ほかの部屋とは建物が離れの一室をとらされたのだ。
「なんでだよ。普通の部屋でいいじゃねえか」
武松は文句を言った。
だが、藩金蓮は鼻で笑った。
「ふん。そんな物言いは、普通の抱き方をする男の言い草だ。また、馬鹿みたいに、わたしを抱き潰すのだろう……。まあ、わたしも、お前との最後の夜は愉しみたい気分だからな。だから、離れをとれ」
そう言われると、武松も藩金蓮の頼みをきかないわけにはいかない。
なにしろ、この七日、夜ともなれば、宿で藩金蓮を抱き潰すように、激しく抱いた。
齢を重ねてはいるが、なかなかの女だった。
反応がいい。
それで、武松もついつい、度が過ぎてしまった。
本来なら三日で済む道のりが、七日かかったのは、それが理由だ。
そのあいだ、藩金蓮を抱いた回数は、両手両足ではきかない。
世間で流通している安価で無害な避妊薬がなければ、確実に孕ませていただろう。
それほどに、藩金蓮の子宮に精を送り続けた。
実に、愉しかった。
だが、さすがにもう終わりだ。
この玉湯の温泉宿は、
明日こそ、目的地に着いてしまうのは、間違いない。
そして、食事を終え、ふたりで湯に入った。
湯は露天で、混浴だ。
ほかの客が入る時間を外したので、湯船には武松と藩金蓮しかいない。
夜はすっかり更けていた。
岩風呂は闇に沈んでいる。
武松が宿から借りて用意した提灯だけが、湯けむりの向こうを淡く照らしていた。
「ああ、久しぶりに愉しい旅だったが、これも明日で終わりかあ」
武松は湯に浸かりながら言った。
応北の城郭までは、もう半日もない行程だ。
明朝、山の宿を発てば、陽が中天に届く前には着く。
「ふふふ、未練か? こんな年増の女を毎晩、あんなに愛してくれれば、わたしも悪い気はしなかった。まあ、わたしも愉しかったな。お前は悪太郎だが、心根は真っ直ぐで優しいようだ」
「悪太郎か」
武松は笑った。
「悪太郎」というのは、藩金蓮の故郷の言葉らしい。
聞き分けのない乱暴な子どもをそう呼ぶ。
だが、子どものような性質を持った大人のことも、同じだという。
確かに、ぴったりの渾名かもしれないと思った。
「とんでもなく、女好きの悪太郎だがな」
藩金蓮も、湯気の向こうで微笑んだ。
「俺は正直者だからな。いい女を見たら我慢できなくなるだけだ。お前はとんでもなく、いい女だしな」
「阿呆。わたしはもう四十の年増女だと言っておるだろう」
「四十で年増かもしれないが、とんでもなくいい女だ。あんたを女房にしてる旦那が羨ましい」
「夫の話を出すなと言っているだろうが」
藩金蓮が頬を膨らませて、武松の顔に湯をかけた。
だが、実際には怒っていない。
武松も、湯を拭いながら微笑んだ。
「そういえば、あんたの故郷はどこなんだ? 応北に連れていけと言われたが、あんたの訛りは、こっちじゃねえよな」
考えてみれば、武松はまだこの女の素性を全く知らない。
いくら訊ねてもはぐらかされるし、知っているのは、応北に夫が待っているということだけだ。
「ほう、訛りでわかるのか? 確かに、生まれも育ちも畿内だ。帝都の
藩金蓮が言った、
武松はやっぱりかと思った。
「やっぱり、こっちの奥州の出じゃないんだな。だったら、なんでこんな辺境に?」
奥州は辺境だ。
しかも、応北はその中でもずっと北に位置する辺鄙な場所にある。
「夫の仕事についてきただけだ。まあ、そのうちに、畿内に戻るのだろうな。夫が戻ればな」
「ふうん、それで、あんたの旦那はなにをしているんだ?」
武松は訊いた。
藩金蓮が両手を湯の外に出し、武松の頬をぎゅっとつねった。
「い、痛い、痛い──。な、なにすんだよ」
「なにをするかではないわ……。もう忘れたのか。わたしは、夫のことを口に出すなと言ったであろうが──。これ以上、わたしに夫のことを思い出させると、もう抱かせんぞ」
藩金蓮は、つねったまま睨んだ。
「わ、わかった。わかった。すまん、すまんかった。だが、あんたが最初に旦那のことを口にしたんだぞ」
「そうだったかな?」
