馬上にあるその身を動かさず、首だけを傾けた。
見回りだった。砦の防備を見直すには、地形を自らの目で確かめるのが早い。
半月前に手に入れた
小高い場所に、猟師小屋が三つ。
そこから、微かに響く声があった。
うなり、と言ってよかった。それも尋常ではない。
朱武美は、腰の剣に手を添えた。抜き身になれば一瞬だと、確認した。
なにがいるかは分からない。だが、勘が騒いだ。
朱武美たち三人が、少華山の賊徒を制圧してから半月が過ぎていた。
元はと言えば、護衛任務に就いていた隊商が、山賊に襲われた。
それを返り討ちにし、
あとに残されたのは、頭を失った盗賊たちだった。
逃げ出す者もいた。だが、残った者たちは、逃げる気力すら失っていた。
そこに
反抗はなかった。林沖と朱武美の名は、既に敵として恐れられていた。
そして、その日から、少華山は、朱武美、林沖、そして、
最初の仕事は、軍馬の奪取だった。
狙ったのは、奥州側──
兵の規律など形だけの、骨の抜けた地方軍の管理下にあった。
朱武美が動いた。
隙を突き、百頭の軍馬を呆気なく奪った。
相手は、誰に盗まれたのかすら把握できていない。
その程度の連中だった。
林沖は、ついでに糧秣庫を襲おうとした。
だが、朱武美が制した。
まだ早い。
手にした兵たちは、寄せ集めの山賊でしかなかった。
まずは鍛える必要がある。
軍規を教え、命令に従う兵に仕立て上げねばならぬ。
幸いだったのは、岳竜が隠していた莫大な財貨を手に入れたことだ。
砦の奥深くにあった金塊や宝物の数々は、まだ誰の手にも渡っていなかった。
賊徒の中で、その存在を知っていた者もいなかったのだろう。
金があれば、軍を維持できる。
もしそれがなければ、砦を維持するために、官軍の倉庫や地方府を襲うしかなかった。
そうなれば、少華山はすぐに討伐の対象となっていたはずだ。
農村を襲ったところで、官軍は腰を上げない。
だが、軍の施設に手を出せば、数日もしないうちに数千の討伐軍が押し寄せる。
それでも林沖は、蹴散らせると言った。
その自信は、すでに兵となりつつある賊徒と、手に入れた軍馬への確信からだった。
奪えばいいと──。
だが朱武美は、雌伏を選んだ。
力を蓄えることに意味がある。
いまはまだ、時ではない。
林沖と李姫が兵を叩き直している。
山賊の名残をすべて削ぎ落とし、戦える兵へと仕立てている。
朱武美は、違う役を担っていた。
この少華山という砦を、真に使える要害とするための点検だ。
地形。水源。兵の配置。
それを、今日も朱武美は己の目で確かめていた。
そして──。
この日は南側の麓に足を進めていた。
三つ並んだ猟師小屋。
そこから──異様な声が漏れていることに気がついた。
女の呻き声───?
やがて、朱武美はそれが獣などではなく、女の苦しそうな声であることを悟った。
朱武美は馬をおりた。
そして、足音を忍ばせて物音のする小屋に近寄っていく。
「あっ」
朱武美は壁の隙間から覗き見をして、思わず大声をあげそうになった。
中には、縄で拘束された若い女がいた。
呻き声の主は、その女だった。
だが、最初に聞いた苦悶の声は、嬌声へと変わっていた。
獣のような、抑えの効かない声だった。
朱武美は、息を呑んだ。
部屋には、五、六人の男。
さらに、女の姿もあった。
朱武美の視界に、異様な情景が焼きついた。
猟師小屋の中で、明らかに、常軌を逸した行為が繰り返されていた。
その男たちが縛ったひとり女を寄ってたかって輪姦をしているのだ。
しかも、犯されている女はかなりの長い期間、この男たちに犯されている気配であり、女は常軌を逸した様子で、もう許してくれと哀願している。
それを男たちが頬を叩いて、無理矢理に起こして犯し続けている。
朱武美は、怒りに喉を焼かれた。
剣の柄に手をかけていた。
その場で何人がいようが関係はなかった。
複数の男が、ひとりの女を嬲っている──。
その事実が、朱武美の中の何かを引き裂いた。
次の瞬間、朱武美は叫び声とともに剣を抜いていた。
