「それにしても、まったく余計なことをしてくれたな、お前たち──。夜になれば、兵たちの飲み水に眠り薬を仕込んで、馬車ごと金子を奪って、東渓村への土産にするつもりだったのに」
童女が、無造作に首輪を外した。
その手が、ぼんやりと青い光を帯びていた。
道術、か──。
晁公子は目を細めた。
この童女が道士であるという現実に、意識が追いつかなかった。
首輪だけではない。
尻に刻まれていたはずの焼印も、煙のように掻き消えている。
「おい、赤毛。ちょっと、お前の上衣を脱げ。わしが着る。上だけでいい。この助平男は、わしを全裸で馬車に連れ込んだのだ。おかげで着る服がない」
童女が劉唐姫のほうへ手を差し出した。
「な、なに言ってんのよ、さっきから。なんで、お前に服を与えないとならないのよ。それに、この下は胸巻きの下着よ。というよりも、それが年長者に対する言葉? どういう躾を受けたのよ」
劉唐姫の声が跳ねた。
「生憎と奴隷上がりでな。親はわしに躾をする暇もなく殺された。それに、年長者というがお前は何歳なのだ、赤毛?」
「あ、赤毛、赤毛って、あんたいい加減にしなさいよ」
「仕方あるまい。わしはお前の名など知らんのだ。それよりも、質問に答えんか。お前は何歳だ?」
「二十五よ」
「だったら、わしの方が年長だ。年長者に対する言葉を使え、赤毛」
童女がさらりと返した。
晁公子は思わず童女を見やった。
平らな胸、見えた股間には毛がなく、童子にしか見えない肢体──。
だが、あの声音と視線の奥には、明らかに老いた影があった。
「ふん、これも道術の影響かもしれん……。なぜか、十二歳で成長が止まってそれきりなのだ」
童女がぽつりと呟いた。
晁公子の胸の内に、なにか重く沈む感情が残った。
「道術の影響? じゃあ、自分の身体の中の道力も制御できない三流道士ということね? それで、あたしらになんの用なのよ?」
劉唐姫が棘のある言い方をする。
童女の目が、細く吊り上がった。
「言うたなあ、赤毛──。お前などに用事などないわ。東渓村を訪ねる途中だ。お前に申し付けたのは、お前の服を脱いで、わしに寄越せということだ」
童女の手が再び青く光り、劉唐姫に向かって伸びた。
「ひっ、ひいっ、な、なにをしたの? ひいいっ」
劉唐姫が胸を抱え、呻くような声をあげた。しゃがみ込み、唇を噛んで肩を震わせている。
「ほらほら、早う脱げ、赤毛。服の内側の一面に触手が生えて、お前の肌を擽るような刺激が始まったろう? 早く脱がんと、くすぐったさで手も動かんようになるぞ。ついでに、股布にも同じ刺激の錯覚を与えてやろう」
童女の口元が吊り上がり、再び青光が奔った。
「ひいいいっ」
劉唐姫がひきつった声をあげて、両手で股間を押さえてうずくまった。
そして、慌てたように、身につけているものを脱ぎ始める。
あっという間に、上衣も
服を脱いだことで、やっとくすぐったさは止まったようだ。
晁公子は、我知らず息を呑んでいた。
すべてが一瞬の出来事だった。
童女の道術によって、劉唐姫は抗えぬまま衣を脱ぎ去らされていた。
晁公子も呆気に取られてしまって、止め損なってしまった。
我に返ったように顔をあげた劉唐姫が、真っ赤な顔で童女をにらむと、服と一緒に取り去った剣を裸のまま掴んだ。
裸となった劉唐姫の姿に、周囲の白巾賊たちが言葉を呑み、晁公子もその剣に手をかけるのを忘れていた。
「やめなさい、劉唐姫。あなたもやめて。劉唐姫への道術を消すのよ」
晁公子が、ふたりのあいだに割って入った。
怒気を孕んだ声音が、童女の顔を曇らせる。
だが、童女は渋々と青い光を再び掌に集め、脱ぎ捨てられた衣へと向けた。
劉唐姫はそろそろと衣を手に取った。服に触れても、もうあの異様な刺激は戻ってこない。
晁公子は、手早く周囲の女兵たちを呼び寄せ、人垣を作ってやった。
衣を身につけ終えた劉唐姫の頬には怒りと羞恥が混ざっていた。
晁公子は短く命じた。
「解散だ。それぞれ、東渓村への帰路につけ。積荷の搬送を担う者は予定どおり動け。最初の統制点で待て」
仲間たちは動き出した。
白巾賊の連携は、こういう時でも乱れない。
それが、晁公子の誇りでもあった。
やがて、森に残ったのは、晁公子、劉唐姫、童女──香孫女の三人だけだった。
劉唐姫は胸巻きに下袴という、いささか心許ない姿で地面に座り込んでいた。童女は彼女の上衣を身につけている。
晁公子はようやく腰を下ろし、口を開いた。
「ところで、東渓村になんの用なの? あなたの名は?」
「わしの名は、
晁公子の脳裏に、名が浮かんだ。
──香孫女。
数日前、北都の美玉から送られてきた手紙に記されていた名だった。
詳細は伏せられていたが、「会ってくれ」とだけ、書いてあった。
──童女の姿だったとはな。
