青竜河と呼ばれる大河を遡れば、
船底には、襲撃で用いた銃や、官軍から奪った武器、武具が積まれている。
それぞれ、東渓村近くの隠し里へと向かっている。
船に積んだ荷は、そのまま梁山湖の手前まで運ばれる予定だ。
阮小二が操るその河船で、河畔にひそかにおろす。そこで、別の者たちが受け取り、荷駄馬車で隠し里まで運ぶ手筈になっている。
一方、
奪った銀貨の一部を、北都で女豪商をしている
美玉は、それを軍資金にするとともに、一部は商いでさらに財を増やすだろう。
積み荷が終わり、晁公子と香孫女が乗り込むと、阮小二が小さな帆を張った。
河を遡るときは風を受け、下るときは流れに乗る。そんな帆走の工夫は、海の船なら常道だが、風の読めない河船では稀だった。
その仕組みは、まだ十七歳の
亡父の跡を継ぎ、いまや船大工の組長となった娘。彼女が考案した操作具のおかげで、帆の上げ下げも簡単にできるという。
阮小女は、いま船を操っている阮小二の妹だ。
湖畔近くの家に母と住み、阮小二は湖上の船小屋にひとりで暮らしている。
二人とも、白巾賊に加わったのは二年前だった。
「今度の襲撃も、大成功でしたね、公子殿。おめでとうございます」
船が川の中央に出たとき、阮小二が破顔して言った。
「礼を言うわ……。それより、阮小女は元気にしているの、阮小二?」
「元気過ぎるのが、あいつの持ち味ですよ。それよりも、いつまでもこんな運搬仕事ばかりじゃつまらない。次あたり、俺も襲撃に加えてくださいよ」
阮小二の手は、複雑な幌の操作具をせわしなく動かしている。
船は、風を受けて川をぐんぐんと遡っていた。
「これはこれで大事な役割よ。襲撃そのものよりも、武器の運搬のほうが重大な意味を持つこともある」
晁公子は、船縁に寝そべったまま応じた。
香孫女は、はじめて見る河船に興味津々といった様子で、あちこちの景色を見回し、阮小二の操る手つきにも目をとめていた。
服装も、道すがらの村で買った少女らしい装いに替わっている。
「それは分かってるつもりですよ。けど、船の操作くらいなら、阮小女でも事足ります。俺だって、官軍と斬り結びたいんです」
阮小二が腕利きであることは、晁公子も認めていた。
白巾賊の中には、突出した武芸の者はいない。だが、この男なら、斬り合いの戦でも使える──それは明らかだった。
白巾賊を立ち上げたのは五年前。当時、阮小二は十三の少年だった。
今は十八。男として一人前だ。戦の場に出てもなんの不足もない。
「そうね……考えておくわ」
「やった。約束ですよ。ところで、このお嬢ちゃんは誰なんです? そろそろ紹介してくださいよ」
阮小二が笑みを浮かべて言った。
「あたしは香孫女よ、お兄ちゃん。公子様に買われた性奴隷なの。よければ、お兄ちゃんのおちんぽを舐めてあげましょうか?」
香孫女がわざとらしい幼そうな声で言った。
阮小二の顔が、一気に赤く染まった。
「おうおう、これは可愛い反応だのう。このところ、わしは童女奴隷ということになっておったから、わしのところに来る男は、性欲のむき出しの者ばかりだったからのう。そんな初心な反応は久しぶりだ」
「えっ、えっ、えっ?」
「わしの身体は童女で、一応はわしも処女ということになっている。たまには童女食いもどうじゃ? 本来は、女が好きなんだが、別に男の相手ができんわけじゃない」
香孫女の笑いが、船上に響いた。
阮小二は、顔を引きつらせたまま、言葉を失っている。
「ふざけるのはやめなさい、香孫女。阮小二、彼女は新しい仲間よ。道士の香孫女。見た目は十二歳だけれど、実際はずっと歳上らしいわ」
晁公子は、ふたりの紹介を済ませた。
あわせて、阮小二の妹──阮小女が船大工として優れた腕を持ち、白巾賊の仲間であることも伝えた。
やがて、前方に島影が浮かび上がった。
陸地と見まごうその大きさ──
かつて旧王国が築いた廃城が残るその島には、いまや一千を超える盗賊たちが巣食っている。
近隣を統べる運城の行政府も、城郭軍の兵力では太刀打ちできない。
かつて行われた大規模な討伐戦も、水に阻まれ、結果的に軍は撤退を余儀なくされた。
湖に浮かぶ、砦。
それが、梁山泊だった。
梁山湖に入ると、阮小二が長い竹竿を取り出し、その先に白地に黒丸の旗を括りつけて掲げた。
「それ、なに?」
晁公子が訊ねた。