踏み込んだ足が床板をきしませる。
「なにをやってるのよ、あんたら───?」
声は、怒りに震えていた。
部屋の中で半裸だった男たちは、呆けたように朱武美を見た。
「ああ……? なんら、お前?」
ひとりの男が、ようやく声を出した。
口元はだらしなく緩み、目は焦点を結ばない。
他の男たちも同じだった。
なんなんだ、これは──。
「それは、こっちの言葉よ。ここが誰の縄張りか、知らずに踏み込んだわけじゃないでしょうね」
朱武美は、剣先を真っ直ぐ突きつけたまま睨みつけた。
だが──様子がおかしい。
男たちの顔には、人間の理性がなかった。
血走った目、垂れ流される涎。
欲に取り憑かれた獣そのものの顔が、そこに並んでいた。
なによりも、鼻を衝く臭気がひどかった。
男と女の精液と淫液と汗とが入り交じった悪臭は、ここにいるだけで気分が悪くなりそうだ。
一体全体、どれくらいの時間、ここで性行為を続けているのか……。
まともな思考を失った男たちは、剣を向けられても怯えず、ただ気味の悪い笑みを浮かべるだけだった。
朱武美の胸に、ぞわりと悪寒が這った。
こいつらは、もう人間じゃない。
そう思った。
そして、朱武美は、いったん小屋の外に出ようと、踵を返しかけた。
「あんた、大丈夫?」
朱武美は、縄で縛られた若い女の後手に伸ばした手を添えた。
女の様子は、どこか常ならなかった。
「あ……なに……?」
女は意識が霞んでいるのか、朦朧とした声をもらした。
まとわりついていた男を突き飛ばしたあとで、ようやく朱武美の存在を認識したように見えた。
また、女の性器には剃られたのか一本の陰毛もなく、どれだけ犯されたのか、凄まじい程の悪臭に加えて腫れあがっている。出血もあるようだ。
なによりも、陰核の根元に細い糸が喰い込んでいて、それに糸が繋がっていた。糸の先にはさらに紐が結ばれている。
とりあえず、その紐の端末はどこにも繋がっておらず、床に張っているが、あるいは、それを引っ張ったりする拷問を加えたりもしていたのかもしれない。
そんな有様を目にし、朱武美の奥底に渦巻いていた怒りが、再び炎となって立ちのぼった。
そこにあった現実を前に、朱武美の中で、怒りがさらに膨れ上がった。
剣の柄にかけた手に、力がこもる。
「あ、い……。ああ、助けて……助けて……。お願い……助けて───」
女が見開いた目で、必死に訴えた。声は震え、縋るようだった。
「わかってる。助ける。まずは、ここを出るわよ」
朱武美は、女の腕を掴み、力任せに引き起こした。
「おい、待て。どこへ連れていくつもりだ」
「待てや、この野郎。お前、何者だ──?」
ようやく異変に気づいたのか、男たちが騒ぎながら近寄ってくる。
だが──朱武美にとって、こんな連中は、敵ですらなかった。
「触るな──」
低く鋭い声を放つと同時に、朱武美は蹴りを放った。
「うわっ」
「おごっ」
「ぐあっ」
ひと蹴りで、男たちは床に転がった。
どうということもないが、こいつら全員、下半身を晒したまま尻をつき、股を開いて勃起させていた。
吐き気がするほど、不快だった。
「行くわよ。しっかり立ちなさい」
朱武美は女の肩を抱き寄せ、支えながら歩かせようとした。
だが──女の身体が、急に力を失った。
「ひぎゃああっ」
女が絶叫し、前のめりに崩れ落ちた。
ただの悲鳴ではなかった。朱武美は、糸のつながる股間の縄を、誰かが力任せに引いたと直感した。
肉を裂かれるような痛みに、女の声が絶叫へと変わったのだ。
「ふざけんじゃないわよ、この変態ども──」
朱武美は、怒りのままに男の顔面を蹴り抜いた。
「あっ、危ない───」
倒れていた女が、突如声を上げた。
その瞬間、ふくらはぎに何かが触れた感覚があった。
次の刹那、全身を駆け巡ったのは、耐えがたいほどの電撃のような衝撃だった。
「ひごおおっ」
朱武美は、獣のような声とともに、そのまま床に崩れ落ちてしまった。
「やったな、李吉さん───」
誰かが叫んだ。朱武美が落とした剣が、転がるように蹴り飛ばされた。