藩金蓮は、けろりとした顔で言った。
頬から手を離す。
「そうだ」
武松は、藩金蓮を湯の中で抱きかかえた。
「ひゃん──。な、なに」
藩金蓮が狼狽える声を洩らす。
「可愛い声を出しやがって。裸で湯に浸かり合っているのだ。それに、周りには誰もいない。ならば、男と女がすることは決まっているじゃねえか」
武松は藩金蓮の尻の穴に、すっと指を忍ばせた。
「んんっ、な、なんで……馬鹿たれ……そんなところ……」
藩金蓮が声を詰まらせ、悶えるように怒りを含んだ目を向ける。
だが、この女がお尻に異様に弱いのは、すでに知っている。
もっと旅の時間があれば、菊座も丹念に調教できたものを──それだけが惜しい。
「んっ、ああ……はあっ……」
藩金蓮の声が熱を帯びる。
武松は指先を曲げ、腸襞をくいと撫でた。
弱いところは、とっくに覚えた。そこを外さず、じわりと突き上げるように。
「ああ、た、たまらない……。んはあっ──。あああっ……」
藩金蓮が顔をのけぞらせ、尻をぶるぶると震わせた。
だが、そのときだ。
足音がしたのだ。
湯の前には、脱衣ができる場所がある。
そこに人が来た気配がした。
武松は、藩金蓮の尻に指を入れたまま、湯の中の岩陰に身体を移した。
「……ば、ばか……。抜け……。抜かんか……」
藩金蓮が耳元で囁く。
だが、武松は闇の中でも赤く火照った藩金蓮をぐっと抱き締め、逃がさぬように固定した。
尻の奥の指に加えて、昂ぶった怒張を藩金蓮の股の奥に挿し込む。
「やっ、や、やめんか……。ば、馬鹿か、お前は……。あっ、あっ、ああ……」
藩金蓮の身体から、力がどんどん抜けていくのがわかる。
女の力で、この武松の腕を振りほどけるわけがない。
「……あいつらが入ってくるぞ。悟られないようにしな」
「こ、この悪太郎が……」
藩金蓮は諦めたように、両手で乳房を隠しながら身を縮めた。
だが、抽送こそしていないが、武松の怒張は湯の中で藩金蓮の奥に深々と沈んだままだ。
指もまた、尻の奥に入ったまま。
入ってきたのは、二人連れの男だった。
武松と藩金蓮の存在には気づいたようだが、特に気に留める様子もなく、離れた場所で湯に浸かった。
「……しっかりと唇を噛んでいろよ。そうすれば、ばれない」
武松は意地悪く囁き、ゆっくりと律動を始めた。
尻の奥の指も、悪戯のように動かす。
「あっ……んんっ……」
藩金蓮の小さな呻きが、夜気と湯気の奥に沈んだ。
慌てたように、藩金蓮は乳房を覆っていた手を離し、自分の口を塞ぐ。
武松は、湯の中で藩金蓮の二つの穴を責め続けた。
ちらりと、男たちを見た。
別に、ばれてもかまわない。
だが、特に気づいた様子もない。
武松は、さらに責めに拍車をかけた。
「んんんっ……」
やがて、藩金蓮は武松の腕の中で、ぶるぶると身体を震わせた。
気をやったのだ。
武松は、怒張と指を抜き、藩金蓮をそっと離してやった。
「……ここで、そのまま抱きたい気はあるがな。まあ、勘弁してやるよ。続きは部屋でな」
武松は笑った。
精は放っていないが、藩金蓮が湯気の中で恥ずかしそうに絶頂した姿だけで十分だった。
「はあ、はあ、はあ……。ほ、本当に……お前は鬼畜の悪太郎だ……」
藩金蓮が荒い息を吐きながら、苦笑した。
「やっとわかったか。そして、お前は受虐の癖のある可愛らしい女だ」
「阿呆……」
藩金蓮がくすりと笑う。
湯の底でふたりの脚が絡んだ。
夜気と湯気が、ふたりの熱をゆっくりと包んでいった。
遠目に、応北の城郭の城壁が見える場所まで来た。
だが、城門のあたりが、なんとなく慌ただしい。
門前には、何度も城郭軍の一隊が出入りしている。
「どうしたのかな? 随分と城郭軍がいるようだな。何度も隊が出入りしているしな」
武松は、傍らの藩金蓮に言った。
「なにかを探しているのかもしれんのう。それとも、探しているのは人かもしれん」
藩金蓮が、いたずらっぽく笑った。
その含みのある笑みに、武松は首を傾げた。
とにかく、城門を目指して街道を進む。
