「おっと。そうはさせねえ」
刃物を下着の脇に差し入れていた男が、もう一方の手で彼女の顎を強く掴んだ。
「んぐうっ」
頬の内側を噛み切った。舌ではなかった。鉄の味が口の中に広がる。呻き声が漏れた。
顔を振って逃れようとする。だが、男の力は想像以上に強かった。女の細腕でどうにかできる相手ではない。
男はさらに力を込め、朱武美の顔を完全に固定した。
「どうしたんだ?」
別の男が間の抜けた声を出す。
「自死しようとした。舌を噛んでな」
男が笑いながら言った。
そのとき、股布の結び目が解かれた。布が音もなく、朱武美の足もとへ落ちていった。
「いいこと思いついた。こいつの口に、いまの布を詰めてやろうぜ」
布が、口に押し込まれる。
「へへ……。死ぬってのは、俺たちに、
「そういうことだ。さて、お道具拝見といこうか」
さらに、縄が口の上からかけられ、後頭部で固く結ばれた。
自らの下着を口に詰められ、猿轡にされる。朱武美は、肌という肌から血が吹き出すような恥辱に包まれた。
「ほう、なかなかいい身体じゃねえか……。ちょっと、毛は薄毛だなあ。まるで、少女の股ぐらみてえだぜ……」
「だが、ところどころに刃傷のようなものがたくさんあるなあ……。こんなに肌は白くてきれいなのに、惜しいものさ」
「まあ、それも風情というものだぜ……。それに、見た目よりも味の方が大切だ」
「違いねえや」
ひとりがすっと朱武美の股間に指を伸ばした。
「んんん──」
朱武美は必死になって開脚された下半身を振って、男の指を避けようとした。
だが、両手は天井から縄で束ねて吊られ、両脚には足首に縄を掛けられて左右の壁から引っ張られている。
ほとんど抵抗らしい抵抗もできない。
男の手は朱武美の股間の亀裂に指をねじ入れてくる。
いやだ──。
林冲以外の男になんて、触られたくない……。
しかし、暴れまわる朱武美の身体を押さえるように、背後の別の男が朱武美の両方の乳房を鷲づかみにされた。
「うっ、うっ、うっ……」
拘束された股間をいじくられ、乳房を無造作に揉まれる。
あまりの口惜しさに自分でもびっくりするくらいに涙がこぼれ落ちた。
胸の内で、その名を呼んだ。
ごめん……。
もはや、自ら命を絶つ術さえ奪われている。
死を選ぶことが許されるのは、すべてが終わった、その後になるのだろう。
「泣き出したぜ。はは……」
「泣いてる女を抱くってのも、また格別だな。とくに、こういう気の強そうな奴はよ」
男たちが笑った。
朱武美の裸身を囲んで、五人の男たちが手を伸ばす。
李吉を除く全員が集まり、十本の指が彼女の胸、肌、そして局部を遠慮もなくまさぐった。
屈辱に震えながら、朱武美は喉を詰まらせるように泣いた。
その嗚咽が、かえって男たちの笑いを呼び、さらに興奮させていく。
部屋の空気が、ねっとりと濁っていくのがわかるほどだった。
そのときだった。
涙に曇る視界の端に、朱武美はふたりの姿を捉えた。部屋の隅、忘れ去られたような影。
男たちといさかいを起こしたらしく、李吉だけが史春の相手をするよう押しつけられたようだった。
だが、その李吉が──信じがたいことをしていた。
史春の腕を後ろ手に縛っていた縄に、手をかけていたのだ。
縄は、すでにほとんど解けかかっている。
朱武美は、目を見開いた。
「んっ、どうした?」
しまった──。
だが、朱武美の視線で、ほかの男たちも李吉の異変に気がついた。
愛撫の手を止め、一斉に視線が史春と李吉に向く。
「あっ、こいつ、なにしてやがる──」
「捕まえろ───」
五人が同時に飛びかかった。
「さ、させん。史春は調教して俺の女房になる女だ──。犯させてはやったが、殺させはせんぞ」
李吉が叫び、両腕を広げて突っ込んだ。
狭い小屋。男たちは避けきれず、李吉に押し倒される。
その間に、史春が必死の形相でもがき、縄を外そうとしていた。
「除け、李吉」
「なにやってんだ、てめえ……」
怒声が飛ぶ。李吉はうるさいと叫び返し、だが次の瞬間、絶叫した。
「あがああっ」
刃物が喉を裂いていた。
血が噴き、李吉の身体は壁に転がる。生気はすでにない。
「史春を縛りなおせ」
二人の男が史春に飛びかかる。