その瞬間、男たちが一斉に群がった。
視界がかすむ中、黒く短い棒を握る男の姿が目に入った。
──あれで電撃を食らったのか。
傀儡具か……。
朱武美の脳裏に浮かんだのは、道術紋を刻んだ特殊な武具の名だった。
あの棒が、身体の力を奪う装置だとしたら──
思考の合間にも、背と首筋に蹴りが飛び、拳が叩き込まれる。
「くそっ……」
腕で顔を庇いながらも、朱武美は動けなかった。
痺れた身体が、言うことをきかない。
「もう一発、いけ」
誰かの声が響き、次の瞬間、棒の先が朱武美の首筋に押し当てられた──。
「あがあっ」
電撃に身体が跳ねた。
二度、三度と続けざまに浴びせられる。
油断したことへの後悔が、脳裏をかすめる。
意識が、闇へと沈んでいった。
「とにかく、手足を縛ってしまえ───。それにしても、美人だぜ。でも、これで犯す女がふたりになったぜ。わざわざ、襲われにくるとは、こいつはどこのどいつなんだろうな?」
途切れそうな意識の端で、男の嘲るような声が響いた。
「こ、これを解くのよ──。あんたら、大変なことになるわよ」
朱武美は、縄に吊られた両手を揺らしながら、叫んだ。
だが、縄は天井から吊られたまま、びくともしない。
足首も縛られており、左右に大きく開かされていた。
もはや、自力で脱することなど、到底できぬ状態だった。
男たちは囲んでいた。
どこかが壊れたような笑いを浮かべて、異様な目で彼女を眺めていた。
得体の知れぬ者ばかりだった。
この状況に陥った己の甘さに、朱武美は奥歯を噛んだ。
──油断していた。
ただの狂人の集まりだと思って、たかを括っていた。
剣技を過信していたのも事実だ。
まさか、あんなもの──電撃を発する傀儡具まで持っているとは。
「ああ、ああっ、はあっ、はあっ」
部屋の隅で、女がひとり、背後から激しく貫かれ、声を漏らしていた。
肌には、なにかが塗られていた。光を反射して、艶を放っている。
油剤──。その成分が、女の肉の反応を変えていた。
尋常ではない。
あれは、ただの薬ではない。
媚薬だ。
女の反応が、すべてを物語っていた。
朱武美は悟った。
異常なのは、女ひとりではない。
この空間全体が、薬に侵されている。
どれほどの時間、女の肌に薬剤が塗られ続けていたのか──見当もつかない。
だが、確かなことがある。
女の身体から漂い出る匂いが、空気に染み込み、この空間を支配していた。
鼻をつく甘い香りが、空間すべてに広がっていた。
男たちの目の色が、狂っていたのも、それゆえだ。
香りに酔っている。
あるいは、体内に取り込んだ薬の影響もあるのだろう。
理性など、とうに砕けている。
──危険すぎた。
言葉は届かない。
正気の皮をかぶった狂気が、この部屋にうごめいている。
五人の男たち。
ひとりの女が捕らえられ、嬲られている。
そして、朱武美もまた、縛られていた。
──考えろ。
この窮地から抜け出すには、まず時間が要る。
林冲が、気づいてくれればいい。
砦から東。麓に向かって進んだ先にあるこの山小屋は、地理を把握していれば、見つけるのは難しくない。
だが、それでも──。
林冲も、李姫も、いまは砦で調練の真っ最中だ。
朱武美が、勝手に砦を出たと知れるまでには、間がある。
いや──気づいたとしても、動けるかどうかは別だ。
助けは、望めないかもしれない。
朱武美は、そうした現実を、冷たく受け止めた。
「しかし、なかなかの美人だなあ……。ねえ、李吉さん、こいつも調教してしまいましょうよ。犯す女がふたりの方が変化があって愉しいというものだし……」
ひとりの男が言った。
その一語──“犯す”という言葉が、朱武美の神経を撃ち抜いた。
許せるはずがなかった。
林冲以外の男に、身体を許すわけにはいかない。
それは、死を意味する。
やはり──。
こいつらは、自分にも手を出すつもりなのだ。
そう確信した。
「わ、わたしに手を出したら、大変なことになると言っているでしょう。あんたら全員、殺されるわよ。死ぬのよ。ここは少華山の賊徒の縄張りなのよ──」