昨日は、最後の夜だと思って羽目を外した。
潘金蓮が動けるようになったのは、またしても昼近くになってからだ。
陽はすでに中天から西に傾きかけている。
城門に近づくうちに、何度か北へ向かう城郭軍の一隊とすれ違った。
そのたびに、藩金蓮は顔を伏せ、武松の影に隠れるようにした。
軍に見つかりたくないようだったが、武松は何も言わなかった。
もしかしたら、お尋ね者かもしれない。
そう思ったが、この七日間、身体を重ねた縁もある。
なにがあっても守ってやるつもりだった。
だが、藩金蓮には追いつめられた気配はなかった。
むしろ、何かを愉しんでいるようにさえ見えた。
武松は、首を傾げたままだった。
「……それよりも、約束を覚えておるであろうな? 絶対にわたしを抱いたと口にするなよ。特に夫にだ」
藩金蓮が、小さく囁いた。
「わかっているよ」
武松は、はっきりと答えた。
こんなにいい女を、お見限りだという旦那に渡すのは、少しばかり癪だった。
だが、夫婦の仲を裂くような下手な真似をするつもりはない。
そして、いよいよ、応北の城門が目の前に迫った。
城門には軍兵が多く立っていたが、特に出入りを厳しく取り締まっている様子はなかった。
頻繁に出入りする隊や、伝令の騎馬の応対に忙しそうだった。
武松と藩金蓮は、並んで城門を潜った。
そのとき、不意に藩金蓮が立ち止まった。
「おい、隊長」
藩金蓮が、そこに集まっていた一隊の指揮官らしき将校に呼びかけた。
武松は、思わず足を止めた。
目を丸くする。
「あっ、奥方様。どうしてここに? そもそも、いままでどこに──」
隊長が、目を見張って声をあげた。
武松は、唖然として藩金蓮を見た。
「威城の鉱山の視察の前に難儀に遭ってな。訳合って知らせることができんかった。だがこのとおり身体は無事だ。まずは夫に連絡してくれ」
「そ、それはもちろん。おい──」
将校が声を掛けると、すぐに数名の兵が駆けていった。
武松は呆然と、その光景を見ていた。
藩金蓮が、ただの旅の女ではないのは、わかっていたつもりだったが……。
「それよりも、威城の手前でわたしとはぐれた護衛と側女たちはどうした? 無事か?」
「現地の捜索隊に加わっております。まだ、向こうに……」
「それは悪いことをしたのう。早馬を飛ばして、わたしの無事を教えてやってくれ。それと、罪には問うなよ。今回のことは全て、わたしの油断で起きたことだ。くれぐれも随行の者たちに罪はない」
「はっ、ありがたき。現地の捜索隊への連絡はすぐに手配します」
隊長がきびきびと敬礼する。
「……ど、どういうことだ、藩金蓮……?」
武松は、やっと我に返った。
狼狽えた声で藩金蓮を見た。
そのあいだにも、兵たちが周りに集まり、武松と藩金蓮を取り囲んでいく。
「これまで自己紹介もせんかったがな。わたしは、県令の妻にして、県尉長の役職も持つ藩金蓮だ。これまでの道中の護衛、ご苦労であった。改めて褒美はとらせようぞ」
藩金蓮が、茶目っ気を含んだ声で笑った。
武松は、ただただ、立ち尽くした。
「県令の妻だって──?」
県令といえば、この城郭を含む近隣一帯の司政者だ。
その妻……だと?
「そうだ……。だから、県令の女房を寝取った罪と、上級役人の身体を好きなようにむさぼった罪は重いぞ……。おそらく、三回くらいは死罪になるだろうな。まあ、とにかく、屋敷に来てくれ。歓迎する……」
藩金蓮が武松に近づき、耳元でささやいた。
けらけらと笑う。
冗談じゃない──。
「あ、あんたはいい女だった──。最高のな──。本当だ。じゃあ、さいなら──」
武松は藩金蓮をそのままにして、兵の囲みを抜けた。
背後で、慌てたような藩金蓮の声が追いかけてきた気がした。
だが、そのときには、武松は城門を抜け、外へ戻っていた。
一度も振り返らずに、武松は街道を全速力で駆けた。
胸の奥に残るのは、女の匂いと、わずかな苦笑い。
──いい女だったな。
だが、さすがに未練を残して、捕まるわけにはいかない。
武松は、駆けながら思った。