だが史春は腕の縄を外していた。脚はまだだ。
「ぎゃあああ──」
「うぎゃああ──」
史春に向かって跳びかかったふたりの男が、次の瞬間、絶叫をあげた。
朱武美の視線からは、男たちの背中に遮られて見えなかった。だが、史春の拳が股ぐらに下から叩き込まれていたのは、容易に想像がついた。
ふたりの男は、声をあげる間もなく仰向けに倒れ、股を押さえて痙攣する。白目を剥いたまま、動かない。
「こ、この女──」
「なんてことしやがる……」
「ただじゃおかねえぞ……」
残る三人が、倒れた仲間の身体を跨ぎながら、史春に向かってきた。
だが、史春は逃げなかった。逆に肩を入れてぶつかっていく。
勢いをつけて突っ込んだ史春の体当たりに、ひとりの男が体勢を崩した。
巻き込まれるように、ほかのふたりも、もつれて倒れる。
「うわあああっ──」
史春が、短く叫んだ。
倒れた男の手元にある短剣に向かって、床を這うように手を伸ばした。
刃を握っている男の手首を、史春の両手が掴む。
「離せ、雌豚が──」
怒声が飛び、別のふたりが横合いから殴りかかった。
史春の腹と顔面に拳が叩き込まれ、膝が折れる。
だが、短剣の柄だけは、史春の手から離れなかった。
もみ合ううちに、三人が床に倒れ込む。
刃先が、朱武美の足首を縛る縄に触れた。
次の瞬間、短剣は男の手を離れ、床を滑って部屋の隅に転がっていく。
だが、縄には確かに切れ目が入っていた。
朱武美の目に、わずかな光が差し込んだ。
「こなくそっ──」
朱武美は、残された力を振り絞って縄を引きちぎった。
倒れている男の身体が、足元にあった。
「死ねえっ──」
朱武美の足が跳ねあがる。
解放された脚が、真っ直ぐにその男の顔面を踏み砕いた。
靴底に骨が砕ける感触が伝わった。
男は、呻き声を漏らすと、そのまま動かなくなった。
「くそっ──。押さえつけろ。史春の身体には媚薬が効いている。身体を刺激されれば、抵抗ができなくなるはずだ」
残っているふたりが、まだ残っている史春の足首を結ぶ縄を掴んで引っ張った。
「きゃああ」
史春は床にあおむけに引き摺られる体勢になった。
男たちが史春の胴体にふたりでのしかかった。それぞれの両手が史春の裸身を這いまわりだす。
やっとひとりが史春の股間に繋がったままの紐に手を届かせた。
「ひぎいいいっ」
紐は糸が結んでいる史春の陰核の根元に繋がっているのだ。それを引っ張られた史春は、その場に昏倒して絶叫する。
「いまだ。もう一度いじってやれ。それでこいつはなにもできねえ」
三人が史春に飛びのり馬乗りになってあちこちを愛撫する。
「うあっ、はあっ、ああっ、あっ……」
あっという間に史春の口から口惜しそうな嬌声が漏れ出した。
史春の身体から力が抜け出ているのがわかる。
「なにやってんのよ、あんたら……。いい加減にしなさい」
朱武美は、自由になった片足を精一杯、前へ伸ばした。
その足先が、男の襟首にぴたりと引っかかる。
そのまま踏み込むように力を込めた。男はたまらず体勢を崩し、史春の上から横に倒れた。
「いてえ……っ」
倒れた男が床に頭を打ちつけ、苦悶の声をあげた。
横に倒れた男が床に頭をぶつけ、呻いた。
「こいつ、ただでおかねえぞ」
だが、大した打撃ではなかった。男はすぐに身を起こし、殺気を込めた顔で朱武美の顔面に拳を振り下ろす。
両手はまだ吊られたままだった。拳を避ける術はない。朱武美は、奥歯を噛みしめた。
「ふぎゃああ」
そのとき、小屋に絶叫が響き渡る。
朱武美の視線がそちらへ向かう。男の視線も同じだった。
史春だった。下袴越しに、男の股間を両手でつかみ、狂ったように左右に捩じっていた。顔は鬼気迫る。掴まれた男の表情は、もはや形を保っていなかった。
呻き声とともに男が崩れ落ち、口元から泡を垂らして動かなくなった。
朱武美も、他の男も呆気に取られていた。
史春が股間から手を離すと、素早く横へ飛んだ。狙いは明白だった。床に転がる短剣を奪おうとしている。
そして、彼女の指が、ついにその柄を掴んだ。
「う、うわあっ」
ただひとり残った男が、短く叫び声を上げて小屋を飛び出していった。
