※この作品はR-18です。

水滸伝艶義   作:ドン・ドナシアン

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17  葉芍、橋の下でひとり夜を過ごす

「結局、戻って来なかった、あの馬鹿……」

 

 葉芍(はしゃく)は、小屋の前に立ち、白みはじめた朝を見つめながら、低く吐き捨てた。

 橋の下の河原にある、張明(ちょうめい)とふたりで過ごす住処。運城(うんじょう)の城壁外、貧民街のさらに外れだった。

 

 城の内側は安全で便利だが、税と賂がのしかかる。住めるのは、それを支払える者だけだ。城外のこの地に集うのは、そうした負債を背負えぬ者ばかりだった。葉芍と張明の棲むこの小屋も、そうしてできた避難所にすぎない。

 親の顔は、もう朧げだった。ただ、張明はその曖昧な記憶すら羨ましがり、何度も尋ねてきた。葉芍は、そのたびに答えに窮した。

 思い出せるのは、この小屋での暮らしばかりだ。初めは二十人近い子供たちがいた。死別、拘束、遺棄──さまざまな事情で孤児となった者たちだった。

 

 稼ぎは盗みしかなかった。幼い身には、それ以外の道はなかった。

 もっとも古い記憶は、女に捨てられたことだった。飢えに泣いていた葉芍に、見知らぬ年長の少年が飯をくれた。それが、この生活の始まりだった。

 自然発生的な盗賊団。親を失った子らが生きるために寄り添い合った集まり。その首領は、当時の葉芍より幼かったかもしれぬ少年だった。

 

 名を問われた葉芍は、自分の名を口にした。年齢を訊かれて、「四歳くらい」と答えた。その日から、それが彼女の年齢になった。

 

 少年だった首領が死に、新たに少女がその役を継いだ。彼女はすりの名手で、葉芍もその技を教わった。しかし、その少女も奴隷狩りに捕らわれた。

 

 奴隷狩りというのは、奴隷商がしばしば行う子供狩りのことだ。

 本来は奴隷とは、戦争の捕虜や罪人が咎としてなるものであり、役所で公証人が認めて書類を作り、国の道術師が作った奴隷の首輪を嵌め、身体の一部に刻印を打つという手続きを経て、なるものだ。

 ほとんどの場合は、税を払えないことによって奴隷になる場合だ。

 税を払えないというのは、この国では重大な犯罪になる。

 

 いずれにしても、奴隷の首輪を嵌められた瞬間に、奴隷は人ではなく、財の一部ということになる。持ち主が決まっている場合は、奴隷の持ち主が奴隷を飼うための税を収めて、そのまま連れていくのだが、大抵は奴隷商に渡されて、その代金の一部が税として国の収入となる。

 

 売られる奴隷を飼うのは、国軍の将軍か上級役人か分限者などの富裕層だ。奴隷の首輪で奴隷を支配することの許可を受けるには、高い税が必要だからだ。

 いずれにしても、罪のない孤児を奴隷にするということは、法で許されていない。

 

 しかし、実際には抜け道がある。

 奴隷の子は奴隷という法もあるので、捕えた孤児を逃亡奴隷の子ということにして書類を作り、闇で流れている奴隷の首輪を装着してしまって、奴隷として売ってしまうのだ。

 必要な書類など、役人に賂を払えば、いくらでも好きなように作ってくれる。

 奴隷にされれば、「主人」に命令されることにより、誰かに訴えることは不可能になる。

 

 葉芍は、四歳の頃から橋の下団の仲間とともに盗みをして生きてきたが、大勢いた仲間は、いまや、死ぬか、捕まって奴隷にされるか、あるいはどこかに行ってしまうかしてしまった。

 この運城の城郭郊外に残っているのは、もう葉芍と張明の二人だけだ。もう仲間はいない。

 

 みんな消えてしまった。

 葉芍よりも幼い子供が新しく一味に加わることもあったが、その弟や妹たちもいつしかいなくなった。

 死はいつも身近にあった。

 葉芍は自分が大人になるということを想像していなかった。

 しかし、葉芍は十五だ。張明とともに、もう大人といっていい年齢になった。

 

 また、橋の下団の特徴的な友愛手段に、性愛がある。

 

 仲間と愛を交わして快感を交換することは、橋の下団のお互いの絆を深めるためのの手段のひとつだ。

 隠れ処の小屋では、年長組の子供たちが食事をするように、お互いに愛を交わしていた。

 葉芍も幼い頃から、お互いの性器を舐めることを教わってやり合っていたし、初潮が終わって性交のできる年齢になると、歳上の少女から避妊のやり方を教わり、当然のように、年長組が交わす性愛の輪の中に入ることになった。

 

 性の相手は、男も女もある。

 お互いに気持ちのいい場所を舐め合ったり、性を交わしたりしていると、優しい気持ちになれる。それで苛立ちや、ぎすぎすした感情がなくなるのだ。性交や幼児たちの疑似性愛は、仲間の中では積極的にやらなければならないものと定められていた。

