単に外されたのだ。

 

 無言のまま、童女は手首を動かして、落ちた首輪を地面に蹴り飛ばす。

 その仕草に、幼さはなかった。

 大人の──いや、それ以上の気迫が、そこにあった。

 

「……あんたは、何者?」

 

 晁公子は低く訊ねた。




■ 湯隆(とうりゅう)
 白巾賊に加わる前は、帝都で埋もれていた孤高の鍛冶師。四十歳の独り身。
 腕は超一流ながら、権力に恵まれず、鋼と灰にまみれた歳月を送っていた。
 劉唐姫に見出され、東渓村の密工房にて禁制武器の製造を担う。
 鋼を打つ音にのみ、己の価値を刻む、不器用な誇りの職人
 ※原典:湯隆。梁山泊序列第八十八位。「金銭豹子」。無口な武器職人で李応の旧友

■ 香孫女(こうそんじょ)
 年齢も素性も謎に包まれた、刻印持ちの童女。
 首に残る奴隷の痕を意に介さず、法術と知略で戦場を渡る影の軍師
 その口は静かに語り、その手は風を裂く。
 童の姿に宿るは老練な策略と、神をも斬る意志
 ※原典:公孫勝。梁山泊序列第四位。「入雲龍」。道術を極めた天才軍師
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