史春はそれを見届けると、気が緩んだのか、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。
「は、早く……わたしの縄を切って。外に馬がいる。その荷に、狼煙の道具があるの。焚けば、すぐに助けが来るはず」
朱武美が、息を詰まらせながら叫んだ。
史春は短剣を握ったまま、荒い息を吐きながら立ちあがった。そして、吊られていた朱武美の両手首を見上げ、一気に縄を断ち切った。
「あ、あたしは……史春……」
力のない声だった。だが、確かに名乗っていた。
「わ、わたしは……朱武美。まずは……あたしの肩を掴まって」
朱武美は、倒れそうな史春の身体を受けとめ、肩に重さを乗せさせた。
ふたりはもつれるようにして小屋を出る。
外に繋がれていた馬の荷へ向かい、朱武美が駆けた。息を切らせながら、狼煙の筒を掴むと、すぐさま火を入れた。
草むらの中で、朱武美は史春とともに、裸身を伏せるようにして身を寄せ合っていた。
着るものはなかった。逃げ出すときに、そんなものを探している余裕はなかった。
史春の身体は、酷かった。
全身に淫らな痕が残っていた。匂いが、それを物語っていた。幾人もの男たちが、精を撒き、汚辱を浴びせていったのだろう。肌には赤い痣が浮き、掴まれた跡が、牙のようにくっきりと残っている。
朱武美は、そっと視線を向けた。
史春の目は伏せられていた。けれど、瞼がわずかに揺れた。
その奥に──光があった。魂の火が、まだ消えていなかった。
しばらく、ふたりは黙っていた。
風が草をわたり、虫が鳴いていた。
どちらの身体も震えていたが、それは寒さのせいではなかった。
朱武美の震えは、恐怖だった。
怖かった。
本当に、怖かった。
林冲以外の男に、犯されていたかもしれないという現実が──。
一方で、史春の身体はもう震えていなかった。
「……どのくらい、あそこにいたの?」
朱武美が訊ねた。声は掠れていた。
史春は、少しだけ目を動かし、ぽつりと答えた。
「……たぶん、四日……か、五日」
「……そう。よく、耐えたね……」
唇を噛んだ。口惜しさが、のどを締めていた。
「……耐えられなかった」
史春の声は乾いていた。けれど、しっかりとしていた。
「何度も……哀願した。許して、って。もう奴隷にでもなんでもなるって。屈辱的なことも、言わされた。させられた。笑われた……」
震えは声の端にあった。だが、涙は出ていなかった。
朱武美は、そっとその手を握った。小さく、冷たく、それでも生きている手だった。
「……それでも、生きてる。がんばったね。最後、凄かったよ」
史春が、わずかに顔をあげた。目に驚きが浮かんだ。そして、すぐに伏せた。
「……あんたも、凄かったよ」
白い歯を、わずかに見せた。
朱武美は、首を振った。
「……あたしは無理。実際……自死しようとしたし……」
沈黙──。
風が、草を揺らしていた。
「……天文明」
口にしたのは、朱武美だった。
史春の身体が、かすかに震えた。
「……知ってるの?」
「名前だけ。でも……あいつらの背後にいたのが、あれだってことは、わかった」
「……許さないわ」
史春の声が低く、怒りに満ちていた。
「うん。許さない。絶対に見つけて……殺してやる」
朱武美も、静かに言った。
ふたりの裸身は、まだ傷だらけだった。
だが、そのあいだに生まれたものは──、かすかな温もりだった。
痛みは消えていなかった。屈辱の痕は、まだ肌に焼きついている。
それでも──草のなかで身を寄せるふたりのあいだに、温もりはあった。
沈黙は、もう絶望ではなかった。
怒りと、生き延びたもの同士の静かな誓いが、そこにあった。
風が変わった。
どこか、遠くから音がした。重い土を蹴るような──馬の蹄の音──。
朱武美が、頭をあげた。
史春も、それに気づいて顔を上げる。
土煙が、遠い地平に立ち昇っていた。
その中央に、ひとつの影があった。
馬だ。駆けてくる。
風を裂く勢いで、こちらへ向かっていた。
朱武美は、目を細めた。
知っていた。あの馬の走りを──。その馬を操る男の影を。
林沖だった。
ふたりのもとに、風を巻いて近づいてくる。
助けが来た──。