縄で縛られたまま、朱武美は身体を震わせ、声を張り上げた。
「わかってるよ、お嬢ちゃん……。だから、ここを俺たちは使っているんだ。頭領の岳竜殿と、うちの頭は実は昵懇の仲でな。だからこそ、この賊徒の縄張り内にある山小屋を、遠慮なく使わせてもらってるわけさ。お前の言うとおり、ここは賊徒の縄張りだ。だからこそ、周囲の人間も寄りつかねえ。泣こうが喚こうが、この小屋に人が来ることはない」
男のひとりが、無言で朱武美の襟元に刃を当てた。
そして、刃を滑らせるように、下へと落とした。
「いやああっ」
朱武美が、悲鳴をあげた。
帯が断ち切られ、襟が内衣ごと左右に引き裂かれていく。
刃物を手にした男は、ためらいもなく胸巻きの中央に刃を当てた。
一閃──布が裂け、乳房が溢れた。
「や、やめてえ──。岳竜は死んだわ──。いまは、わたしたちが頭領よ──。わたしに手を出せば、仲間があんたらを八つ裂きにするわよ」
朱武美は、叫んだ。
「えっ? あんたが賊徒の頭領?」
男が顔を歪め、目を丸くした。
さきほど、李吉と呼ばれていた男だ。
「嘘に決まっているでしょう、李吉さん……」
刃を持った男が、冷たく笑った。
そして、朱武美の下袴に刃を当てる。
腰から布を裂き、下へと断ち割っていった。
纏っていたものが、次々に無惨な布切れへと変わっていく。
朱武美の顔から、色が消えた。
「ほ、本当よ──。わたしの名は朱武美。北から流れてきた傭兵よ。新しい頭領は林冲。点鋼鎌という大鎌を操る猛者で、わたしの恋人なのよ。半月前に、この少華山の賊徒の頭領は入れ替わったのよ──」
朱武美は、喉が裂けるほどの声で叫んだ。
「やかましい女だな──。おい、誰か、鬼丸を隣の山小屋から起こして来い。例の媚薬を持ってこさせろ。この女にも塗ってやろうぜ」
刃物を操っていた男が言った。
朱武美は、大股に開かれたまま拘束されていた。
残っていたのは、小さな腰布ひとつだけだった。
まだ、仲間がいるらしい──そう思わせる一言だった。
「鬼丸はいないぜ。一度、
李吉と呼ばれていた男が、気だるげに答えた。
「天文明? あんたら、天文明の手の者なの?」
朱武美の口から、反射のように声が漏れた。
その名は、知っている。
わずか半月とはいえ、周囲の農村や城郭の情報は徹底して洗っていた。
天文明──州境を越えた東、
「て、てめえ、李吉……その名を出すなと言われているだろうが──」
空気が変わった。
男の顔が、みるみるうちに歪んだ。
それまで穏やかな口調だった李吉の襟首を掴み、そのまま壁に叩きつけた。
「あっ、つい……」
「つい、じゃねえ──。だから、こんな素人と組むのは乗り気じゃなかったんだ。親分の命令がなけりゃ、最初から関わっちゃいねえ。だが、もう終わりだ。これで、三日がかりの仕事が台無しだ。史春も──殺すしかなくなったじゃねえか」
男は、李吉の襟首を掴み、壁に押さえつけながら怒鳴った。
「こ、殺す? そ、そんなのは許さんぞ」
李吉が、声を震わせた。
「うるせえんだよ。全部、お前のせいだ。親分の名前を口にしやがって──」
男の拳が、李吉の顔面をとらえた。
殴られた李吉は、泣き声を漏らしながら、その場に崩れ落ちた。
突然の仲間割れだった。
朱武美は、唖然としたまま、その光景を見ていた。
そして、思い至る──。
これは、ただの輪姦ではない。
もっと、根の深いなにかが潜んでいる。
ようやく合点がいった。
この山小屋で連れ込まれ、犯されていたのは、
史華村の名は、もちろん知っている。
州境にまたがる少華山の周辺でも、もっとも豊かな農村だ。
その女名主、史春。
二十歳そこそこだったはずだが、村の運営は、しっかりとしていた。
死んだ父の跡を継いでから、まだ数箇月も経っていない。
だが、それ以前から老いた父を支え、村人の信望を集めていたという。
棒術の使い手としても知られ、村の女たちに武を教え、自警団まで作った。
賊徒すら、迂闊には手出しできぬ村──。
