※この作品はR-18です。

水滸伝艶義   作:ドン・ドナシアン

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5   朱武美、少華山の山賊への策を練る

 周備(しゅうび)という名の商人が仕切る隊商を、西へと向かわせていた。

 ただし、その周備本人とは、顔を合わせていない。

 護衛の依頼を持ち込んできたのは、彼の部下である手代、千玄(せんげん)という男だった。

 

 朱武美(しゅぶび)は、林冲(りんちゅう)とともに、隊列の中央あたりを進む十輌あまりの荷馬車に並んで馬を進めていた。

 往路では奥州産の岩塩を積んでいた荷馬車も、復路では帝都・開封府で仕入れた衣類や薬品、道具、化粧品などで満載だ。

 中でも一輌、銀貨を積んだ荷馬車がある──表向きには保存食品を積んでいるように見せているが、実際は岩塩の売却代金を銀に替えたものだ。

 その荷馬車が、ちょうど朱武美と林冲の前を進んでいる。

 

 他の荷車が失われても大損ではない。

 だが、この銀を積んだ一輌だけは、絶対に守らなければならない。

 ふたりが近くを離れない理由も、そこにある。

 

 護衛兵は二十名あまり。

 十輌の馬車に前後均等に配置され、いずれも騎馬だ。

 荷馬車の操者、商人の下働き、人足ら三十名。

 総勢五十を超える隊商だが、規模としては並み。

 しかし──積荷の価値は、並ではない。

 

 これだけの騎馬を揃えられるのも、奥州随一の豪商・周備の力というべきか。

 帝都で岩塩を売るというのは、想像以上に利のある商売のようだ。

 

 ただし、商いのことは朱武美の専門外だ。

 往路で岩塩を売り、復路では商品を積み、残りを銀に替えて帰る──

 その手配をつけたのは、同行している手代の千玄である。

 四十前後、小肥りで気の回る男。

 帝都で走り回るあいだ、朱武美は林冲と宿に残り、飯を食い、酒を飲み、あとは──愛を交わして過ごした。

 

 しかし、朱武美たちの任務は明確だった。

 隊商を、盗賊の襲撃から守ること。

 往路よりも、銀を積む復路の方が狙われやすいと、最初から朱武美は踏んでいた。

 

「朱武美、大変だよ」

 

 前方の斥候として送り出していた李姫(りき)が、馬を飛ばして戻ってきた。

 李姫の馬術は、ほとんど天才の域にある。

 どんな駄馬でも、彼女の手にかかれば駿馬になる。

 その李姫が、馬の腹を締めて近づいてきた。

 

「この先の少華山(しょうかざん)、賊が動いてる。峠の辺りに男たちがうろついてた。待ち伏せの準備してると思う」

 

「人数は?」

 

「峠にいたのは二十人くらい。でも山砦の中にはもっといる。そっちは近づけなかった。警戒が強かったから、遠目に見ただけだよ」

 

「すばしっこいお前が近づけないってのは、相当ってことだな、李姫。なら、賊にしては軍規があるってことか?」

 

 林冲が言葉を挟んだ。

 朱武美も、同じことを考えていた。

 烏合の衆なら、数がいても怖くはない。

 だが、規律ある賊は、少数でも厄介だ。

 

「ううん……そんな感じじゃない。でも砦が自然の要害にあって、正面の道が一本しかないの。回り込めば近づけたかもしれないけど……早く知らせたほうがいいと思って」

 

「よくやったわ、李姫」

 

 朱武美は言って、隊商を停止させた。

 そして、責任者の千玄を呼び、状況を説明する。

 千玄は驚いた顔をしていたが──

 

「少華山の賊徒といえば、最近勢いを増している無法者どもですな。岳竜(がくりゅう)という大男が頭で、三百人近くが集まっていると聞いております」

 

 さすがに一介の商人とはいえ、これだけの隊商を任されるだけの器量はある。

 千玄はすぐに顔を引き締め、冷静に情報を返してきた。

 

「どうしますか、朱武美殿? 手筈では銀を除く荷馬車隊を先にやって、それを奪わせておいて、銀の積んだ荷馬車だけをその後、通過させるという計画でしたな」

 

 千玄(せんげん)が言った。

 往路とは違い、復路で守るべきは銀だけと、依頼主の周備(しゅうび)に繰り返し聞かされていた。

 だから、朱武美は護衛隊全体にも、そう説明していた。

 

 朱武美は、李姫(りき)に視線を向けた。

 

「ねえ、李姫。お前が見た待ち伏せって、何日もやってた気配だった? それとも、準備して間もない感じ?」

 

 朱武美が問いかけると、李姫は即答した。

 

「準備中だった。道を塞ぐ馬車止めを脇に隠してたし、盾も揃えてた。道の両脇に潜む支度してたよ」

 

「だったら、都合が良すぎるわね……。偶然かもしれない。でも、峠を通過する日を、あらかじめ知ってたとしたら……」

 

 朱武美の声に、千玄(せんげん)が顔をこわばらせる。

 

「いまのは、どういう意味ですか?」

 

「わたしたちの行動が、事前に読まれていた可能性があるってこと。人足か、護衛兵か。中に内通者がいて、賊徒に動きを知らせてるかもしれない。もしそうなら、手筈通り進んでも、奴らは銀の馬車だけを狙ってくる」

 

 朱武美の言葉に、千玄が驚きの声を漏らす。

 

「ま、まさか」

 

「試してみましょう。銀を積んでいない馬車を先に進ませる。予定どおりです。もしそれを襲うようなら、わたしが指揮して蹴散らします」

 

 朱武美は言い切った。

 

「でも、当初の手筈では、荷は捨て駒。賊徒にそれで満足させて、本命の銀馬車を安全に通すという策でしたよね? あえて、賊を蹴散らすのですか?」

 

 千玄が困惑をあらわにする。

 

「わたしは最初から、荷をひとつたりとも渡す気はなかったわ。でも、勘が正しければ──賊徒は、最初の馬車群は通すはず。先に手を出せば、警戒して後続が引き返してしまうから。奴らの狙いは、後から来る銀の一台」

 

「わかったよ、朱武美。後方に残って奴らを迎え撃つのが、俺の仕事ってわけだな?」

 

 林冲(りんちゅう)が横から口を挟んだ。

 その顔には、静かな自信があった。

 

「お願いするわ、林冲。連中が後方を襲えば、わたしが護衛を引き連れて戻る。それまで持ちこたえられる人数、必要?」

 

「要らん。邪魔なだけだ。それに、誰が賊の内通者かわからねえ奴らを、背に置く気はない」

 

「……わかったわ、林冲。それから李姫。あんたも林冲と残りなさい。御者をお願い」

 

「あい」

 

 李姫がのんきな声で返事した。

 

「三百人の賊がいるかもしれない側に、たったふたりだけ残るんですか?」

 

 千玄が目を見開いたまま訊く。

 

「岳竜(がくりゅう)という頭領、どんな男か知ってる?」

 

 朱武美は、千玄の質問に答えず、別の問いを投げ返す。

 

「逞しい大男だと。身の丈は八尺を超えるとか」

 

「八尺は大げさでも、目立つんでしょうね。それだけ分かれば十分。……李姫、聞いた?」

 

「それが、あたしの役目?」

 

 李姫が肩を竦めて言った。

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