 その友愛の行為も、最後に残っていた三人のうちのひとりが死ぬと、葉芍と張明だけの行為になった。

 避妊薬は「避妊丸」。薬草を粉にして固めれば自作できる。葉芍は毎日欠かさず服用していた。

 

 

 

 朝が来た。張明を探しにいくことにした。城郭内の賭博場──あの馬鹿の溜まり場だ。今日も、きっとそこにいる。

 

 城門へ向かう。夜明け直後にも関わらず、門前には大勢の人間が列をなしていた。開門を待って城に入った葉芍は、目当ての賭博場へと急ぐ。

 途中、人だかりが目に入った。「少年」「酷い死に方」「賭博場で騒ぎがあった」──嫌な言葉が耳をかすめた。胸騒ぎがして、葉芍は輪の中へと足を踏み入れた。

 

「離れろ──。いま、役人を呼んでいる。それまで、このままにしておくんだ」

 

 輪の中心では、町役らしき老人が、集まってくる野次馬を統制していた。

 誰かの死骸があるようだ。

 葉芍は人混みを押し割って、人だかりの中心に進み入った。

 

「ひっ」

 

 葉芍は、思わず悲鳴をあげた。そして、その場に座り込みそうになった。

 そこにあったのは、張明の死骸だった。

 しかも、惨い屍体だ。

 張明は素っ裸だった。顔面の原型が分からないほどに潰されており、肘と膝から先の手足はすべて焼け焦げていた。全身には茶色の痣がいたるところにあり、本当の肌の色がわからないくらいだ。

 前歯はすべてなくなっていた。

 しかも、股間から男性器が切断されて、口の中に入れてある。

 

 誰がこんなことを……?

 

 眼の前が暗くなるのを感じながら、河清(かせい)──あの放蕩息子の名が脳裏をよぎる。

 昨日、すり取った金入れ……。

 もしかしたら、張明は葉芍が渡した金入れを持って、そのまま賭博場に行ってしまい、それで河清のその取り巻きの誰かに見咎められて、連中に捕らえられたのではないだろうか……?

 そうだとすれば、この張明の酷い状態は、拷問の痕に違いない。

 仲間について訊ねられたのかも……。

 とにかく、この拷問痕は、張明が簡単に口を割らなかった証拠だ。

 

 逃げなければならない。

 小屋には戻れない。

 城外へ──運城を離れるしかない。

 

 もう、たくさんいた盗賊団の子供もいないのだ。

 最後のふたりだった張明も死んだということは、ここには誰もいないということだ。

 葉芍が運城を離れない理由は、もうなにひとつない

 

 だが、背後に気配。振り返る間もなく、口を塞がれた。

 力強い腕が腰の括れに巻きついてくる。

 

「うむうっ」

 

 葉芍は大きく眼を見開いた。

 なにが起きたのかわからなかった。

 葉芍を掴んでいるはひとりではなかった。さらに葉芍を捕らえる腕が増えた。

 口を塞がれたまま、数名の男たちに身体を引き摺られるように路地に連れ込まれる。

 葉芍はもがいた。

 口を塞ぐ手に噛みつく。

 

「痛ええっ」

 

 男が悲鳴をあげた。

 やっと、葉芍を捕まえている男のひとりの顔が見えた。

 河清の取り巻き。間違いなかった。覚えのある顔が、眼前にあった。

 昨日、金入れをすり盗ったときに、河清の周りにいた男たちの中に、この顔があったのを覚えている。

 

「こいつ」

 

 次の瞬間、強い殴打が腹にめり込んだ。

 

「ふぐうっ」

 

 身体が曲がった。

 鉛の塊りをぶち当てられた感じだ。

 息が詰まって、眼に涙が溜まる。

 全身の力が抜けた。

 今度は髪の毛が掴まれた。

 

 彼らは、葉芍を空き家へと連れ込んだ。

 空き家に入ったところで、両手首を背中に回されて、手錠をかけられる。

 腰を蹴られて、家の奥に突き飛ばされた。

 誰かが椅子に座っている。

 その足元に葉芍は倒れ込んだ。

 

「お前が葉芍か……。張明が言っていたとおりだな。なかなかの美人じゃねえか」

 

 顔をあげた。

 椅子に座っているのは河清だった。

 

「俺から金入れを盗んだのはお前だな、葉芍?」

 

 葉芍の眼の前に、空になっている金入れの袋が投げられた。間違いなく、葉芍が昨日すり盗り、張明に預けたものだ。

 いつの間にか、五人ほどの若い男にも取り囲まれている。

 河清の取り巻きたちだ。

 

「し、知りません……」

 