「連中に税を払ってる証しです。これを掲げてないと、島から奴らが船を出してきて、襲ってくるんです。だから、ここを通る船は、みんな金を払って旗を買う」
「しかも、旗の記しは、しょっちゅう変わる。新しいのを出すたびに、また買わされる。まるで税金ですよ」
阮小二は、吐き捨てるように言った。
「旗は、湖畔街道にある料理屋で買います。そこを仕切ってるのは、あの島の頭領の愛人のひとりでね。旗の売り買いも、全部そこです」
晁公子は、あきれたように息をついた。
「ここは、天下のものよ。あの連中に、漁師から金子を取り立てる権利なんて、どこにもないはずでしょ」
「権利なんて、ありゃしません。ただ、奴らは力を持ってる。それだけのことです。盗賊の巣──そう思えばいい。だから漁師たちは、泣く泣く金を払って旗を買う」
阮小二の声は、冷めていた。
操船をしながら、さらに続ける。
「……それだけじゃない。梁山泊のそばにある最大の漁場は、旗の有無に関係なく漁が禁止。近づいただけで、岸から矢が飛んでくる。まったく、役人より始末が悪い」
船は、梁山泊の反対側の岸沿いに進んでいた。
おそらく、騒動を避けるための配慮だろう。
晁公子は思う。梁山湖のほとりで長く暮らしてきたが、ここまでの実態は知らなかった。
「なんで梁山泊に近づいちゃ駄目なのじゃ?」
香孫女が訊ねた。
「頭領が、猜疑心の塊でな。しかも、占いのできる愛人がいるんだと。その女が言ったらしい。『まもなく頭領の座が替わる』ってな。で、それを真に受けて、もともと疑り深かった頭領が、ますます臆病になったって噂だ」
「占いなんて、迷信にすぎん。先のことが分かる術なんて、存在せんぞ」
「そうだな。だが、信じてしまえば、それが現実になる」
阮小二が肩をすくめた。
「それにしても……外で料理屋をやってるのも愛人、砦の中で占いをするのも愛人? ずいぶん色にだらしなさそうじゃのう」
香孫女が皮肉たっぷりに言った。
「女たらしって話さ。砦を乗っ取られるのを恐れてるからな。最近じゃ、腕の立つ者が来ると、理由をつけて追い返す。でも、美人なら別。愛人になるって条件なら、入れてやるそうだ」
阮小二は、唾を吐くように言った。
「その頭領の名は?」
晁公子が尋ねると、阮小二は静かに答えた。
「
「なるほどね」
晁公子は、梁山湖に浮かぶ梁山泊を眺めながら呟いた。
挙兵のときには、どこかの城郭を奪い、それを拠点に叛乱を拡げる──その程度に考えていた。
だが、梁山泊の存在が、思考を揺さぶった。
政府軍が攻めあぐねた、湖に浮かぶ要害……。
あれを手にすればどうか──?
梁山泊を拠点に叛旗を掲げ、官軍を迎え撃つ。
その戦いが続き、勝ちを重ねれば──民衆はこの戦に、希望を見出すだろう。
この国に鬱屈を抱えた者たちが、一斉に立ち上がる。
帝国が倒れ、新しい時代が訪れる──。
晁蓋と交わした、あの寝物語のような理想郷。
あれは夢ではない。
晁公子は、海のように広がる湖面の先にある梁山泊の緑を見つめ続けた。
それは、ただの島ではなかった。
混沌の世に、火を灯すための烽火台にも見えた。
■
梁山湖に棲む漁師。十八歳。
白巾賊の一員として、船を操り、武器の搬送を担う。
腕に覚えのある若者で、斬り合いにも怯まず挑む陽気な性格。
船大工の妹・阮小女と共に、二年前より晁公子に従う。
※原典:阮小二。梁山泊序列第二十七位。「立地太歳」。三阮兄弟の次兄で水軍要員
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船大工の若き組長。十七歳。
亡き父の技と誇りを受け継ぎ、工房をまとめる気骨の女。
独自に考案した操作具で河船に帆走技術を導入。
母と暮らしながら、白巾賊の裏方として働く。
※原典:阮小五に相当。梁山泊序列第二十九位。「短命二郎」。器用な水軍戦士
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梁山泊の現首領。
無数の盗賊を束ねるも、その統治は猜疑に満ちる。
占いを信じて己の地位に怯え、豪傑の入砦を拒む一方、美貌の女は愛人として迎え入れる。
湖に浮かぶ砦を力で支配し、梁山泊を租税の場へと変貌させた。
※原典:梁山泊初代首領。序列には含まれず、晁蓋らにより追放・殺害された。