晁公子は内心で舌打ちした。
手紙にそう記してあれば、あそこまで無様に驚くこともなかった。
香孫女は、道術使い。それも、力を隠して潜り込む狡猾さと胆力を備えている。
素性はともかく、仲間にできれば戦力としては申し分なかった。
問題は、性格だ──。
「質問に答えなさい、香孫女。東渓村になんの用なの?」
晁公子が声を硬くして問うた。
童女の顔がぴくりと引きつる。怒りか、あるいは警戒か。だが、晁公子はひるまなかった。
背後で劉唐姫が剣の柄に手を添えているのを知っている。自分もまた、右手をそっと束に添えていた。
道術は厄介だ。
だが、直接殺す力はない。身体の内を操り、感覚を狂わせる術が多い。
その発動にかすかな前触れがある。香孫女が光を帯びたとたん、斬りかかる構えはできていた。
香孫女の喉がごくりと動いた。
「名主の晁公子殿を訪ねるのだ」
その言葉に、劉唐姫が目を見開いた。
「えっ、お前、公子に用事なの?」
「お前にお前呼ばわりされる筋合いはないわ。また裸にひんむいてやるぞ。今度は下着を張りつかせてから、淫具のように振動させるぞ、赤毛。相手の性欲を操る淫靡な道術がわしの得意技でな」
「な、なんですって」
劉唐姫が噛みつくような目で睨みつける。
晁公子が割って入った。
「やめなさい、香孫女。劉唐姫もよ。東渓村の女名主の晁公子というのはわたしよ……。あんたの名だけは、美玉から聞いているわ」
香孫女の顔に、走っていた険が崩れた。
口元が緩み、そして驚愕がにじんだ。
「こ、これは失礼した、公子殿。改めて自己紹介する。わしは香孫女という風来の道士だ。このような姿だが、大人だ。美玉殿とは以前から縁があり、恩もある。久しぶりに、その美玉殿を訪ねてみて、公子殿のことを教えられたのだ。どうか、晁公子殿たちの活動に加えて欲しい」
神妙に頭を下げた童女の姿が、ひどく奇妙に見えた。
「えっ? ええっ、ええっ?」
劉唐姫が、今さらながら取り乱したように声をあげた。
晁公子は、香孫女の瞳の奥を見つめながら、言った。
「……まあ、美玉の紹介なら、確かなんでしょうね。それに、あんたにはわたしたちの活動を見られてしまったのだから、なんと言おうが、あなたには仲間になってもらうわ。さもなければ殺すかね……。でも、白巾賊の活動は、先に残酷な死が待っているだけの後戻りのできない戦いよ。その覚悟があるのね、香孫女?」
「わしの親は奴隷で、酷い主人に残酷に殺された。わしはたまたま道術の能力が備わっていた。だから、逃げ出せた」
香孫女の声音には揺らぎがなかった。
瞳の奥で、炎のような憎しみが揺れていた。
「この国を憎むことは誰にも負けん」
晁公子は、その言葉に応じるように頷いた。
虚飾のない言葉だった。魂の奥から吐き出された本音。そこに嘘はない。
「わかったわ。あなたを東渓村に連れていく。ただし、ひとつだけ条件があるわ」
晁公子が、すっと香孫女を見据えた。
「条件? なにかを官軍から盗んでくればいいか? あの輸送隊の運んでいた財貨は本当に土産にするつもりだったのだぞ、公子殿。もしも、わしの力を試すというのであれば、なんでも言ってくれ。やり遂げてみせるから」
香孫女の顔に、誇りと自信がにじむ。
「そんなのはいいわよ。条件というのは、劉唐姫と仲直りすることよ。劉唐姫もわたしや美玉と同様に、この戦いの立ち上げの仲間よ。仲良くしてもらわないと困るわ」
「ああ。そんなことか……」
香孫女がふっと息を吐いた。
そして、ややぎこちなく劉唐姫の方へ向き直る。
「じゃあ、仲良くしてやろう、赤毛……。どうも、わしも気が短いところがあってな。言い忘れていたが、さっきのお前たちの戦闘は見事だった。集められている武器も凄い。わしは興奮してしまったぞ」
香孫女は、小さく拳を突き出した。
拳と拳を合わせることで、心をひとつにする──仲間としての証だ。
劉唐姫が、まだわだかまりを隠せない表情で、それでもその拳に自分の拳を重ねた。
「な、なんか、気に入らないけど、とりあえずあんたを受け入れてあげるわ、香孫女」
「それよりも赤毛。仲良しついでに、よければわしの女にならんか? どうも道術の影響なのか、道士というのは淫欲の強い者が多くてな。なにを隠そう、わしもそうなのだ。さっき見たお前の裸はなかなか魅力的だった。どうだ、一度愛し合わんか? 後悔させん経験にしてやるぞ」
童女の姿のまま、香孫女が歯を見せて笑った。
劉唐姫の顔が一瞬にして、こわばった。
眼を白黒させる彼女を見て、晁公子は笑いそうになるのを堪えた。
そして、晁公子は、ふたりの様子を見つめながら、静かに息をついた。
戦いは、さらに深くなっていく。
その渦中で、この童女の姿をした道士が、どんな嵐を呼ぶか──。
それは、まだ誰にもわからなかった。