 葉芍は懸命に首を横に振った。

 すると、髪が掴まれて上体を起こされた。

 もう一発、あの殴打が鳩尾に突き刺さった。

 

「んぐっ」

 

 葉芍は後ろ手に拘束された身体をがっくりと折った。

 

「もう一度、質問するぞ。金入れをすったのはお前だな、葉芍?」

 

「あ、あたし……は……、ち、違う……。葉芍という名じゃ……」

 

 ここは白を切り通そう……。

 それしかないと思った。

 しかし、河清の足が葉芍の右肩に当てられた。

 そのまま、仰向けに蹴り倒される。

 

「ひぐうっ」

 

 後頭部を床に思い切りぶつけたかたちになり、葉芍の眼が一瞬くらんだ。

 その葉芍の身体に取り巻きのひとりが馬乗りになった。

 服の胸元をその男の両手が掴む。

 

「いやああっ」

 

 葉芍は叫んだ。

 容赦なく服が引き破られた。

 葉芍が身に着けていたのが下まで裂かれて、胸巻きと腰布が剝き出しにされた。

 

「や、やめてっ」

 

 葉芍は叫んだ。

 頬に平手が飛んできた。

 

 右から。

 左。

 そして、右。

 それでもう、葉芍には抵抗の意思はなくなってしまった。

 

「お前の連れの張明は、珍棒を切断してやったときに、なにもかも白状したぞ。珍棒の代わりに、そのふたつの胸の塊りを刃物で切ってやってもいいんだぜ、葉芍。もう、一度、訊ねるぜ。お前は葉芍だな?」

 

 河清が椅子から立ちあがって、仰向けに倒れている葉芍の顔の前にやってきた。

 ぎょっとした。

 手に短剣を持っている。

 しかも、生々しい血の痕があり、匂いまでする。

 その刃が葉芍の顔に近づく……。

 

「いやああっ。た、助けてえっ。葉芍です。あたしは葉芍です」

 

 葉芍は絶叫した。

 すると、河清が葉芍の前に立ち、刃を胸巻きへと滑らせた。紐が切れ、布が乳房から剥がされる。

 

「結構、いい身体じゃねえか、葉芍」

 

 河清が卑猥な笑いをしながら、刃を股布へと動かした。いとも簡単に、葉芍の腰から布が剥がされた。もう身体を覆うものは、服の破れた残骸しかなかった。その布きれさえ、刃で切られて散り、葉芍は完全に素っ裸になった。

 

「立たせろ」

 

 河清の声に、取り巻きの男が動いた。葉芍の腕を取って立たせ、無理やり河清の前に連れていった。葉芍は本能的に下肢を閉じた。

 

「股は開いていろ」

 

 河清の蹴りが無防備な腹に食い込む。

 

「うぶうっ……」

 

 葉芍は歯を食いしばった。胃の底からこみ上げるものを、ぎりぎりのところで飲み込む。

 

「股を開けよ、葉芍」

 

 もう一発、腹に殴打が走った。涙をこぼしながら、葉芍は脚を開いた。

 河清の手が、陰毛に伸びてきた。

 

「いやあっ」

 

 葉芍は腿を捻って、必死に股間を守ろうとした。だが、その動きに容赦なく、またもや腹を殴られた。

 

「脚を閉じるなと言っただろうっ。今度は顔を殴るぞ」

 

 河清の怒声が空き家の壁に反響する。その声だけで、背筋に氷が這った。

 葉芍は、必死に脚を開いた。身体が震える。もう抵抗の力は、どこにも残っていなかった。

 

「見ろよ、この顔。泣いてやがるぜ」

 

 取り巻きのひとりが下卑た声を出す。嘲笑と欲望が混じった声だった。

 

「へへっ、さっきから股ばっか見てんだろ、河清兄い。触ってやったらどうです?」

 

「そうだな」

 

 河清が頷いた。刃を持つ手が腰から離れ、代わりに指が股間に伸びてきた。

 

「や、やめてっ……やめてよおっ……」

 

 葉芍は声を上げた。けれど、その叫びは笑い声にかき消された。

 河清の指示に応え、取り巻きの男たちが動いた。

 

「おい、まずは俺だ」

 

「いや、先に俺だろ。昨日のすりのとき、いちばん近くにいたのは俺だぜ」

 

 低く笑い合いながら、葉芍の身体を囲む。誰かが脚を掴み、無理やり広げた。

 

「やめてっ……やめてえっ……お願い……やだあっ」

 

 葉芍の叫びは、壁に吸い込まれるだけだった。

 腕を引かれ、脚を割られ、床に押し付けられる。冷たい石の感触が背中に伝わった。

 

「ほらよ」

 

 誰かの手が陰部をまさぐる。

 

「い、いやっ……ああっ、やだっ、お願いっ、やめてぇっ……」

 

 涙が頬を伝う。視界がぼやける。助けを求める声も、もはや空虚な反響にしかならなかった。






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