かつての乱暴者、岳竜でさえ、史華村には近づかなかったと聞く。
その史春が、小屋の隅で、無様な声を漏らしていた。
顔を見るのは初めてだったが、耳にしていた話と、風貌が一致していた。
「……仕方ねえな。まずは、親分に報告するしかねえ。こいつが余計なことを言いやがって、史春に聞かれちまったとなれば──。たぶん、殺せって命令がくるだろうな。あの方は、用心深ぇお人だからな」
李吉を殴った男が、吐き捨てるように言った。
「いぐうううっ───」
そのとき、絶頂の声が、小屋に響いた。
史春の声だった。
腰を打ちつけていた男も、同時に痙攣のような仕草を見せた。
精を放ったのだろう。
「──いい加減にしろ。お前、親分に報告に行け。指示を仰いで来い」
朱武美の服を刃物で裂いた男が、口を開いた。
この一団の中では、こいつが実質の指揮を執っているようだった。
命じられた男が、服を整えながら外へと出ていった。
天文明。先ほど名が出たその者に報告に向かったに違いない。
この一団の指揮系統が、ようやく見えてきた。
李吉──最初に名を呼ばれていた男よりも、刃物を握るこの男のほうが、力を持っている。
「ま、待ってくれ……。や、約束が違う──。し、史春は俺の嫁になるはずだった……。あんたらに頼んだのは、そのためだ……」
壁際に蹲っていた李吉が、かすれた声をあげた。
「うるせえ……。名を出したのは、てめえだ。すべては、そこからだ」
男の声には、怒りが混じっていた。
それだけではない。
冷たく、何かを突き放すような響きがあった。
「──そもそも、史春を殺すことは想定内だったんだ。身代わりは、すでに動いてる。知らなかったんだろうな……。俺たちは交代で城郭に戻って、逐一指示を受けていたんだよ。蘭が思った以上に、うまく史春の役をこなしている。なら、本物を無理に堕とす必要はねえ。堕ちねえなら、殺せ──そういうことだ」
言い終えると同時に、男の足が李吉の腹にめり込んだ。
呻き声とともに、李吉の身体が壁に叩きつけられた。
「いや、堕ちている──。史春は、もう堕ちてる。あいつは俺たちの言うことなら、なんでも聞く。……わかるだろ?」
李吉の声が震えていた。
必死の調子だった。
「いや、そうは見えねえな。正気を失ったような顔をしてはいるが、まだ、逃げる機会を狙っているようにも見える……。さっきも、この女が姿を見せた瞬間、すぐに助けを呼ぼうとしたじゃねえか。──あれは、正気だよ」
「そ、そんな……」
「──とにかく、もういい。お前の元婚約者は、このまま処分する。抱きたいなら、今のうちだ……。俺たちはこっちの新入りのほうを味見させてもらうさ」
李吉の腰に蹴りが入った。
その勢いで、史春の方へと押しやられる。
一方で、他の男たちは、磔にされた朱武美の周囲にぞろぞろと集まってきた。
身体は縛られたまま。腰布一枚だけを身にまとっていた。
上衣はすでに切り裂かれ、乳房はあらわだった。
唯一、股間を隠す布だけが残されていたが、結び目は脇にあり、それを解かれれば──
すべてが露わになる。
「あ、あんたら、本当に、大変なことになるわよ。わたしは、少華山の賊徒の頭領のひとりなのよ──。嘘じゃない……や、やめなさい──」
金切声だった。
叫ぶ声は、林冲へ届く可能性に賭けてのものだった。
希望は、かすかでも残っている。
「だったらよ、自称・頭領さん。まずは、股ぐらをじっくりと見せてもらおうか。そのあとで、たっぷり楽しませてもらうぜ」
男たちは、下卑た笑いを漏らした。
朱武美は、心を決めた。
犯されるくらいなら──死ぬ。
噛み切るしかなかった。
舌を──。
時間はかかる。
だが、出血で死ぬ。
口から血を流した女を、犯すほどの狂気はないだろう。
林冲には、穢されていない身体のまま、報告できる。
死しても──あの人には、言い訳できる……。
林冲なら、仇を討ってくれるはずだ。
あの人なら──。
男の手が、腰布の結び目に伸びた。
その瞬間、朱武美は歯を食いしばった。
「んぐうっ」
呻き声が、喉の奥から漏れた。